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幸せのありか(2)
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使用人達に間を取り持ってもらい、それからの炊き出しは近くの修道院と協力して行うことになった。三人ばかりのその小さな修道院の院長は、私と同年代くらいの女性とのことで、あのブエノワ男爵の遠縁にあたる治療術師であるらしい。
フードを目深に被り物静かなその女性は、顔に子どもの頃に患った斑点病の、ひどい痘痕が残っているのだという。だが予防薬の普及のお陰で恐がらずに彼女から治療を受けてくれる人が増え、感謝しているとのことだった。
もうフードなんかで隠す必要はないだろうと言ってはみたが、彼女は黙って首を横に振った。女性にとって、やはり容姿の悩みは男が思うより深いのだろうか。いつか彼女が素顔を晒しても気にならない日が、来ればよいのだが。
――それからも診療所は、大盛況な日が続いていた。動けず来院できない人がいたら、馬を飛ばして駆けつけた。のんびりと余生を暮らすはずだったのに、忙しない日が続いている。
日々を慌ただしく過ごしてゆく中で、私はようやく気が付いた。ただ目の前の一人を、全力で救いたい。一人でも多くの、笑顔を取り戻したい。
かつてはあったその気持ちを、私はなぜ、忘れてしまっていたのだろうか。――難しい理屈など、何も必要なかったのだ。
そして今日も、私は日課の墓参りに向かう。懐から取り出した袋には、今日の治療の礼にともらった花の種が入っていた。私はそれを少しずつ周りに蒔き終えると、墓石に向かって手をかざす。
低く呪文を唱えると、法術の雨がさらさらと辺りに降りそそぎ……春の柔らかな陽光の下で、鮮やかな虹の彩りが揺らめいた。
彼女が眠る墓石の周りへと、種を蒔き続けているうちに――いつしか辺りは、色とりどりの花に包まれていた。吹く風に舞う花びらが、静かに座る彼女に降り積もっている。私はそれを軽く払ってやると、目の前に座り込んだ。
「ロズ、聞いてくれよ。ようやく見つけたんだ。治療術師の存在意義……いや、自分が本当にやりたかったことを。だからもう少しだけ、待っていてくれないか。必ず君に、胸を張って会いにゆくから」
あの日からずっと抑え込んでいた涙があふれ、頬を伝った。
「フェル、そこに私はいないわ」
不意に背後から掛けられた声に、私は涙を拭うのも忘れて振り向いた。そこに佇んでいたのは、フードを目深に被った一人の女性である。
「院長……いや、まさか……!」
「本当は、黙って近くにいられるだけでよかったの。でもフェルってば、毎日誰もいないお墓なんかに通っているんだもの」
そういえば、祭壇に置かれたロズの『棺』は空っぽで……その死に顔を見た者はいなかった。ただ葬儀で泣き崩れる母親の姿を、疑うものはいなかったというだけで。
「生きて、いたのか……? なぜ……」
「こんな顔になって、魔物扱いされるくらいなら……いっそ死んだことにして修道院へやって欲しいと、お父様にお願いしたの。そうでもしなければ、貴方の隣を諦めることができそうになかった。でも貴方が帰って来たと聞いてしまったら……居ても立ってもいられなかった」
私は覚束ない足でなんとか立ち上がると、彼女に一歩、近づいた。
「ロズリーヌ……なんだな?」
「……はい」
小さな声で応える彼女に、私はまた一歩、歩み寄る。
「顔を……見せてくれないか?」
「それは……」
俯く彼女に触れられる位置まで近づいて、私は震える手を伸ばした。
「見せて欲しいんだ。……頼む」
すると彼女は意を決したように小さくうなずいて、そっとフードを背後にずらす。フードの下から出て来た両頬には、痛ましい瘢痕が広く残されていた。そして目尻の下には私と同じく、うっすらとした皺が時を刻んでいる。
だがその面影は遠い記憶のそのままで――私は思わず、呟いた。
「とても……綺麗だ」
「うそ……」
「嘘じゃない。今も、昔も、ロズはいつだって誰よりも綺麗だ。本当の気持ちを伝えられなかったことを、ずっと後悔してた。僕は、ロズのことが何よりも大切で、そして……大好きなんだ!」
呆然としたように立ち尽くす彼女の瞳に涙があふれ、頬を伝って落ちてゆく。私はまた一歩距離を詰めると、彼女を強く抱きしめた。
「もう二度と離さない。一生、僕のそばに居てくれるんだろう?」
恐る恐る上げられた手が、私の背をつたう。やがてそれは半ばで止まると、ぎゅっと力が込められた。
「はい……!」
再び強い風が吹き、辺りを色とりどりの花びらが舞った。でもこの美しく輝き始めた世界は、天上の景色ではない。
私達が二人で歩む道は、まだ、ここにあったのだ――。
-完-
フードを目深に被り物静かなその女性は、顔に子どもの頃に患った斑点病の、ひどい痘痕が残っているのだという。だが予防薬の普及のお陰で恐がらずに彼女から治療を受けてくれる人が増え、感謝しているとのことだった。
もうフードなんかで隠す必要はないだろうと言ってはみたが、彼女は黙って首を横に振った。女性にとって、やはり容姿の悩みは男が思うより深いのだろうか。いつか彼女が素顔を晒しても気にならない日が、来ればよいのだが。
――それからも診療所は、大盛況な日が続いていた。動けず来院できない人がいたら、馬を飛ばして駆けつけた。のんびりと余生を暮らすはずだったのに、忙しない日が続いている。
日々を慌ただしく過ごしてゆく中で、私はようやく気が付いた。ただ目の前の一人を、全力で救いたい。一人でも多くの、笑顔を取り戻したい。
かつてはあったその気持ちを、私はなぜ、忘れてしまっていたのだろうか。――難しい理屈など、何も必要なかったのだ。
そして今日も、私は日課の墓参りに向かう。懐から取り出した袋には、今日の治療の礼にともらった花の種が入っていた。私はそれを少しずつ周りに蒔き終えると、墓石に向かって手をかざす。
低く呪文を唱えると、法術の雨がさらさらと辺りに降りそそぎ……春の柔らかな陽光の下で、鮮やかな虹の彩りが揺らめいた。
彼女が眠る墓石の周りへと、種を蒔き続けているうちに――いつしか辺りは、色とりどりの花に包まれていた。吹く風に舞う花びらが、静かに座る彼女に降り積もっている。私はそれを軽く払ってやると、目の前に座り込んだ。
「ロズ、聞いてくれよ。ようやく見つけたんだ。治療術師の存在意義……いや、自分が本当にやりたかったことを。だからもう少しだけ、待っていてくれないか。必ず君に、胸を張って会いにゆくから」
あの日からずっと抑え込んでいた涙があふれ、頬を伝った。
「フェル、そこに私はいないわ」
不意に背後から掛けられた声に、私は涙を拭うのも忘れて振り向いた。そこに佇んでいたのは、フードを目深に被った一人の女性である。
「院長……いや、まさか……!」
「本当は、黙って近くにいられるだけでよかったの。でもフェルってば、毎日誰もいないお墓なんかに通っているんだもの」
そういえば、祭壇に置かれたロズの『棺』は空っぽで……その死に顔を見た者はいなかった。ただ葬儀で泣き崩れる母親の姿を、疑うものはいなかったというだけで。
「生きて、いたのか……? なぜ……」
「こんな顔になって、魔物扱いされるくらいなら……いっそ死んだことにして修道院へやって欲しいと、お父様にお願いしたの。そうでもしなければ、貴方の隣を諦めることができそうになかった。でも貴方が帰って来たと聞いてしまったら……居ても立ってもいられなかった」
私は覚束ない足でなんとか立ち上がると、彼女に一歩、近づいた。
「ロズリーヌ……なんだな?」
「……はい」
小さな声で応える彼女に、私はまた一歩、歩み寄る。
「顔を……見せてくれないか?」
「それは……」
俯く彼女に触れられる位置まで近づいて、私は震える手を伸ばした。
「見せて欲しいんだ。……頼む」
すると彼女は意を決したように小さくうなずいて、そっとフードを背後にずらす。フードの下から出て来た両頬には、痛ましい瘢痕が広く残されていた。そして目尻の下には私と同じく、うっすらとした皺が時を刻んでいる。
だがその面影は遠い記憶のそのままで――私は思わず、呟いた。
「とても……綺麗だ」
「うそ……」
「嘘じゃない。今も、昔も、ロズはいつだって誰よりも綺麗だ。本当の気持ちを伝えられなかったことを、ずっと後悔してた。僕は、ロズのことが何よりも大切で、そして……大好きなんだ!」
呆然としたように立ち尽くす彼女の瞳に涙があふれ、頬を伝って落ちてゆく。私はまた一歩距離を詰めると、彼女を強く抱きしめた。
「もう二度と離さない。一生、僕のそばに居てくれるんだろう?」
恐る恐る上げられた手が、私の背をつたう。やがてそれは半ばで止まると、ぎゅっと力が込められた。
「はい……!」
再び強い風が吹き、辺りを色とりどりの花びらが舞った。でもこの美しく輝き始めた世界は、天上の景色ではない。
私達が二人で歩む道は、まだ、ここにあったのだ――。
-完-
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