3 / 9
「大人」になれなかった少年の懺悔(3)
しおりを挟む
――今日こそは、謝ろう。そして僕がロズをどれだけ大事に思っているか、感謝しているか、そして……。
今日は、あれ以来初めて彼女と会う日である。さすがの僕も後悔し、今日こそは本当の気持ちを伝えるのだと朝から張り切っていた。
僕はいつものようにぞんざいに服を着崩そうとして、すんでのところで思いとどまった。僕もそろそろ嫡男として、自覚を持った人間になるのだ。
だがその日、ロズリーヌの代わりに城にやってきたのは……彼女が疫病と思しき患者に触れたため、隔離されたという報告だった。
ある日、高熱を出した行商人を、街の治療所が受け入れた。だがその患者に発疹が出始めていることに気付いたのは……運の悪いことに、慈善活動で街の治療所を手伝っていた、ロズリーヌだったのである。
代々続く治療術師の名門である当家には、疫病発生時の対応指針も整っていた。
「呪いが伝染るぞ! 接触者を徹底的に隔離しろ!」
「ロズに会わせてくれ! 僕は彼女の婚約者だぞ!?」
自己治癒力を極限まで高める作用のある治療呪文は、怪我にはとても有効だ。しかしその特性上、病をすぐに完治させることはできない。だが側にずっと付き添い、病で落ちた自己治癒力を呪文で補い続けてやれば、助かりやすくはなるはずだ。
「いけません! たとえ若様のご命令といえど、会わせるわけには参りません! 呪いが伝染してしまいます!」
「僕は治療術師だ! 大切な人のひとりすら助けられないで、この力は一体何のためにあるというんだ!!」
「それでも、大事なご嫡男を、患者に会わせるわけには参りませんッ!!」
ロズリーヌが閉じ込められた病棟の前で、男爵夫妻を始めとした家臣たちに取り押さえられながら……僕は叫んだ。
「道をあけろッ!!」
「できません! 娘が……ロズリーヌが、お会いしたくないと申しておるのです!!」
男爵のその一言に、僕は怯んだ。
とうとう嫌われて、しまったのだろうか。
「……なぜだ?」
「もはや痘瘡が顔中に拡がり……貴方様に、そんな姿を見られたくないと……」
恐る恐る問う僕に、そう小声で答えると……ロズリーヌの母親は、顔を覆って泣き崩れた。彼女が罹った疫病は、斑点病と呼ばれている。重症化すると全身に、痘瘡と呼ばれる発疹が広がるのだ。
――そしてその半数以上が、やがて死に至る。
「どうぞ、婚約を破棄してやって下さい。この先もし回復しても、娘の顔にはひどい痘痕が残るでしょう」
「そんなもの、僕は気にしない!」
「若様もご存じでしょう? この国には、斑点病に罹患した子供は……たとえ生還しても、いずれ魔物と化すという言い伝えがあります。娘は伯爵様の奥方にしていただくことは、もうできないのです」
「そんなのはただの迷信だろう!? 気にする必要はない!」
「たとえ迷信だろうとも、信じる者が多ければ、それは真実となるのです……」
僕は開かない扉に縋り、崩れ落ちた。
「どうか助かってくれ……まだ謝ってない、それに、伝えていない事があるんだ……!」
小さい頃からずっと、君のことが好きだった。
親友でも、令嬢でも
どんな姿であろうとも、僕はずっと君だけが――
だがその言葉を伝えられる日は来ないまま、ロズは亡くなった。代筆されたのだという最期の手紙には、ただ、僕への感謝の言葉がつづられていた。
――これまで本当にありがとう。
あなたの幸せを、願っています。
今思えば、なぜ衆目を気にしてしまったのだろうか。
あのとき、叫べばよかったのだ。
扉の向こうの彼女まで――この言葉が、届くように。
ロズリーヌの葬儀は、本人不在で執り行われた。疫病によって亡くなった者は、家族ですら最期の顔を見ることができず、棺を担ぐことすら許されない。
埋葬は斑点病の既往歴のある者たちの手によって、専用の墓所へとひっそりと行われた。一族の墓に並ぶことも許されず、その棺には厳重に土がかけられた。
こうしてロズリーヌは、誰も近寄らない僻地の墓所で、同じ病で亡くなった仲間達と共に――永遠に眠ることとなった。
疫病に罹った者は死んでからもその呪いを厭われ、隔離され続けるのだ。
「領主の一族が自ら決まりを破っては、民への示しがつかんだろう!?」
見事な采配で疫病の蔓延を防いだ父から、そう言われた僕は……墓参りすら、できなかったのである。
今日は、あれ以来初めて彼女と会う日である。さすがの僕も後悔し、今日こそは本当の気持ちを伝えるのだと朝から張り切っていた。
僕はいつものようにぞんざいに服を着崩そうとして、すんでのところで思いとどまった。僕もそろそろ嫡男として、自覚を持った人間になるのだ。
だがその日、ロズリーヌの代わりに城にやってきたのは……彼女が疫病と思しき患者に触れたため、隔離されたという報告だった。
ある日、高熱を出した行商人を、街の治療所が受け入れた。だがその患者に発疹が出始めていることに気付いたのは……運の悪いことに、慈善活動で街の治療所を手伝っていた、ロズリーヌだったのである。
代々続く治療術師の名門である当家には、疫病発生時の対応指針も整っていた。
「呪いが伝染るぞ! 接触者を徹底的に隔離しろ!」
「ロズに会わせてくれ! 僕は彼女の婚約者だぞ!?」
自己治癒力を極限まで高める作用のある治療呪文は、怪我にはとても有効だ。しかしその特性上、病をすぐに完治させることはできない。だが側にずっと付き添い、病で落ちた自己治癒力を呪文で補い続けてやれば、助かりやすくはなるはずだ。
「いけません! たとえ若様のご命令といえど、会わせるわけには参りません! 呪いが伝染してしまいます!」
「僕は治療術師だ! 大切な人のひとりすら助けられないで、この力は一体何のためにあるというんだ!!」
「それでも、大事なご嫡男を、患者に会わせるわけには参りませんッ!!」
ロズリーヌが閉じ込められた病棟の前で、男爵夫妻を始めとした家臣たちに取り押さえられながら……僕は叫んだ。
「道をあけろッ!!」
「できません! 娘が……ロズリーヌが、お会いしたくないと申しておるのです!!」
男爵のその一言に、僕は怯んだ。
とうとう嫌われて、しまったのだろうか。
「……なぜだ?」
「もはや痘瘡が顔中に拡がり……貴方様に、そんな姿を見られたくないと……」
恐る恐る問う僕に、そう小声で答えると……ロズリーヌの母親は、顔を覆って泣き崩れた。彼女が罹った疫病は、斑点病と呼ばれている。重症化すると全身に、痘瘡と呼ばれる発疹が広がるのだ。
――そしてその半数以上が、やがて死に至る。
「どうぞ、婚約を破棄してやって下さい。この先もし回復しても、娘の顔にはひどい痘痕が残るでしょう」
「そんなもの、僕は気にしない!」
「若様もご存じでしょう? この国には、斑点病に罹患した子供は……たとえ生還しても、いずれ魔物と化すという言い伝えがあります。娘は伯爵様の奥方にしていただくことは、もうできないのです」
「そんなのはただの迷信だろう!? 気にする必要はない!」
「たとえ迷信だろうとも、信じる者が多ければ、それは真実となるのです……」
僕は開かない扉に縋り、崩れ落ちた。
「どうか助かってくれ……まだ謝ってない、それに、伝えていない事があるんだ……!」
小さい頃からずっと、君のことが好きだった。
親友でも、令嬢でも
どんな姿であろうとも、僕はずっと君だけが――
だがその言葉を伝えられる日は来ないまま、ロズは亡くなった。代筆されたのだという最期の手紙には、ただ、僕への感謝の言葉がつづられていた。
――これまで本当にありがとう。
あなたの幸せを、願っています。
今思えば、なぜ衆目を気にしてしまったのだろうか。
あのとき、叫べばよかったのだ。
扉の向こうの彼女まで――この言葉が、届くように。
ロズリーヌの葬儀は、本人不在で執り行われた。疫病によって亡くなった者は、家族ですら最期の顔を見ることができず、棺を担ぐことすら許されない。
埋葬は斑点病の既往歴のある者たちの手によって、専用の墓所へとひっそりと行われた。一族の墓に並ぶことも許されず、その棺には厳重に土がかけられた。
こうしてロズリーヌは、誰も近寄らない僻地の墓所で、同じ病で亡くなった仲間達と共に――永遠に眠ることとなった。
疫病に罹った者は死んでからもその呪いを厭われ、隔離され続けるのだ。
「領主の一族が自ら決まりを破っては、民への示しがつかんだろう!?」
見事な采配で疫病の蔓延を防いだ父から、そう言われた僕は……墓参りすら、できなかったのである。
2
お気に入りに追加
292
あなたにおすすめの小説
トリスタン
下菊みこと
恋愛
やべぇお話、ガチの閲覧注意。登場人物やべぇの揃ってます。なんでも許してくださる方だけどうぞ…。
彼は妻に別れを告げる決意をする。愛する人のお腹に、新しい命が宿っているから。一方妻は覚悟を決める。愛する我が子を取り戻す覚悟を。
小説家になろう様でも投稿しています。
悪役令嬢になりそこねた令嬢
ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。
マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。
それは我儘でしょうか?
**************
2021.2.25
ショート→短編に変更しました。
ガネス公爵令嬢の変身
くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。
※「小説家になろう」へも投稿しています
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる