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「大人」になれなかった少年の懺悔(3)

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――今日こそは、謝ろう。そして僕がロズをどれだけ大事に思っているか、感謝しているか、そして……。

 今日は、あれ以来初めて彼女と会う日である。さすがの僕も後悔し、今日こそは本当の気持ちを伝えるのだと朝から張り切っていた。

 僕はいつものようにぞんざいに服を着崩そうとして、すんでのところで思いとどまった。僕もそろそろ嫡男として、自覚を持った人間になるのだ。

 だがその日、ロズリーヌの代わりに城にやってきたのは……彼女が疫病と思しき患者に触れたため、隔離されたという報告だった。

 ある日、高熱を出した行商人を、街の治療所が受け入れた。だがその患者に発疹が出始めていることに気付いたのは……運の悪いことに、慈善活動で街の治療所を手伝っていた、ロズリーヌだったのである。

 代々続く治療術師の名門である当家には、疫病発生時の対応指針も整っていた。

「呪いが伝染うつるぞ! 接触者を徹底的に隔離しろ!」

「ロズに会わせてくれ! 僕は彼女の婚約者だぞ!?」

 自己治癒力を極限まで高める作用のある治療呪文は、怪我にはとても有効だ。しかしその特性上、病をすぐに完治させることはできない。だが側にずっと付き添い、病で落ちた自己治癒力を呪文で補い続けてやれば、助かりやすくはなるはずだ。

「いけません! たとえ若様のご命令といえど、会わせるわけには参りません! 呪いが伝染してしまいます!」

「僕は治療術師だ! 大切な人のひとりすら助けられないで、この力は一体何のためにあるというんだ!!」

「それでも、大事なご嫡男を、患者に会わせるわけには参りませんッ!!」

 ロズリーヌが閉じ込められた病棟の前で、男爵夫妻を始めとした家臣たちに取り押さえられながら……僕は叫んだ。

「道をあけろッ!!」

「できません! 娘が……ロズリーヌが、お会いしたくないと申しておるのです!!」

 男爵のその一言に、僕は怯んだ。
 とうとう嫌われて、しまったのだろうか。

「……なぜだ?」

「もはや痘瘡とうそうが顔中に拡がり……貴方様に、そんな姿を見られたくないと……」

 恐る恐る問う僕に、そう小声で答えると……ロズリーヌの母親は、顔を覆って泣き崩れた。彼女が罹った疫病は、斑点病ヴァリオラと呼ばれている。重症化すると全身に、痘瘡とうそうと呼ばれる発疹が広がるのだ。

 ――そしてその半数以上が、やがて死に至る。

「どうぞ、婚約を破棄してやって下さい。この先もし回復しても、娘の顔にはひどい痘痕あばたが残るでしょう」

「そんなもの、僕は気にしない!」

「若様もご存じでしょう? この国には、斑点病に罹患した子供は……たとえ生還しても、いずれ魔物と化すという言い伝えがあります。娘は伯爵様の奥方にしていただくことは、もうできないのです」

「そんなのはただの迷信だろう!? 気にする必要はない!」

「たとえ迷信だろうとも、信じる者が多ければ、それは真実となるのです……」

 僕は開かない扉に縋り、崩れ落ちた。

「どうか助かってくれ……まだ謝ってない、それに、いない事があるんだ……!」


 小さい頃からずっと、君のことが好きだった。
 親友でも、令嬢でも
 どんな姿であろうとも、僕はずっと君だけが――


 だがその言葉を伝えられる日は来ないまま、ロズは亡くなった。代筆されたのだという最期の手紙には、ただ、僕への感謝の言葉がつづられていた。


 ――これまで本当にありがとう。
 あなたの幸せを、願っています。


 今思えば、なぜ衆目を気にしてしまったのだろうか。
 あのとき、叫べばよかったのだ。
 扉の向こうの彼女まで――この言葉が、届くように。


 ロズリーヌの葬儀は、本人不在で執り行われた。疫病によって亡くなった者は、家族ですら最期の顔を見ることができず、棺を担ぐことすら許されない。

 埋葬は斑点病の既往歴のある者たちの手によって、専用の墓所へとひっそりと行われた。一族の墓に並ぶことも許されず、その棺には厳重に土がかけられた。

 こうしてロズリーヌは、誰も近寄らない僻地の墓所で、同じ病で亡くなった仲間達と共に――永遠に眠ることとなった。

 疫病に罹った者は死んでからもその呪いを厭われ、隔離され続けるのだ。

「領主の一族が自ら決まりを破っては、民への示しがつかんだろう!?」

 見事な采配で疫病の蔓延を防いだ父から、そう言われた僕は……墓参りすら、できなかったのである。
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