33 / 33
裕一郎の春
思い込んでいたのは
しおりを挟む放課後、葵の友人を探した。
同じ学校であることを知ってから、すぐに彼女の名前とクラスを調べた。といっても禎丞に聞いただけだけど。集会時に禎丞にあの女の子の名前知ってるかと尋ねたら「あぁ何組の何々さんね」と軽く答えた。こういうときの禎丞はかなりイケてる。誰とでも打ち解けてすぐ話せるから男子はもちろん女子とも交流が広い。お調子者とも言われているが。
彼女の教室を覗いたけれどもその姿は既になく、俺は急いで玄関に向かった。彼女はちょうど靴を履き替えて外に出たところで、俺は慌てて呼び止めた。
「戸松さんっあの、ちょっといい?」
彼女は振り向くと驚いたように俺の顔を見た。人の邪魔にならないように端の植え込みのほうに移動すると俺はおもむろに話しかけた。
「葵、ちゃんが、この頃店に顔出さないんだけど、忙しいのかな。何かあったか知っている?」
「…ああ、うん多分。でも……葵には、穏やかに過ごして欲しいんだ、私」
「それが俺とどういう関係があるのかな?」
「裕一郎くんはさ、陽キャのハイスペックなカースト上位勢でしょう。だからきっと、」
「なんだよそれ」
「…葵、おとなしくて穏やかで、頭もいいし顔だって決して派手では無いけど整っている。それでもって性格もとてもいい子なんだ」
「…だろうね」
「だからいつも学級委員とか押し付けられるようになっちゃって。それがどんどんエスカレートしていって、周りからこき使われて。でも嫌な顔しないで、いつもニコニコ笑ってさ、引き受けちゃうんだよね。それくらいいい子で。そのうちにそれがいじめまがいのことにまで発展しちゃって。私でもそれ、助けてあげられなくて。っていうかどちらかと言えば加害者側にまでなっちゃって、すごく……、後悔してるんだ。だけどそんな私を葵は許してくれてさ」
「戸松さんの後悔が、俺に関係ある?」
「…隣町の高校に行ったのは、新しく人間関係を構築するため。あんなにいい子だもん、穏やかで優しくて、すぐにお友達もいっぱいできるはず」
「そうだろうね」
「だけどここで裕一郎くんみたいな人たちと関わったら、また葵、高校でも辛い思いしなきゃいけなくなる。そんなの私は嫌なの」
「なんだよ、それ。そんなの勝手に決めるなよ」
「だって、あの日」
******
あの日、裕一郎の店で二人は待ち合わせをした。違う高校行ったからこそ、こうやってたまに会って美味しいものを食べながら、おしゃべりに花を咲かせるのは楽しい。
前回葵から気になる男の子がいると相談をされた。恋バナだ。しかも相手はと聞くと「あの男の子なの」
と小声で打ち明けられる。まさかこの店の息子とは。
高校に通ってみるとびっくりした。その子がいる。同じ学年だった。落ち着いた雰囲気で、てっきり年上かと思っていた。
頼まれるまでもなく、自然と裕一郎の様子を伺っていた。裕一郎は店での様子と変わらず落ち着いていて、友人も物静かな男の子のようだ。
あー、これなら葵の恋の相手としては大丈夫だ、問題ないと勝手に上から目線で判断していた。その日までは。
店で友達と盛り上がっている裕一郎の姿。しかもその友達が学年一、二の、もしかすると学校一、二かもしれないイケメン男子が二人揃っている。
それにあろうことか裕一郎は言ったのだ。店の厨房に向かって沢山のメニューを注文すると
「親父、それらは全部夏樹のおごりだから」
あとからやってきた昂輝も悪びれることも無く飲み物を頼む、「おじさん、俺のも夏樹の奢りで」と。
思わず葵と顔見合わせてしまった。葵も何か思ったようで、多分それは私と同じ思いだったに違いない。
ただでさえ、陽キャな彼らと友達で、それもかなりの親密な様子に気持ちが波立っていたのに。
それから葵は口をつぐんだ。
さっきまでの楽しかったおしゃべりが嘘のようだった。
葵は言ったのに。
私とおんなじ本を読んでいるんだって。他にも本の趣味が合うみたいで話してて楽しいんだって。話していると穏やかな気持ちとドキドキする気持ちが入り混じるって。
なのに。
******
「人を外見や周りの友達で判断すんなよ」
言ってから、自分にブーメランだってことに気づいた。だが、止まらない。
「俺の友達は外見も中身もイケメンだ」
とそこへ禎丞から声がかかった。
「あれ?裕一郎、お前家に帰ってなくていいのか?夕方なんて人の混む時間だろう?あ、悪い、話中だったか。俺邪魔者だな」
ニヤニヤする禎丞。
「あー、違う意味で邪魔だ」
俺は冷ややかに返した。
「俺まだちょっと話があるから、悪いけど禎丞、俺の代わりに店、手伝っててくれないか。もちろんバイト代は払うからさ」
「まじで!俺今月すでに金欠だったからちょうどいい。これでガチャ回せる~!サンキュー!じゃあ俺店行ってる~」
禎丞のスキップしがちな後ろ姿を眺めながら、俺はぼそっとつぶやいた。
「あー、ちょっと中身残念なのがいたわ」
だがその言葉に彼女は、
「イケメンだよ、何も聞かず友達を助けることができるんだもん。私はできなかったから」
そう言って悲しそうに笑った。
「とにかくあの時は、夏樹のおごりの事は、誤解だ。無理矢理奢らせたわけじゃないから」
親父に夏樹の奢りと言えば、ボリュームアップのサービスが期待できる、客にバレないように伝える手段だった。実際にエビフライや角切りポテトフライが増し増しになっていた。
「あぁ、うん、最近誤解かもって思い始めてたとこ。高一普通問題がだいぶ浸透している、から」
「ああ…、そっかそうだな、はは。…あのさ俺、…葵ちゃんの連絡先知らないからさ」
「そっか、わかった。じゃあ私、葵を呼び出すよ」
戸松はカバンをごそごそすると、ソッコー葵と会う算段を取りつけた。
******
俺は、小さな頃から本を読むのが大好きだった。元々はただの暇つぶしだった。忙しかった両親にかまってほしいとねだるには俺は冷めていたし、暇そうにしていると姉ちゃんに揶揄われるし、ならば店に並んでいる本をと勝手に手に取り読み始めた、それが始まりだった。
ゲーム機を手にした後も本はそれなりに読んでたし、今だって話題の新作や推理ものは絶対にはずせない。漫画だってミステリーとあれば読む。それこそ薬によってちっちゃくなった男の子が活躍する探偵ものだって必ずチェックしている。
葵が手にしていた本を見て、同じ嗜好の女の子がいると興味を惹いた。話してみたら、さらに惹かれた。なのに、まさかこんな誤解されるとは思わなかった。
店に戸松さんと二人で行くと「いらっしゃいませ~」と禎丞に営業スマイルで出迎えられた。
「三名で。後からもう一人来ます」
客になりきって告げると普通に席に案内された。さすが禎丞。葵は少し遅くなるということで、そのまましばらく戸松と話す。葵が不安に思う要素は取り除いておきたい。
店の扉が開いて、葵が顔を覗かせた。友達と俺が一緒にいるのを見て驚いている。その表情も可愛いなぁとまじまじと見てしまった。今日の俺は、正面から見ることが出来るんだから。
詳しく話すまでもなく、戸松の様子から葵は何かを察したようだった。後から聞いたら「裕一郎くんはそんな人じゃないって思い直してて」って言ってくれた。素直に嬉しい。
「俺の奢りだから、なんでも好きなの頼んで」
俺のセリフに戸松は「じゃあ、一番高いやつ!」と言った。どこかで聞いたことのあるセリフだな。
自分の持てる限りの勇気を振り絞って、葵の連絡先を聞いた。顔を真っ赤にさせて教えてくれた彼女に俺はとりあえず安心した。
帰り際レジで「俺につけといて」と禎丞と会話を交わす。その時、葵が壁に貼られた求人のポスターに気づいた。
「あれ、お店ってバイト募集始めたの?」
父親が俺に気を遣って、いや正確にはこの間の友人達との様子を見て、俺に毎日バイトさせるのは良くないと判断したらしい。俺も葵の存在が気になり出したからちょうどいいと思った。週に一、二度、葵と外で会えるようになったら良いなと一人夢見ていた。
「私、ここでバイトしちゃダメかな?」
だが突然の葵の言葉に俺は焦った。それだとすれ違いになってしまう。内心冷や汗ダラダラの俺の前で禎丞が涼しい顔で言った。
「残念でした!俺、さっき本採用されました~。俺なら裕一郎と調整簡単だろ?ただ二人が学校行事のときだけ困るなっては店長に言われたけど」
誰だ、禎丞のことお調子者と言ったやつは、めちゃくちゃイケてるぞ。それにしても行動が素早いな。
「なら!私、その時だけ臨時でどうかな?学校違うし、裕一郎くんと調整もできるよ」
「…そうだな、じゃあ親父に面接してもらおっか」
後ろで戸松が笑ったのがわかった。振り返ると物言いたげな表情で見てきてウザいが、まあ女友達ってのも悪くない。
「バイトの希望者ですね、店長に話して来ます」
真面目な顔で禎丞が対応した。踵を返したが肩が震えてる。俺の動揺がきっとバレてるんだろうな。
ああ、わかってる、相変わらず男友達は最高だよ。
葵と戸松を店の外まで見送る。
バイバイと手を振って歩き出してから振り返って見せた葵の笑顔が、誰にも見せたことのない表情で、俺も思わず笑い返した。
正確に表現するなら、ニヤけただけなんだけど。
ーーーーーーーーーーーー
ひとまず完結です。
お付き合いくださりありがとうございました!
今後、他の登場人物についても書いていく予定なので完結表示には致しません。
よろしくお願いします。
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません
たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。
何もしていないのに冤罪で……
死んだと思ったら6歳に戻った。
さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。
絶対に許さない!
今更わたしに優しくしても遅い!
恨みしかない、父親と殿下!
絶対に復讐してやる!
★設定はかなりゆるめです
★あまりシリアスではありません
★よくある話を書いてみたかったんです!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる