僕が僕であるために僕は僕になった

桜木雨

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第四話

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着いてしまった。この中にあのかの有名なシンフォの人がいるというのか。社長室の前で固まる僕の代わりに渡がノックをしてくれる。
コンコン。
予想外だったのは、部屋の中にたった一人でその人が佇んでいたことだ。渡の方も強制的に連れてきたことへの罪悪感があるのか、入室の挨拶や紹介などは全てやってくれる。僕、いらなくないか。そんなことを考えているうちに、僕にも発言の機会が回ってきた。
「初めまして、かぐら君。いや、天川君と呼んだほうがいいのかな?」
やっぱり、そこまで調べられてるのか。もしくは渡が情報を流したかだな。僕は「かぐら」という名前でダンス動画をネットに投稿している。もともとダンスをならっていたこともあり、動画投稿は順調に進んでいた。無駄なトラブルを避けるため、顔は写らないようにし、動画編集、撮影も渡に頼んでいた。その結果、僕がかぐらであると知っている人物は渡を除くと僕の両親だけなのである。
「いえ、どちらでも。今日はどのような御用件で?」
少し言い方がキツかったか?いや、気持ちよく眠っていたところを叩き起されたんだからいい。そんな僕の考えをよそに社長は話を進める。
「あははは。面白いね、君。そう来なくっちゃ」
目が笑っていない。怖い。心臓を鷲掴みにされたような、弱みを握られてしまったような、そんな怖さと、それを実現させるだけのカリスマ性が彼にはあった。曖昧にしか笑えない僕に社長は言葉を重ねてゆく。
「ねぇ、歌ってくれない?」
「は?」
しまった。やってしまった。流石にやばかったか?誰でもいきなり歌えと言われたら、こんな反応をすると思うんだ。うん。きっとそうだ。
「この曲なら知ってるよね?」
何事もなかったかのように差し出された曲は、最近流行りのアイドルグループの曲だった。もちろんシンフォニー所属のグループである。
「メンバーのharuのところだけ音源抜いてあるから、そこのパート歌ってね。アレンジは自由。好きなだけ歌って。ここ防音だし。じゃあかけるね」
え、待って。社長室って防音なもんなの?いやつっこむところはそこじゃない。僕、この曲歌えるって言ってないんですけど。歌えるけどね!もうすぐ投稿するダンス動画に使った曲だよ!渡、やっぱりお前情報流しやがったな。そんなこと考えているうちに、イントロが流れ始めた。
やっぱりこの曲好きだな。特にharuは高音パートが多いから楽しい。聞き込んでいるため、ハモリの音も取りやすかった。途中で、本家にはなかったハモリを入れたり、歌詞を変えたけど、自由って言ったから大丈夫だよね。楽しかった。達成感に満ち溢れたまま曲は終わった。
「ありがとうかぐら君。本題に入ろうか。俺の事務所に入ってくれないか?」
「は?」
嘘だろ。だから嫌だったんだ!
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