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氷の微笑と奇跡の紳士

6話 レンブラントの誘惑

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 シャロンの屋敷から去るなり話したのはミライだった。

「あのシャロン・レドールは相当な厄介者ですね」

 ミライはシャロンの屋敷から去るなりため息混じりに話した。
 彼女は続ける。

「あの会話の中で何度も自分自身の身体を見せて社長を誘っていました」
「そうだね。まるで過去に自分自身がしていた所業そのものだよ」
「レンブラント社長が、ですか?」
「あんなにあからさまな色目ではないけどね、俺も色目を使って様々な悪事をしていた──今更、それをされると気分が良くない事が少しわかった気がする」

 レンブラントは相手がミライという事なのか少しだけ自分自身がどういう種類の人間かを話す。
 ミライは沈黙を守り、そして今夜の宿の確認をする。

「確か今夜の宿は、ホテル・アメジストで部屋を用意したって言ってましたね」
「ああ。とりあえずそのホテルへ向かって見よう。まぁ向こうから泊まる場所を提供してくれるとは思って無かったからいい誤算だったね」
「そうですね。確かに」

 シャロン・レドールの屋敷から去ったレンブラントとミライは今宵の宿、ホテル・アメジストへと向かう。
 既に夜の9時を過ぎた。思いの外、彼女と話し込んだらしい。
 モンテローザの離れ、喧騒があまり届かない場所にホテル・アメジストがあった。
 彼らは受付に自分達の名前を出すとこう話した。

「これは。シャロン様のお客様ですね。こちらの部屋でモンテローザにいる間は休憩にお使い下さいませ」

 と鍵を差し出す。部屋番号は309号室だった。レンブラントは何気なく尋ねる。

「この部屋、ベッドは何個あるのですか?」
「309号室は2人部屋なのでベッドは2つございます」
「そうか。ありがとう」

 レンブラントは鍵を馴れた調子で取ると部屋に向かうように促す。

「行こうか?」
「は、はい」

 ミライはここで思いもよらない感情が湧き出す。そういえば社長と部屋を共にするなんて初めてだった。
 この人は夜の部屋ではどういう風に振る舞うのだろうか?
 もしかしたら、共寝もあるのか?
 シャロンから誘惑されていたのはレンブラントだけでは無かった。自分自身も半ば女性としてその劣情を刺激されてしまったのだ。
 夜のレンブラント社長は色っぽいと聞いた。秘書の間ではレンブラントの夜を知る者もいる。共通して言われるのは、女性としての悦びをレンブラントは沢山くれた、という話だ。
 それって──セックスが気持ち良かったという事──?
 ミライは未知の快楽に自分自身が期待している自覚をせざるを得なかった。

 程なく309号室にたどり着く。
 思っていた以上に良い部屋をシャロンは用意していた。
 キッチン付きの2DKの部屋だ。ベッドルームには2つのベッド。照明は薄暗い。
 2人して部屋に入る。
 なんだか落ち着かないミライ。レンブラントは馴れた調子だ。飲み物が無いか早速冷蔵庫を確認していた。

「ほう──。きちんと酒を用意してあるね。ウイスキーだよ。氷もある。確かに用意はいい。せっかくだし飲ませて貰おうか」

 まるで自分自身の部屋のように振る舞うレンブラント。黒いスーツの濃い目の灰色のシャツの襟をくつろげる。紅いネクタイも緩めた。
 呆然と見入るミライを尻目にレンブラントは軽く確認する。

「ミライ君はウイスキーは飲めるの?」
「は、はい。飲めます」
「緊張するかい? 今は仕事の時間ではないからリラックスしてくれ」

 意外と気さくになるレンブラントは黒いスーツのジャケットを脱いで、ソファに掛けた。
 そして灰色のシャツ姿で氷の塊を出すと備え付けられたアイスピックで馴れた調子で氷を割り始める。
 思わず横に来るミライはアイスピックの使い方がわからなかったのでレンブラントの使い方を見ている。

「アイスピックってこうやって使うのですか? 日本ではトレイごと作っていたので使い方がわからなかったんです」
「これでも下手な方だけどね」

 アイスピックを氷に刺しながら語る。

「突くのは得意なんだ。敵の弱点をつくのも、問題点をつくのも──ついでに女性の身体を突くのも──ね」

(最後の言葉……何て色っぽい表現かしら)

 ミライはそんな言葉にまた女性としての劣情が刺激されるのを感じる。
 シャロンとレンブラントは似ている。
 何気なく相手を誘う言葉遣いも、仕草も、それとわからないように遠回しに誘っている。この人はそれが染み付いているから自覚症状として知っていても抑える事は出来ないのだ。
 レンブラントは氷を割ると2つのグラスに氷を入れてウイスキーを注ぐ。
 そしてミライに片方のグラスを差し出した。自分もグラスに入れたウイスキーを飲み始める。

「張り詰めるのはよくないからね……飲んで」
「ありがとうございます」
「──ありがとう、でいいよ」

 ミライの頭の中はシャロンの言葉が響く。

「楽しい……楽しい……ゲームの時間よ」
(これもゲームなの? シャロンが仕組んだゲームなの?)

 レンブラントはウイスキーが進んでいないミライに声をかける。

「シャロンの事を考えていたのかな?」
「楽しいゲームの時間という言葉が引っかかって」
「こんな時間まであの女の事を考えなくていいさ。それとも考えてしまうのは俺と同じ部屋だから?」
「え……?!」
「努めて冷静にしているけど、もしかしてドキドキしていたりしてな?」
「……レンブラント社長。すごく色っぽいんですね。ノイズさんが少し羨ましい」
「何故そう思う?」
「こんなに色っぽい男性が側に居たら、夜は楽しいんだろうなぁ──って」
「頬が赤くなっているよ、ミライ?」
「そ、それは」
「レンブラント社長。酔ってませんか? 大丈夫ですか?」
「俺は至って普通。君がちょっと様子が変だよ。何というのかな。本能を理性で抑えるのを苦労しているように見える」
「私は──」

 飲みかけのグラスを置くレンブラントは背後に回るとミライを自分の胸に寄りかからせた。両方の腕をミライの腰に回す。
 ミライが甘いため息を吐いた。

「どんな気分?」
「社長。レンブラント社長の身体──温かい、熱を帯びてます」
「そうだね──君をこうしているのは悪くない気分だね。仕組まれたゲームでも楽しい」
「社長」
「こんな時まで社長はやめてくれ」

 レンブラントが更にきつく抱きしめる。
 ミライの理性が今にも吹き飛びそうだ。
 レンブラントが持つ熱がミライに吹き込まれる。
 ミライは漠然と考える。
 これがレンブラントの魅力。ある意味、呪われた魅力とも言える蠱惑的な力。この人はこの力でバートン財団を従えているんだ。そしてそれを味わった女は──。
 ミライは手に持ったままのウイスキーを飲んだ。
 レンブラントがそれを取り上げると彼も口をつけた。

「美味しいな」
「今夜から共寝しちゃう? ミライ」

(ダメ──それ以上──誘惑しないで)
「今夜は──」

 ミライの理性が崩壊しかけている。
 レンブラントは抱きしめる女性が理性で苦しむ姿に嘆いた。

「苦しくて、息が詰まりそうだろう。楽になれる方法を教えてあげようか?」
「どうすればいいの」
「こうすれば楽になれる」

 背後から抱きしめるレンブラントはミライの顎を掴むとその唇を奪った。
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