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第4章 遺された希望、遺した絶望
4-10 グレイブ、現る
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己の身に起きた不思議な力の事にも思いを馳せながらも、どうにか重甲虫スロータークイーンを倒した。
密林にて起きてしまった突然の火事も、思いの外、そんなに拡がらなくて胸を撫で下ろすロベルト達、カルベローナ公国軍のレンジャー隊。
この日の夜はそのスロータークイーンを倒してそれだけではなかった。
ロベルト、ジョニー、キッドらがハザードとジェニファーの二人に合流を果たした頃に、それはやってくる。空間も時間も越えて、その干渉にやってくる。
「もしかしてさっきのスロータークイーン。ロベルト、お前が倒したのか?」
その場に居合わせてなかったハザードの問いにロベルトは答える。
「まあ、一応な。何か異様な力を使って倒した。俺でも説明ができない」
「何はともあれスロータークイーンは倒したのは良かったんじゃない?」
「これで奴等も早々、繁殖する事は無くなったはずだよ」
そこに冷徹な声の男の嘲笑う言葉が飛んできた。周囲から聴こえるようにその言葉は彼らの耳に届く。
「それはどうかな? スロータークイーンを倒したのは褒めてやろう……だが、奴等はいくらでも繁殖させようとするなら出来ない事でもない」
「──誰だ!?」
何もない空間から、現れた男性は彼らの知るあの男性だった……。
「やあ……」
「──レム大佐?」
「何であなたが?」
唐突に現れたのは、そう皆がレム大佐と呼ぶ、あの混沌の女神の騎士の姿そのものだった。
思わず混乱するカルベローナ公国軍の士官達に反して、キッドとジェニファーはそのレムの姿に何か『違和感』を感じた。
確かに姿はレムそっくりだが、キッドからすれば、感じる気配はレムの仇敵、グレイブなのだ。それにカルベローナ公国軍の士官に会っても、再会の挨拶もしない。
『妙だな……』
キッドは黙って気配を探る。
すると、その瞳を通して視るレムは、彼の姿を借りた紛い物だった。
ジェニファーは父と再会できたと初めこそは喜びが湧きかけたが、何か変だと感じる。父の温かさを微塵も感じない……。
『お父さんじゃない……なら誰なの?』
ジェニファーはそこで【女神の瞳】を使い注意深く観察するように視た。彼女には父の姿は、夢の中で対立している父の仇敵、そのものだ。
彼女は軽々しく父の姿を借りるグレイブに底の知れない怒りを感じる。
そして瞬時に機械仕掛けのクロスボウを構えるとレムの姿を借りた他人に弓を向けた。
「な、何をしているんだ!? ジェニファーちゃん」
「皆、騙されないで! そいつはお父さんの姿を借りた偽物よ! いいえ、偽物以下の最低の敵だわ!」
「……何を言っているんだ? ジェニファー、私は君の父親だよ……?」
「違うわね! 私の父親なら、会ったら必ず、ある事をしてくれるの。必ずね……!」
キッドもナイフを取り出し、刃を向けて、白々しい芝居を打つ眼の前の男に、冷たい言葉を吐いた。
「白々しい芝居を止めて、正体をバラしな! オレにはあんたが何者かはとっくに見抜いているんだよ!」
「──それとも体を引き裂かないと判らないかい⁉」
カルベローナ公国軍の士官達はそこで、彼らの知るレム大佐とは思えないドス黒い笑みを浮かべる男性を見る。
確かにレム大佐はこんなに他人を馬鹿にするような笑みを浮かべるような男ではない。
混沌の女神の騎士の似姿をした男は、嘲笑うような含み笑いをして、正体を明かす。
「──フッフッフッ……! この姿を借りてもそちらの女性達には何にも効果はなかった訳か……! なら素直に正体を明かそう」
空間が一瞬、歪みと混沌の女神の騎士の似姿から姿を変えたのは、逞しい雰囲気の茶髪の長髪に、深海の青い瞳を持つ、あの男だった。
「ビヨンド・グレイブ……! なるほど、あんたかい」
「流石は黒猫の妖精と褒めておこう。それとそちらの【女神の瞳】も持つお嬢さんにもね」
「お父さんの邪魔をする敵ね!」
「邪魔? 邪魔をしているのは君の父親の方だがね……」
「何よ、どういう意味よ! お父さんの敵なら、ここで片付けるまでよ!」
「父娘揃って、喧嘩早いね……」
「何ですって!?」
そこでハザードが冷静になり、ジェニファーに一言、助け舟を出した。
「……ジェニファー。落ち着こう。どうやらそいつから、色々な事を聞けそうだ。レム大佐の姿を真似して近寄ってきたような奴、信用には足らんが情報ならいくらでも聞き出そうぜ」
「……ハザードさん」
「随分と冷静な狙撃手だな」
「狙撃手だからこそ冷静でなければ、エースは務まらないんだよな」
だが、ロベルトは聞く耳を持つハザードとは、また違う言葉を返す。
「まあ、妙な事を吐きやがったら、肉体的に拷問をかけて吐かせればいい」
「ロベルトさん」
「こいつがレム大佐の似姿で来た時点で、騙してやろうって言うのが見え見えなんだよ」
ジョニーもまた趣きの違う言葉を返す。
「敢えて偽の情報に踊らされるのも一興かもな。とにかく情報が必要だ。敵の情報を知らないで武器を振り回す程に軽率じゃないんでね」
「何にせよ、貴様がレム大佐と対立しているグレイブって奴か」
「一体、何を企んでいる。いきなり切り込む話題でも無さそうだが聞きたいね」
「ほう……敵に対してそこまで悠然としてられるのは何故かな」
「さっきの虫とは違って意志の疎通はできる。話ができるならとりあえず目的くらいは聞いておくのがセオリーではないかな。あの戦争ではそうも言ってられなかったがね」
「……まあ、そうだな。あの戦争では敵と味方ではっきりと別れていたからすぐに殺す事もできたよ」
なるほど……。流石はあの混沌の女神の騎士が信用を置くだけの男達だけはある。
敵ではあるが、情報を得てから行動に起こすのも作戦の一貫。
なら、次の矛盾現象(パラドクス)の場所を示すゲートの存在を示せばこいつらは来るに違いない。その鍵が何処にあるかも示すと尚更、こいつらの行動を読みやすくなるという訳だ。
そうして最期には矛盾現象とは程遠い、絶望しかない所へ行かせれば自然とこいつらは死ぬな。
「次のゲートの場所を知りたくはないか?」
「──!」
「気になる話題だろう。鍵が何処にあるかも知っているぞ」
「──何処にある?」
「おい、お前ら」
キッドは信じられないような声をあげて、カルベローナ軍の士官達に反論しようとする。
しかし、彼らには、目的はきちんとある。
ロベルトが皆に代わって話した。
「キッド。ジェニファーちゃんも、少しの間、黙っていてくれ」
「あのテーブルマウンテンの洞窟を調べてみるがいい。ゲートがある。鍵は洞窟の近くにある滝の近くにある。観たこともない不思議な物が置いてある」
「信じるか、信じないかは君たちに判断を委ねる」
ビヨンド・グレイブは1戦もせずに、彼らの前から去ろうとする。
いや、元々、足止めが目的だから戦うまでもなかった。
「君たちと闘う時は私が決める。まだ、今の君たちと闘う気は更々、ない」
そう。君たちの中に眠る力を会得もしていないような半端者と闘っても意味はない。
心の中でグレイブは想い、そして空間の歪みへと体を沈めて去った。
密林にて起きてしまった突然の火事も、思いの外、そんなに拡がらなくて胸を撫で下ろすロベルト達、カルベローナ公国軍のレンジャー隊。
この日の夜はそのスロータークイーンを倒してそれだけではなかった。
ロベルト、ジョニー、キッドらがハザードとジェニファーの二人に合流を果たした頃に、それはやってくる。空間も時間も越えて、その干渉にやってくる。
「もしかしてさっきのスロータークイーン。ロベルト、お前が倒したのか?」
その場に居合わせてなかったハザードの問いにロベルトは答える。
「まあ、一応な。何か異様な力を使って倒した。俺でも説明ができない」
「何はともあれスロータークイーンは倒したのは良かったんじゃない?」
「これで奴等も早々、繁殖する事は無くなったはずだよ」
そこに冷徹な声の男の嘲笑う言葉が飛んできた。周囲から聴こえるようにその言葉は彼らの耳に届く。
「それはどうかな? スロータークイーンを倒したのは褒めてやろう……だが、奴等はいくらでも繁殖させようとするなら出来ない事でもない」
「──誰だ!?」
何もない空間から、現れた男性は彼らの知るあの男性だった……。
「やあ……」
「──レム大佐?」
「何であなたが?」
唐突に現れたのは、そう皆がレム大佐と呼ぶ、あの混沌の女神の騎士の姿そのものだった。
思わず混乱するカルベローナ公国軍の士官達に反して、キッドとジェニファーはそのレムの姿に何か『違和感』を感じた。
確かに姿はレムそっくりだが、キッドからすれば、感じる気配はレムの仇敵、グレイブなのだ。それにカルベローナ公国軍の士官に会っても、再会の挨拶もしない。
『妙だな……』
キッドは黙って気配を探る。
すると、その瞳を通して視るレムは、彼の姿を借りた紛い物だった。
ジェニファーは父と再会できたと初めこそは喜びが湧きかけたが、何か変だと感じる。父の温かさを微塵も感じない……。
『お父さんじゃない……なら誰なの?』
ジェニファーはそこで【女神の瞳】を使い注意深く観察するように視た。彼女には父の姿は、夢の中で対立している父の仇敵、そのものだ。
彼女は軽々しく父の姿を借りるグレイブに底の知れない怒りを感じる。
そして瞬時に機械仕掛けのクロスボウを構えるとレムの姿を借りた他人に弓を向けた。
「な、何をしているんだ!? ジェニファーちゃん」
「皆、騙されないで! そいつはお父さんの姿を借りた偽物よ! いいえ、偽物以下の最低の敵だわ!」
「……何を言っているんだ? ジェニファー、私は君の父親だよ……?」
「違うわね! 私の父親なら、会ったら必ず、ある事をしてくれるの。必ずね……!」
キッドもナイフを取り出し、刃を向けて、白々しい芝居を打つ眼の前の男に、冷たい言葉を吐いた。
「白々しい芝居を止めて、正体をバラしな! オレにはあんたが何者かはとっくに見抜いているんだよ!」
「──それとも体を引き裂かないと判らないかい⁉」
カルベローナ公国軍の士官達はそこで、彼らの知るレム大佐とは思えないドス黒い笑みを浮かべる男性を見る。
確かにレム大佐はこんなに他人を馬鹿にするような笑みを浮かべるような男ではない。
混沌の女神の騎士の似姿をした男は、嘲笑うような含み笑いをして、正体を明かす。
「──フッフッフッ……! この姿を借りてもそちらの女性達には何にも効果はなかった訳か……! なら素直に正体を明かそう」
空間が一瞬、歪みと混沌の女神の騎士の似姿から姿を変えたのは、逞しい雰囲気の茶髪の長髪に、深海の青い瞳を持つ、あの男だった。
「ビヨンド・グレイブ……! なるほど、あんたかい」
「流石は黒猫の妖精と褒めておこう。それとそちらの【女神の瞳】も持つお嬢さんにもね」
「お父さんの邪魔をする敵ね!」
「邪魔? 邪魔をしているのは君の父親の方だがね……」
「何よ、どういう意味よ! お父さんの敵なら、ここで片付けるまでよ!」
「父娘揃って、喧嘩早いね……」
「何ですって!?」
そこでハザードが冷静になり、ジェニファーに一言、助け舟を出した。
「……ジェニファー。落ち着こう。どうやらそいつから、色々な事を聞けそうだ。レム大佐の姿を真似して近寄ってきたような奴、信用には足らんが情報ならいくらでも聞き出そうぜ」
「……ハザードさん」
「随分と冷静な狙撃手だな」
「狙撃手だからこそ冷静でなければ、エースは務まらないんだよな」
だが、ロベルトは聞く耳を持つハザードとは、また違う言葉を返す。
「まあ、妙な事を吐きやがったら、肉体的に拷問をかけて吐かせればいい」
「ロベルトさん」
「こいつがレム大佐の似姿で来た時点で、騙してやろうって言うのが見え見えなんだよ」
ジョニーもまた趣きの違う言葉を返す。
「敢えて偽の情報に踊らされるのも一興かもな。とにかく情報が必要だ。敵の情報を知らないで武器を振り回す程に軽率じゃないんでね」
「何にせよ、貴様がレム大佐と対立しているグレイブって奴か」
「一体、何を企んでいる。いきなり切り込む話題でも無さそうだが聞きたいね」
「ほう……敵に対してそこまで悠然としてられるのは何故かな」
「さっきの虫とは違って意志の疎通はできる。話ができるならとりあえず目的くらいは聞いておくのがセオリーではないかな。あの戦争ではそうも言ってられなかったがね」
「……まあ、そうだな。あの戦争では敵と味方ではっきりと別れていたからすぐに殺す事もできたよ」
なるほど……。流石はあの混沌の女神の騎士が信用を置くだけの男達だけはある。
敵ではあるが、情報を得てから行動に起こすのも作戦の一貫。
なら、次の矛盾現象(パラドクス)の場所を示すゲートの存在を示せばこいつらは来るに違いない。その鍵が何処にあるかも示すと尚更、こいつらの行動を読みやすくなるという訳だ。
そうして最期には矛盾現象とは程遠い、絶望しかない所へ行かせれば自然とこいつらは死ぬな。
「次のゲートの場所を知りたくはないか?」
「──!」
「気になる話題だろう。鍵が何処にあるかも知っているぞ」
「──何処にある?」
「おい、お前ら」
キッドは信じられないような声をあげて、カルベローナ軍の士官達に反論しようとする。
しかし、彼らには、目的はきちんとある。
ロベルトが皆に代わって話した。
「キッド。ジェニファーちゃんも、少しの間、黙っていてくれ」
「あのテーブルマウンテンの洞窟を調べてみるがいい。ゲートがある。鍵は洞窟の近くにある滝の近くにある。観たこともない不思議な物が置いてある」
「信じるか、信じないかは君たちに判断を委ねる」
ビヨンド・グレイブは1戦もせずに、彼らの前から去ろうとする。
いや、元々、足止めが目的だから戦うまでもなかった。
「君たちと闘う時は私が決める。まだ、今の君たちと闘う気は更々、ない」
そう。君たちの中に眠る力を会得もしていないような半端者と闘っても意味はない。
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