混沌の女神の騎士 

翔田美琴

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第3章 混沌、それは人の心

3-4 記憶にない友人

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 ルージュパピヨンに無理矢理、宿主にされた魔物は大型の狼のような魔物だった。
 学業都市アカデミアの研究員達はその魔物に護身用の拳銃で発砲してアカデミアに向けて逃げている光景が銀翼の竜の背中に乗る彼らに見えた。
 誰か怪我をしているのだろうか? 
 どうにも逃げ足が鈍い。周囲には血の揚羽蝶が血の匂いに惹かれて周囲を囲っている。
 銀翼の竜がその逃げる人間達の向かう先に着地する。逃げる人間達からすれば、更に敵が来たのかとパニック寸前だった。

「待て! 撃つな! 俺達は味方だ!」
「その制服、アカデミアの研究員だな?」
「アカデミアの制服を知っている……? 何者なんだ? 君達は?」
「ホープの知人だ。怪我人がいるのか?」
「あの女性だ。ルージュパピヨンに噛まれてしまって、しかもそれの宿主にされたオルガロンという狼にまで尾行されてしまってね……」
「ルーア、治療魔法を唱えてくれないか?」
「──わかったわ」

 ルーアがその女性に近寄ると周囲を囲むルージュパピヨンが更に血を吸おうと彼女の周囲を囲む。
 その血の揚羽蝶をまじまじと見つめると、まるで蝶の翅に大型のヒルがついているような見た目にルーアは背筋に寒いものを感じる。
 こんな恐ろしい生物がいたなんて。
 震える手を怪我人の女性に添えるとルーアは治療魔法を唱えた。
 外傷がみるみる塞がっていき、女性の顔色も健康的な肌色に戻っていく。
 周囲のルージュパピヨンは血の匂いが失くなるとその宿主の方角へ去っていった。
 
「──ありがとうございます。助かりました」
「あ、あなたは!? ルーア姫様──!?」
「──え、私を知っているのですか?」

 治療された女性はどうやらルーアを知っている様子だった。だが、ルーアは知らない様子だ。誰の事を言っているのかルーアには判らない。
 だが、今は血の揚羽蝶の宿主の狼が尾行している。呑気に話している時間がない。
 男性の研究員はその女性の名前を呼んで、アカデミアへ撤退していく。

「シャーリー、今は呑気にお喋りしている時間はない! アカデミアに戻るぞ」
「あなた達もアカデミアに戻った方がいい。無理に狼と戦う必要もない」
「また後で話しましょう。ルーア姫様!」

 彼らは駆け足でアカデミアへと戻っていく。
 ルーアはシャーリーと呼ばれた人物の心当たりがない。一体、彼女はどこで自分を知っていたのだろうか──?
 ミカエルはレムに聞いた。

「どうする? そのオルガロンとやらを倒すか? レム」
「こちらにはルージュドラゴンも向かってきているしな。鉢合わせしたら危険そうだな。一度、アカデミアに撤退するか」
「ルーア、俺達もアカデミアへ戻ろう。そのシャーリーという人も君の事を知っていそうだ」
「そ、そうね」

 ルーアは過去を紐解こうと必死になっている。
 シャーリーって誰の事なの? 
 いくら過去を紐解こうとしてもシャーリーの事が思い出せない……一体、あの人は誰?
 過去の記憶を探ろうとすればするほど、まるで混沌に掻き消されるようにあやふやになって、それが不愉快な気分だ。
 そして不愉快になればなるほど、快楽という混沌が欲しくなってくる──。
 そこでレムが彼女の肩に触れて言った。

「人の記憶は意外とあやふやなものさ。向こうが知って、自分は知らない事も十分にあり得る」
「俺達もアカデミアに戻って確認してみよう」

 銀翼の竜の背に乗ると、軽やかに翼を羽ばたきその場から去る混沌の女神と騎士は、そのままアカデミアへと飛び去っていく。
 レムが地上へ目をやるとルージュパピヨンの宿主となっている赤い狼が先程彼らがいた場所へ走ってくるのが見えた。  
 そして暫くするとルージュドラゴンもきて、その場で二匹の縄張り争いが始まる。
 
「──あれが縄張り争いって云われるものか。まさか、この世界で目撃する事になるとはね」
「魔物達の縄張り争いを観ても何にもならんだろう」

 ミカエルがそう呟くと、レムも頷いて、そのままアカデミアへと帰還するのであった。
 
 レムとルーアがアカデミアの門にて先に戻り、彼らの帰還を待つ。十分程待つと瘴気の森にて助けた二人の研究員がアカデミアへと戻ってくる。
 彼らはレムとルーアを見つけるとシャーリーの方は手を振って彼らに無事である事を報せた。男性の研究員もやや疲れの顔をしつつもアカデミアに帰還出来たのでホッとしている。
 
「ルーア姫様! 御帰りが早いですね~」
「やぁ。道すがらシャーリーから聞いたよ。まさか伝説の混沌の女神とその騎士に出会えるとはね……私達は運がいい」
「エリック隊長。やっと帰ってこれましたね」
「調査結果をホープ所長に報告しないとね」

 彼らがアカデミア研究所へ入るとホープが待っていた。
 どうやら込み入った案件の調査だったのだろうか? 
 彼らを助けてくれたレムとルーアにも声をかけるホープ。

「レムさん。ルーア姫様。ご無事で何よりです。エリック達を助けてくれた様子で感謝します」
「君がわざわざ出迎えるとは込み入った案件だったのかな?」
「──そうですね。実はエリック達もルージュパピヨンの調査が任務だったんですよ。我々も血の揚羽蝶の調査は結構重要視しているんです」
「俺達と同じ調査だったのか」
「君達もルージュパピヨンには興味ありそうだね。あれは中々興味深い生態だからね」
「エリック隊長。報告は部屋で聞きます。レムさんもよろしければ同席をどうぞ」
「シャーリー。報告は私がしておくからルーア姫様と久々の再会を楽しんでくるといい」
「ありがとうございます、エリック隊長」
「ルーア。このルージュパピヨンの話は結構辛いだろう。君もシャーリーと話しているといいよ」

 女神の騎士の気遣いにルーアはむしろ心配が過ぎる。多少、気の重い話でも今はレムと共に居たい──。
 
「──ルージュパピヨンの話は私も聞きたいよ。私が聞かないと誰があなたを助けるの?」
「……あれを間近で観たのに話を聞いていられるのか?」
「少なくとも間近で観たから聞いていられるわ」
 
 そのやり取りにシャーリーは何だかルーア姫が自分を避けているように感じた。
 何だか、蚊帳の外にいるみたいに感じる──。
 その時、シャーリーの心にも混沌が入り込む。それは女神の騎士レムに対する微かな嫉妬の形として、心の隙間に入り込んだ……。
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