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第3章 混沌、それは人の心
3-3 瘴気の森
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学業都市アカデミアの東、人の足で歩いて約三十分の所に瘴気の森と呼ばれる森が広がる。異世界アルトカークスで原初からその姿を変えずに存在する魔物と植物の楽園であり、人間にとっては恐るべき森。
混沌の騎士レムと混沌の女神ルーアは銀翼のドラゴンを入口で待たせて瘴気の森へ入っていく。
瘴気の森と呼ばれる由縁は文字通り、人間の気力を削ぐ目に見えない力──瘴気が漂っている為にその名前が付けられたとも、気力を吸う血の赤の蝶ルージュパピヨンが多数棲息する為に、その名前が付けられたとも云われる。
古代の息吹がそのまま伝わる深い森は人間の手が入れられていないまさに自然の驚異がそのまま存在している。
理路整然と作られていない原初の森には太陽の光が刺さない場所も散見される。周りを見渡せば原初の魔物が昼間から闊歩し、その他の環境生物と呼ばれる小さな昆虫や地球では拝む事もできない植物が花をつけ、胞子を飛ばす。
彼らが足を踏み入れた目的は周りを当然のように翅を広げて飛ぶ吸血生物、ルージュパピヨンの習性を学ぶ為に瘴気の森へと足を運んだ。
ルージュパピヨンとは【赤い蝶】の意味を持つ吸血生物で、その秘められた力は、血を吸った対象に他の生物からも吸い取った気力を交換条件として途方もない力を与える──という。
それは学業都市アカデミアでも研究の対象にされている内容でもある。
ただ吸血生物と云われるだけに人間にはどのような影響を与えるのかは未知数で研究もそんなに進んでいない。人間の身ではその吸血生物に噛まれる事自体が、危険な行為故に人体実験など誰もやらない。
人間よりも凶暴な魔物でさえもルージュパピヨンに群がられて噛まれた日には、格上の飛竜でさえも簡単に殺戮する途轍もない力を与える。
彼らよりも身体的に弱いとされる人間がルージュパピヨンに噛まれた日には生命さえも危うい。だから研究も進まないのが現実だった。
だが、混沌の女神の騎士レムにとっては、決定的な力の差を埋める為には、例え狂ってしまう程に危険なものでもこの際、欲しいのは確かだった。
だからこそ敢えて自らが実験台としてルージュパピヨンが齎すものを体験してみる。
瘴気の森へ入り、まるで血の揚羽蝶のような姿を間もなく目撃した彼らは、ルージュパピヨンがより多く棲息する場所へ目指す。
ルージュパピヨンには一つの大きな習性がある事が事前知識として彼らに教授されていた。血の揚羽蝶は、その名前の通り、血の匂いに敏感で、ほんの少しのかすり傷でも寄ってくる。
ルージュパピヨンの生態は吸血した数か多ければ多い程に群れをなして周囲を囲む。
つまり群れをなしたルージュパピヨンの近くには血の揚羽蝶に狂わされた魔物が側に必ずいるという事。血の揚羽蝶はそうして周囲の魔物を狂わせ、宿主を探して飛んでいるのだという。
レムは出発の際にホープからその危険性を説明された。
「ルージュパピヨンは確かに圧倒的な力を与えます。しかしその宿主になる生物は著しく生命力を縮めます。そんな危険な力を得ようなんて無茶ですよ」
「無茶だからこそやる意義があるのでは?」
レムはホープに生前の自らの仕事を伝えた。
「これでも俺は元技術士官でね。しかも無茶を通り越した仕事をしていたよ。あのルージュパピヨンの力を人工的に使いこなすには骨は折れそうだけど考えるだけでは何も産まれない。誰かがそれを体験する必要があるんだよ。なら俺がやればいいだけのことさ」
「もしもの事があったらどうするのですか!?」
「レムさんも目撃したでしょう? あの巨大な熊でさえも、一撃で飛竜すらも殺戮した。ルージュパピヨンの宿主にされた生物は確実に気を狂わせます。危険過ぎます。別の力を探すべきです」
「呑気な事は言ってられないのでは?」
「こういう事態だからこそ確実な力を得たいのです」
「──まあ、そうだな。それは解る。しかし技術屋時代の反省を活かすなら、未知数の力を得る為にはリスクは必要。尻込みしていたらそれこそ何も得る事もできない。なら俺は敢えてリスクを取ってリターンを得るね」
「──あなたはそれでいいでしょう。しかしルーア様を見捨てるつもりですか?」
「君はルーアをだいぶ見くびっているようだね。彼女は何も混沌の騎士の自分に護られてばかりいないよ。この子は俺のパートナーだからね」
ルーアは瘴気の森を共に歩きながら、これから起きる事に恐怖している。
この血の揚羽蝶の宿主にこれからなるかもしれない女神の騎士を果たして自分自身は護れるのだろうか?
だいぶ奥まで瘴気の森を進むとルージュパピヨンの数が目に見えて増えてきている。
美しい血の揚羽蝶が周囲を飛び回る光景は、幻想的であると同時に、恐ろしい光景だった。
すると地響きが伝わってきた。瘴気の森に巨大な何かが歩いている。
彼らは苔の絨毯に生えた大きな樹の陰に隠れるとルージュパピヨンに群がられた緑色の飛竜が側を通り過ぎていく──。
アカデミアの研究員はその個体をルージュドラゴンと呼称していた。
ルージュドラゴンは敵意さえ出さなければ人を襲う事はない。だが、それでも気が立っている状態だから、そこに何かけたたましい音が聞こえたら人を襲う事はするらしい。
そんな時だった。
ルージュドラゴンの向かう先から拳銃の発砲音が聴こえた。
息を潜めているレム達ではない。
この瘴気の森に彼らの他にも人間が調査に赴いている。その誰かが何かに襲われているのか?
突如としてルージュドラゴンはその拳銃の発砲音の方向へ走り始めた。
恐らくはそれが自らの身の危険を報せるものと判断したのだろう。
「レム」
「どうやら、あっちの方角に何かに襲われている人間がいるかもな」
「助けに向かう?」
「──行こう。ルージュドラゴンに襲われたら、生身の人間では危ない」
彼らもまた、拳銃の発砲音の方角へ走って向かった。
薄暗い瘴気の森の開けた所でレムがミカエルを呼ぶ為に口笛を鳴らした。
魔力を帯びた口笛がミカエルの耳に届くと優雅に飛び去る銀翼の竜。
「呼んだか?」
「ミカエル! 拳銃の発砲音の方角へ!」
「森の出口だな」
「飛ぶぞ! 捕まっていろ」
銀翼の竜はその発砲音の元へ一気に飛んで向かっていく。
そこではルージュパピヨンの宿主にされた別の魔物に襲われるアカデミアの研究員達が逃げ惑う光景があった──。
混沌の騎士レムと混沌の女神ルーアは銀翼のドラゴンを入口で待たせて瘴気の森へ入っていく。
瘴気の森と呼ばれる由縁は文字通り、人間の気力を削ぐ目に見えない力──瘴気が漂っている為にその名前が付けられたとも、気力を吸う血の赤の蝶ルージュパピヨンが多数棲息する為に、その名前が付けられたとも云われる。
古代の息吹がそのまま伝わる深い森は人間の手が入れられていないまさに自然の驚異がそのまま存在している。
理路整然と作られていない原初の森には太陽の光が刺さない場所も散見される。周りを見渡せば原初の魔物が昼間から闊歩し、その他の環境生物と呼ばれる小さな昆虫や地球では拝む事もできない植物が花をつけ、胞子を飛ばす。
彼らが足を踏み入れた目的は周りを当然のように翅を広げて飛ぶ吸血生物、ルージュパピヨンの習性を学ぶ為に瘴気の森へと足を運んだ。
ルージュパピヨンとは【赤い蝶】の意味を持つ吸血生物で、その秘められた力は、血を吸った対象に他の生物からも吸い取った気力を交換条件として途方もない力を与える──という。
それは学業都市アカデミアでも研究の対象にされている内容でもある。
ただ吸血生物と云われるだけに人間にはどのような影響を与えるのかは未知数で研究もそんなに進んでいない。人間の身ではその吸血生物に噛まれる事自体が、危険な行為故に人体実験など誰もやらない。
人間よりも凶暴な魔物でさえもルージュパピヨンに群がられて噛まれた日には、格上の飛竜でさえも簡単に殺戮する途轍もない力を与える。
彼らよりも身体的に弱いとされる人間がルージュパピヨンに噛まれた日には生命さえも危うい。だから研究も進まないのが現実だった。
だが、混沌の女神の騎士レムにとっては、決定的な力の差を埋める為には、例え狂ってしまう程に危険なものでもこの際、欲しいのは確かだった。
だからこそ敢えて自らが実験台としてルージュパピヨンが齎すものを体験してみる。
瘴気の森へ入り、まるで血の揚羽蝶のような姿を間もなく目撃した彼らは、ルージュパピヨンがより多く棲息する場所へ目指す。
ルージュパピヨンには一つの大きな習性がある事が事前知識として彼らに教授されていた。血の揚羽蝶は、その名前の通り、血の匂いに敏感で、ほんの少しのかすり傷でも寄ってくる。
ルージュパピヨンの生態は吸血した数か多ければ多い程に群れをなして周囲を囲む。
つまり群れをなしたルージュパピヨンの近くには血の揚羽蝶に狂わされた魔物が側に必ずいるという事。血の揚羽蝶はそうして周囲の魔物を狂わせ、宿主を探して飛んでいるのだという。
レムは出発の際にホープからその危険性を説明された。
「ルージュパピヨンは確かに圧倒的な力を与えます。しかしその宿主になる生物は著しく生命力を縮めます。そんな危険な力を得ようなんて無茶ですよ」
「無茶だからこそやる意義があるのでは?」
レムはホープに生前の自らの仕事を伝えた。
「これでも俺は元技術士官でね。しかも無茶を通り越した仕事をしていたよ。あのルージュパピヨンの力を人工的に使いこなすには骨は折れそうだけど考えるだけでは何も産まれない。誰かがそれを体験する必要があるんだよ。なら俺がやればいいだけのことさ」
「もしもの事があったらどうするのですか!?」
「レムさんも目撃したでしょう? あの巨大な熊でさえも、一撃で飛竜すらも殺戮した。ルージュパピヨンの宿主にされた生物は確実に気を狂わせます。危険過ぎます。別の力を探すべきです」
「呑気な事は言ってられないのでは?」
「こういう事態だからこそ確実な力を得たいのです」
「──まあ、そうだな。それは解る。しかし技術屋時代の反省を活かすなら、未知数の力を得る為にはリスクは必要。尻込みしていたらそれこそ何も得る事もできない。なら俺は敢えてリスクを取ってリターンを得るね」
「──あなたはそれでいいでしょう。しかしルーア様を見捨てるつもりですか?」
「君はルーアをだいぶ見くびっているようだね。彼女は何も混沌の騎士の自分に護られてばかりいないよ。この子は俺のパートナーだからね」
ルーアは瘴気の森を共に歩きながら、これから起きる事に恐怖している。
この血の揚羽蝶の宿主にこれからなるかもしれない女神の騎士を果たして自分自身は護れるのだろうか?
だいぶ奥まで瘴気の森を進むとルージュパピヨンの数が目に見えて増えてきている。
美しい血の揚羽蝶が周囲を飛び回る光景は、幻想的であると同時に、恐ろしい光景だった。
すると地響きが伝わってきた。瘴気の森に巨大な何かが歩いている。
彼らは苔の絨毯に生えた大きな樹の陰に隠れるとルージュパピヨンに群がられた緑色の飛竜が側を通り過ぎていく──。
アカデミアの研究員はその個体をルージュドラゴンと呼称していた。
ルージュドラゴンは敵意さえ出さなければ人を襲う事はない。だが、それでも気が立っている状態だから、そこに何かけたたましい音が聞こえたら人を襲う事はするらしい。
そんな時だった。
ルージュドラゴンの向かう先から拳銃の発砲音が聴こえた。
息を潜めているレム達ではない。
この瘴気の森に彼らの他にも人間が調査に赴いている。その誰かが何かに襲われているのか?
突如としてルージュドラゴンはその拳銃の発砲音の方向へ走り始めた。
恐らくはそれが自らの身の危険を報せるものと判断したのだろう。
「レム」
「どうやら、あっちの方角に何かに襲われている人間がいるかもな」
「助けに向かう?」
「──行こう。ルージュドラゴンに襲われたら、生身の人間では危ない」
彼らもまた、拳銃の発砲音の方角へ走って向かった。
薄暗い瘴気の森の開けた所でレムがミカエルを呼ぶ為に口笛を鳴らした。
魔力を帯びた口笛がミカエルの耳に届くと優雅に飛び去る銀翼の竜。
「呼んだか?」
「ミカエル! 拳銃の発砲音の方角へ!」
「森の出口だな」
「飛ぶぞ! 捕まっていろ」
銀翼の竜はその発砲音の元へ一気に飛んで向かっていく。
そこではルージュパピヨンの宿主にされた別の魔物に襲われるアカデミアの研究員達が逃げ惑う光景があった──。
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