加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる

ひきこ

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7、オレはいいと思うんだよね

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 あの日は完全にあいつのDom性に飲み込まれてしまった感はある。いち患者の個人的な頼みなんて適当に聞き流して、出禁にすれば済んだ話だなんて気が付いたときにはもう遅かった。

 だけど冷静に考えてみれば誰が見たって明らかにおかしい状況だったはずなのに、受け入れる以外の選択肢なんて思いつきもしなかった。結局のところは不可抗力に近い状況だったとはいえ、薄々感じ取っていたダイナミクス支配関係の相性の良さに流されたのは俺自身だったから。

 だがあいつが妙に俺に執着するのは、やっぱりどう考えても最初に認識したSubってだけの刷り込みだ。
 運悪くSubイコール俺だなんて印象づいちまったのなら各方面に申し訳なさすぎるし、こんな例外なんてとっとと忘れてもっと外を見るべきだ。

 目を見ちまえば抗えないのもわかっちゃいるからとにかく警戒しながら避けてはいるが、いっそこのままフェードアウトできりゃいいな、なんて思っていたはずなのに。



「よ、おつかれ。真崎、お前明日休みだったよな? ちょっと付き合えよ」
「はあ」

 なんて先輩の誘いを断る理由も特になく、言われるがままに夜の街にやってきてしまったのだが、どうにも見覚えのあるこの店……いつかのハプバーじゃねえか。


「おう、待たせたな」

 おいおいと思ったそばから、先輩は構わずそこにいた先客の若い男に声を掛ける。

「うう、やっと来てくれた……もうずっと視線を感じるし、おれやっぱりこういうところ向いてな……」
「は?」

 いやいやどう考えてもこの聞き覚えのある泣きそうな声、あいつじゃねえか!

「わああ、先生だ!」
「……何やってんだお前」
「うん、やっぱり。オレはいいと思うんだよね」


 一切嚙み合っていない会話に頭を抱えたくなりつつも、先輩が面白がっていることだけは間違いねえな。

「……なるほど、大体わかった」
「てなわけで、はいカードキー。オレ権限でプレイルーム取ってるからよ」
「いや、おかしいだろ」
 


「はあ、世話焼きの陽キャ怖えぇわ」

 捨てられた子犬のように震えながら寄越されるこいつの視線と、先輩からの無言の圧と。ただでさえ敵わねえDom二人に抵抗できるわけもなく。
 ダメ押しのように「どうせ足りてねえんだろ」なんて言われてしまえばぐうの音も出なかった。

「ま、結局来ちまったしな。相手が俺で悪りぃけど、プレイしてみっか」
「うん、したい。おれは先生としたいってずっと言って」

「とりあえずセーフワードだが、『出てけ』っつーのはどうだ」


 無意識で口走ることもそうそうないが、明確な拒絶の言葉としてはちょうどいいだろう。

「…………」


 俺が一方的に捲し立てているのが不本意だろうことはわかっているが、俺だって相当やべえんだ。

「ま、言わせなきゃいいってこった。さすがの俺も、ここまできて意地悪で言いやしねえからよ」


 セーフワードを口にすれば、どんなDomからの命令でも拒絶することができるらしい。

 俺も実際に見たわけではねえが、それを言われたDomはこの世の終わりかのような絶望感に襲われ一生トラウマもんだっつー話も聞くし、要するに護身刀みてえなもんだろう。


「そんじゃ始めるか。せっかくだしベタなのでもなんでも、やってみろよ」
「ああもうずるいな。でも、それじゃあ」
 
 無駄に派手なソファーにぎこちなく腰掛けるその挙動は、教本に描かれていた図解を思い浮かべてそのままなぞっているのがよくわかる。

 これから支配を始めるのだという意思を持って直視されれば俺の潜在的な意識に突き刺さるのを直感して、腹の底から何かがきゅっと締め付けられる。


「か……、Come来て

「おお」


 恐る恐る放たれるコマンドは謙虚で初々しくて。

 なのにそれがすっと染み渡るように心地よくて、当たり前のように自然に身体が動く。これまでの潜在的な命令は何だったのかと思うほど嫌悪感がないことにも驚いた。


「わあ……やば」


 ああ、これはやべえなと俺も思う。その意味するところは恐らく同じだとその表情を見ればわかる。


「えっと、じゃあ次は、おすわ……いや、待って」
「ん?」
「やっぱり、上から目線って感じで抵抗あるんだよね。うん、こっちがいいな」

 そう呟きながらもぞもぞと、脚を伸ばし広げて深く腰掛けなおせば俺を見上げる恰好だ。俺の視線を捕らえてすっと目が細められ「それじゃ」とひと呼吸で、空気が変わる。


Kneelおすわり
「っ」


 恥じらいが捨てられはっきりと意思が宿ったコマンドは、それを言葉として認識するより先にダイレクトに身体に効いてくる。
 それを意識する間もなく膝の力が抜け、床に崩れ落ちる直前にぐいと手を引かれてソファに乗り上げれば、不本意ながらもしがみつくような体勢だ。


「わあぁ……、Good boyよくできました
「ん……」
「うん、やっぱりこのほうがいい」

 そっと撫でられるその手を追いかけるように頭の重心を寄せていたのは無意識で。たったこれだけのコマンドの応酬で、頭が空っぽになったみたいにふわふわするなんて。

「かわ……っ、……」


 俺に向けるものとしてはあり得ない単語が聞こえたような気がするが、意味のある言葉はもう入ってこなかった。
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