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5、あの人の前では、先生はSubなんですね
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「ごめんなさい。おれ、本当にそんなつもりじゃなくて……」
「ああ、わかったから」
ああもう、だからどうしてお前がそんなに泣きそうになってんだ。
直接的なコマンドではなくともほぼそれに近い命令が出せること自体がDomとしての資質の高さを示しているし、そんなつもりではなかったのも本当なのだろう。
恐らく突発的に感情が動いたことで出た言葉だろうし、これまで偉そうに説教垂れていた医者が実はSubだとわかりゃあ思うところもあるだろう。
「お前の言う通り俺はSubだよ。この件はお互い様ってことで、もう帰れ」
もはや言葉遣いを気にする余裕なんてもなかったが、今は担当医じゃねえしもう知らん。
「やっと見つけたのに。帰らない」
なんだそれ。
「はあ? それで、俺に診てもらいたかったっつう話か? 専門科で何か言われたのか」
どうらや帰る気はないらしいし、俺もしばらく動けない。
正気じゃねえが、後ろめたさも手伝いため息ひとつで結局世話を焼いちまう。
「その、なんていうか……合わないっていうか」
「合わない、って」
「いかにもDomって感じの先生で、とりあえずSubとヤっとけとか、そんなこと言われてもっていうか」
「あー」
なるほどな。まあ考えてみりゃあ、生まれながらのDomにしてみりゃそりゃそういう感覚か。
「同僚とか、ほかに知り合いとかも、Domだってわかるようなやつは大体そういう性格だからとてもじゃないけど相談できないし」
「まあ、わからんでもない」
「これじゃあSubが名乗りたがらないのもよくわかったし、そういうことなんですよね、先生」
「まあ、なあ……」
確かに実際のところそれは大いにあるだろう。
ただそれはそれとしてそんなに返事を急かすような目で見られているのは落ち着かない。
「全員が全員そういうやつってわけでもないが、お前が言いたいことはわか」
「あの人とか」
「ん? あの人?」
唐突すぎて何の話か全くわからず思わず聞き返す。
「さっき、喫煙室で一緒にいた男の先生。優しそうな……Domですよね」
「ああ、先輩のことか。そうだな」
「やっぱり」
へえ、明らかに確信してた顔だな。
いつの間にやら喫煙所で駄弁っているのを見られていたことはともかくとして……後天性にもかわららず他人のDomの資質を見抜けるなんて、その潜在能力の高さに思わず感心してしまう。
「あんな一瞬でわかるなんて流石だな」
「それは……いや、まあ。それで、その」
「ん?」
「あの人の前では、先生はSubなんですね」
「はあ……? っ、ちょっ、圧、かけ、ん……な」
「あっ、また、おれ……はああ……」
「はあ……」
ああもうマジでなんなんだ。頭を抱えるってこういうことを言うんだな。俺に言いたいことがあるなら直接言ってくれ、頼むから。
「あのな、いきなり体質が変わって慣れないのもわかるんだよ。だけど、残念ながらお前はDomとして力も強い。その力で、うっかり外で同じことをやっちまったら訴えられても仕方ねえし、気の毒だがそこに『後天性だから』なんて言い訳は通用しない」
「…………」
正直なところ自分が最初に診断した手前、俺の説明が明らかに言葉足らずだった責任を感じて頭が痛い。本当に、こいつが犯罪者にならずに済んだだけよかったと思うべきなのかもしれねえな。
「そういうわけだから、俺が医者じゃなけりゃあ即出禁レベルだ。わかるな?」
「うん……あ、はい」
「いや、いい。気にすんな」
「……うん」
もう考えるのも面倒だし今となっては言葉遣いなんて大した問題ではないし、取り繕うのをやめたのは俺が先だしな。
「で、お前がここに来た理由はなんとなくわかったから。医者として頼られて、悪い気はしねえよ」
「せ、せんせえ……」
「おお、ここは俺しかいねえからな。今のうちに泣け泣け」
Domとしては正直言って脅威だが、やっぱり普通の若者なんだよな。突然望んでもいない力を持って、しかも思うようにコントロールできないなんて不安しかないだろう。
真逆の立場であるSubの俺にはDomの気持ちなんてわかりやしないが、冷静に考えてみれば当たり前の感情だよなと改めて気づかされる。
なんて、自分でも気づかないうちに俺の心まで穏やかになっているのはそうか、目の前のこのDomの男の視線もいつの間にか和らいでいるせいか。
「おお、いい目になってきたじゃねえか」
「うぅ、せんせい……」
「よし、乗りかかった船だ。ついでに練習してけ」
「……え?」
「さっき、俺に圧かけたろ。万が一外でSubにあれをやっちまったら、放置すればドロップ状態になるからな……ほら、責任もって、ケアしてみろ」
「えっと……?」
「はは、前に渡した資料ちゃんと読んどけよ? まあなんでもいいが簡単なところだと……こっち、Subの頭を撫でてやるとか」
そう言ってやれば恐る恐る手が伸びてきて、ぎこちなく頭が撫でられているのが少しくすぐったい。
「そう、いいぞ。そんな感じでこれから覚えていけばいい」
「……うん」
なんだ、素直になれば可愛いじゃねえか……なんて。
いや待て、俺は患者に何をさせてんだと今頃になって正気に戻る。公私混同、いや、元はこいつのせいだから仕方ないよな?
そもこういうプレイじみたことを冷静にできるわけがないのはそれはそうなのだが。
「ま、とにかくがんばれ」
「うん、ありがとう」
――最後にやられたな、無意識め。
「ん、お大事に」
俺にとっても事故みたいな出会いのせいで、この日の夜は久々に熟睡できて、ここ数年稀に見る絶好調な目覚めとその理由に思い至ってまた頭を抱えるのはその翌朝のことだった。
「ああ、わかったから」
ああもう、だからどうしてお前がそんなに泣きそうになってんだ。
直接的なコマンドではなくともほぼそれに近い命令が出せること自体がDomとしての資質の高さを示しているし、そんなつもりではなかったのも本当なのだろう。
恐らく突発的に感情が動いたことで出た言葉だろうし、これまで偉そうに説教垂れていた医者が実はSubだとわかりゃあ思うところもあるだろう。
「お前の言う通り俺はSubだよ。この件はお互い様ってことで、もう帰れ」
もはや言葉遣いを気にする余裕なんてもなかったが、今は担当医じゃねえしもう知らん。
「やっと見つけたのに。帰らない」
なんだそれ。
「はあ? それで、俺に診てもらいたかったっつう話か? 専門科で何か言われたのか」
どうらや帰る気はないらしいし、俺もしばらく動けない。
正気じゃねえが、後ろめたさも手伝いため息ひとつで結局世話を焼いちまう。
「その、なんていうか……合わないっていうか」
「合わない、って」
「いかにもDomって感じの先生で、とりあえずSubとヤっとけとか、そんなこと言われてもっていうか」
「あー」
なるほどな。まあ考えてみりゃあ、生まれながらのDomにしてみりゃそりゃそういう感覚か。
「同僚とか、ほかに知り合いとかも、Domだってわかるようなやつは大体そういう性格だからとてもじゃないけど相談できないし」
「まあ、わからんでもない」
「これじゃあSubが名乗りたがらないのもよくわかったし、そういうことなんですよね、先生」
「まあ、なあ……」
確かに実際のところそれは大いにあるだろう。
ただそれはそれとしてそんなに返事を急かすような目で見られているのは落ち着かない。
「全員が全員そういうやつってわけでもないが、お前が言いたいことはわか」
「あの人とか」
「ん? あの人?」
唐突すぎて何の話か全くわからず思わず聞き返す。
「さっき、喫煙室で一緒にいた男の先生。優しそうな……Domですよね」
「ああ、先輩のことか。そうだな」
「やっぱり」
へえ、明らかに確信してた顔だな。
いつの間にやら喫煙所で駄弁っているのを見られていたことはともかくとして……後天性にもかわららず他人のDomの資質を見抜けるなんて、その潜在能力の高さに思わず感心してしまう。
「あんな一瞬でわかるなんて流石だな」
「それは……いや、まあ。それで、その」
「ん?」
「あの人の前では、先生はSubなんですね」
「はあ……? っ、ちょっ、圧、かけ、ん……な」
「あっ、また、おれ……はああ……」
「はあ……」
ああもうマジでなんなんだ。頭を抱えるってこういうことを言うんだな。俺に言いたいことがあるなら直接言ってくれ、頼むから。
「あのな、いきなり体質が変わって慣れないのもわかるんだよ。だけど、残念ながらお前はDomとして力も強い。その力で、うっかり外で同じことをやっちまったら訴えられても仕方ねえし、気の毒だがそこに『後天性だから』なんて言い訳は通用しない」
「…………」
正直なところ自分が最初に診断した手前、俺の説明が明らかに言葉足らずだった責任を感じて頭が痛い。本当に、こいつが犯罪者にならずに済んだだけよかったと思うべきなのかもしれねえな。
「そういうわけだから、俺が医者じゃなけりゃあ即出禁レベルだ。わかるな?」
「うん……あ、はい」
「いや、いい。気にすんな」
「……うん」
もう考えるのも面倒だし今となっては言葉遣いなんて大した問題ではないし、取り繕うのをやめたのは俺が先だしな。
「で、お前がここに来た理由はなんとなくわかったから。医者として頼られて、悪い気はしねえよ」
「せ、せんせえ……」
「おお、ここは俺しかいねえからな。今のうちに泣け泣け」
Domとしては正直言って脅威だが、やっぱり普通の若者なんだよな。突然望んでもいない力を持って、しかも思うようにコントロールできないなんて不安しかないだろう。
真逆の立場であるSubの俺にはDomの気持ちなんてわかりやしないが、冷静に考えてみれば当たり前の感情だよなと改めて気づかされる。
なんて、自分でも気づかないうちに俺の心まで穏やかになっているのはそうか、目の前のこのDomの男の視線もいつの間にか和らいでいるせいか。
「おお、いい目になってきたじゃねえか」
「うぅ、せんせい……」
「よし、乗りかかった船だ。ついでに練習してけ」
「……え?」
「さっき、俺に圧かけたろ。万が一外でSubにあれをやっちまったら、放置すればドロップ状態になるからな……ほら、責任もって、ケアしてみろ」
「えっと……?」
「はは、前に渡した資料ちゃんと読んどけよ? まあなんでもいいが簡単なところだと……こっち、Subの頭を撫でてやるとか」
そう言ってやれば恐る恐る手が伸びてきて、ぎこちなく頭が撫でられているのが少しくすぐったい。
「そう、いいぞ。そんな感じでこれから覚えていけばいい」
「……うん」
なんだ、素直になれば可愛いじゃねえか……なんて。
いや待て、俺は患者に何をさせてんだと今頃になって正気に戻る。公私混同、いや、元はこいつのせいだから仕方ないよな?
そもこういうプレイじみたことを冷静にできるわけがないのはそれはそうなのだが。
「ま、とにかくがんばれ」
「うん、ありがとう」
――最後にやられたな、無意識め。
「ん、お大事に」
俺にとっても事故みたいな出会いのせいで、この日の夜は久々に熟睡できて、ここ数年稀に見る絶好調な目覚めとその理由に思い至ってまた頭を抱えるのはその翌朝のことだった。
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