上 下
4 / 10

4、これでわかった

しおりを挟む
「はー、よっこらせ」

 先輩に聞かれた日には散々いじられるであろう掛け声でも、口に出していないとやっていられない。

 束の間の昼休憩を終えて渋々立ち上がればふらりと立ちくらみ、霞んだ視界が戻るのを待たずに歩き出している自分に疑問を感じなくなるほどには慣れ過ぎていることはよろしくねえんだろうけどな。いや、そうは言ってもそろそろ視界が晴れてもいいはずなのだが……っと、これは。

「っ、」

 はぁ全く、言ったそばから早速これだ。
 ぼすんと柔らかな衝撃とともに目の前が真っ暗になって、自分が今立っているのかどうかも一瞬見失う。

 猫背で前のめりのまま突っ込んだ自覚はあったがそこは無機質な床でも柱でもなくて、頭ひとつ分以上は背の高い人様の身体だと直感すると同時に眼鏡が落ちた音がカシャンと響く。

「っべ……はぁ、ほんとすみません」
「……あっ、いえ。眼鏡」
「あー、いやいやいいです、大丈夫……あ」

 背の高い男が親切に拾ってくれようとするのを慌てて制するも、俺のポンコツな身体よりも相手が動くほうが早かった。

「どうも……ん?」

 差し出された眼鏡は何故か動かず相手の手から離される気配がなくて、何事かと顔を上げてようやく見覚えのあるその男の顔を認識する。

「ああ、えっと」
「……先生」

 ああ、この声と視線は間違いないな。眼鏡なしでこの距離はなかなかの拷問だ。

「えっと……世野さん?」
「……覚えてて、くれたんですね」
「あー、そりゃあ……いや」

 実際よく覚えてる――といってもそんなものはこちらの話だと思い直して言葉を飲み込んだ。
 いち患者として簡単に忘れるはずがないのは俺にとってはある意味当然で。なのにそれだけのことにぱっと表情が明るくなるのに気づいてしまえば罪悪感が突き刺さるのだが、だからこそ冷静になれ、とひそかに呼吸を整える。


「調子、どうですか?」

 確か専門科のある病院を紹介したはずだが、以前診たときからあまり変化はないように見えるのはまだどこか悪いのか、それとも?

「えっと、その……おれ、専門科にも行ったんですけど」
「ああいや、悪い。無理して答えなくても」

 ああそうだ、つい診察気分で話を振ってしまったが、そういえば今はただ偶然の立ち話だとはっとする。

「あ、違っ……、やっぱり先生が……いいと、思って」
「ん……?」

 いや待て、その目でまっすぐ見るのは勘弁してくれ。すっかり忘れていたがまだ眼鏡は掴まれたままで、その逆の手で俺の手首が掴まれたのを認識するが動けない。


「その、また先生に診てほしくて」
「そ、そりゃどうも……」

 どうにもよからぬ直感にしらを切り通せやしねえかとも思ったが、残念ながら聞き間違い、ではなさそうだ。

「なのに、違う先生だった」
「そう、だったんですね。まさかこんなところで会うなんて」

 驚いて見せてはいるものの、再診にもかかわらず俺が担当にされなかったのはどう考えてもダイナミクスのせいだろう。
 初回は検査の成り行きもあって結果的に俺が全部説明したが、はじめからDomだとわかっている患者にSubの医者をあてるなんてよほどでなければ有り得ねえ。


「でも……これでわかった」
「え?」


「……先生、Subですよね」
「……っ、」


 ――確かな追及の意思を持ったDomの視線にとらわれたSubにとって、肯定以外の答えなんて許されるはずなく頷いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

オメガ社長は秘書に抱かれたい

須宮りんこ
BL
 芦原奏は二十九歳の若手社長として活躍しているオメガだ。奏の隣には、元同級生であり現在は有能な秘書である高辻理仁がいる。  高校生の時から高辻に恋をしている奏はヒートのたびに高辻に抱いてもらおうとするが、受け入れてもらえたことはない。  ある時、奏は高辻への不毛な恋を諦めようと母から勧められた相手と見合いをする。知り合った女性とデートを重ねる奏だったが――。 ※この作品はエブリスタとムーンライトノベルスにも掲載しています。  

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

処理中です...