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4、これでわかった
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「はー、よっこらせ」
先輩に聞かれた日には散々いじられるであろう掛け声でも、口に出していないとやっていられない。
束の間の昼休憩を終えて渋々立ち上がればふらりと立ちくらみ、霞んだ視界が戻るのを待たずに歩き出している自分に疑問を感じなくなるほどには慣れ過ぎていることはよろしくねえんだろうけどな。いや、そうは言ってもそろそろ視界が晴れてもいいはずなのだが……っと、これは。
「っ、」
はぁ全く、言ったそばから早速これだ。
ぼすんと柔らかな衝撃とともに目の前が真っ暗になって、自分が今立っているのかどうかも一瞬見失う。
猫背で前のめりのまま突っ込んだ自覚はあったがそこは無機質な床でも柱でもなくて、頭ひとつ分以上は背の高い人様の身体だと直感すると同時に眼鏡が落ちた音がカシャンと響く。
「っべ……はぁ、ほんとすみません」
「……あっ、いえ。眼鏡」
「あー、いやいやいいです、大丈夫……あ」
背の高い男が親切に拾ってくれようとするのを慌てて制するも、俺のポンコツな身体よりも相手が動くほうが早かった。
「どうも……ん?」
差し出された眼鏡は何故か動かず相手の手から離される気配がなくて、何事かと顔を上げてようやく見覚えのあるその男の顔を認識する。
「ああ、えっと」
「……先生」
ああ、この声と視線は間違いないな。眼鏡なしでこの距離はなかなかの拷問だ。
「えっと……世野さん?」
「……覚えてて、くれたんですね」
「あー、そりゃあ……いや」
実際よく覚えてる――といってもそんなものはこちらの話だと思い直して言葉を飲み込んだ。
いち患者として簡単に忘れるはずがないのは俺にとってはある意味当然で。なのにそれだけのことにぱっと表情が明るくなるのに気づいてしまえば罪悪感が突き刺さるのだが、だからこそ冷静になれ、とひそかに呼吸を整える。
「調子、どうですか?」
確か専門科のある病院を紹介したはずだが、以前診たときからあまり変化はないように見えるのはまだどこか悪いのか、それとも?
「えっと、その……おれ、専門科にも行ったんですけど」
「ああいや、悪い。無理して答えなくても」
ああそうだ、つい診察気分で話を振ってしまったが、そういえば今はただ偶然の立ち話だとはっとする。
「あ、違っ……、やっぱり先生が……いいと、思って」
「ん……?」
いや待て、その目でまっすぐ見るのは勘弁してくれ。すっかり忘れていたがまだ眼鏡は掴まれたままで、その逆の手で俺の手首が掴まれたのを認識するが動けない。
「その、また先生に診てほしくて」
「そ、そりゃどうも……」
どうにもよからぬ直感にしらを切り通せやしねえかとも思ったが、残念ながら聞き間違い、ではなさそうだ。
「なのに、違う先生だった」
「そう、だったんですね。まさかこんなところで会うなんて」
驚いて見せてはいるものの、再診にもかかわらず俺が担当にされなかったのはどう考えてもダイナミクスのせいだろう。
初回は検査の成り行きもあって結果的に俺が全部説明したが、はじめからDomだとわかっている患者にSubの医者をあてるなんてよほどでなければ有り得ねえ。
「でも……これでわかった」
「え?」
「……先生、Subですよね」
「……っ、」
――確かな追及の意思を持ったDomの視線にとらわれたSubにとって、肯定以外の答えなんて許されるはずなく頷いていた。
先輩に聞かれた日には散々いじられるであろう掛け声でも、口に出していないとやっていられない。
束の間の昼休憩を終えて渋々立ち上がればふらりと立ちくらみ、霞んだ視界が戻るのを待たずに歩き出している自分に疑問を感じなくなるほどには慣れ過ぎていることはよろしくねえんだろうけどな。いや、そうは言ってもそろそろ視界が晴れてもいいはずなのだが……っと、これは。
「っ、」
はぁ全く、言ったそばから早速これだ。
ぼすんと柔らかな衝撃とともに目の前が真っ暗になって、自分が今立っているのかどうかも一瞬見失う。
猫背で前のめりのまま突っ込んだ自覚はあったがそこは無機質な床でも柱でもなくて、頭ひとつ分以上は背の高い人様の身体だと直感すると同時に眼鏡が落ちた音がカシャンと響く。
「っべ……はぁ、ほんとすみません」
「……あっ、いえ。眼鏡」
「あー、いやいやいいです、大丈夫……あ」
背の高い男が親切に拾ってくれようとするのを慌てて制するも、俺のポンコツな身体よりも相手が動くほうが早かった。
「どうも……ん?」
差し出された眼鏡は何故か動かず相手の手から離される気配がなくて、何事かと顔を上げてようやく見覚えのあるその男の顔を認識する。
「ああ、えっと」
「……先生」
ああ、この声と視線は間違いないな。眼鏡なしでこの距離はなかなかの拷問だ。
「えっと……世野さん?」
「……覚えてて、くれたんですね」
「あー、そりゃあ……いや」
実際よく覚えてる――といってもそんなものはこちらの話だと思い直して言葉を飲み込んだ。
いち患者として簡単に忘れるはずがないのは俺にとってはある意味当然で。なのにそれだけのことにぱっと表情が明るくなるのに気づいてしまえば罪悪感が突き刺さるのだが、だからこそ冷静になれ、とひそかに呼吸を整える。
「調子、どうですか?」
確か専門科のある病院を紹介したはずだが、以前診たときからあまり変化はないように見えるのはまだどこか悪いのか、それとも?
「えっと、その……おれ、専門科にも行ったんですけど」
「ああいや、悪い。無理して答えなくても」
ああそうだ、つい診察気分で話を振ってしまったが、そういえば今はただ偶然の立ち話だとはっとする。
「あ、違っ……、やっぱり先生が……いいと、思って」
「ん……?」
いや待て、その目でまっすぐ見るのは勘弁してくれ。すっかり忘れていたがまだ眼鏡は掴まれたままで、その逆の手で俺の手首が掴まれたのを認識するが動けない。
「その、また先生に診てほしくて」
「そ、そりゃどうも……」
どうにもよからぬ直感にしらを切り通せやしねえかとも思ったが、残念ながら聞き間違い、ではなさそうだ。
「なのに、違う先生だった」
「そう、だったんですね。まさかこんなところで会うなんて」
驚いて見せてはいるものの、再診にもかかわらず俺が担当にされなかったのはどう考えてもダイナミクスのせいだろう。
初回は検査の成り行きもあって結果的に俺が全部説明したが、はじめからDomだとわかっている患者にSubの医者をあてるなんてよほどでなければ有り得ねえ。
「でも……これでわかった」
「え?」
「……先生、Subですよね」
「……っ、」
――確かな追及の意思を持ったDomの視線にとらわれたSubにとって、肯定以外の答えなんて許されるはずなく頷いていた。
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