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2、一番いいのはパートナーと定期的にプレイをすること、なのですが

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 この社会には男女という生物学的な性別に加えて第二性によるダイナミクス支配関係という概念が存在する――という事実はここ数十年でようやく一般的にも認知されてきた。

 例えば彼のような、言葉によるコマンドやグレアと呼ばれる眼力のような威圧感によって他人を支配する資質を持つDom性だ。
 その資質をうまく活かせば統率力や指導力にも優れているから、社会的に強い立場に適することも非常に多いことは一般的にもイメージされやすい。

 これだけ聞けばメリットしかないようにも思えるが、裏を返せばDom性の者は多かれ少なかれ潜在的な支配欲求を持っている。

 ただの加虐趣味のようにイメージされることも多いのだが、実際には生理的な欲求であることについての世間的な理解はあまり進んでいない。
 力に任せて一方的に他人を従わせるだけでは満たされず、無理に溜め込めば欲求不満からのストレス状態に陥りがちだし、あるいは今の彼のように、制御しきれず逃げ場を無くした感情が、涙を流すようにしてグレアとして溢れ出ることもある。

 つまりはそうなる前に、そういう厄介な欲求は意図して定期的に吐き出しておくのが一番いい。というのが理想の話だ。

「今の世野さんはまさにそういう……わかりやすく言えば、栄養失調のようなものだと思っていただければ」
「…………」

 反対に、Domが放つコマンドやグレアによる刺激を生理的な欲求として必要とする故に、それらに対して非常に敏感な体質を持つのがSub性だ。
 しかし同意の有無にかかわらずDomからコマンドを使って命令されれば抗うことができないし、グレアにも弱く圧倒されやすいのが紙一重なのが厄介なところでもある。

 さらにこちらも被虐趣味だと思われがちな印象からまだまだ社会的な居心地はいいとは言えず、その性質を隠して生活する者が圧倒的に多いのが現実だ。

 そうは言ってもDomやSubとしての特性を持つのは社会の中でもほんのひと握りだし、何の特性も持たないNormalが人口のほとんどを占めている。
 かつ当事者たちがその性質を隠していることの多さも一因ではあるが、基本的に日常生活で第二性が意識されることはほとんどない。
 それに、もし仮に特性があらわれるとしても、早い者だと本当に生まれて間もなく、遅くとも小学校を卒業する頃までには第二性が確定して成長とともに自分の特性を知っていく。
 だからとっくに成人したNormalだったはずの人間にとって、ある日いきなり後天性だなんて言われたところで寝耳に水に決まってる――俺だって、そうだった。

「一番いいのは、パートナーと定期的にプレイをすること、なのですが」
「は……?」

 みなまで言わずともそれも正しい反応なのはわかってる。他人事だと思って簡単そうに言いやがって、それができたら医者要らねえわって俺だってそう思う。

 だが残念ながらここでの俺はただのモブ医者だ。
 まるでロールプレイングゲームで出会う村人のように、決まりきった口上を告げなければならない義務がある。

 その訝しむような視線から溢れ出る、制御を知らない混じり気なしの不機嫌なグレアは――至近距離で受ければ火傷しそうなほど熱くて痛い。

「取り急ぎは、特性を抑えるお薬を処方させていただきます。まずは身体をゆっくり慣らしていきましょう」
「はあ……」
「ほかに、お聞きされたいことはありますか?」
「いや、えっと」

 不安を煽るように捲し立てるのは本意ではないが、焦りを隠すこともそろそろ限界で。少々早口になりかけているのを悟られないよう落ち着いて諭すように意識する。

「一気に説明されても、まだ整理しきれないでしょうから。まずはこちらを読んでみてください。ああ、お仕事お忙しいですか? できれば少し休んでもいいぐらいですが、一応診断書と、専門科への紹介状も書いておきますね」
「あ……はい、ありがとうございます・・・・・・・・・・
「……いいえ、お大事に」

 最後に漏れ出たグレアは柔らかく、担当医としてうまくやれたことに安堵する。
 あとは専門科に行くだろうから俺の仕事はここまでだ、なんて達成感を支えにどうにか耐え切りその背中を見送った。






「はあ……っ……」

 あの距離で無自覚なDomから放たれる悪意のない圧力に、我ながらよく耐えたと思う。彼が本日最後の患者でよかったとホッとしながら、這うようにしてたどり着いた診察台に身体を預けて呼吸を整える。

 それにしたって俺自身の肩書きとしては内科医のはずなのだが、何の因果かこういうダイナミクス案件の引きが強いのはまだ気のせいということにしておきたい。

 ただのNormalでしかなかった頃は、Domと対峙したところで「ああまた圧が強いやつが来た」程度のもので、ダイナミクスに悩む患者に対しても事務的に対処していたツケが回ってきたのかもしれないな、なんて今更意味のないことをつい考えてしまうほどには参っているらしい。

 まあ、それ自体は他人事には変わりないのだから別に間違った対応だったとも思ってはないけれど。
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