2 / 10
2、一番いいのはパートナーと定期的にプレイをすること、なのですが
しおりを挟む
この社会には男女という生物学的な性別に加えて第二性によるダイナミクスという概念が存在する――という事実はここ数十年でようやく一般的にも認知されてきた。
例えば彼のような、言葉によるコマンドやグレアと呼ばれる眼力のような威圧感によって他人を支配する資質を持つDom性だ。
その資質をうまく活かせば統率力や指導力にも優れているから、社会的に強い立場に適することも非常に多いことは一般的にもイメージされやすい。
これだけ聞けばメリットしかないようにも思えるが、裏を返せばDom性の者は多かれ少なかれ潜在的な支配欲求を持っている。
ただの加虐趣味のようにイメージされることも多いのだが、実際には生理的な欲求であることについての世間的な理解はあまり進んでいない。
力に任せて一方的に他人を従わせるだけでは満たされず、無理に溜め込めば欲求不満からのストレス状態に陥りがちだし、あるいは今の彼のように、制御しきれず逃げ場を無くした感情が、涙を流すようにしてグレアとして溢れ出ることもある。
つまりはそうなる前に、そういう厄介な欲求は意図して定期的に吐き出しておくのが一番いい。というのが理想の話だ。
「今の世野さんはまさにそういう……わかりやすく言えば、栄養失調のようなものだと思っていただければ」
「…………」
反対に、Domが放つコマンドやグレアによる刺激を生理的な欲求として必要とする故に、それらに対して非常に敏感な体質を持つのがSub性だ。
しかし同意の有無にかかわらずDomからコマンドを使って命令されれば抗うことができないし、グレアにも弱く圧倒されやすいのが紙一重なのが厄介なところでもある。
さらにこちらも被虐趣味だと思われがちな印象からまだまだ社会的な居心地はいいとは言えず、その性質を隠して生活する者が圧倒的に多いのが現実だ。
そうは言ってもDomやSubとしての特性を持つのは社会の中でもほんのひと握りだし、何の特性も持たないNormalが人口のほとんどを占めている。
かつ当事者たちがその性質を隠していることの多さも一因ではあるが、基本的に日常生活で第二性が意識されることはほとんどない。
それに、もし仮に特性があらわれるとしても、早い者だと本当に生まれて間もなく、遅くとも小学校を卒業する頃までには第二性が確定して成長とともに自分の特性を知っていく。
だからとっくに成人したNormalだったはずの人間にとって、ある日いきなり後天性だなんて言われたところで寝耳に水に決まってる――俺だって、そうだった。
「一番いいのは、パートナーと定期的にプレイをすること、なのですが」
「は……?」
みなまで言わずともそれも正しい反応なのはわかってる。他人事だと思って簡単そうに言いやがって、それができたら医者要らねえわって俺だってそう思う。
だが残念ながらここでの俺はただのモブ医者だ。
まるでロールプレイングゲームで出会う村人のように、決まりきった口上を告げなければならない義務がある。
その訝しむような視線から溢れ出る、制御を知らない混じり気なしの不機嫌なグレアは――至近距離で受ければ火傷しそうなほど熱くて痛い。
「取り急ぎは、特性を抑えるお薬を処方させていただきます。まずは身体をゆっくり慣らしていきましょう」
「はあ……」
「ほかに、お聞きされたいことはありますか?」
「いや、えっと」
不安を煽るように捲し立てるのは本意ではないが、焦りを隠すこともそろそろ限界で。少々早口になりかけているのを悟られないよう落ち着いて諭すように意識する。
「一気に説明されても、まだ整理しきれないでしょうから。まずはこちらを読んでみてください。ああ、お仕事お忙しいですか? できれば少し休んでもいいぐらいですが、一応診断書と、専門科への紹介状も書いておきますね」
「あ……はい、ありがとうございます」
「……いいえ、お大事に」
最後に漏れ出たグレアは柔らかく、担当医としてうまくやれたことに安堵する。
あとは専門科に行くだろうから俺の仕事はここまでだ、なんて達成感を支えにどうにか耐え切りその背中を見送った。
「はあ……っ……」
あの距離で無自覚なDomから放たれる悪意のない圧力に、我ながらよく耐えたと思う。彼が本日最後の患者でよかったとホッとしながら、這うようにしてたどり着いた診察台に身体を預けて呼吸を整える。
それにしたって俺自身の肩書きとしては内科医のはずなのだが、何の因果かこういうダイナミクス案件の引きが強いのはまだ気のせいということにしておきたい。
ただのNormalでしかなかった頃は、Domと対峙したところで「ああまた圧が強いやつが来た」程度のもので、ダイナミクスに悩む患者に対しても事務的に対処していたツケが回ってきたのかもしれないな、なんて今更意味のないことをつい考えてしまうほどには参っているらしい。
まあ、それ自体は他人事には変わりないのだから別に間違った対応だったとも思ってはないけれど。
例えば彼のような、言葉によるコマンドやグレアと呼ばれる眼力のような威圧感によって他人を支配する資質を持つDom性だ。
その資質をうまく活かせば統率力や指導力にも優れているから、社会的に強い立場に適することも非常に多いことは一般的にもイメージされやすい。
これだけ聞けばメリットしかないようにも思えるが、裏を返せばDom性の者は多かれ少なかれ潜在的な支配欲求を持っている。
ただの加虐趣味のようにイメージされることも多いのだが、実際には生理的な欲求であることについての世間的な理解はあまり進んでいない。
力に任せて一方的に他人を従わせるだけでは満たされず、無理に溜め込めば欲求不満からのストレス状態に陥りがちだし、あるいは今の彼のように、制御しきれず逃げ場を無くした感情が、涙を流すようにしてグレアとして溢れ出ることもある。
つまりはそうなる前に、そういう厄介な欲求は意図して定期的に吐き出しておくのが一番いい。というのが理想の話だ。
「今の世野さんはまさにそういう……わかりやすく言えば、栄養失調のようなものだと思っていただければ」
「…………」
反対に、Domが放つコマンドやグレアによる刺激を生理的な欲求として必要とする故に、それらに対して非常に敏感な体質を持つのがSub性だ。
しかし同意の有無にかかわらずDomからコマンドを使って命令されれば抗うことができないし、グレアにも弱く圧倒されやすいのが紙一重なのが厄介なところでもある。
さらにこちらも被虐趣味だと思われがちな印象からまだまだ社会的な居心地はいいとは言えず、その性質を隠して生活する者が圧倒的に多いのが現実だ。
そうは言ってもDomやSubとしての特性を持つのは社会の中でもほんのひと握りだし、何の特性も持たないNormalが人口のほとんどを占めている。
かつ当事者たちがその性質を隠していることの多さも一因ではあるが、基本的に日常生活で第二性が意識されることはほとんどない。
それに、もし仮に特性があらわれるとしても、早い者だと本当に生まれて間もなく、遅くとも小学校を卒業する頃までには第二性が確定して成長とともに自分の特性を知っていく。
だからとっくに成人したNormalだったはずの人間にとって、ある日いきなり後天性だなんて言われたところで寝耳に水に決まってる――俺だって、そうだった。
「一番いいのは、パートナーと定期的にプレイをすること、なのですが」
「は……?」
みなまで言わずともそれも正しい反応なのはわかってる。他人事だと思って簡単そうに言いやがって、それができたら医者要らねえわって俺だってそう思う。
だが残念ながらここでの俺はただのモブ医者だ。
まるでロールプレイングゲームで出会う村人のように、決まりきった口上を告げなければならない義務がある。
その訝しむような視線から溢れ出る、制御を知らない混じり気なしの不機嫌なグレアは――至近距離で受ければ火傷しそうなほど熱くて痛い。
「取り急ぎは、特性を抑えるお薬を処方させていただきます。まずは身体をゆっくり慣らしていきましょう」
「はあ……」
「ほかに、お聞きされたいことはありますか?」
「いや、えっと」
不安を煽るように捲し立てるのは本意ではないが、焦りを隠すこともそろそろ限界で。少々早口になりかけているのを悟られないよう落ち着いて諭すように意識する。
「一気に説明されても、まだ整理しきれないでしょうから。まずはこちらを読んでみてください。ああ、お仕事お忙しいですか? できれば少し休んでもいいぐらいですが、一応診断書と、専門科への紹介状も書いておきますね」
「あ……はい、ありがとうございます」
「……いいえ、お大事に」
最後に漏れ出たグレアは柔らかく、担当医としてうまくやれたことに安堵する。
あとは専門科に行くだろうから俺の仕事はここまでだ、なんて達成感を支えにどうにか耐え切りその背中を見送った。
「はあ……っ……」
あの距離で無自覚なDomから放たれる悪意のない圧力に、我ながらよく耐えたと思う。彼が本日最後の患者でよかったとホッとしながら、這うようにしてたどり着いた診察台に身体を預けて呼吸を整える。
それにしたって俺自身の肩書きとしては内科医のはずなのだが、何の因果かこういうダイナミクス案件の引きが強いのはまだ気のせいということにしておきたい。
ただのNormalでしかなかった頃は、Domと対峙したところで「ああまた圧が強いやつが来た」程度のもので、ダイナミクスに悩む患者に対しても事務的に対処していたツケが回ってきたのかもしれないな、なんて今更意味のないことをつい考えてしまうほどには参っているらしい。
まあ、それ自体は他人事には変わりないのだから別に間違った対応だったとも思ってはないけれど。
43
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
オメガ社長は秘書に抱かれたい
須宮りんこ
BL
芦原奏は二十九歳の若手社長として活躍しているオメガだ。奏の隣には、元同級生であり現在は有能な秘書である高辻理仁がいる。
高校生の時から高辻に恋をしている奏はヒートのたびに高辻に抱いてもらおうとするが、受け入れてもらえたことはない。
ある時、奏は高辻への不毛な恋を諦めようと母から勧められた相手と見合いをする。知り合った女性とデートを重ねる奏だったが――。
※この作品はエブリスタとムーンライトノベルスにも掲載しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。
猫宮乾
BL
【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる