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本編
2.出会い
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※金髪の彼視点です
◆
僕は、幼い頃から周りに気を遣われる子供だった。
王族やその血筋にαが生まれることは珍しくないが、僕はその中でも珍しい最上位クラスのαというらしい。
そんなことなど知らない幼い頃は、感情のままにフェロモンや殺気を放っていつも周りを威圧していた。
僕がちょっとでも愚図りそうになると周りの大人たちが真っ青な顔で宥めてくれていたのは申し訳なく思うが、小さな子どもに愚図るなというのも酷な話なので許してほしい。
僕の運が良かったのは、同じ年に生まれたこの国の第三王子ウィリアム(僕はウィルと呼んでいる)が同じ最上位クラスのαであったことだ。
1人でも大変、どうせ2人いるならお互いにぶつけてしまえとやっつけ半分、僕たちは兄弟のようにして一緒に育った。
成長した今でこそある程度フェロモンをコントロールすることができる。
たまに感情が昂ることがあってもウィル相手なら互角なので、精々ちょっと嫌そうな顔をされるぐらいだろうし、お互い様だ。
それでも普通のα相手だと僕が普通に立っているだけで威圧感を感じるというし、そこに感情が乗るとβやΩ相手ですら腰を抜かしてしまうこともあるので、割りと日常生活には気を遣っている。
「最上位αにできないことなんてない」なんて言う人もいるけれど僕は完璧じゃないし、案外不便なことが多いだけだとため息しか出ない。
***
そんな完璧じゃない僕は、課題の再提出を言い渡されて仕方なく図書館に来ていた。
必要な資料が見当たらず「ここじゃないのか」と苛立った声を出したのはひとり言のつもりだったが、タイミング悪くすれ違った図書館員がいた。
「………………」
彼と目が合ったと同時に、ハッと気付いたときにはもう遅い。
偶然とはいえ殺気を当ててしまうなんて、申し訳ないことをした。
「ああっ、すみません、」
「?『帝国史図録』ですか?ああこれ、確かにわかりづらいのでご案内しますね」
彼は一瞬キョトンとしたあと、僕の手にあるメモを見てそう言った。
「………………」
あれ?
なんか普通だな??
しかもこのまま案内してくれるって言った?
彼は迷いなくスタスタと行ってしまったので慌てて着いていく。
「どうぞ、こちらです」
「………………。」
「?……この資料で合ってますか?」
「あっ、はい、これです。ありがとうございます」
あまりにもスムーズな展開に、返事をするのも忘れていたようだ。
「いえお構いなく、見つかって良かったです」
彼は穏やかな顔でそう言って、また窓口業務に戻っていった。
***
彼の名前はハロルド、今年の一般入試で高等部に入学したばかりの学生だという。
道理で、同じ学年なのに見たことがなかったわけだ。
クラスが違うので教室で出会うことはほぼないが、教室移動のときに意識してみると、休み時間には静かに本を読んでいることが多い印象だった。
あまり友人と話しているところは見かけないが、外部からの入学生にとって既に出来上がっているコミュニティは居心地が悪いのだろう。
実際に派閥からの勧誘を受けても、すべて丁重に断っているそうで、彼の読書を邪魔しないことが暗黙の了解になっている節すらあった。
***
あの日から僕は、図書館の常連になっていた。
今日もギリギリ彼が視界に入る席を陣取って、勉強する振りをして彼を見る。
彼も仕事なので個人的な会話をすることはないが、すぐに僕が常連であることは認知されたようだ。
たまに目が合うと微笑ましいものを見るような目をしていた、と思うのは欲目かもしれないが。
今になって思えば、初対面での何気ない会話が心地良かったのだろう。
あの感覚が忘れられなくて、強引に相談事を捻り出して彼のいる窓口に行くのも楽しみだった。
いつも穏やかな顔で的確に対応してくれるのだが、僕としては、もっと手間取って時間が掛かっても良いのにと思っているのは秘密だ。
ちなみに最近では、ベテランの職員さんなんかは僕の顔を見るとさりげなく彼を呼んでくれることもある。
王子であるウィルと一緒にいることも多い僕は、残念ながら学園では注目されている自覚もある。
そういう意味でも、ここ図書館では「静かに過ごすべき場所」という大義名分があるため誰かに話しかけられることもなく過ごすことができるのだが、何が言いたいかというと、自分の顔が知られているのは悪いことばかりでもないな、ということだ。
そんなことを昨日ウィルに話したところ、「へぇ」と言って今日は一緒に図書館にやってきた。
「資料も必要だったし、丁度良い」
なんて言いながら、彼に相談をしようと窓口へ向かっていった様子を、僕は今ぼんやり眺めている。
ウィルも僕と同じ最上位クラスのαだが、彼はいつもと同じように穏やかな顔で説明をしているし、ウィルも心なしか少し楽しそうに見える。
そうだろうそうだろう、彼の素晴らしい仕事振りを実感してくれたまえよ、兄弟。
うんうん、ウィルの顔を見れば、彼の良さが伝わったのがわかって僕は嬉しいよ。
ん?ちょっと待て、君たちちょっと近くないか?ウィルもちょっと笑ってるし、何を話してるんだ?
おいおい楽しそうだな?
何だか知らないが、ウィルお前、彼に余計なことするなよ?
彼は僕の…………僕の?
僕の、何だって…………??
「お前、そんな顔するんだな」
いつの間にか相談を終えて戻ってきたウィルは、まだ楽しそうな顔をしたままだった。
「確かに面白い奴だな。お前の感情とか気配とか、一切伝わってないのがまたウケる」
「王子様の口からウケるとか言うな」
いや僕が言いたいのはそういうことじゃないのだが、うまく言葉が出てこない。
「はぁ……」と仕方なさそうにため息をつきながら俺を見る。
「俺たちはさ、目線で会話するし、周りの連中も勝手に察してるだろ。でもそれは、ただの俺たちの事情だ」
「ま、要するに、俺に殺気を向けてる場合じゃないってことだな」
それだけ言ってウィルは図書館から出ていった。
ウィルに言われた言葉を考えながら彼のいる方向を見ると目が合った。
僕はさっき、何を思った?
彼とウィルが楽しそうに話しているのを見て、何を考えた……?
とにかく、彼と話をしなければ。
そう思って彼に声をかけた。
「話がしたい」なんて身も蓋もない誘い文句、もっと他に言い方があっただろうと我ながら頭を抱えたくなる。
それでもこのとき僕はまだ混乱していて、自分の感情の正体を理解していなかったから……と誰にでもなく言い訳をしていた。
◆
僕は、幼い頃から周りに気を遣われる子供だった。
王族やその血筋にαが生まれることは珍しくないが、僕はその中でも珍しい最上位クラスのαというらしい。
そんなことなど知らない幼い頃は、感情のままにフェロモンや殺気を放っていつも周りを威圧していた。
僕がちょっとでも愚図りそうになると周りの大人たちが真っ青な顔で宥めてくれていたのは申し訳なく思うが、小さな子どもに愚図るなというのも酷な話なので許してほしい。
僕の運が良かったのは、同じ年に生まれたこの国の第三王子ウィリアム(僕はウィルと呼んでいる)が同じ最上位クラスのαであったことだ。
1人でも大変、どうせ2人いるならお互いにぶつけてしまえとやっつけ半分、僕たちは兄弟のようにして一緒に育った。
成長した今でこそある程度フェロモンをコントロールすることができる。
たまに感情が昂ることがあってもウィル相手なら互角なので、精々ちょっと嫌そうな顔をされるぐらいだろうし、お互い様だ。
それでも普通のα相手だと僕が普通に立っているだけで威圧感を感じるというし、そこに感情が乗るとβやΩ相手ですら腰を抜かしてしまうこともあるので、割りと日常生活には気を遣っている。
「最上位αにできないことなんてない」なんて言う人もいるけれど僕は完璧じゃないし、案外不便なことが多いだけだとため息しか出ない。
***
そんな完璧じゃない僕は、課題の再提出を言い渡されて仕方なく図書館に来ていた。
必要な資料が見当たらず「ここじゃないのか」と苛立った声を出したのはひとり言のつもりだったが、タイミング悪くすれ違った図書館員がいた。
「………………」
彼と目が合ったと同時に、ハッと気付いたときにはもう遅い。
偶然とはいえ殺気を当ててしまうなんて、申し訳ないことをした。
「ああっ、すみません、」
「?『帝国史図録』ですか?ああこれ、確かにわかりづらいのでご案内しますね」
彼は一瞬キョトンとしたあと、僕の手にあるメモを見てそう言った。
「………………」
あれ?
なんか普通だな??
しかもこのまま案内してくれるって言った?
彼は迷いなくスタスタと行ってしまったので慌てて着いていく。
「どうぞ、こちらです」
「………………。」
「?……この資料で合ってますか?」
「あっ、はい、これです。ありがとうございます」
あまりにもスムーズな展開に、返事をするのも忘れていたようだ。
「いえお構いなく、見つかって良かったです」
彼は穏やかな顔でそう言って、また窓口業務に戻っていった。
***
彼の名前はハロルド、今年の一般入試で高等部に入学したばかりの学生だという。
道理で、同じ学年なのに見たことがなかったわけだ。
クラスが違うので教室で出会うことはほぼないが、教室移動のときに意識してみると、休み時間には静かに本を読んでいることが多い印象だった。
あまり友人と話しているところは見かけないが、外部からの入学生にとって既に出来上がっているコミュニティは居心地が悪いのだろう。
実際に派閥からの勧誘を受けても、すべて丁重に断っているそうで、彼の読書を邪魔しないことが暗黙の了解になっている節すらあった。
***
あの日から僕は、図書館の常連になっていた。
今日もギリギリ彼が視界に入る席を陣取って、勉強する振りをして彼を見る。
彼も仕事なので個人的な会話をすることはないが、すぐに僕が常連であることは認知されたようだ。
たまに目が合うと微笑ましいものを見るような目をしていた、と思うのは欲目かもしれないが。
今になって思えば、初対面での何気ない会話が心地良かったのだろう。
あの感覚が忘れられなくて、強引に相談事を捻り出して彼のいる窓口に行くのも楽しみだった。
いつも穏やかな顔で的確に対応してくれるのだが、僕としては、もっと手間取って時間が掛かっても良いのにと思っているのは秘密だ。
ちなみに最近では、ベテランの職員さんなんかは僕の顔を見るとさりげなく彼を呼んでくれることもある。
王子であるウィルと一緒にいることも多い僕は、残念ながら学園では注目されている自覚もある。
そういう意味でも、ここ図書館では「静かに過ごすべき場所」という大義名分があるため誰かに話しかけられることもなく過ごすことができるのだが、何が言いたいかというと、自分の顔が知られているのは悪いことばかりでもないな、ということだ。
そんなことを昨日ウィルに話したところ、「へぇ」と言って今日は一緒に図書館にやってきた。
「資料も必要だったし、丁度良い」
なんて言いながら、彼に相談をしようと窓口へ向かっていった様子を、僕は今ぼんやり眺めている。
ウィルも僕と同じ最上位クラスのαだが、彼はいつもと同じように穏やかな顔で説明をしているし、ウィルも心なしか少し楽しそうに見える。
そうだろうそうだろう、彼の素晴らしい仕事振りを実感してくれたまえよ、兄弟。
うんうん、ウィルの顔を見れば、彼の良さが伝わったのがわかって僕は嬉しいよ。
ん?ちょっと待て、君たちちょっと近くないか?ウィルもちょっと笑ってるし、何を話してるんだ?
おいおい楽しそうだな?
何だか知らないが、ウィルお前、彼に余計なことするなよ?
彼は僕の…………僕の?
僕の、何だって…………??
「お前、そんな顔するんだな」
いつの間にか相談を終えて戻ってきたウィルは、まだ楽しそうな顔をしたままだった。
「確かに面白い奴だな。お前の感情とか気配とか、一切伝わってないのがまたウケる」
「王子様の口からウケるとか言うな」
いや僕が言いたいのはそういうことじゃないのだが、うまく言葉が出てこない。
「はぁ……」と仕方なさそうにため息をつきながら俺を見る。
「俺たちはさ、目線で会話するし、周りの連中も勝手に察してるだろ。でもそれは、ただの俺たちの事情だ」
「ま、要するに、俺に殺気を向けてる場合じゃないってことだな」
それだけ言ってウィルは図書館から出ていった。
ウィルに言われた言葉を考えながら彼のいる方向を見ると目が合った。
僕はさっき、何を思った?
彼とウィルが楽しそうに話しているのを見て、何を考えた……?
とにかく、彼と話をしなければ。
そう思って彼に声をかけた。
「話がしたい」なんて身も蓋もない誘い文句、もっと他に言い方があっただろうと我ながら頭を抱えたくなる。
それでもこのとき僕はまだ混乱していて、自分の感情の正体を理解していなかったから……と誰にでもなく言い訳をしていた。
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