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本編
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「あ…………」
慎重に、優しく丁寧に囁やかれたそのたったひと言が、一瞬で全身を駆け巡る。
既に熱を持っていた身体は沸点を越えるように、一気に血が沸き立ったかのようだった。
身体を動かすこともできなくて、自分の意思すら支配されて従わずにはいられない……この感覚には覚えがあった。
はっきりと思い出すことはできないが、ただ有無を言わさず命じられるがまま、苦しかったような記憶を身体が本能で覚えている。
だけど彼の命令は、それとは違うなにか……なにが違うのかはわからないけれど。
抗うことが許されないのは同じなはずなのに、優しくまるはだかにされていくような、そんな不思議な感覚だった。
「あ……おれは…………」
最初から選択肢なんてなかったのだ。
観念して、言葉を探しながら口を開いた。
「うん、ゆっくりでいいから、聞かせてくれる?」
まっすぐにおれを見据えているその彼の目は、ただただ優しかった。
おれのこと――おれ自身のことなんて、話せるようなことなんてなにもない。
ただ、無理矢理押さえつけられて手術をされてからの記憶はなくて。
自分の身体があの頃の子供でないことだけは薄々わかってて、あれから何年経ったのかもわからない。
どうやら死にかけていたことは確かだが、気が付いたときには既にここで彼の治療をうけていたこと。
徐々に意識がはっきりしてくるうちに、この施設の実態に気付き……決して悟られまいと、人形のように振る舞っていたこと。
おれがゆっくりと言葉を探してそんなことを話しているあいだ、彼は時折頷きながらじっと耳を傾けていた。
「そう……Good boy、話してくれて、ありがとう」
おれが話し終えると、そんな言葉とともにふわりと抱き寄せられる。
彼の表情は見えないが、なんだか優しい空気に包まれているような、何故か懐かしいような安らかな心地がした。
自我を取り戻してからようやく緊張から解き放たれて、ゆっくりと息を吐きながら初めて心からほっとした。
「いつも世話してくれて……ありがとう」
そう、ずっとそれを伝えたかった。
恐る恐る顔を上げて、残っている気力で精一杯の声を絞り出す。
「僕がそうしたかったから、いいんだ」
彼も少し震えているのが、触れた肌から直接伝わってくる。
どうしても抗えない――不可抗力だったとはいえ、結果的にはほとんどすべてを話してしまった。
だけど、きっとこれでよかったんだ。
彼の目的はやっぱりよくわからないけれど、どのみち彼に頼ることでしか生きられないのだから。
ぎゅっと締まったのは彼の腕か、それとも自分の胸だろうか。
彼に身体を預けながら、これからのことをぼんやり考えた。
秘密を共有するのは彼ひとり。
おれはこの日以降も、人形の振りをし続けた。
それは結果的に彼にすべてを委ねてなにもかも彼の世話になり続けることにほかならなくて。
心なしか日に日に優しさが増していくような気配さえする彼に依存して……それを心地良いなんて思ってしまう自分が怖かった。
慎重に、優しく丁寧に囁やかれたそのたったひと言が、一瞬で全身を駆け巡る。
既に熱を持っていた身体は沸点を越えるように、一気に血が沸き立ったかのようだった。
身体を動かすこともできなくて、自分の意思すら支配されて従わずにはいられない……この感覚には覚えがあった。
はっきりと思い出すことはできないが、ただ有無を言わさず命じられるがまま、苦しかったような記憶を身体が本能で覚えている。
だけど彼の命令は、それとは違うなにか……なにが違うのかはわからないけれど。
抗うことが許されないのは同じなはずなのに、優しくまるはだかにされていくような、そんな不思議な感覚だった。
「あ……おれは…………」
最初から選択肢なんてなかったのだ。
観念して、言葉を探しながら口を開いた。
「うん、ゆっくりでいいから、聞かせてくれる?」
まっすぐにおれを見据えているその彼の目は、ただただ優しかった。
おれのこと――おれ自身のことなんて、話せるようなことなんてなにもない。
ただ、無理矢理押さえつけられて手術をされてからの記憶はなくて。
自分の身体があの頃の子供でないことだけは薄々わかってて、あれから何年経ったのかもわからない。
どうやら死にかけていたことは確かだが、気が付いたときには既にここで彼の治療をうけていたこと。
徐々に意識がはっきりしてくるうちに、この施設の実態に気付き……決して悟られまいと、人形のように振る舞っていたこと。
おれがゆっくりと言葉を探してそんなことを話しているあいだ、彼は時折頷きながらじっと耳を傾けていた。
「そう……Good boy、話してくれて、ありがとう」
おれが話し終えると、そんな言葉とともにふわりと抱き寄せられる。
彼の表情は見えないが、なんだか優しい空気に包まれているような、何故か懐かしいような安らかな心地がした。
自我を取り戻してからようやく緊張から解き放たれて、ゆっくりと息を吐きながら初めて心からほっとした。
「いつも世話してくれて……ありがとう」
そう、ずっとそれを伝えたかった。
恐る恐る顔を上げて、残っている気力で精一杯の声を絞り出す。
「僕がそうしたかったから、いいんだ」
彼も少し震えているのが、触れた肌から直接伝わってくる。
どうしても抗えない――不可抗力だったとはいえ、結果的にはほとんどすべてを話してしまった。
だけど、きっとこれでよかったんだ。
彼の目的はやっぱりよくわからないけれど、どのみち彼に頼ることでしか生きられないのだから。
ぎゅっと締まったのは彼の腕か、それとも自分の胸だろうか。
彼に身体を預けながら、これからのことをぼんやり考えた。
秘密を共有するのは彼ひとり。
おれはこの日以降も、人形の振りをし続けた。
それは結果的に彼にすべてを委ねてなにもかも彼の世話になり続けることにほかならなくて。
心なしか日に日に優しさが増していくような気配さえする彼に依存して……それを心地良いなんて思ってしまう自分が怖かった。
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