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第1章【咲き誇れ儚き命の灯火よ】

第26輪【不穏な空気に包まれて】

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  どぎまぎする青葉を不思議そうに見る。

 複数の疑問符が頭上に出たのか『どうしたの?まるでおかあ?……』と、首をかしげ言った。

 悟られまいと全力で首を横に振り『ううん、何でもないから気にしないでっ!はははっ』

 自分なりに考えた気遣いと、下手な笑いで誤魔化す。

『ん~、〝気にしないで〟と言われれば、気になっちゃうんだけど……本当~に教えてくれないの?』

 思わず吸い込まれそうな無垢なる瞳。
 意図せずとも自然に誘導をする声。

〝分かっているが故なのか〟、はたまた純粋に答えが知りたいのか、真実見えぬまま鼻先ほどまで迫る。

 青葉は、妙な汗が頬を伝い声が出せずにいた。

 かわく瞳に対して瞬き1つと出来ず、考えた末に咄嗟の判断で視線を逸らす。

(お姉ちゃんには、嘘が通じないのは分かるけど、それでも

『ありゃりゃ~』と、いつもなら口を割る筈なのに、今日に限って通じなかったのを残念がっている様子。

 けれども尚、諦めきれずに顔を覗き込む。

 思わず瞳同士が合う――――否、青葉は更に奥の背後を見ていた。

 ぼやけて見えた〝それ〟に対して、眼をすぼめて確認。

『あれっ?……。もしかして――――』

 祖父が座る椅子の足辺りに、若葉色の巾着が落ちている。

 〝はっ〟として気が付き、大袈裟に指を差しながら浜悠の耳元近くで叫ぶ。

『お姉ちゃん大変だよ!!お祖父ちゃん、〝大事な薬〟忘れてるじゃん!!』

『~うるさっ!』と、思わず両耳を塞ぎながら、苦虫を噛み潰したような顔をしたのも束の間。

 巾着を握り締めた青葉が小刻みに足を動かす。

『早く早くぅ!!。届けにいくよ!』

『あっ、ちょっ待って――――』

 手を勢い良く引かれ、転けそうになりながらも外へと連れ出される。

 玄関の戸を力強く開ける青葉、すかさず閉める浜悠。

 村長宅から小道を駆ける間に、互いに言葉は交えなかった。

 それでも、風を切りながら走る弟の逞しくなった背中を、姉として微笑みながら眺める浜悠。

(私は、あんまり一緒に居てあげられないけど……立派に成長したじゃない、良いこと良いこと!)

 ついこの間まで、初めて抱っこしてたばかりなのに。
 ついこの間まで、初めて掴み立ちしてたばかりなのに。
 ついこの間まで、初めて言葉を話してたばかりなのに。

 そんな――――泣き虫だった弟が

 走馬灯の様に脳裏を思い出達が次々と巡り、『また、お父さん達に報告しなきゃね……』と、小さく呟く。

 内なる声は誰の耳に届かなくとも、きっと伝わる時がくる――――そう、切に願う浜悠なのでした。

 しんみりと弟の成長を感じるのも束の間、村の会合場所と言われる母屋おもやへ数分程で着く。

 外からでも聞こえる音は、閉めきった窓や戸から漏れ出た笑い声だった。

『お祖父ちゃんの所に着いたねお姉ちゃん!?久し振りにみんなに会いに行こうよ!』

 無邪気な悪戯っ子の笑顔で八重歯を見せる。

『はぁはぁ……。記憶の中で〝思い出し溺愛〟してたら、

 手に残る温もりと仄かな香りを堪能しながら、ようやく呼吸を整えた浜悠。

 2人は玄関口に散らかる大量の履き物を避けながら、靴棚へきちんと揃えてから中へと入る。

 青葉に連れられた廊下で、古くから付き合いがある人達とすれ違う。

『お久しぶりです。こんにちわ』と、会釈を交えた挨拶をすれば、幼い頃からの顔馴染みと言う事もあり、ちょっとした世間話もした。

『あら……珍しく2人揃ってちゃって、しばらく振りじゃないかしら~。浜悠ちゃんは、いつも私たちのためにありがとうねぇ』

『おうっ!!2人とも大きくなったな。仲良く手を繋いで何処へ行くんだい?』

 両親亡き後も面倒を見てくれた人達も少なからずいる。

 成長した浜悠が〝花の守り人〟になっても、分けへだてなく接してくれる数少ない存在だ。

 そうした裏表のない声は、村人達の中でも微々たる物でしかない。

『おじさん達、元気そうでよかったね。ちょっとだけ、お酒の匂いがしたけど……』

『うん!。〝村の会合〟って奴の時はいつもそうだよ?』

 互いに顔を見合せながら言うと、青葉が広間の襖を開けた。

 そこには酒盛りをする村の有力者達が向かい合いながら談笑し、奥には村長である祖父の姿が見えた。

 先程の賑やかな雰囲気とは打って変わって、手や口が止まり一瞬にして静まり返る。

〝歓迎〟とは言えない空気感の中で、みなが刀を背負った浜悠に目が釘付けの様子。

 数秒後、何事も無かったかの様に時が動き出すと、浜悠達に気が付いた祖父が手招きで呼んでいる。

『お祖父ちゃん~薬持ってきたよ!』
 薬入りの巾着をこれでもかと振り回す青葉。

 祖父の元へ人の間を縫うようにして歩く。

 賑やかな声の中から耳へ届く大半は、皮肉や心無い発言の類いばかりだった。

『皆~、大層な御身分の〝花の守り人様〟がお通りだぞ。道を開けろ開けろ!』

『まぁっ、今日も2人でいるの?。青葉君も男の子何だから、たまには1人で歩きなさいよ?』

 命をさず守られているが故の心ない声に、苛立ちながら聞き耳を立てる青葉。

 『いつもの事だから気にしないで。ああいう人達には、勝手に言わせておけばいいの。構ってたら疲れちゃうから』

 耳元で小声で呟き、浜悠は凛とした態度で気にも止めていなかった。 

 奥の村長席へと歩み、青葉が握り締めた巾着を手に取る。

『お祖父ちゃん、これ大事な物でしょ?忘れちゃ駄目じゃない!?』

 平常時は寡黙だった祖父の前へ差し出すと、頬を赤らめながら
『おぉ、すまんすまん。今日は、万年青も一緒に来たのか!どれ、久方振りに皆の者と情報を交え――――』

 言い切る前に浜悠は、自らの言葉を重ねる。

『ううん。今日は青葉と一緒にいたいから止めとくね。夕方には帰るんだよね?ご飯作って待ってるから』

 そう言い残すと表情の固い青葉の頭を撫でながら、周りなど見向きもせずに広間から出てふすまを閉める。

 その間際、遠くで声がした――――しかし、2人の耳には届く事はない。

 祖父の口癖の様に釘を刺す内容はこうだ。

『分かっていると思うが、くれぐれも危険を犯すでないぞ!!』

 この何気ない一言は、人々からなる喧騒の波に呑まれていった。

 浜悠達が家路へと向かい、しばらく互いに無言の状況が続く。

 幾度も慣れ親しみ歩んだ道でさえ、当人の気分次第で全く違う光景に見える。

 沸々とした思いを胸に、長い沈黙を破ったのは青葉だった。

 怒り心頭でしかめっ面をしながら、とても不機嫌そうに吠える。

『何だよあいつら!姉ちゃんの気持ちも知らないでさ!』

 闇雲に暴れようと周りに当たり散らそうとする青葉。

 小さな手を優しく握り、僅かな力加減で制止させた浜悠。

 幼い上にまだ感情を制御出来ない震える体。

 その目に涙を浮かべ見上げながら、自身が言われた事の様に悔しさを口にした。

『いっその事、〝未蕾刀それ〟で黙らせればいいのに!お姉ちゃんが守ってる命なんだぞ!もっと感謝してもいいのにさ……』

 背にある刀を指差しながら、溢れ出す涙で口ごもる。

 弟が間違った〝行いや言動〟をすれば、正しき道を教えるのが姉として責務。

 浜悠は背にある刀を眼前まで持っていき、自身と青葉の間に突き立て

『こらこら、あまり物騒な事を言わないの青葉。心で思ってても口に出したら駄目よ?〝花の守り人の刀〟はね。持ち主自身の〝魂〟なの――――』

 おもてを上げた青葉のにじむ視界に、鞘の翠が鮮やかに映える。

未蕾刀これはね、植魔虫を斬る唯一無二の武器にもなれば、私達を見ただけで心が救われる人だっているんだよ?』

『人ってさ。何気ない日々の中で、誰かの命の上で成り立っているの。それを理解出来ない内は、まだまだ子供おこさま

 『むぅ~』と、頬袋に空気をためて膨れる弟の事を気遣ってか、珍しくこんな提案をした。

『ふふっ!。青葉は本当、顔に出るね。少しは〝悪い空気を〟抜かないと、我慢して溜めていたらいつか破裂しちゃうよ?』

 長引かせないために両手を鳴らすと、自身で話を打ち切る。

『はい!小言はここまでにして、ちょっと気分転換にお散歩でもしようか?』

 軽い気持ちで誘う浜悠の表情は、自信と勇気に満ち溢れている。

 きっと――――姉なりに気を使ってくれたのだろう。

 危険意識の高い浜悠に限って、普段は絶対に口にしない筈なのに。

 ふと、祖父の言い付けを思い出す青葉。

〝誰と一緒であれ、迂闊に森へ入るな〟それが脳裏に繰り返される。

『でもさぁ~、おいらと一緒に出たら爺ちゃんに怒られちゃうよ?』

 どうしても1歩が踏み出せずに悩む。
 
 見かねて『ほれほれっ』と、左手を開いては閉じてを繰り返しながら待つ浜悠。

 握り返されないのをわずらわしく思い、口元に人差し指を当てながら悩む。

『ん~そうねぇ。ここら一帯の〝植魔虫〟は討伐してきたから大丈夫だよ?。もし、早めに帰ったら2人で謝れば許してくれるし……。まぁ、難しいことは抜きにして、それでは出発~!!』

 無理矢理に腕を引かれた青葉の眼に映るのは、記憶の奥底に眠る〝母〟の面影だった。

 ――――この世界を広くみれば、たとえ平等ではなくとも〝時〟がいつか忘れさせてくれる。

 お腹を痛めて産んでくれた人は、もうこの世には居ない存在、けれども寂しくはない。

 姉であり、母であり、大事な家族でありながらも身を削って守ってくれている。

 そんな浜悠の事を、とても誇りに思う青葉。

 2人は順当に進んだ帰路を外れ、まだ陽が照りつける森の中へと入る。

 この時の浜悠は――――大きな間違いを2つ犯していた。

 1つ。多くの者達の中から選別され、強大な力を持つが故に定められた掟。

 恵まれた才や力が有りながらも、〝決して過信せずにおごるべからず〟。

 これは、どの様な経緯や思想でさえ、何時如何なる場合にいても絶対である。

 2つ。突如として現れた異質な存在に気付けなかった事。

 誰にでも流れる時は、無情であり残酷な概念だ。
 止まることもないし、眼を閉じても進み続ける。
 あの頃に戻れたら……それが叶うのは先にはない遺物。

 悔やんで悔やんで、胸を痛めたって――――結果の出た〝現在いま〟となっては、もう遅かった。

 
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