恋愛ショートショート

ゆずとかず

天野柚木は、穏やかな秋の午後、少し肌寒くなった公園のベンチに座っていた。周囲は紅葉が見事に色づき、風に舞う葉っぱがまるで小さな舞踏会を開いているようだった。彼女の心は、その美しい風景とは裏腹に、ざわついていた。

「ねぇ、柚木。」突然、背後から声がかかる。振り返ると、幼馴染の和樹が立っていた。彼はいつもと変わらず、少し無造作な髪型と、気だるい表情を浮かべている。彼のその姿を見た瞬間、柚木の心臓がドキリと鳴った。彼の存在は、まるで秋の夕暮れの光のように、彼女を温かく包み込む一方で、胸の奥に不安をもたらす。

「どうしたの、急に？」柚木は気持ちを隠すように、いつもの明るい声で返した。

「ただ、会いたかっただけ。」和樹は少し照れくさそうに笑った。その笑顔は、彼女の心を掴んで離さなかった。彼との関係は、長い間変わらなかったが、最近になって彼女の心の中に芽生えた想いが、まるで彼女自身を責めるように大きくなっていた。

「そう…私も。」柚木は心の中で小さく呟いたが、それを口には出せなかった。彼女は自分の気持ちを告げる勇気がなかった。幼馴染という関係が壊れてしまうのが怖かったのだ。

和樹はベンチに座り、彼女の隣に身を寄せた。二人の距離は、まるで近すぎるようで、でも遠く感じる。彼の温もりを感じながら、柚木は思わず手を引っ込めてしまう。彼の視線が自分に向いていることを意識するだけで、心臓が高鳴る。

「この公園、昔よく来たよね。」和樹が言った。柚木は頷く。彼らは子供の頃、ここで遊び、時には喧嘩もした。思い出が詰まった場所。しかし、今この場所で感じるのは、懐かしさだけではなかった。

「また、あの頃みたいに遊びたいな。」和樹の言葉が、柚木の心に響く。彼の言葉は、彼女の胸の奥に隠していた想いを引き出すようだった。

「遊びたいって、どういうこと？」柚木は思わず聞き返す。和樹の目が輝いているのがわかる。彼のその瞳は、何かを期待しているようだった。

「例えば、あの滑り台で遊んだり、鬼ごっこしたり。それから…」和樹は言いかけて、言葉を飲み込んだ。彼の表情が少し曇る。「それから、何かもっと特別なことも。」

柚木はその言葉にドキリとした。特別なこと。それは、彼女がずっと心の奥で願っていたことだった。彼との関係が、昔のままではなく、何か新しいものに変わること。それは、彼女にとって恐怖でもあり、同時に期待でもあった。

「特別なこと…？」柚木は心を震わせながら、和樹の目を見つめた。彼の瞳には、何かが宿っている。彼女はその視線から目を逸らせずにいた。

「柚木、実は…」和樹は言葉を続けようとしたが、そこで言葉が詰まった。彼は深呼吸をし、勇気を振り絞るように顔を近づけてきた。柚木の心臓は、今にも飛び出しそうだった。

「ずっと、君のことが好きだった。」和樹の告白が、彼女の心に響き渡る。まるで冬の冷たい空気が一瞬にして温かい春の風に変わったような感覚だった。彼女は言葉が出なかった。驚きと喜び、そして少しの不安が交錯する。

「私も…でも、私たち、幼馴染だから…」柚木は言い淀んだ。彼の目を見つめることができずに、芝生に視線を落とした。彼女の心の中には、二人の関係が変わることへの恐れがあった。

「でも、幼馴染だからこそ、もっと特別になれるんじゃないかな？」和樹は真剣な表情で言った。その言葉が彼女の心を打つ。彼の瞳の奥には、彼女を思う強い気持ちが映っていた。

「特別になれる…？」柚木はその言葉を繰り返した。まるで、自分の心の中に新しい扉が開かれるような感覚があった。彼女は少しずつ、自分の想いを受け入れ始めていた。

「そうだよ。昔からの友達であることは大切だけど、これからは友達以上になりたい。柚木と一緒にいたいんだ。」和樹の真剣な目が、彼女を引き寄せる。

柚木は、彼の言葉に心を動かされた。彼女の中にあった恐れは、少しずつ薄れ、彼との未来を想像することができた。彼の手を取ることで、二人の関係が新たなステージに進むことを望んでいた。

「私も、和樹が好き。」柚木は勇気を振り絞って告げた。その瞬間、彼女の心の中にあった不安は、薄曇りの空が晴れ渡るように消えていった。

和樹は彼女の手を優しく握り、二人はそのまましばらく静かにベンチに座っていた。周りの紅葉が風に揺れる音が心地よく、彼女はこの瞬間が永遠に続いて欲しいと願った。

「これから、どうする？」和樹が微笑む。彼女はその笑顔を見つめながら、新たな冒険が始まることを感じていた。

「まずは、遊びに行こう！滑り台に。」柚木は笑顔で応じた。彼女の心の中には、これからの未来への期待が膨らんでいた。幼馴染との恋が、特別なものに変わる瞬間が、今まさに始まろうとしていた。