恋愛ショートショート

灰色の空の下で

ある平日の午後、東京のオフィス街は曇り空に包まれていた。低い雲が重く垂れ込め、通りを行き交う人々の表情もどこか陰りを帯びている。そんな中、私は同僚の奈々と一緒に昼休みを過ごしていた。外に出ると、冷たい風が頬を撫で、心の中にまで冷たさが染み込んでくる。

「ねぇ、最近どう？」奈々が私の顔を覗き込んできた。彼女の目は明るいが、私にはその光が少しだけ不安を感じさせる。何かを期待されている気がするのだ。

「別に…特に変わりはないよ。仕事は忙しいし、恋愛もしてないし。」私は気を抜いた笑顔で返した。しかし、心の奥底ではどこか物足りなさが広がっていた。

「そう？でも、たまには誰かと出かけたりしないとダメだよ。」奈々は少し心配そうに言った。彼女はいつも元気で、周りの人を明るくする存在だ。私とは正反対の性格で、いつも彼女に引っ張られる形で行動することが多い。

「そうかもね…」私はつい口をついて出た言葉に戸惑った。普段は自分から動くことが少ない私が、何かを求めているのを感じていた。

その日の帰り道、私は無意識に足を進めていた。いつもと違う道を選び、見知らぬカフェの前に立ち止まった。店の外には小さな看板があり、「本日の特製スイーツ」と書かれている。甘い匂いが漂ってきて、思わず心が躍った。

「ちょっと寄ってみようかな…」私は自分に言い聞かせるように呟いた。カフェの扉を開けると、ほのかな温かさが迎えてくれた。客はまばらで、静かな音楽が流れている。心がほっと緩む瞬間だった。

「いらっしゃいませ。」店員の青年が微笑みながら声をかけてきた。彼の笑顔は、まるで灰色の空の下に咲く一輪の花のように感じられた。少し緊張した気持ちが和らぎ、思わず彼を見つめ返す。

「特製スイーツを一つください。」私は自

分の気持ちをそのまま言葉にした。彼は頷き、厨房へと消えていく。待っている間、自然と彼の姿を目で追ってしまう。白いエプロンがよく似合っていて、働く姿が何か心を惹きつける。

「お待たせしました。」彼が戻ってきた時、手に持っていたのは美しいデザート。色とりどりのフルーツが盛り付けられ、まるで小さなアートのようだ。

「これ、見た目も素敵ですね。」私は思わず言葉を漏らした。

「ありがとうございます。美味しいですよ。」彼は照れくさそうに笑った。その瞬間、心臓がドキリとした。彼の笑顔は、まるで私の心に直接触れてきたように感じた。

「名前は何て言うの？」と、思わず口をついて出た。

「健太です。君は？」彼の目が輝いている。私はその瞬間、自分の名前がどれだけ重みを持っているのかを再認識した。

「美咲です。」名前を言った瞬間、何かが繋がった気がした。

それから、私たちは毎日そのカフェで顔を合わせるようになった。健太と話すことが、私の日常の楽しみになっていった。彼の優しさや仕事に対する情熱を知るたび、心が少しずつ温かくなっていく。

「最近、仕事はどう？」健太が私に問いかける。彼の声は穏やかで、私の心の壁を少しずつ壊していく。

「忙しいけど、なんとかやってるよ。でも、たまには息抜きしないとね。」私は笑顔で返したが、内心ではもっと彼と深い話をしたいと思っていた。

「そうだね。今度、どこかに出かけない？美咲が好きなところに。」健太の言葉に、心が一瞬で跳ね上がる。

「えっ、いいの？」私は驚いた。彼の提案に心が躍る反面、緊張が走った。

「もちろん。少しでもリフレッシュできたらいいなと思って。」彼の笑顔が、私の不安を優しく包み込む。

その日から、私たちは週末に出かける約束をした。初めてのデートのようなドキドキ感が、私の心を占領した。彼のことがどんどん好きになっていくのを感じた。

しかし、ある日、健太が突然仕事で忙しいと言って、約束をキャンセルしてきた。彼の声には少しの疲れが混じっていた。

「大丈夫？無理しないでね。」私は心配になり、彼のことを気遣った。

「ありがとう、美咲。でも、本当に忙しくて…また今度、必ず。」彼の言葉には誠実さがあったが、同時に不安も感じた。

次の週もその次の週も、彼との約束はキャンセルされ続けた。私の心の中で、次第に焦りが芽生え始めた。彼は本当に忙しいのか、それとも何か別の理由があるのか。灰色の空の下、私の心もどこか重く感じていた。

そんな時、奈々が私に言った。「美咲、好きなら自分から言っちゃいなよ。待ってるだけじゃ、何も変わらないかもしれないよ。」

「でも、彼がどう思っているのか分からないし…」私は不安を吐露した。

「それでも、行動しなきゃ。もし彼に別の人がいるなら、早めに知った方がいいじゃない。」奈々の言葉は、私の心に突き刺さった。

その夜、私は決心した。健太に連絡を取り、今度こそ直接会って話をすることにした。彼の気持ちを知りたかった。

「健太、会いたい。」メッセージを送ると、しばらくして彼から返信が来た。

「ごめん、今は少し忙しいけど、時間を作るよ。」

その言葉に、胸が高鳴った。彼の忙しさの裏には、何か特別な理由が隠れているのかもしれないと感じた。

数日後、私たちはカフェで再会した。彼の表情はいつもより硬く、何かを考えているようだった。

「美咲、今まで色々とごめんね。本当に忙しくて…」彼は言葉を選びながら話し始めた。

「健太、私が言いたいことがあるの。私、あなたのことが好き。」私は思い切ってその言葉を口にした。心臓がドキドキして、手のひらが汗ばんでいく。

「美咲…」彼は一瞬驚いた表情を見せたが、次第に柔らかい笑顔を浮かべた。「実は、僕も君のことが好きなんだ。ただ、仕事が忙しくて、どう伝えようか悩んでいた。」

その瞬間、私の心は一気に軽くなった。彼の言葉に裏切られた不安が消えていく。灰色の空は少しずつ晴れ、心の中に光が差し込み始めた。

「じゃあ、これからは一緒にいる時間を大切にしよう。」私は彼の手を取って微笑んだ。

「う、ん絶対に。」彼も手を握り返し、私たちの間に新しい絆が生まれるのを感じた。

その日から、私たちは互いに支え合いながら過ごしていった。