恋愛ショートショート

好きな医者にはすでに女がいて

ある雨の日、白衣を着たあの人と過ごした日々が、今でも忘れられない。病院の冷たい廊下を歩くたび、あの瞬間が蘇ってくる。手術室の前で緊張した面持ちの彼、明るい笑顔で励ましてくれた彼に、私は心を奪われた。

「大丈夫だよ、すぐ終わるから」
と、彼は私の肩に手を置いた。彼の手は温かく、私はその瞬間、何か特別なものを感じた。
病院の明かりが彼の顔を照らし、まるで映画のワンシーンのようだった。

彼の名前は高橋。外科医として働く彼は、いつも忙しそうで、私の心の中で特別な存在になっていた。しかし、彼は私と同じ病院で働く看護師、加奈と付き合っているという噂があった。
だから、私の気持ちはどこか隠れたものになっていた。

「手術が終わったら、ちょっとだけでも会える？」
私は彼に聞いた。心臓がドキドキして、声が震えた。

「うん、必ず会いに行くよ」
と、彼は微笑んでくれた。その笑顔はまるで太陽の光のようで、冷たい病院の空気を温めてくれる。

手術が終わった後、彼は約束通り私の元に来てくれた。その瞬間、私の心は弾んだ。
「どうだった？」
と聞くと、彼は少し疲れた顔をしながらも、
「無事に終わったよ。患者さんも元気そうだった」と答えた。

「よかった！」
と私は思わず声を上げた。
彼が無事で、患者さんも助かったことが、私の心を満たしてくれた。

その後、私たちは病院の屋上に行くことにした。
雨が上がり、雲の隙間から夕日が顔を出していた。
空がオレンジ色に染まる中、彼は私の隣に立ち、少し遠くを見つめていた。

「こんな景色、いいよね」
と言うと、彼は
「うん、すごく綺麗だ。こういう瞬間があるから、医者になって良かったと思える」
と返してくれた。
その言葉に私は心が温かくなり、彼がどれだけ真剣に仕事をしているかが伝わってきた。

「高橋さんは、看護師のことどう思ってるの？」
と、思わず聞いてしまった。すると、彼は少し考え込んで、
「加奈は本当に優秀な看護師だよ。彼女がいるから、手術もスムーズに進む」と言った。

その言葉に私は胸が締め付けられる思いがした。彼の心の中には加奈がいるのか。それでも、私は諦めたくなかった。

「私も、もっと頑張らないと」
と言った。彼の視線が私に戻り、少し驚いた表情を浮かべた。
「君はすでに頑張ってるよ。君の存在が、僕にとっても励みなんだから」
と言ってくれた。

私の心は一瞬で高鳴り、彼の言葉が胸に響いた。彼が私をそう思ってくれているのなら、少しだけ希望を持ってもいいのかもしれない。

その後も、病院での生活は続いていった。時には彼と廊下ですれ違い、時には一緒にランチをとることもあった。彼との距離は少しずつ縮まっていったが、加奈の存在が常に横たわっていた。

ある日の午後、病院は静まり返っていた。私は一人、医療器具の整理をしていた。そんな時、突然彼が私の元に駆け寄ってきた。
「実は、今夜、加奈と別れることに決めたんだ」
と言った。

「え、どうして？」
と驚きながらも、心のどこかで期待が膨らんだ。

「彼女と過ごす時間が増えて、気持ちが冷めてしまった。君といる時間が、僕にとって大切だって気づいたんだ」と彼は真剣な眼差しで言った。

私の心臓は激しく鼓動し、喜びと不安が交錯した。
「でも、私たちの関係は…」と言いかけたが、彼は私の手を優しく握った。

「君に会っていると、心が落ち着く。加奈には申し訳ないけれど、君ともっと一緒にいたい」
と彼は言った。

その瞬間、私の中にあった不安は消えていった。彼の気持ちが私に向いていることを知り、胸がいっぱいになった。
「私も、あなたともっと一緒にいたい」と言った。

その後、私たちは少しずつ距離を縮め、互いの気持ちを確かめ合った。病院の明るい廊下や手術室での出来事が、私たちの心を繋げてくれた。

それから時が経ち、彼と私は正式に付き合うことになった。加奈との別れは辛かったが、彼の選択を受け入れ、互いに支え合う関係が始まったのだ。

今でも、病院の廊下を歩くと、あの雨の日のことを思い出す。彼との出会いが、私にとってかけがえのないものであったことを実感する。医療の現場での厳しさの中でも、愛が生まれることがある。それは、私たちの心を温める光のような存在だった。