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第一章 下拭き
3-5 もしかして
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出会ったばかりの少女、ミルトカルドに背中を抱きしめられるという、ユシャリーノ史上まったく無い経験をした。
背中に抱き着かれている間、ユシャリーノの心臓はドキドキが止まらなかった。
その反面、気持ちと気持ちが触れ合っているという、初めての体験をすることにもなった。
少女からの抱擁は、想いを込められた不思議な強さと、漂ってくるミルトカルドの匂いによって胸を熱くする。
戸惑う気持ちを必死に抑えて、ユシャリーノは勇者を装った。
「なんとなく気になっただけだから、無理に答えなくていいよ。俺の敵でさえなければ問題ない」
持ち物が上質なことと、時折のぞかせる丁寧な言い回しや振る舞いから、ミルトカルドが実はお嬢様なのではないか、という素朴な疑問をもったユシャリーノは率直に尋ねていた。
「またそうやって優しいことを言うんだから。もっと好きになっちゃうじゃない」
「え……俺のことが好きって、は? ち、ちょっと待て。まだ会ったばかりで……ゆ、勇者が好きってことだよな? うんうん、な、何を焦っているんだ俺は」
座ったままのミルトカルドは、出てもいない額の汗を拭うユシャリーノを見上げて言う。
「会ったばかりとか、時間なんてどうでもいい。私ね、不思議とあなたのことを好きって言える。だからたぶん、本当に好きなんだと思うの」
「お、おい、ミルトカルド、何を言い出す――」
「私ね、気に入ったものは手放さない主義だから、覚悟してね。もう、放さないから」
ユシャリーノは、ふんわりとした物言いから、徐々に語気が強くなっていくミルトカルドの眼差しに引き込まれる。
その目は、冗談一つ許さない本気の眼力を放っていた。
会った時の印象とは違う別人のような雰囲気に包まれていたが、ユシャリーノは動じずに答えた。
「言っただろ、俺に対して敵意が無ければ問題ない。むしろ、仲間として歓迎させてもらうよ。」
ユシャリーノは、ジッと見つめたままのミルトカルドを見つめ返して話しを続ける。
「俺は、今のところミルトカルドのことで悪く思う点は無い。だから、そんな目で見なくても大丈夫。安心してくれ」
ミルトカルドはユシャリーノの言葉を聞いてほっとしたのか、一転してうっとりとしている。
その目を直視できなくなったユシャリーノは、視線を外してから話を元に戻した。
「それより飯を食べなよ。お腹いっぱいにしてあげるから」
「はーい」
ミルトカルドは、うっとりしていた表情から、少し目を覚ましたようにニコニコと笑った。
初対面から驚くほど懐いてくれる彼女の反応に、ユシャリーノはうれしくなっていた。
◇ ◇ ◇
ユシャリーノは、やっと落ち着く場所となった拠点で、静かな夜を迎えていた。
そして、ミルトカルドとの出会いによってより上質な空間を体感できて、心を安らかにしている。
奇跡的に気が合った二人は、薄明かりのランタンに照らされた部屋で夜を過ごしている。
部屋の中央に置かれたテーブルを前に頬杖をつき、ぽかんと口を開けているユシャリーノ。
美しい少女であるミルトカルドと二人きりでいることに不思議さを感じながら、勇者ステータスのことを思い出していた。
「うーん」
静かな部屋に、ユシャリーノのうめき声が響いた。
小さく開けられた窓から無数に輝く星を見ていたミルトカルドは、背後から聞こえたユシャリーノのうめき声に振り返り、首を傾げて尋ねた。
「どうしたの?」
ミルトカルドも、安心して過ごしていられる夜を満喫していたが、ユシャリーノの口から漏れた小さな声を無視はできなかった。
それは、ユシャリーノに絡む絶好のチャンスが生まれた瞬間だからだ。
実のところ、そんな機会があろうと無かろうと、ミルトカルドの気持ち次第なので、いつでも絡むのだが。
「これってもしかして――」
何かに気付いたユシャリーノは、ひらめいた表情で続けて言う。
「ははあん。どうやらこの町は、勇者のことを嫌っているらしい」
ミルトカルドは、ユシャリーノの言葉を気にしつつも笑顔を浮かべ、自分専用の椅子を持ち上げた。
ユシャリーノに近づく理由ができて、自分用に作られた椅子を使えることがうれしくて笑顔になる。
ミルトカルド用の椅子――ユシャリーノが、女の子に対して何かしなければいけないという、少年としての思いに突き動かされて作った物だ。
少しでも女性用の雰囲気が出るように、座面と背もたれの角は丸く面取りが施されている。
それだけでは寂しいからと、背もたれには小さな花の模様が彫り込まれていた。
ランタンの揺らめく光でも浮かび上がる花は、ミルトカルドの心を熱くする。
自分の椅子をユシャリーノの横に置くと、うれしそうに座った。
「あん、もっと」
ユシャリーノの椅子と自分の椅子との間がほんの少しだけ開いている。
ミルトカルドは、ジッと隙間を睨んだ。
ズズッと動かしてピタリと合わせてから、肩もくっつけた。
「勇者が嫌われているだなんて、そんなことあるの?」
ミルトカルドはユシャリーノに尋ねながら顔を覗き込む。
ユシャリーノは、ちらりと小顔を見てドキっとしながら答えるのだった。
背中に抱き着かれている間、ユシャリーノの心臓はドキドキが止まらなかった。
その反面、気持ちと気持ちが触れ合っているという、初めての体験をすることにもなった。
少女からの抱擁は、想いを込められた不思議な強さと、漂ってくるミルトカルドの匂いによって胸を熱くする。
戸惑う気持ちを必死に抑えて、ユシャリーノは勇者を装った。
「なんとなく気になっただけだから、無理に答えなくていいよ。俺の敵でさえなければ問題ない」
持ち物が上質なことと、時折のぞかせる丁寧な言い回しや振る舞いから、ミルトカルドが実はお嬢様なのではないか、という素朴な疑問をもったユシャリーノは率直に尋ねていた。
「またそうやって優しいことを言うんだから。もっと好きになっちゃうじゃない」
「え……俺のことが好きって、は? ち、ちょっと待て。まだ会ったばかりで……ゆ、勇者が好きってことだよな? うんうん、な、何を焦っているんだ俺は」
座ったままのミルトカルドは、出てもいない額の汗を拭うユシャリーノを見上げて言う。
「会ったばかりとか、時間なんてどうでもいい。私ね、不思議とあなたのことを好きって言える。だからたぶん、本当に好きなんだと思うの」
「お、おい、ミルトカルド、何を言い出す――」
「私ね、気に入ったものは手放さない主義だから、覚悟してね。もう、放さないから」
ユシャリーノは、ふんわりとした物言いから、徐々に語気が強くなっていくミルトカルドの眼差しに引き込まれる。
その目は、冗談一つ許さない本気の眼力を放っていた。
会った時の印象とは違う別人のような雰囲気に包まれていたが、ユシャリーノは動じずに答えた。
「言っただろ、俺に対して敵意が無ければ問題ない。むしろ、仲間として歓迎させてもらうよ。」
ユシャリーノは、ジッと見つめたままのミルトカルドを見つめ返して話しを続ける。
「俺は、今のところミルトカルドのことで悪く思う点は無い。だから、そんな目で見なくても大丈夫。安心してくれ」
ミルトカルドはユシャリーノの言葉を聞いてほっとしたのか、一転してうっとりとしている。
その目を直視できなくなったユシャリーノは、視線を外してから話を元に戻した。
「それより飯を食べなよ。お腹いっぱいにしてあげるから」
「はーい」
ミルトカルドは、うっとりしていた表情から、少し目を覚ましたようにニコニコと笑った。
初対面から驚くほど懐いてくれる彼女の反応に、ユシャリーノはうれしくなっていた。
◇ ◇ ◇
ユシャリーノは、やっと落ち着く場所となった拠点で、静かな夜を迎えていた。
そして、ミルトカルドとの出会いによってより上質な空間を体感できて、心を安らかにしている。
奇跡的に気が合った二人は、薄明かりのランタンに照らされた部屋で夜を過ごしている。
部屋の中央に置かれたテーブルを前に頬杖をつき、ぽかんと口を開けているユシャリーノ。
美しい少女であるミルトカルドと二人きりでいることに不思議さを感じながら、勇者ステータスのことを思い出していた。
「うーん」
静かな部屋に、ユシャリーノのうめき声が響いた。
小さく開けられた窓から無数に輝く星を見ていたミルトカルドは、背後から聞こえたユシャリーノのうめき声に振り返り、首を傾げて尋ねた。
「どうしたの?」
ミルトカルドも、安心して過ごしていられる夜を満喫していたが、ユシャリーノの口から漏れた小さな声を無視はできなかった。
それは、ユシャリーノに絡む絶好のチャンスが生まれた瞬間だからだ。
実のところ、そんな機会があろうと無かろうと、ミルトカルドの気持ち次第なので、いつでも絡むのだが。
「これってもしかして――」
何かに気付いたユシャリーノは、ひらめいた表情で続けて言う。
「ははあん。どうやらこの町は、勇者のことを嫌っているらしい」
ミルトカルドは、ユシャリーノの言葉を気にしつつも笑顔を浮かべ、自分専用の椅子を持ち上げた。
ユシャリーノに近づく理由ができて、自分用に作られた椅子を使えることがうれしくて笑顔になる。
ミルトカルド用の椅子――ユシャリーノが、女の子に対して何かしなければいけないという、少年としての思いに突き動かされて作った物だ。
少しでも女性用の雰囲気が出るように、座面と背もたれの角は丸く面取りが施されている。
それだけでは寂しいからと、背もたれには小さな花の模様が彫り込まれていた。
ランタンの揺らめく光でも浮かび上がる花は、ミルトカルドの心を熱くする。
自分の椅子をユシャリーノの横に置くと、うれしそうに座った。
「あん、もっと」
ユシャリーノの椅子と自分の椅子との間がほんの少しだけ開いている。
ミルトカルドは、ジッと隙間を睨んだ。
ズズッと動かしてピタリと合わせてから、肩もくっつけた。
「勇者が嫌われているだなんて、そんなことあるの?」
ミルトカルドはユシャリーノに尋ねながら顔を覗き込む。
ユシャリーノは、ちらりと小顔を見てドキっとしながら答えるのだった。
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