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第一章

第十一話 サプライズ準備と鈍感美人

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 日向南地区北側には、背の高い木々に囲まれた広い敷地の邸宅がある。
 その邸宅と通りを繋ぐ道は昼間でも日陰になっている。
 ちょっとした森林浴を味わっているような湿気と草木の匂いを感じる。
 しかし、その道の先には少々錆びが目立ってきた大きな門が見えており、大抵人は寄り付かない。
 そんな周りから一歩引かれた場所に、一台の二トントラックがバックで入り込んできた。
 トラックは門前で停車し、両側のドアが開いて乗員がそれぞれ軽快に降り立った。
 運転者であった人物が門の傍にあるインターホンを押す。
 程なくして、返答がきた。

『どちら様?』
「宅配便ですが、瀬田様のお宅で間違いないでしょうか?」
『はい、瀬田です。すぐ行きますので少々お待ちください』

 多駆郎が門まで歩きながら挨拶をし、門に設置されている小さな扉を開けて宅配業者を中へ通す。
 宅配業者の一人が台車を敷地内に準備した。
 トラックの荷台ドアを開けて閉まらないように固定してから両者が荷台へ乗り込む。
 奥の方より二人がかりで荷台の最後部まで移動させる。
 二人は荷台から降り、荷物の両端をそれぞれ丁寧に持ちながら門をくぐって台車へ載せる。

「どちらまで?」
「あそこに見えている建屋までお願いします。上まで運んでもらってもいいですか?」
「構いませんよ。今日はこちらの荷物があるということで、二人で来ていますので。にしても凄いですね、個人宅にお持ちの方っていないんじゃ」
「そうでもないですよ。マニアの方はどの方面でも、そのことに触れていないと知らないだけで結構いらっしゃいますから」

 多駆郎に指示された通り、業者の二人は荷物を新しい建屋のかまぼこ型をした二階へと運び入れる。
 物珍しそうにしている二人に多駆郎は簡単に部屋の説明をした。
 終始感嘆の声を漏らしていた二人だが、次の配達先のことを思い出したようだ。
 慌てて受け取りのサインを頼み、一連の作業を終わらせて次の宅配先へと向かった。

 多駆郎は土間の横にあるスイッチ類の中から一つ押す。
 するとスライド式の天井が開いていく。
 そう、天井が開くのだ。
 この建物の正体は、いわゆる天文台である。
 多駆郎は知り合いの工務店に無理を承知で依頼をした。
 作業時間は午前八時から午後三時、作業後は建屋全体に光沢の無いカバーを掛けることの条件付き。
 それらを一か月で仕上げるように頼み込んだ。
 さすがに一か月での完成とまではいかなかった。
 それでも工務店は観測室を優先してくれたので、天文台として十分機能するところまで仕上がっていた。

「落ち着いたら棟梁たちにお礼をしないと。酷い無茶ぶりだったからな~。早貴ちゃん、結局来なかったし」

 一人で呟きながら荷物を開ける作業へと移る。
 段ボールに貼られたテープを剥がしていき中身を確認する。
 長さ百三十センチ程で口径百五十ミリの屈折式天体望遠鏡が横たわっていた。
 付属品の箱も開けて組み立てに入る。
 正直一人で組み立てるのは厳しい面がある。
 しかしこのことだけに呼べるような知り合いは多駆郎にはいない。
 逆にとんでもない大仕事に付き合ってくれる人脈はあるのだが。
 仕方がないので、スタンドとクランプなどを駆使して一つずつゆっくりと組み立ててゆく。

「ふ~、重かった。気を使うから余計に疲れたな。これで一応メインのモノが揃ったし、なんとか形になったかな」

 組み立て完了後は試運転へと移る。
 まだ昼間のため星を見るというわけにはいかない。
 それでもパソコンとつないでアプリケーションとの連携確認ぐらいは済ませておける。
 実際に星を捉えた状態でないとアプリケーションも何を表示すればいいんだ? と、苦情を訴えかねない。
 だが多駆郎は新しい機材に早く触れたくて仕方なかったのだ。
 基本的なセッティングを完了し、後は晴れた夜を待つだけの状態となった。
 やっておきたかった事が済んだので、天井を閉めて天文台を出てゆく。

「お茶とか、ちょっとした食べ物でも買っておくか」

 以前早貴に、冷蔵庫への補充をしろと注意されていたことを思い出し、買いにいくことにした。


 ◇


 新年度が始まった葉桜高校。
 三年生のために進学や資格のガイダンスを開催や個別の面接などを実施。
 いよいよ卒業後に向けての動きが活発になってきた。
 これまでの二年間のように、勉強さえこなしていれば高校生活を安心して満喫というわけにはいかない空気が漂い始める。
 とはいっても、その空気が漂うのは主に特進コースと普通科である。
 付属大学への進学を希望している進学コースは進学に必要な基準を満たす成績を維持することで、これまで同様高校生活を楽しんでいられる。
 そのために進学コースの生徒は気を抜いてしまい、大学へ進学後の将来設計を怠る生徒が続出してしまった。
 そんな過去の教訓から、学校側は対策をした。
 進学コースに対しても他コースと同じように大学受験対策に費やす時間が空く分、将来設計に時間をかけるようにガイダンスや面接で生徒に意識を持たせるようにしている。
 面接週間の初日に開催の三年C組では、名簿順に五人ずつ進路指導室へ向かって一人ずつ面接を受ける形式で行われた。
 最後のグループとなった早貴が教室へ戻ってくるなり千代と奏が気づいたのを確認する。
 そして二人に向け片目の前で横向きピースをしながらベロを出してみせる。
 千代と、千代の席へ話に来ていた奏が一瞬驚いたが、すぐに噴出し笑いをした。

「ちょっと、何それ~? 乗っかることをためらっちゃったよ」

 早貴と千代は、大抵どちらかが振ってきた『おふざけ』に乗って遊ぶのだが、千代が珍しくついていけなかったようだ。

「なによ~、ちゃんとやってくれなきゃ~。乗るか、つっこんでくれないとワタシが恥ずかしいじゃない」
「いや、あのポーズはちょっと。せめてベロ出してなければやったかもだけど。特に奏にはハードル高いぞ」

 奏がうんうんと頷く。

「ああ、奏もやれるように考えなきゃいけなかったか。ごめんね~、奏」
「いえ、謝られても。他のポーズでも私は無理ですよ」
「え~、奏がやればなんでも可愛いのに」
「またそういうことを。もうちょっとご自身の――な、なんでもないです」
「ああ! まただ。綾と何を隠しているの? 言わないとこうするよ~」

 早貴は奏の頬を人差し指でツンツンと突く。
 それには千代も乗っかって、反対の頬を突く。

「あなたたちは……もう」

 両側からツンツンされていることで、眼鏡が上下に小さく動かされる中、奏はため息をついた。

「綾に言い付けて、簀巻きでプールへ投げ入れてもらいますよ?」
「あらら奏、怒っちゃった」
「別に、怒っていませんよ。その、お返しにお二人の髪の毛を触らせていただければ」

 早貴と千代はお互いの顔を見合わせた。

「奏、触りたかったの? 髪の毛」

 奏は恥ずかしそうに頷く。

「そんなのいつでも言ってくれれば。っていうか、何も言わなくても奏に触られて嫌がりはしないよ? ねぇ、お千代?」
「うん。寧ろ、そんな壁をあたしらに感じていたことの方がびっくりだ」

 奏は、先ほどのため息とは違う息をふう~っと吹いた。

「お二人はそれぐらい特別なのですよ。これでも私、いつもお二人の前では少し緊張しているのですから」

 奏のそんなセリフに二人は、言葉ではなくモーションで答えた。
 早貴は奏の頭をよしよしと撫で、千代は強くハグをした。

「アタシらさ、いつも会えば一緒にいるし、部活も一緒だし、今じゃクラスも一緒でしょ? 壁なんてないぞ、奏」
「そう、ですね。私が意識し過ぎていたのでしょう。なんだか今まで勿体ないことをしてきたように思えてきました」
「はい! 奏の封印解除~。これからは今までの分を取り戻すぐらい絡んできてちょうだいね!」
「わ、わかりました。やってみます」
「固いなあ」

 早貴と千代が口を揃えて言った。

「まあ、いきなり変わるのも難しいか。あたし達もきょとんとしちゃうかも」
「変わるとか変わらないじゃなくて、意識しなくていいよってことだよ~」

 教室中で生徒の話し声ボリュームが最大になった頃、ようやく担任が教室へ戻ってきた。

「は~い、席に一旦座って~。ごめんね、遅くなって」

 生徒の中から一声掛かる。

「さえちゃん先生、大丈夫だよ~」
「あ~、やっぱりそう来たかあ。私の恐れていたことが起きてしまったのね。これでも先生なので、できれば名字で呼んで欲しいんだけどなあ、だめ?」
「さえちゃん先生は、さえちゃん先生って感じだよ~」
「も~、どんな感じよそれ。他の先生方に示しがつかないから名字にしよ? お願い」
「は~い」

 歳が近めの先生というのは、どうしても先生と生徒という壁が薄くなるものだ。
 それでもなんとか名前呼びを回避できた担任は、強引にクラスでのミッションを終了させる。

「今回渡した希望進路調査票には、希望学部とかその後の就職に関することも記入するようになっていることは、それぞれにお話ししましたけど、先のことを考える良いきっかけだと思います。今回の調査票は現在の狙いを確認したいということなので、パンフレットを見たり、先輩に聞いたり、情報を集めて大方向を記入してくれればいいですからね。それでは、これで解散します」

 とりあえず名簿が一番だからということで、挨拶係に任命された生徒が締める。

 クラス中が帰り支度をはじめる。
 ほとんどの生徒は仲の良いもの同士で帰りにどこへ行くのかなどの話をしながら教室を後にする。

「早貴ちゃん、さよなら~」
「は~い。さよなら~」

 クラスメイトに突然帰りの挨拶をされて一瞬戸惑ったが、早貴は即座に他所向け笑顔で挨拶を返した。
 たったそれだけのことなのだが、挨拶をしてきた面々は過剰に見える喜びを表現しつつ、その場から逃げるように教室を出ていった。

「なんか変な挨拶だった? なんだろ」

 千代と奏も同じような反応をされていた。

「そういえば奏、部活って――あるの?」

 奏は早貴へ振り返り、にっこりとして答える。

「無い、そうです」

 早貴は苦笑いをしつつも、その返事は容易に見越せるものであったため、提案をするための振りでしかなかった。

「最後の年だというのに、結局動き無しで終わっちゃうのかな。いつやるかわからないから置いておいたユニフォームとか一旦洗濯したいから部室寄ってもいい?」
「あたしも置きっぱなしだ。バスの時間まで少しあるし、寄って行こう。奏は構わない?」
「大丈夫ですよ。特に変わりはないと思いますが、たまには部室を見ておきたいですし」

 動きのない部活に所属した部員の寂しい会話を残して、三人は教室を出た。
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