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Folge 87 朝焼けと白い腕

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 んがぁー。
 なんだかひんやりするなあ。
 ありゃ?
 これって寝ているのでは?
 別荘は高原にある。
 夏でも夜中になれば冷えるわけだ。
 寒さを感じて起きるってことは……。
 誰とも一緒に寝ていないじゃないか!
 緊急事態だ。
 状況確認のために慌てて目を開けてみる。

 ――――ふむ。

 食卓に突っ伏していたようだ。
 連中はどうしているんだろう。
 まだゲームをしているのかな。
 白熱していそうな気はするが。
 固い天板に押し付けたおでこを摩りながら身を起こす。

「……全員寝ている、のか」

 トランプ数枚を持ったままその場に倒れている。
 集団寝落ちだ。

「よく頭を打たなかったな」

 変な感心と安堵をしながらイスから離れる。
 時間……。
 そう、今何時だ?
 寝落ち現場へ向かいつつ時計を見つける。

「……三時半。こいつら、オレの待っていた楽しみを台無しにしたな」

 眠たかったらオレの所へ来いよ。
 オレのことが好きなんだろ?
 なんだよ。

 ――――寂しくさせるなよ。

「タケルもこうなるまで付き合うなよ。お前は大切な弟なんだから」

 辺りを見渡して寒さを凌ぐものを探す。
 ……無い。
 上着はあるけど、オレの一枚じゃ足りない。

「寝室へ行くか」

 一人一人運ぶのは少々厳しい。
 いや、みんな軽いから運ぶのも楽しそうだけどさ。
 それで起こしてしまうのも可哀そうだ。
 毛布を持って来る方が無難だろう。
 と言っても、五人分の毛布を一度に運ぶのは辛い。
 未明に一人で毛布を抱えて二往復。
 何をしているんだか。
 全員に掛けてあげてとりあえず風邪予防完了。
 一人ずつ頭は撫でてあげた。
 だってさ、寝顔が可愛いのなんの。
 キスしたいところだけど、それも起こしそうで我慢した。

「結局一時間近く経っちまった。これから寝るのもなあ」

 さてどうしようか。
 朝食の用意をするにもオレにその腕は無い。
 う~。
 本当に何もできない奴だな、オレは。
 情けなさを感じながら窓の外へ目をやる。
 少しだけ空が明るくなっている。

「山の景色でも見るか」

 せっかくなので、この時間の外を見に玄関から出てみた。

「ほえ~、綺麗だな。うっ、寒っ! 上着上着」

 山と言うことで持参しておいたスタジャン。
 妹達に似合うとそそのかされて買ったやつ。
 そもそも外に出ることが少ない奴に買わせるなよ。
 また派手なワッペンが付いているしさ。
 絶対遊ばれたんだよな。
 これ使ったのは……。
 妹とクリスマスケーキを買いに行く時と初詣ぐらいだったかな。
 今回の話が無ければそれ以外に着ないぞ。
 でも、今こそ出番が来たって感じ。
 結果、買って良かったとしておこうか。

「改めてっと。こんな時間は地元でも体験しないから新鮮過ぎる」

 空ってこんな色するのか。
 山の色もコロコロ変わるんだな。
 その中で見る別荘の明かりが妙に暖かそう。
 写真か絵でしか見ない光景を目の当たりにしている。
 へへへ。
 こういうのを一人で堪能するのもいいね。

「一人で見るのはズルくない? サダメ」

「咲乃……。起きたのか」

「冷たい風を感じたから起きた。みんな寝ちゃっているのはびっくりしたよ」

「ああ、玄関の出入りで寒くしちゃったかな。ごめん」

「いいよ。なんだかぐっすり眠れたみたいだし……はわぁ」

 思いっきり両腕を空へ伸ばしている。
 小さい口を大きく開けて。
 写真撮りたいぐらい綺麗だな。
 なんだ、この子。

「何? 欠伸の途中で視線を感じると止まっちゃうじゃん」

「綺麗だなあと思ってさ」

「え、ちょっと……寝起きに直球でずるいよ」

「素直な感想なんだが」

「……ありがと。よく言えましたのご褒美あげる」

 この展開はね。
 踵を少し上げて首を抱えながら顔を近づけて来るっと。
 そうしたらもう、することは……。

「んっ――サダメがすんなり受け入れてくれるの素敵。朝の一番もゲットだからボクへのご褒美でもあるね」

「お前、何か羽織って来いよ。冷たくなっているぞ」

 か細い子が身体を冷やしているなんて許せないよ。
 両腕でしっかりと抱えてあげた。

「こうしてくれるから問題無いよ。あったかいな。君は素敵な男の子だよ」

 そのままキスが再開された。
 レベルアップされて。
 ロケーションのムードも調味料として優秀過ぎるだろ。
 寒さがあるからしっかり目は冴えている。
 なのに、夢心地だ。
 こんなの止める理由は無く……。
 ――――得を感じることが出来た朝となった。
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