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Folge 03 うそだ!

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「ああん! もうお別れなの? あたし今日から兄ちゃんと高校へ通う」
「わたしもそれには同意。このまま高校へ行きましょう」
「僕も――――」
「コラ!」

 こいつらは~。
 いやうれしいよそりゃ、できりゃそうしてあげたいよ。
 オレだって、毎日のようにこいつらの中学校へ行きたいって言ってる。
 裕二ゆうじの耳にタコができるほどに。
 耳がタコになっちまうだろっ、なっちまったら気持ちわりぃじゃねぇかって。
 面白くない返しで毎度叩かれてるし。
 裕二――今のところ、白い目で見られているオレとでも話してくれる友人だ。
 話せる相手がいるってのは助かるんだけども……どこか信用しきれない。
 オレがネガティブなだけかもしれないが。

「いつまでもわがままな子を兄貴が好きになれるか? さ、いつも通りに元気に行っておいで」

 双子は即座に腕を離した。

「兄ちゃん、嫌いにならないでね。ちゃんと学校行くから。帰ってきたら知らんぷりとか嫌だよ」
「サダメのためにあるわたしがサダメに嫌われたら生きる意味が無くなる。お願い、わたしを捨てないで」
「兄ちゃん、僕は何も言ってないから無罪だよね?」

 オレがこいつらとの関係についてネガティブ発言をすると、必死に関係修復を試みてくる。
 いつか、オレが離れて行きやしないかとビクビクしているらしい。
 日頃、オレにぶつけてくる過度な愛情表現は、それが原因だ。
 両親がほぼ不在の中で、頼れるのはオレしかいないんだから仕方がないと思う。
 そう思いつつも、ただの寂しさだけだったら……なんて考えると、つらい。
 オレはあいつらのことが――。
 どうあれ、オレのことが必要ならそれに答えてあげるだけだ。
 こんな純粋な子たちを見捨てたり離れたりするわけないよ。
 でも、たまには弄ってやりたくなる。
 兄貴として精一杯の愛のムチ――はちみつとシロップたっぷり入ったやつ――だから受け取っておけ。

「はいはい。お前たちがいい子でさえいれば、ちゃんとそばにいるから。安心して元気に動け」

 兄貴らしくそんなことを言ってはいるけど、こいつらから離れるための自分への鞭だ。

「そ、それじゃあ行ってきます」
「行ってくるわ」
「行ってくるね、兄ちゃん」

 まあ、手を振るぐらいはしておいてやろう。
 じゃないと、授業どころじゃなくなって成績に影響あるかもだし。
 あいつらあんな調子のくせに、成績は三人とも上位集団の一員らしい。
 だから面談に行くと、先生からの評判がすこぶる良い。
 ティーン真っ只中のオレが親の気持ちで喜んじまう。

 ――――ただ、一つだけ問題がある。

 やたらとモテることは周知の事実だけど、その点で色々とやらかしているようで。
 
 特に双子。
 女子から告白された場合、お友達なら構わないと返事をする。

 問題は男子からの告白。

 男子にしてみれば高嶺の花。
 それでも想いを伝えたいのが男の性。
 その気持ちはよ~くわかる。
 
 告白にはパターンがあると思う。
 経験のないオレが思いつくものだと、

 一、玉砕覚悟で本人に直接伝える
 二、女子と話すのが平気な男子に間接的に伝えてもらう。
 三、馴染みのある女子に間接的に伝えてもらう。
 四、もし既にある程度の知り合いであればチャットアプリを使う。
 五、手紙等を何処ぞに置いておき読んでもらう。

 こんなところがよくある話じゃないかな、知らんけど。

 ――――さて。

 告白された時の対応については帰ってから実際に聞いてみよう。
 ほぼ毎日のように三人のうち誰かが、もしくは全員が告白されるらしいから。
 オレも報告をしてもらわないと心配だし。

 脳内で整理しているうちに学校に着いちゃった。
 ちなみに、中学校と高校共に自宅から歩いて十五分の所にある。
 敷地は離れているけど、一貫校――いわゆるエスカレーターってやつだ。

 今日も学校の敷地内に入ると、あちこちからの視線を感じる。
 そんなに興味があるなら、オレも弟妹みたいに告白されたってよくない?
 金髪系ではないけどアンバーで茶眼。
 肌は白く、顔も初見で日本人だと思う人はいないであろう容姿。
 なのに、これまで一度も告白されていない。
 別に容姿で釣ろうとしているわけではない。
 あまりにも告白なんてイベントが起きてくれないから、たまには容姿のアピールぐらいはしたくなっちまう。

「もう疲れた。二限まで寝てようかな」
「ま~たそんなこと言ってるのか。よく飽きねえな。おはよっす、ディスティニー」

 机に腕枕を敷いて楽にしていたのに、裕二に頭をチョップされた。

「やめろその呼び方! おはよ~さん」

 オレの名前がサダメだからって、裕二は時々こんな呼び方をしてきやがる。
 カバンに安産祈願のお守り百個を一つずつ男結びにして付けてやろうか。

「で、今日も弟妹は元気だったってことか?」

 チョップしてきたのは左近さこん裕二ゆうじ
 いつも俺の味方をしてくれる心強い奴……たぶん。

「元気だよ。だけどわがままを言ってきたから、すこ~しだけ意地悪してやったんだ」
「何したの?」
「いつまでもわがままな子をオレが気に入るか? って言っただけ」
「はあ、その程度で意地悪?」
「あいつらにとってはな。オレらが思っている程度とは次元が違う。オレがいなくなるかもっていう恐怖にまで跳ね上がるんだよ」
「すっげえな、俺ならそんなの対応できない。お前、よくやってると思うよ」
「そう……だといいな」

 最近の裕二は以前より変わったように思う。
 半分面白がっていたオレんち事情に、同情するようになっている。

「まあさ、学校にいる間ぐらいは気楽にしたら? 実際、どれだけ心配しても物理的にどうにもならないし。何せ目の前にいないんだから。そうしないとお前、ネジ飛ぶぞ」
「いつもそう言ってくれるってことが、最近になってようやく身に染みてきたよ。こんな調子じゃ壊れるな。意地悪したのもオレがあいつらと離れるためだったし」
「そうだった。そもそもお前がシス・アンド・ブラコンだったな。無敵じゃねえか」

 ちくしょう、裕二が高笑いしてやがる。
 ああそうさ、オレの方こそ弟妹のことが大好きなんだよ。
 割り切ったはずなのに、まだ悶絶してる。

 そんな話をしているオレらの所へどなたか知らない方がいらっしゃった。
 黒髪セミロングで前髪に真っ赤なコンコルドを挟んでいる。
 スリムなボディに透き通るような白い肌の美形女子。
 そんな人がツカツカと足早に近づいてくる。
 明らかにうちのクラスメイトではないことが分かる動き。
 オレらだけでなく他のクラスメイト達もその女子に注目していた。

 オレは裕二が高笑いを突然やめたから気づいたんだが。

「おいサダメ、こっちに来るみたいだぞ」
「こっちに甘い水は無いはずだが」
「いや、俺たちんとこへ来るって」
「またそんなこと言って。オレらに女子が寄ってくるわけ――――」

 その女子はオレたちの所まで来て急停止した。
 それも靴が鳴る程のブレーキ音を立てて。

「ほんまや」

 思わずどこかで聞いたくだりで、それも関西弁で言ってしまった。

「――――っ」

 へ? 何か言おうとしたみたいだが詰まったようだ。

「……わ」

 わ? わ、わね、え~とってしりとりじゃねえだろうし。

「――――」

 いやいや。
 まさか、このまま何を言うか気にさせただけどか?
 「また来週!」とか「続きはウェブで!」なんていまどき使われないようなエンディングじゃないだろうな。
 いったんコマーシャル入るとかシャレにならんぞ。

「…たし…つ……って……」

 ここまで威勢よく来たから、てっきり冤罪でも突き付けられるとか思っちまった。
 『あなたね! さ、警察へ行きましょう』とか叫んで。
 どこぞのお嬢様がサダメを連れて行ったぞ~、なんて展開。
 オレの心はそこまで覚悟したのに、声が小せぇし、わっかんね~。
 兎にも角にも、どうやら冤罪で連れて行かれる雰囲気ではない。
 ホッとしつつ何の用なのか聞いてみた。

「どしたの? 何か俺たちに用?」
 
 ゆうじ~、お前が聞くのかよ~。
 用意した言葉が前歯の裏でUターンしていったぞ。
 咽るわ。

「あなたじゃない!」

 えっ! 
 急に物凄く大きな声が出たんですけど。
 ビビった~。
 おまけに鬼の形相で裕二を睨んでるよ。
 なんなのこの子。

「ご、ごま、ごめんなさい」

 裕二もビビっちゃって噛んでるし。
 オレって、こういう緊迫した雰囲気でも笑っちゃう。
 裕二の言った『ごま』でゴマ粒とかゴマフアザラシを想像しちゃったり。
 普段ならゲラゲラ笑ってるとこなんだけど、笑いをこらえてみた。
 オレって偉い!

 それはそうと――目の前の彼女だよ。
 両手を前で絡ませて、足もジッとさせられないような動き。
 要するに、モジモジしている。
 今どきモジモジした動きをする子なんて、マンガでも出てこないよ。
 ガチャ引きマニア視点で見たら、叫んで喜ぶスーパーレアかもしれない。
 まずいな。
 オレ、真剣味が足りなかった。
 頭の中で、この子に失礼な設定を展開しちまった。
 では、改めて――。

「ってことは、オレ?」

 その子はコクっと頷いた。

「はあ……オレなんかに用がある女子ってさ、掃除当番を代わって欲しい時ぐらいしか寄って来ないから。クラスが違うからそういうんじゃないんだよね?」

 なんかこの子深呼吸しだした。
 また大音量での攻撃か!?
 ちょっと官房長官に許可貰って軍事配備するからその間は待っててくれるかな。
 オレすげぇな、そんなことできるのか。
 だから冗談を考えてる場合じゃ――――。

「私と、付き合ってくださいっ!」
「は?」

 オレの耳は、首を長くして待っていたはずの言葉をさらりとかわした。
 たぶんおそらくこういう場合「は?」とは言わないはず。
 でもさあ、経験無いやつがいきなり言われるようなセリフじゃないって。

「ちょっと何を言っているのか理解不能なんですけど」
「えっと……その……私と付き合って欲しいのですが」

 隣の裕二が、となりのなんちゃらみたいに大きく口を開けたまま固まっていた。
 代わりにやっちまうからオレができねえじゃん。

「誰かと間違えているんじ――」
「あなたです!」

 被せてきたよ。
 私と付き合って欲しいって……オレに告白しに来たってこと?
 そんなわけ……あるんだよな、これ。
 はあ、これが世に言う告られるということなのか。
 勉強になったわ。
 来週の予告はまだかな?

「ダメですか?」

 あれ? 
 まだこの子いる。
 ……ってことはドラマじゃなくてノンフィクション? 
 リ・ア・ル?
 ははぁん、わかったぞ。
 これ、誰かが仕掛けたドッキリだな。
 そんなことにこのサダメ様が騙されるわけないんだからね!
 いや、ツンな娘じゃあるまいし。
 正直、これどうしたらいいの?
 あ、裕二に聞こう。

「裕二、よく知っていると思うが、俺はこういう場面に遭遇するのは初めてだ。どうかご教授願いたい」
「あ、ああ。その、なんだ……この子さ、隣のクラスじゃ有名な美人さんだ。こんなチャンスを逃す奴はいない、とだけ言えるかな」
「ふーん、そうなんだ。確かに綺麗な人だけど」

 彼女は両手で顔を隠している。
 照れているのかな? 
 照れ方もレアか。

「これ、今答えなきゃいけない感じですか? いやその前に、なんで君はオレのことを知っているの? オレは君のことを知らないのに。告白されるまでのプロセスが見えないなあ」
「ごめんなさい。私はさき美咲みさきと言います。一組の日直をしております」
「日直? それ今日だけじゃ」
「そうでした。何か肩書きが無いものかと考えたのですが、これしか思いつかなくて」

 ははぁん、さてはこの娘天然だな。

「美乃咲美咲さん……ですか」

 ご両親はどれだけ美しく咲かせたかったんだろう。

「で、オレのことはどこで?」
「入学式の時に足をつまずきまして、転びそうになったところを助けていただきました。それからあなたの虜になってしまって」

 ちょちょちょっと~。
 周りがざわつき始めちゃったよ。

「そこから告白をするところまでいっちゃいますか」
「今まで出会った男子は、私に触れるとすぐに表情が変わってしまい、とても不愉快でした。でも藍原君は、そんなこと微塵も無くて「大丈夫?」と言いながら起こしてくれた上に「気を付けてね、混雑しているからさ」と言い残してそのまま去って行かれたのです」

 美談じゃないの、オレ覚えてないけど。

「でもそれだけでしょ?」
「私にとってはそれだけで充分です! こんなに素晴らしい男子がいるんだと感激したんです」
「オレの美談ならいつまででも聞きたいところだけど、そろそろ終わらないといけないみたいだ」

 オレは美乃咲さんに後ろを見るよう目で合図した。

「君は隣のクラスだね。いつまで他のクラスにいるんだ? 早く戻りなさい」
「し、失礼しました!」

 話しているうちに授業が始まっていた。
 まさかの展開に驚いていたから、俺も鐘の音に気付いていなかったけど。
 授業のお陰であの場から解放された。
 でも初めて告白されたんだよな。
 このまま無かったことにするのはもったいない。
 そんな風に感じているってことは、オレが男である証拠でしょうか。
 そうか、オレは高校一年生になってようやく男として扱われたのか。
 悪い気はしない。いや、全く気持ち悪くない。
 とんでもなくくすぐったいけど気持ちいい。
 オレは恋に恋をしそうだ。
 あ、美乃咲さんのことを忘れてはだめだ。
 美乃咲さんあってのこの感覚。
 ってことは、美乃咲さんと付き合うべきなのだろうか。
 
 ――――誰か、おしえて?
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