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日が暮れ初め、紅く染る庭を見ながら私はため息をついた。
なんだあの鬼教師。
心の中では罵詈雑言の嵐である。
というか、婚約者も婚約者だ。
わたしを見る度に心底嫌そうな顔をしている。
何故か私のことを“自分に惚れ込んでいて親の権力で無理やり婚約者の座に着いた女”と思っているらしい。
頼んでもないしなんなら願い下げだ。

癒しと言えば…

「ねーしゃま、またいたいいたいなの?」

私のドレスの裾をつかみ、どこからが現れた第2王子、カイル様が私に話しかける。
その深い青は手当された私の手を見つめている。

「そうなんです。カイル様が手を繋いでくれたらなおるかもしれません」

そう言うとカイル様の顔はぱぁっと笑顔になり、
包帯の上からぎゅっと手を握られた。
少し痛いがこの可愛さで全てが吹っ飛ぶ。

「ねーしゃま、もういたくない?」
「えぇ!ありがとうございます!すっかり治ってしまいましたわ!」
「ほんと??えへへぇ~」

顔を赤らめ照れる姿が可愛らしすぎて、
思わず手を握り返してしまう。
そうすると、カイル様はさらに顔を赤くしてしまうのだ。ほんとうに自分が危ない人になりそうで怖い。

しばらく照れて下を向いてしまったカイル様が、
突然顔を上げた。

「ぼくね、ねーしゃまのことおみおくりするの。」

ふんす!と擬音がつくくらい張り切った顔をしている。可愛い。
くどいと思われるかもしれないが、もう一度言おう。可愛い。

「カイル様がお見送りしてくださるのですか?」
「うん!あのね、ねーしゃまはおひめさまだからね、ぼくがまもってあげるの」

最近お姫様と騎士が出てくる童話を読んだ影響で、騎士に憧れたカイル様は、よく私とごっこ遊びをしたがる。
時間がある時はなるべく一緒に遊ぶが、それも最近できていなかったことを思い出した。

「あら嬉しいですわ!とっても頼もしい騎士様ですね!」
「いきましょう、ひめしゃま」
えっへんと胸を張って私の手を引く天使。
あぁ今日が命日でもいいかもしれない。

そうして門まで手を引かれて出ると、フォスタル公爵家の家紋がついた馬車がもう待機したいた。

「お疲れ様です、お嬢様」

私付の騎士が馬車の扉を開け、カイル様にもぺこりと会釈をした。

「お見送りありがとうございました、騎士様」
「ねーしゃま、あしたはあしょべる?」
「ごめんなさい、それは分からないのです」

そう言うとカイル様は泣きそうになってしまう。
うるっとした目で見つめられるとどうしても私はかなわなくなってしまうのだ。

「では、明日は早めに参ります。そうしたら一緒に遊べるでしょう?」
カイル様の表情は一気に明るくなり私に飛びつく。
「やくそくだよ!」
そう言って笑う天使に別れを告げて、
私は公爵邸に帰るのだった。






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