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第26話 精霊族の一種であるドラゴンの変幻自在なあり方と、図書館にドラゴンは似合うか否かという問題について

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 さて、壁一枚向こうでルークがひとり焦っていたこのとき、ラッセルはそんなことになっているとはまったく考えていなかった。
 ルークと話したときはもう夕方だったし、真面目な副館長のことである。すこし休んだら副館長室に戻ってしまったにちがいないと、なんとなく思いこんでいたのだ。

 ちなみにルークがかねてから睨んでいたとおり、たしかにラッセルはときおり、従僕用の続き部屋を休憩に使っていた。しかしルークに避けられていると感じるようになってからは、そこで昼寝をするのはやめていた。もしかしたら副館長室にはずっと自分の昼寝のいびきが聞こえていたのかもしれないと思ったからである。

 書類を片づけているとき、ルークが持ってきた小箱がデスクに残されているのには気づいた。ラッセルはほんの一瞬だけ、隣の続き部屋に持っていくことを考えたが、あとにした方がいいと思い直した。目が覚めたらルークの方から取りにくるかもしれない。

 実のところ、ルークの前で書類の雪崩を発生させたことをラッセルはいささか恥ずかしく思っていたので、ルークがまた館長室にあらわれたら、きれいさっぱり片づいたデスクを披露したいと内心思っていたのである。
 というわけでラッセルはいつもより真剣に書類と取り組んでいたのだが、そんな時にかぎってあらわれるのがハーバート・ローレンスという人物なのだった。

 もっともラッセルも〈竜のヤドリギ〉について誰かに話したかったし、ハーバートは父王やきょうだいたち以外で唯一、このことについて話しても問題のない貴族だった。残りの書類をつみあげて二人は話をはじめたが、むろんルークがその声を聞いているとは思ってもいない。

「孵化したばかりのドラゴンは、すぐ近くに他の種族の赤子がいたら、その種族の姿になってしまう。擬態するわけだ」とハーバート。

「おとぎ話や伝説では、赤子を失くした人間のために女神がドラゴンを変身させるが、実際はひとり増えるんだ。擬態したドラゴンはもう見分けがつかないんだろう? 他の精霊族は消えてしまったのに、ドラゴンがまだこの国にいるのは、この能力のたまものにちがいない」

「精霊族はこの世のふつうの生き物とは異なるルールで生きている。つがいが子を作るといっても、俺たちとは意味合いがちがう……でも擬態したドラゴンを区別する手立てはある」とラッセルはいった。

「ドラゴンは擬態してもしなくても、成熟すると卵を産む。どれも同じ形の雫型で、色だけちがう。孵らない卵なら子供のころ森で拾ったことがある」
「ほう? さすが」
「孵らない卵は透きとおっていて、いずれは砂に還るんだ。孵る卵は透きとおっていないというが、めったにみつかるものじゃない。ドラゴンは同族でもえり好みが激しくて、簡単につがいにならないらしい。だから……」

「精霊族の加護を得て、古代帝国の終末期の戦乱のなかでいち早く独立したアルドレイク王家は、代々人の姿をしたドラゴンを伴侶に迎え、彼らが産んだ卵を守ると約束した」

 ハーバートが重々しくいった。ラッセルはうなずいた。

「つがいの好みにきびしいといっても、遠い昔はそうでもなかったのかもしれないが。巷では自分がドラゴンと知らずに育った者もいたらしいから……宝物庫の手記に登場するデュラン王子の伴侶は、卵を産むまで自分がドラゴンだと知らなかったといってる」
「宝物庫から盗まれた卵のほとんどはそのお方が産んだと聞いた」
「らしいな」

 ハーバートはいつになく真剣な目でラッセルを見た。

「とにかく例の店の件、謎を解くのはおまえの仕事だぞ、ラッセル。王家の末っ子の担当だ」
 ラッセルは頭をかいた。
「俺は図書館長なんだ。図書館とドラゴンほど似合わないものも――」
「ん? どうした?」
「いや、何でもない」

 実はそのとき、ラッセルの頭にはドラゴンのリリと一緒に歩いているルークの姿が浮かんでいたのだ。
 そうだ――何と何が似合うのか、性急に結論するものではない。

 ラッセルは少々反省しながら廊下をいくハーバートを見送って館長室に戻った。ドアを閉めてふりむいた時、続き部屋から顔を覗かせたルークと目が合った。
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