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第25話 夢の卵と森のダンジョン
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続き部屋の長椅子はルークの体をふんわりと受けとめた。とろりとした肌触りのひざ掛けはルークの下半身を覆うのに十分な大きさで、ルークは小さなクッションに顔をうずめ、心地よい眠気に身をまかせた。
ルークが入りこんだのは柔らかく甘い雲に包まれたような眠りだった。本当に意識が途切れたのはほんのわずかな時間で、気がつくとルークはふわふわした雲の中にいるような夢をみていた。
ひたいに誰かの手が触れている。夢うつつのルークはそれをラッセルの手だと思った。館長室でルークを気遣ってくれた時とおなじように、いや、それ以上の優しさで、ルークのひたいを撫でている。
こんなふうに誰かに触れてほしいと思ったことは一度もないのに、おかしなことだと、夢の中でルークは思った。
やはり私はきみのことが好きみたいだ、ラッセル。
声に出したわけではないのに、ラッセルには十分通じているようだった。夢の中のルークの意識は奇妙にもふたつに分裂して、長椅子に横たわっていると同時に、天井のあたりから自分自身とラッセルをみていた。
ラッセルは長椅子の横にひざまずいて、ルークの手を握っていた。彼の手にいざなわれるまま、ルークはシャツのボタンをはずし、腰帯をゆるめた。夢の中のラッセルはいつのまにか長椅子にねそべって、ルークの背中を抱えこんでいる。夢うつつのルークにはラッセルの吐息がうなじにあたるのが感じられた。
片手で下半身の昂ぶりを包むと、ラッセルの手が重なってくる。前と同じだ、とルークはぼんやり思い、すでにこのあとに来るものを予期していた。手のひらはとっくに先走りで濡れていて、はやく達したいと求めている。
ところがルークの体の奥にはそれとは別のしくしくと疼く何かがあった。夢の中のラッセルが腰をつきあげてくると、そこから思いがけず甘い感覚がぶわっとルークを包みこみ――
「あっ、うんっ……」
小さく声をあげてルークは目覚めた。その瞬間は自分がどこにいるのかを忘れていたが、頭をもちあげたとたんクッションが転がりおち、それでようやく夢の霞が晴れた。
ひざ掛けの下で服が乱れ、クッションには唾液のしみがついている。ハッとしてあたりをみまわしたが、続き部屋には誰もいなかった。
(なんてことだ。こんなところで……)
頬を真っ赤に染めたまま、ルークはあわててシャツのボタンをかけた。腰をずらすと尻の下に何か硬いものがあった。
どのくらいここにいたのか、窓の外はもう暗くなっていた。館長室に通じるドアの下に細い光の筋がある。ラッセルはまだ仕事中らしい。
と、その時だった。壁の向こうから話し声が聞こえて来た。
『それで竜のヤドリギはどうだったんだ?』
『正確なところはわからんが、十中八九問題がある。あの店主は大嘘つきだ』
館長室に誰か来ている。あの声はハーバート・ローレンスにちがいない。ラッセルをはじめ、王家の人々と親しいことで有名な貴族だ。昔から王立図書館の常連なので、ルークにとっても馴染み深い人物である。しかしラッセルとの個人的な話をこんな形で聞きたくはない。
ルークは服を整えるのもそこそこに立ち上がろうとして、はたとあたりをみまわした。卵の箱はどこにやっただろう? 館長室に置きっぱなしだろうか。
また壁の向こうから声が響いた。
『どんな嘘をついていると?』
『店内のドラゴンは幼体ばかりだった。王領の森の外で幼体をみつけるのは難しいといったら、ドラゴンをつがわせて卵を孵しているといったんだ』
『それのどこが嘘なんだ?』
『ドラゴンの卵は親が生きているあいだは孵化しないからだ。ハーバート、あなたの話は図星かもしれない』
『……宝物庫の、盗まれた卵?』
『ああ。だが証明は難しいだろう。だいたいどこでどうやって孵している?』
聞いてはいけないと思っても、ルークの耳は確実にふたりの会話を拾ってしまう。おかげで乾きはじめて下着が不快なことも、尻の下にある硬いもののことも忘れていた。
『王領の森でドラゴンが繁殖できるのは、古代帝国の時代からあそこに精霊族の都があったから。おまえの大叔父はそういったぞ、ラッセル』
『ダンジョンのことだろう? でも入口は遥か昔から前からわからなくなっているんだ。卵が盗まれて王族とドラゴンの関係も途絶えた』
ふたりの会話はどんどん、ルークが聞いてはいけない方法へ進んでいるように思えた。早く自分の部屋へ戻ろう。ルークはひざ掛けを放り出して立ち上がった。ズボンの尻のところに丸いものがひっかかっているのを感じたが、無視して自分の部屋に通じるドアを開けようとした。
ドアは開かなかった。
なぜだ?
ルークは焦ってノブを回した。開かないのは反対側から押さえられているから――そう気づいたとき、ようやく思い出した。
このドアはきちんと閉まらなかったから、ルークは副館長室に脚立を置いたのだ。自分の留守中、リリが勝手に入りこまないように。
ルークは反対側のドア――館長室に通じるドアを振り返った。ラッセルとハーバートの会話はさらに続いていた。
『そうはいっても、昔は伴侶にしていたわけだろう』
『だとしても、今となっては本気にできるか?』
『何を? ドラゴンが人の姿になることを?』
ルークが入りこんだのは柔らかく甘い雲に包まれたような眠りだった。本当に意識が途切れたのはほんのわずかな時間で、気がつくとルークはふわふわした雲の中にいるような夢をみていた。
ひたいに誰かの手が触れている。夢うつつのルークはそれをラッセルの手だと思った。館長室でルークを気遣ってくれた時とおなじように、いや、それ以上の優しさで、ルークのひたいを撫でている。
こんなふうに誰かに触れてほしいと思ったことは一度もないのに、おかしなことだと、夢の中でルークは思った。
やはり私はきみのことが好きみたいだ、ラッセル。
声に出したわけではないのに、ラッセルには十分通じているようだった。夢の中のルークの意識は奇妙にもふたつに分裂して、長椅子に横たわっていると同時に、天井のあたりから自分自身とラッセルをみていた。
ラッセルは長椅子の横にひざまずいて、ルークの手を握っていた。彼の手にいざなわれるまま、ルークはシャツのボタンをはずし、腰帯をゆるめた。夢の中のラッセルはいつのまにか長椅子にねそべって、ルークの背中を抱えこんでいる。夢うつつのルークにはラッセルの吐息がうなじにあたるのが感じられた。
片手で下半身の昂ぶりを包むと、ラッセルの手が重なってくる。前と同じだ、とルークはぼんやり思い、すでにこのあとに来るものを予期していた。手のひらはとっくに先走りで濡れていて、はやく達したいと求めている。
ところがルークの体の奥にはそれとは別のしくしくと疼く何かがあった。夢の中のラッセルが腰をつきあげてくると、そこから思いがけず甘い感覚がぶわっとルークを包みこみ――
「あっ、うんっ……」
小さく声をあげてルークは目覚めた。その瞬間は自分がどこにいるのかを忘れていたが、頭をもちあげたとたんクッションが転がりおち、それでようやく夢の霞が晴れた。
ひざ掛けの下で服が乱れ、クッションには唾液のしみがついている。ハッとしてあたりをみまわしたが、続き部屋には誰もいなかった。
(なんてことだ。こんなところで……)
頬を真っ赤に染めたまま、ルークはあわててシャツのボタンをかけた。腰をずらすと尻の下に何か硬いものがあった。
どのくらいここにいたのか、窓の外はもう暗くなっていた。館長室に通じるドアの下に細い光の筋がある。ラッセルはまだ仕事中らしい。
と、その時だった。壁の向こうから話し声が聞こえて来た。
『それで竜のヤドリギはどうだったんだ?』
『正確なところはわからんが、十中八九問題がある。あの店主は大嘘つきだ』
館長室に誰か来ている。あの声はハーバート・ローレンスにちがいない。ラッセルをはじめ、王家の人々と親しいことで有名な貴族だ。昔から王立図書館の常連なので、ルークにとっても馴染み深い人物である。しかしラッセルとの個人的な話をこんな形で聞きたくはない。
ルークは服を整えるのもそこそこに立ち上がろうとして、はたとあたりをみまわした。卵の箱はどこにやっただろう? 館長室に置きっぱなしだろうか。
また壁の向こうから声が響いた。
『どんな嘘をついていると?』
『店内のドラゴンは幼体ばかりだった。王領の森の外で幼体をみつけるのは難しいといったら、ドラゴンをつがわせて卵を孵しているといったんだ』
『それのどこが嘘なんだ?』
『ドラゴンの卵は親が生きているあいだは孵化しないからだ。ハーバート、あなたの話は図星かもしれない』
『……宝物庫の、盗まれた卵?』
『ああ。だが証明は難しいだろう。だいたいどこでどうやって孵している?』
聞いてはいけないと思っても、ルークの耳は確実にふたりの会話を拾ってしまう。おかげで乾きはじめて下着が不快なことも、尻の下にある硬いもののことも忘れていた。
『王領の森でドラゴンが繁殖できるのは、古代帝国の時代からあそこに精霊族の都があったから。おまえの大叔父はそういったぞ、ラッセル』
『ダンジョンのことだろう? でも入口は遥か昔から前からわからなくなっているんだ。卵が盗まれて王族とドラゴンの関係も途絶えた』
ふたりの会話はどんどん、ルークが聞いてはいけない方法へ進んでいるように思えた。早く自分の部屋へ戻ろう。ルークはひざ掛けを放り出して立ち上がった。ズボンの尻のところに丸いものがひっかかっているのを感じたが、無視して自分の部屋に通じるドアを開けようとした。
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ルークは焦ってノブを回した。開かないのは反対側から押さえられているから――そう気づいたとき、ようやく思い出した。
このドアはきちんと閉まらなかったから、ルークは副館長室に脚立を置いたのだ。自分の留守中、リリが勝手に入りこまないように。
ルークは反対側のドア――館長室に通じるドアを振り返った。ラッセルとハーバートの会話はさらに続いていた。
『そうはいっても、昔は伴侶にしていたわけだろう』
『だとしても、今となっては本気にできるか?』
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