王立図書館の副館長は健康のためにドラゴンを飼うことにした

おにぎり1000米

文字の大きさ
上 下
25 / 53

第25話 夢の卵と森のダンジョン

しおりを挟む
 続き部屋の長椅子はルークの体をふんわりと受けとめた。とろりとした肌触りのひざ掛けはルークの下半身を覆うのに十分な大きさで、ルークは小さなクッションに顔をうずめ、心地よい眠気に身をまかせた。

 ルークが入りこんだのは柔らかく甘い雲に包まれたような眠りだった。本当に意識が途切れたのはほんのわずかな時間で、気がつくとルークはふわふわした雲の中にいるような夢をみていた。

 ひたいに誰かの手が触れている。夢うつつのルークはそれをラッセルの手だと思った。館長室でルークを気遣ってくれた時とおなじように、いや、それ以上の優しさで、ルークのひたいを撫でている。

 こんなふうに誰かに触れてほしいと思ったことは一度もないのに、おかしなことだと、夢の中でルークは思った。
 やはり私はきみのことが好きみたいだ、ラッセル。

 声に出したわけではないのに、ラッセルには十分通じているようだった。夢の中のルークの意識は奇妙にもふたつに分裂して、長椅子に横たわっていると同時に、天井のあたりから自分自身とラッセルをみていた。

 ラッセルは長椅子の横にひざまずいて、ルークの手を握っていた。彼の手にいざなわれるまま、ルークはシャツのボタンをはずし、腰帯をゆるめた。夢の中のラッセルはいつのまにか長椅子にねそべって、ルークの背中を抱えこんでいる。夢うつつのルークにはラッセルの吐息がうなじにあたるのが感じられた。

 片手で下半身の昂ぶりを包むと、ラッセルの手が重なってくる。前と同じだ、とルークはぼんやり思い、すでにこのあとに来るものを予期していた。手のひらはとっくに先走りで濡れていて、はやく達したいと求めている。

 ところがルークの体の奥にはそれとは別のしくしくと疼く何かがあった。夢の中のラッセルが腰をつきあげてくると、そこから思いがけず甘い感覚がぶわっとルークを包みこみ――

「あっ、うんっ……」

 小さく声をあげてルークは目覚めた。その瞬間は自分がどこにいるのかを忘れていたが、頭をもちあげたとたんクッションが転がりおち、それでようやく夢の霞が晴れた。
 ひざ掛けの下で服が乱れ、クッションには唾液のしみがついている。ハッとしてあたりをみまわしたが、続き部屋には誰もいなかった。

(なんてことだ。こんなところで……)

 頬を真っ赤に染めたまま、ルークはあわててシャツのボタンをかけた。腰をずらすと尻の下に何か硬いものがあった。
 どのくらいここにいたのか、窓の外はもう暗くなっていた。館長室に通じるドアの下に細い光の筋がある。ラッセルはまだ仕事中らしい。

 と、その時だった。壁の向こうから話し声が聞こえて来た。

『それで竜のヤドリギはどうだったんだ?』
『正確なところはわからんが、十中八九問題がある。あの店主は大嘘つきだ』

 館長室に誰か来ている。あの声はハーバート・ローレンスにちがいない。ラッセルをはじめ、王家の人々と親しいことで有名な貴族だ。昔から王立図書館の常連なので、ルークにとっても馴染み深い人物である。しかしラッセルとの個人的な話をこんな形で聞きたくはない。

 ルークは服を整えるのもそこそこに立ち上がろうとして、はたとあたりをみまわした。卵の箱はどこにやっただろう? 館長室に置きっぱなしだろうか。
 また壁の向こうから声が響いた。

『どんな嘘をついていると?』
『店内のドラゴンは幼体ばかりだった。王領の森の外で幼体をみつけるのは難しいといったら、卵を孵しているといったんだ』
『それのどこが嘘なんだ?』
『ドラゴンの卵はからだ。ハーバート、あなたの話は図星かもしれない』
『……宝物庫の、盗まれた卵?』
『ああ。だが証明は難しいだろう。だいたいどこでどうやって孵している?』

 聞いてはいけないと思っても、ルークの耳は確実にふたりの会話を拾ってしまう。おかげで乾きはじめて下着が不快なことも、尻の下にある硬いもののことも忘れていた。

『王領の森でドラゴンが繁殖できるのは、古代帝国の時代からあそこに精霊族の都があったから。おまえの大叔父はそういったぞ、ラッセル』
『ダンジョンのことだろう? でも入口は遥か昔から前からわからなくなっているんだ。卵が盗まれて王族とドラゴンの関係も途絶えた』

 ふたりの会話はどんどん、ルークが聞いてはいけない方法へ進んでいるように思えた。早く自分の部屋へ戻ろう。ルークはひざ掛けを放り出して立ち上がった。ズボンの尻のところに丸いものがひっかかっているのを感じたが、無視して自分の部屋に通じるドアを開けようとした。

 ドアは開かなかった。

 なぜだ?
 ルークは焦ってノブを回した。開かないのは反対側から押さえられているから――そう気づいたとき、ようやく思い出した。
 このドアはきちんと閉まらなかったから、ルークは副館長室に脚立を置いたのだ。自分の留守中、リリが勝手に入りこまないように。

 ルークは反対側のドア――館長室に通じるドアを振り返った。ラッセルとハーバートの会話はさらに続いていた。

『そうはいっても、昔は伴侶にしていたわけだろう』
『だとしても、今となっては本気にできるか?』
『何を? ドラゴンが人の姿になることを?』

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...