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第14話 王家の宝物庫に鎮座する空の箱について
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「竜のヤドリギか」
ラッセルはオウム返しにつぶやいて、デスクの端に尻をのせなおした。ハーバートは肘掛椅子に腰をおろして悠々と足を組んだが、リラックスした姿勢とは裏腹に、ラッセルに向けた目つきはさきほどとはうってかわって真面目な色を帯びている。
「胡桃通りにあの店ができたのはいつだった? 夏の社交シーズンで話題になったのはわかるが、この二週間ほど人気が再燃して、いまや順番待ちらしい。ドラゴンは王家の末子の管轄だろう?」
ラッセルは眉をあげた。
「竜のヤドリギが開店したのはだいたい一年前だ。ドラゴンが関係しているから届出書類は俺も確認している。特におかしなところはないから、いくらドラゴンが国の象徴でもうかつに口は出せない。ハーバート、何を心配してる?」
「あれだけのドラゴンがどこから来たか」
ラッセルはデスクからすべりおりた。
「密猟を心配しているのか? 王領の保護官には定期的に報告をあげてもらっているが、怪しいことはないそうだ。王領の森以外でまとまって棲んでいる場所を発見したか……王国のあちこちで何年もかけて捕まえてまわったか……」
「卵はどうだ?」
ハーバートは足を組みなおした。
「ラッセル、私は子供のころ、王家の宝物庫に入れてもらったことがある。とんでもない数のドラゴンの卵があった。紋章つきの箱に入れられて」
「……盗まれた卵か。俺が生まれる前の話だ」
「ああ。しかし大叔父から聞いているだろう? 公にされなかったから臣民は知らないが、あの卵は三百年以上前、当時の王族の伴侶が残したものだった」
「盗まれた卵を〈竜のヤドリギ〉の店主が手に入れ、孵したって?」
「精霊族の繁殖はふつうの生き物とはまったくちがう。何百年前から伝えられたものだろうがあの卵は死んでいない」
「ハーバート、その話、父上にも?」
「いや。ドラゴンは末子の管轄だろう? アルドレイク王国のドラゴンは王家の秘密でもあるし、友人としてご注進にあがるなら、まずはラッセル、おまえだと思ったからね。もっとも王都でこんなにドラゴンをみかけるようになる前は、たいした秘密だとも思っていなかったが」
ラッセルはデスクの前を離れると、執務室をいったりきたりしはじめた。
「あなたのいいたいことはわかった。実をいえば、ルークがドラゴンを連れてきてから俺も気になっていたところだ。一度〈竜のヤドリギ〉へ行ってみることにする」
「ああ、それがいいだろう。そういえば、この二週間の過熱はルークの影響もあるかもしれないよ」
「そうなのか?」
「何しろ晴れた日は毎朝ドラゴンを連れて散歩している。絵になるというので王宮でもずっと話題になってる」
「……」
「もとはといえばおまえのせいなんだろう」
「は? 俺はべつに――」
「館長に引きこもり呼ばわりされたと本人がいったらしいぞ。ってことはつまり、ルーク・セクストンはおまえのことを少しは気にしているわけだ」
ラッセルは立ち止まって頭をかかえた。
「ハーバート、ドラゴンの話をしたいのかルークの話をしたいのか、どっちだ?」
「どっちも? おまえたちが仲良くしたら楽しいと思ってる。とりあえず、散歩につきあったらどうだ?」
「……俺の顔も見たくなさそうなのに? 俺がいくらあいつのことを好きでも、これじゃ――」
ラッセルはハッと口をつぐみ、ハーバートはにやりとした。
「ほう、やっと本音が出たな」
ハーバートは軽々とした足取りで館長室を出て行った。
ラッセルは空いた肘掛椅子に腰をおろし〈竜のヤドリギ〉について考えようとしたが、思い浮かんだのはルークがつれていた空色のドラゴンで、次に思い浮かんだのはドラゴンに微笑みかけるルークの顔で、やがてそれは別の記憶にとってかわった。
王立図書館の館長になって、ことあるごとにラッセルを――さまざまな意味で――悩ませている記憶である。それはロバの鳴き声からはじまる。
ラッセルはオウム返しにつぶやいて、デスクの端に尻をのせなおした。ハーバートは肘掛椅子に腰をおろして悠々と足を組んだが、リラックスした姿勢とは裏腹に、ラッセルに向けた目つきはさきほどとはうってかわって真面目な色を帯びている。
「胡桃通りにあの店ができたのはいつだった? 夏の社交シーズンで話題になったのはわかるが、この二週間ほど人気が再燃して、いまや順番待ちらしい。ドラゴンは王家の末子の管轄だろう?」
ラッセルは眉をあげた。
「竜のヤドリギが開店したのはだいたい一年前だ。ドラゴンが関係しているから届出書類は俺も確認している。特におかしなところはないから、いくらドラゴンが国の象徴でもうかつに口は出せない。ハーバート、何を心配してる?」
「あれだけのドラゴンがどこから来たか」
ラッセルはデスクからすべりおりた。
「密猟を心配しているのか? 王領の保護官には定期的に報告をあげてもらっているが、怪しいことはないそうだ。王領の森以外でまとまって棲んでいる場所を発見したか……王国のあちこちで何年もかけて捕まえてまわったか……」
「卵はどうだ?」
ハーバートは足を組みなおした。
「ラッセル、私は子供のころ、王家の宝物庫に入れてもらったことがある。とんでもない数のドラゴンの卵があった。紋章つきの箱に入れられて」
「……盗まれた卵か。俺が生まれる前の話だ」
「ああ。しかし大叔父から聞いているだろう? 公にされなかったから臣民は知らないが、あの卵は三百年以上前、当時の王族の伴侶が残したものだった」
「盗まれた卵を〈竜のヤドリギ〉の店主が手に入れ、孵したって?」
「精霊族の繁殖はふつうの生き物とはまったくちがう。何百年前から伝えられたものだろうがあの卵は死んでいない」
「ハーバート、その話、父上にも?」
「いや。ドラゴンは末子の管轄だろう? アルドレイク王国のドラゴンは王家の秘密でもあるし、友人としてご注進にあがるなら、まずはラッセル、おまえだと思ったからね。もっとも王都でこんなにドラゴンをみかけるようになる前は、たいした秘密だとも思っていなかったが」
ラッセルはデスクの前を離れると、執務室をいったりきたりしはじめた。
「あなたのいいたいことはわかった。実をいえば、ルークがドラゴンを連れてきてから俺も気になっていたところだ。一度〈竜のヤドリギ〉へ行ってみることにする」
「ああ、それがいいだろう。そういえば、この二週間の過熱はルークの影響もあるかもしれないよ」
「そうなのか?」
「何しろ晴れた日は毎朝ドラゴンを連れて散歩している。絵になるというので王宮でもずっと話題になってる」
「……」
「もとはといえばおまえのせいなんだろう」
「は? 俺はべつに――」
「館長に引きこもり呼ばわりされたと本人がいったらしいぞ。ってことはつまり、ルーク・セクストンはおまえのことを少しは気にしているわけだ」
ラッセルは立ち止まって頭をかかえた。
「ハーバート、ドラゴンの話をしたいのかルークの話をしたいのか、どっちだ?」
「どっちも? おまえたちが仲良くしたら楽しいと思ってる。とりあえず、散歩につきあったらどうだ?」
「……俺の顔も見たくなさそうなのに? 俺がいくらあいつのことを好きでも、これじゃ――」
ラッセルはハッと口をつぐみ、ハーバートはにやりとした。
「ほう、やっと本音が出たな」
ハーバートは軽々とした足取りで館長室を出て行った。
ラッセルは空いた肘掛椅子に腰をおろし〈竜のヤドリギ〉について考えようとしたが、思い浮かんだのはルークがつれていた空色のドラゴンで、次に思い浮かんだのはドラゴンに微笑みかけるルークの顔で、やがてそれは別の記憶にとってかわった。
王立図書館の館長になって、ことあるごとにラッセルを――さまざまな意味で――悩ませている記憶である。それはロバの鳴き声からはじまる。
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