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第12話 それは宝石のようにみえた

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『副館長、重要な話がある』

 ルークは館長室のデスクの前にいた。ラッセルがすぐ前にいる。デスクの奥に座らず、デスクの手前に立っているのはいつものことだ。
 ルークはラッセルの琥珀色の眸をみつめないよう、顎の下あたりを見るようにした。と、ラッセルが重々しい声でいった。

『周知のように、王立図書館の館長と副館長は王家のさだめで結婚することになっている』

 え?
 完全に予想外の発言に、ルークは思わずあごを引き、正面からラッセルを見返してしまった。そんな話は聞いたことがないと反論しようとしたそのとき、またラッセルがいった。

『ところが、あいにく俺に縁談がきてしまった。つまり、ルークに副館長を辞めてもらわなければならない』

 まさか。ルークは硬直したように立ち尽くし、まばたきも忘れてラッセルをみつめた。これはたちの悪い冗談で、そんなことがあるはずがないといいたかった。しかしラッセルはにこりともせず、真剣な目でルークを見ている。
 
『本当に申し訳なかった。もしこの先、俺に何か埋め合わせができることがあったら――』

 ルークはラッセルの琥珀の眸をのぞきこんでいた。何かいいたいはずなのに、言葉はルークの喉の奥で石のように固まってしまっている。ところが皮膚は奇妙に熱く、布が肌に触れる感覚にさらに落ちつかなくなる。

 それも道理で、ルークが着ているのは上級生に渡された裾の長い衣装だ。女性用のドレスというより、博物館の女神像が着るトーガに似た薄物で、おまけにその下は裸だった。薄物が擦れるたび下半身に熱がたまり、否応なく官能をかきたてられてしまう。

『ルーク、俺を見ろ』
 ラッセルがいった。

 ルークは首を横に振ろうとしたが、いつのまにかラッセルの顔はそれを許さないほど近くにある。それでもあえて眸から目をそらし、大きめの唇に視線を留めておこうとしたが、下半身の熱はさらに高まって、それを隠すように唾を飲んだ。

『それじゃだめだ』
 ラッセルがいった。
『ふるえているじゃないか』

 背中を抱き寄せられて、ルークはついに体の内なる熱に耐えられなくなった。ラッセルの顔をみつめたまま薄物の上から下肢に手を這わせ、おのれの欲望をなぐさめはじめる。と、ラッセルがぞっとするほど優しく微笑み、ルークの手に自分の手を重ねた。

 羞恥と幸福感が同時に襲ってきて、ルークはそのまま手を動かす。いつのまにか目を閉じていたが、ラッセルが見ているのはわかっていた。恥ずかしいと思うほど体がより敏感になって、尖った胸の尖端を擦る布の感触だけで、勝手に腰が揺れてしまう。
 ルークは布の下に指を入れ、先走りの雫で手のひらが湿るのにまかせた。解放を求めて欲動が高まっていく。体の奥深くにある硬いものが外へ出たがっている。

『―――』
 ラッセルが何かいったが、聞き取れなかった。しかしそれを合図にしたように快楽が全身をつらぬき、体がふわふわと宙に浮いたような気がした。
「あっ、あぁ……」


   *


 つんつん、と突かれて、ルークは目を覚ました。
「リリ……」
 肩にドラゴンのなめらかな皮膚が触れている。昨夜は最初から籠の戸を閉めずに寝たのだったとルークは思い出した。珍しくうつぶせで眠りこんでしまったらしい。枕に唾液のあとがついている――そう気づいたとたん、恥ずかしくて心地よい夢のことを思い出した。ラッセルが――

 ルークはガバッと体を起こした。カーテンの隙間から朝の光がさしこんでいる。長い髪をかき上げて部屋を見まわす。官舎の小さな寝室はいつもの通り、何の変わりもない。リリが毛布の上に乗って、きょとんとした目でルークをみつめている。

(ルークに副館長を辞めてもらわなければならない)

 夢。夢をみていたのだ。だからそのあとがあんな、恥ずかしいことになって――

 ルークは毛布の下で足をずらした。寝間着につめたい染みができている。太腿にころりとした硬いものがめりこんでいる。寝間着のボタンがとれたのかもしれないと思ったが、ルークの心はそれどころではなく、おそまきながら心臓がドキドキと脈打つのを感じていた。

 世間がどう思っていようが、ルークも成人した男である。官能的な夢をみて自慰にふけることもある。しかし、しかしである。

 私が彼をみるたび変になると思っていたのは、つまりその――

 思わず頭をかかえたとき、リリがぴょん、とルークの胸の中に飛びこんできた。反射的に抱きかかえようとしたら、今度はもがいて腕から飛び出して、毛布の裾の方へ飛んでいく。パタパタと羽ばたいて宙に浮かんだまま、丸まった毛布を鉤爪でつかんだ。まるでルークに中をみて、といっているかのよう。

「どうした?」
 ルークは身を乗り出し、毛布をそっともちあげた。とたんにシーツに何かが転がっていったから、あわてて拾い上げる。
 それはウズラの卵ほどの透明な石だった。雫のように一方がとがっていて、内側に淡い紅色の雲が渦巻いている。

 みつめているとリリがルークの手のひらに飛び乗り、石の上でパントマイムのような奇妙な踊りをはじめた。ルークはきょとんとして、リリが石の上に座ったり首を妙な方向に曲げたりするのをみていたが、ハッと気づいた。

「まさか、これは卵? リリが産んだのか?」

 パタパタ! 空色の翼が広がり、リリは得意そうに目をパチパチさせると、部屋の中を飛び回りはじめた。

 ルークはどう反応すればいいのかわからないまま、とにかくその石――卵を手のひらに乗せてベッドを下りた。そのとき足がまた硬いものに触れた。寝間着のボタンのことを思い出して毛布をめくると、シーツの上に転がっていたのはボタンではなく、手のひらにあるものとまったく同じ雫型の石だった。ただしこちらは淡い水色だ。

「これもリリが産んだのか? いちどにふたつも」
 ルークが声をあげると、リリはさっと舞い降りてルークの手首にとまったが、今度返ってきたのは同意ではなく、ツン、と首をそらす否定のみぶりである。

「色はちがうがそっくりだ。これがドラゴンの卵なら――」

 サブスク中に何かあったらご連絡を、という〈竜のヤドリギ〉の店主の言葉が頭をよぎった。ドラゴンについてもっと知るべきことがあるのは明らかだ。しかしルークの困惑にはもうひとつ理由があった。

(これにそっくりな石を、私は以前拾ったことがある)


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