12 / 53
第12話 それは宝石のようにみえた
しおりを挟む*
『副館長、重要な話がある』
ルークは館長室のデスクの前にいた。ラッセルがすぐ前にいる。デスクの奥に座らず、デスクの手前に立っているのはいつものことだ。
ルークはラッセルの琥珀色の眸をみつめないよう、顎の下あたりを見るようにした。と、ラッセルが重々しい声でいった。
『周知のように、王立図書館の館長と副館長は王家のさだめで結婚することになっている』
え?
完全に予想外の発言に、ルークは思わずあごを引き、正面からラッセルを見返してしまった。そんな話は聞いたことがないと反論しようとしたそのとき、またラッセルがいった。
『ところが、あいにく俺に縁談がきてしまった。つまり、ルークに副館長を辞めてもらわなければならない』
まさか。ルークは硬直したように立ち尽くし、まばたきも忘れてラッセルをみつめた。これはたちの悪い冗談で、そんなことがあるはずがないといいたかった。しかしラッセルはにこりともせず、真剣な目でルークを見ている。
『本当に申し訳なかった。もしこの先、俺に何か埋め合わせができることがあったら――』
ルークはラッセルの琥珀の眸をのぞきこんでいた。何かいいたいはずなのに、言葉はルークの喉の奥で石のように固まってしまっている。ところが皮膚は奇妙に熱く、布が肌に触れる感覚にさらに落ちつかなくなる。
それも道理で、ルークが着ているのは上級生に渡された裾の長い衣装だ。女性用のドレスというより、博物館の女神像が着るトーガに似た薄物で、おまけにその下は裸だった。薄物が擦れるたび下半身に熱がたまり、否応なく官能をかきたてられてしまう。
『ルーク、俺を見ろ』
ラッセルがいった。
ルークは首を横に振ろうとしたが、いつのまにかラッセルの顔はそれを許さないほど近くにある。それでもあえて眸から目をそらし、大きめの唇に視線を留めておこうとしたが、下半身の熱はさらに高まって、それを隠すように唾を飲んだ。
『それじゃだめだ』
ラッセルがいった。
『ふるえているじゃないか』
背中を抱き寄せられて、ルークはついに体の内なる熱に耐えられなくなった。ラッセルの顔をみつめたまま薄物の上から下肢に手を這わせ、おのれの欲望をなぐさめはじめる。と、ラッセルがぞっとするほど優しく微笑み、ルークの手に自分の手を重ねた。
羞恥と幸福感が同時に襲ってきて、ルークはそのまま手を動かす。いつのまにか目を閉じていたが、ラッセルが見ているのはわかっていた。恥ずかしいと思うほど体がより敏感になって、尖った胸の尖端を擦る布の感触だけで、勝手に腰が揺れてしまう。
ルークは布の下に指を入れ、先走りの雫で手のひらが湿るのにまかせた。解放を求めて欲動が高まっていく。体の奥深くにある硬いものが外へ出たがっている。
『―――』
ラッセルが何かいったが、聞き取れなかった。しかしそれを合図にしたように快楽が全身をつらぬき、体がふわふわと宙に浮いたような気がした。
「あっ、あぁ……」
*
つんつん、と突かれて、ルークは目を覚ました。
「リリ……」
肩にドラゴンのなめらかな皮膚が触れている。昨夜は最初から籠の戸を閉めずに寝たのだったとルークは思い出した。珍しくうつぶせで眠りこんでしまったらしい。枕に唾液のあとがついている――そう気づいたとたん、恥ずかしくて心地よい夢のことを思い出した。ラッセルが――
ルークはガバッと体を起こした。カーテンの隙間から朝の光がさしこんでいる。長い髪をかき上げて部屋を見まわす。官舎の小さな寝室はいつもの通り、何の変わりもない。リリが毛布の上に乗って、きょとんとした目でルークをみつめている。
(ルークに副館長を辞めてもらわなければならない)
夢。夢をみていたのだ。だからそのあとがあんな、恥ずかしいことになって――
ルークは毛布の下で足をずらした。寝間着につめたい染みができている。太腿にころりとした硬いものがめりこんでいる。寝間着のボタンがとれたのかもしれないと思ったが、ルークの心はそれどころではなく、おそまきながら心臓がドキドキと脈打つのを感じていた。
世間がどう思っていようが、ルークも成人した男である。官能的な夢をみて自慰にふけることもある。しかし、しかしである。
私が彼をみるたび変になると思っていたのは、つまりその――
思わず頭をかかえたとき、リリがぴょん、とルークの胸の中に飛びこんできた。反射的に抱きかかえようとしたら、今度はもがいて腕から飛び出して、毛布の裾の方へ飛んでいく。パタパタと羽ばたいて宙に浮かんだまま、丸まった毛布を鉤爪でつかんだ。まるでルークに中をみて、といっているかのよう。
「どうした?」
ルークは身を乗り出し、毛布をそっともちあげた。とたんにシーツに何かが転がっていったから、あわてて拾い上げる。
それはウズラの卵ほどの透明な石だった。雫のように一方がとがっていて、内側に淡い紅色の雲が渦巻いている。
みつめているとリリがルークの手のひらに飛び乗り、石の上でパントマイムのような奇妙な踊りをはじめた。ルークはきょとんとして、リリが石の上に座ったり首を妙な方向に曲げたりするのをみていたが、ハッと気づいた。
「まさか、これは卵? リリが産んだのか?」
パタパタ! 空色の翼が広がり、リリは得意そうに目をパチパチさせると、部屋の中を飛び回りはじめた。
ルークはどう反応すればいいのかわからないまま、とにかくその石――卵を手のひらに乗せてベッドを下りた。そのとき足がまた硬いものに触れた。寝間着のボタンのことを思い出して毛布をめくると、シーツの上に転がっていたのはボタンではなく、手のひらにあるものとまったく同じ雫型の石だった。ただしこちらは淡い水色だ。
「これもリリが産んだのか? いちどにふたつも」
ルークが声をあげると、リリはさっと舞い降りてルークの手首にとまったが、今度返ってきたのは同意ではなく、ツン、と首をそらす否定のみぶりである。
「色はちがうがそっくりだ。これがドラゴンの卵なら――」
サブスク中に何かあったらご連絡を、という〈竜のヤドリギ〉の店主の言葉が頭をよぎった。ドラゴンについてもっと知るべきことがあるのは明らかだ。しかしルークの困惑にはもうひとつ理由があった。
(これにそっくりな石を、私は以前拾ったことがある)
787
お気に入りに追加
1,272
あなたにおすすめの小説
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。
石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。
雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。
一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。
ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。
その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。
愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【だって、私はただのモブですから】
10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした――
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる