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第11話 遠くでロバの鳴き声がしていた

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 大学街では外の世界にはない〈祭り〉が年二回行われる。試験直後に学生が勝手に繰り広げる〈祭り〉である。一回目は夏至の前、二回目は冬至の前で、二回目の方が盛大かつ悲惨な結果をもたらす。この日の大学街は羽目をはずした若者で埋め尽くされるのだ。

 この時はルークも大学街の居酒屋に向かった。めったにないことだったが、同じ教授のもとで学ぶ友人たちと約束していたのだ。しかし例によって図書館で時間を忘れ、あわてて街路に出ていったときはとっくに夜になっていた。いそいで約束の居酒屋へ入ると、待ち構えていた給仕に杯を渡されて、同時に起きた乾杯の音頭とともに、ふだんはやらない一気飲みをしてしまった。

 そのあとの記憶がはっきりしないのは、たちまち酔ったせいにちがいない。遠くでロバの鳴き声がしていたのは覚えている。そしてなぜか、その居酒屋にいたラッセルと話をしたのも。といっても何を話したのかは覚えていない。対抗戦でみかけた、とはいったかもしれない。

 あのとき、自分の心臓がドキドキしたりしなかったのか、それもまったく覚えていない。ただ高揚した気分はあって、それから意識が遠くなった。
 気がつくと朝になっていて、学寮の自分の部屋にいた。寮の下級生がやってきて、第七王子が来ているというのである。

 やってきたラッセルはぜいたくな果物の籠をさしだし、いきなり平謝りしてきた。自分を狙った友人たちの悪ふざけにルークを巻きこんでしまい、とんでもなく失礼なことをしてしまったというのだ。

 ラッセルの琥珀色の眸は案ずるような色をたたえてルークをみていた。ところがルークの記憶は完全に飛んでいたし、おまけにラッセルを前にするとすぐ、例の体の異変がはじまった。それもこれまでにないくらい強烈なもので、体の中心がカッと疼き、そればかりか――

「わかりました。私も飲みすぎたらしくて、何があったのかよく思い出せませんが……謝罪は受け入れます」
「本当に申し訳なかった。もしこの先、俺に何か埋め合わせができることがあったら――」
「大丈夫です」
 思わずつっけんどんにいってしまったのは、これ以上ラッセルにみつめられたら、自分がおかしなことをしでかしそうな気がしたからだ。
「大丈夫ですから、出ていってもらえませんか」

 それから数年、ルークはラッセルのことをほとんど忘れていたのである。ほとんど、というのは、狭い大学街ではラッセルのように目立つ学生を完全に忘れることなどできないからだが、大学を卒業し、図書館で前任の副館長の補佐となってからはほぼ完全に忘れていた。王立図書館の前館長が病を理由に退任すると告げるまで。

「リリ、今日は何を食べたらいいと思う?」
 ルークが惣菜屋で夕食を物色するあいだ、ドラゴンはルークの上着につかまり、胸の前で丸くなっている。こうしていると猫のようである。外見はトカゲそっくりだが、精霊族は冬眠はしないうえ、冬は皮膚がよりなめらかになって、ほんのり温かい。

 昼は放していてもいいが、夜のあいだはドラゴンを籠の中で眠らせるようにと〈竜のヤドリギ〉の店主はいった。ところが気温がさがったせいか、ここ数日のリリは籠の中では安眠できないようだった。
 昨夜は鉤爪でずっと籠の底をひっかいて、いつまでも静かにならないので、ルークはついに籠の戸をあけて、リリを外に出した。ドラゴンは寝室をしばらく飛び回ったあと、ルークの枕の横にやってきて、鉤爪をひっこめて丸くなった。

 今夜は最初から籠を開けておいてもいいのかもしれない。ルークはそう考えながらリリの背中を撫でた。その姿が惣菜屋の主人をはじめとした大学街の人々を、さらに幸福にしたのはいうまでもない。

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