3 / 44
本編
3.静かな放物線
しおりを挟む
『トモ!トモォ、うぁああああああああ』
「あーどうしたの湊人《みなと》? なに?」
『う、ウワ…』
「ウワ?」
『ウゥ~~クワガタぁ~クワガタになるぅうううううう~~』
ガラガラガラガラ……スピーカーの向こうでは何かが崩れ落ちたような音がして、その後盛大な泣き声が響く。
『あーごめんねトモ』
かわってモバイルから聞こえてきたのは姉の美晴の声だ。さらに耳をつんざく叫びが続く。まるでホラー映画のようだ。
「なんのホラーやってんの? 大丈夫?」
『んー湊人が突然クワガタ狂いになってるの。科学館のオモチャもらったのはいいんだけど…わけがわからなくってまいるわよぉ』
甥の湊人は齢三歳の古強者である。姉がいうには、家は毎日古戦場だそうだ(この意味については深く聞かないでほしい。僕にもわからない)。ちなみに姉は少女漫画オタクにくわえて歴史好き、義兄は古地図マニアである。
僕の実家はごくふつうのべータの両親のあいだにベータの子供――上から男、女、男、そしてオメガの末っ子の僕という六人家族だった。僕より五歳年上の姉夫婦は、いまは都心から車で二時間強の隣県で両親と同居中。もともと都心の下町にあった先祖代々の古い家を、僕の就職と父のリタイアを契機に売って引っ越したのだ。
長兄の隆光は転勤族で一家で昨年から九州にいて、真ん中の兄の千歳は学者の奥さんとずっと海外生活だ。だから実家周辺でなにかあったとき、僕に時々連絡をくれるのは両親でなければ姉の美晴なのだが、今日は少し様子がちがった。
『いやごめん、クワガタはいいのよクワガタは。電話したのはこのことじゃなくて』
姉は急に声をひそめた。
『ほら、例の週刊誌の記事』
僕はどきっとする。
「まだ来てる? あの連中」
『まさか。うかつにもかつてわが陣に取材など試みた愚か者は大将が叩きだしたゆえ――』
姉は唐突に芝居がかった口調でいった。彼女を知らない人なら驚くだろうが僕は慣れっこだ。
『二度と近寄るまいて。そうじゃなくてあの子。ほら、北斗君』
「昌行が何?」
『連絡とりたいってここまで電話かけてきたのよ。あんな風に記事になるなんて思ってなかったとか謝りたいとかいろいろいってたけど、でもあの子、トモのメールくらい知ってるでしょ?」
もちろん彼は知っている。もっとも届くかどうかは別問題だった。
「ブロックしているからね」と僕はいう。
『それもそうね』姉も平然といった。
『当たり前よね。トモのこと、あんな風に雑誌に書かせておいて、何考えているのかしら』
「さあ」
『トモがちっさいときからの友達だったじゃない? あんな子だった?』
「さあ」
『ちっさいころはボサボサでモソモソで頭爆発してたトモがすごい美人になったから、嫉妬してるとか?』
僕は吹き出した。
「姉さん、昌行はベータだよ? やめてよ」
『なによ、ベータの男だって自分よりきれいなものをみれば嫉妬くらいするわよ。それにトモは美人なだけじゃなくて男前でモテるから。今回はアルファの名族もひっかけたわけだし』
「ひっかけたって……それはどうも」
僕はモバイルを握ったまま苦笑いをする。
例の週刊誌の記事というのは、ボスと佐枝さんの関係が〈運命のつがい〉としてスクープされたとき、僕まで巻き添えで記事にされてしまったことだ。
どうしてボスの恋愛沙汰がそんな記事になるのかって? それはボスの実家、藤野谷家が、みんなの知っている有名なアルファの一門だから。アルファの名族は往々にして準タレントのような扱いをされるので、結婚や浮気といったゴシップは僕ら庶民の暇つぶしにもってこいというわけである。姉いわく、そういうものはたいてい美容院で読むのだとか。
それにしてもこのスクープはとてもタイミングが悪かった。何しろごく短期間の事だったとはいえ、TEN‐ZEROで再会した僕とボスの接近遭遇まで書かれていたからだ。事実とぜんぜんちがうことに、まるで僕と佐枝さんがボスをめぐってバトルしてる、みたいな論調だった。おまけに僕の学生時代の素行についても「旧友のベータのAさん」の証言が載っていた。
旧友のベータAさん、か。
佐枝さんは佐枝さんで、「知人のベータAさん」による『何年もベータだと思っていたのに騙されていた』云々という独占インタビューが載せられて、僕はそれを読んだ時、心底彼が気の毒になったものだ。彼が拉致されるなんてことになったのも、報道をきっかけに居場所がバレたせいらしい。
『まあ、トモが名族に嫁に行かなくて私はほっとしたけどね。誘拐されたりしたらたまったもんじゃない。あの方はもう大丈夫なの?』
「佐枝さん? うん、今は病院で療養中。明日同僚と見舞いに行く」
『結局今回の話って、彼が犠牲になったせいでどうにかなったわけでしょう? 藤野谷家がどうとかいってたマスコミが静かになったのも。いくらアルファの偉い家だからって、勝手もいいところだわ』
「まあ、その辺は当事者の話だから、外野がどうこういえることじゃないよ。ほら〈運命のつがい〉だし」
『運命ねぇ。トモはいるの、そんな運命のアルファ』
姉は喉の奥で唸り声のようなものをあげる。彼女は少女漫画オタクだが、運命のつがいをめぐるベタな物語には昔から懐疑的だ。
「いたとしたって、出会わなければいないと同じだよ」
『砂漠や森の真ん中でトモを呼んでるかもしれないわよ。ま、トモが僕の運命ですって誰か紹介してくるなら、アルファじゃなくてもいいけどね。男でも女でも犬でも猫でも。それに湊人は大きくなったらトモを嫁にしたいらしいから、むしろそっちを覚悟してほしいわ』
「湊人が? なんで?」
『トモがママやばあばよりキレイだからって。失礼しちゃうわ』
「まだ三歳だろ?」
『トモは二十六よね? 二十三歳差か。楽勝楽勝』
「姉さん、あのねぇ……」
『それはそうと私――』
急に姉は話を変え、うしろめたそうな声を出した。
『佐枝さんの話、結局いろいろ読んじゃったんだけど――』
週刊誌やウェブのゴシップをあさってしまったことを恥じているのか、と僕は思った。姉は歴史好きとあって読んだり調べたりするのが好きだが、ひどく潔癖な側面もあって、他人の事情に土足で踏み入るようなことを嫌った。
彼女の適度な倫理観はいいものだと僕は思う。いや、僕の家族は全員まともで、それが僕は嬉しい。ボスと関係していたことで僕自身がゴシップネタになった点についても、僕の両親も兄たちも僕をまったく責めなかったし、かといって過剰にかばったりもしなかった。
『彼がベータに見せかけていたことって、結局最初の原因はアルファでしょう? 彼が一方的に損してるんじゃない』
「うん、まあ……ただ藤野谷さんをかばうつもりはないけど、佐枝さんにも、ベータのふりをしていた方が便利だったところもあったと思うよ」
『どうして? トモもベータのふりをしたいなんて思ったことがあるの?』
「いや、うちはそんなことはなかったけど……ハウスにはいろんなオメガが来るからさ。中には家族に嫌われていたとか、外出もさせてもらえなかったとか、そんな話は聞いたことがある」
『オメガだからって理由でそんなことをする連中は地獄で窯茹でにするべきよ』
「そうかもね」
モバイル越しに伝わってくる姉の苛立ちに僕は苦笑する。たしかに佐枝さんほど本気でベータに偽装する――三性を偽るというのは、今の社会ではふつうではない。けれどもオメガが身内にいることを隠そうとするベータの家庭はまだ存在する。
三性のうち、オメガはアルファやベータにくらべて数は少ないが、両親の性別や血統に関係なく生まれてくる。成熟したシングル――つがいのいないオメガの匂いは、否応なくアルファの注意を引く。だからベータの家庭に突然オメガが生まれると、それを「恥」と考えることも昔はよくあったのだ。
今だって皆無ではない。特にオメガの男はそうだった。
なぜかというと僕のようなオメガの男は有史以来長い間――ありがたくも人権という普遍的な権利が発明されるまでの間――アルファの子供を産むためにのみ存在していると思われてきたからだ。そしてアルファは、その性質上社会的な権力を握っていることも多いとはいえ、すべてのベータが彼らに平服して従っているわけではない。
逆に家族にオメガがいることでアルファにつけこまれるのを嫌うベータもいる。けっして表立って口に出さないが、オメガを嫌うベータも、それなりにいる。
僕らオメガには匂いでわかる。僕らはベータより鼻が利くのだ。そしてオメガを嫌うベータはそのことでますます僕らを嫌悪する。悪循環だ。
『トモ? 大丈夫?』
僕は姉の話をろくに聞かずに考えこんでいたらしい。あわてて返事をした。
「ん? ああ、ごめん。でもいまは、佐枝さんも無事だし、報道も同情している感じだし、僕はただのオマケだからどうってことないよ」
『北斗君のことはどうするの?』
北斗昌行。そう、もともと彼の話をしていたのだった。
僕とベータの彼、それにアルファの秀哉は、子供のころから親も認める「仲のいい友達」だった。三人とも小学校から同じクラスで、中学の間はいつもつるんでいたし、高校も同じところへ行った。
この関係がだんだんおかしなことになったのは、高校三年の冬と、大学に進学したあとの夏だ。それぞれにちょっとした出来事があって、それからの僕らは以前のような「仲のいい三人」には戻らなかった。秀哉はまだ友達といえるのかもしれないが、何かが変わってしまって、もう何年もたつ。
姉や親たちはそんなことは知らない。だいたい僕もいまはあの二人に関心がなかった。僕にいわせればもう終わったことだった。おなじ位置から投げた三つの球が、力の強さや方向のちがいで別々に飛んでいっただけのことにすぎない。それこそ運命だ。
週刊誌に僕の情報をリークした北斗の目的が何にせよ、いちいち考えるのも面倒だった。
「ほっといていいよ。まだそっちに連絡してくるなら、僕とは連絡がとれないと突っぱねて」
『その程度で大丈夫なの? 実をいうと私はけっこう……悪意を感じたのよ。用心しなくていいの?』
「悪意って僕に対する? それともオメガに対する?」
冗談のつもりでいったのに、軽口にしては辛辣に響きすぎたかもしれない。回線の向こうで姉はふと言葉を途切れさせた。
『私は……昔の北斗君は、トモのこと好きだったと思うんだけど』
僕はまた苦笑いする。
「うん。僕もそう思うよ」
「あーどうしたの湊人《みなと》? なに?」
『う、ウワ…』
「ウワ?」
『ウゥ~~クワガタぁ~クワガタになるぅうううううう~~』
ガラガラガラガラ……スピーカーの向こうでは何かが崩れ落ちたような音がして、その後盛大な泣き声が響く。
『あーごめんねトモ』
かわってモバイルから聞こえてきたのは姉の美晴の声だ。さらに耳をつんざく叫びが続く。まるでホラー映画のようだ。
「なんのホラーやってんの? 大丈夫?」
『んー湊人が突然クワガタ狂いになってるの。科学館のオモチャもらったのはいいんだけど…わけがわからなくってまいるわよぉ』
甥の湊人は齢三歳の古強者である。姉がいうには、家は毎日古戦場だそうだ(この意味については深く聞かないでほしい。僕にもわからない)。ちなみに姉は少女漫画オタクにくわえて歴史好き、義兄は古地図マニアである。
僕の実家はごくふつうのべータの両親のあいだにベータの子供――上から男、女、男、そしてオメガの末っ子の僕という六人家族だった。僕より五歳年上の姉夫婦は、いまは都心から車で二時間強の隣県で両親と同居中。もともと都心の下町にあった先祖代々の古い家を、僕の就職と父のリタイアを契機に売って引っ越したのだ。
長兄の隆光は転勤族で一家で昨年から九州にいて、真ん中の兄の千歳は学者の奥さんとずっと海外生活だ。だから実家周辺でなにかあったとき、僕に時々連絡をくれるのは両親でなければ姉の美晴なのだが、今日は少し様子がちがった。
『いやごめん、クワガタはいいのよクワガタは。電話したのはこのことじゃなくて』
姉は急に声をひそめた。
『ほら、例の週刊誌の記事』
僕はどきっとする。
「まだ来てる? あの連中」
『まさか。うかつにもかつてわが陣に取材など試みた愚か者は大将が叩きだしたゆえ――』
姉は唐突に芝居がかった口調でいった。彼女を知らない人なら驚くだろうが僕は慣れっこだ。
『二度と近寄るまいて。そうじゃなくてあの子。ほら、北斗君』
「昌行が何?」
『連絡とりたいってここまで電話かけてきたのよ。あんな風に記事になるなんて思ってなかったとか謝りたいとかいろいろいってたけど、でもあの子、トモのメールくらい知ってるでしょ?」
もちろん彼は知っている。もっとも届くかどうかは別問題だった。
「ブロックしているからね」と僕はいう。
『それもそうね』姉も平然といった。
『当たり前よね。トモのこと、あんな風に雑誌に書かせておいて、何考えているのかしら』
「さあ」
『トモがちっさいときからの友達だったじゃない? あんな子だった?』
「さあ」
『ちっさいころはボサボサでモソモソで頭爆発してたトモがすごい美人になったから、嫉妬してるとか?』
僕は吹き出した。
「姉さん、昌行はベータだよ? やめてよ」
『なによ、ベータの男だって自分よりきれいなものをみれば嫉妬くらいするわよ。それにトモは美人なだけじゃなくて男前でモテるから。今回はアルファの名族もひっかけたわけだし』
「ひっかけたって……それはどうも」
僕はモバイルを握ったまま苦笑いをする。
例の週刊誌の記事というのは、ボスと佐枝さんの関係が〈運命のつがい〉としてスクープされたとき、僕まで巻き添えで記事にされてしまったことだ。
どうしてボスの恋愛沙汰がそんな記事になるのかって? それはボスの実家、藤野谷家が、みんなの知っている有名なアルファの一門だから。アルファの名族は往々にして準タレントのような扱いをされるので、結婚や浮気といったゴシップは僕ら庶民の暇つぶしにもってこいというわけである。姉いわく、そういうものはたいてい美容院で読むのだとか。
それにしてもこのスクープはとてもタイミングが悪かった。何しろごく短期間の事だったとはいえ、TEN‐ZEROで再会した僕とボスの接近遭遇まで書かれていたからだ。事実とぜんぜんちがうことに、まるで僕と佐枝さんがボスをめぐってバトルしてる、みたいな論調だった。おまけに僕の学生時代の素行についても「旧友のベータのAさん」の証言が載っていた。
旧友のベータAさん、か。
佐枝さんは佐枝さんで、「知人のベータAさん」による『何年もベータだと思っていたのに騙されていた』云々という独占インタビューが載せられて、僕はそれを読んだ時、心底彼が気の毒になったものだ。彼が拉致されるなんてことになったのも、報道をきっかけに居場所がバレたせいらしい。
『まあ、トモが名族に嫁に行かなくて私はほっとしたけどね。誘拐されたりしたらたまったもんじゃない。あの方はもう大丈夫なの?』
「佐枝さん? うん、今は病院で療養中。明日同僚と見舞いに行く」
『結局今回の話って、彼が犠牲になったせいでどうにかなったわけでしょう? 藤野谷家がどうとかいってたマスコミが静かになったのも。いくらアルファの偉い家だからって、勝手もいいところだわ』
「まあ、その辺は当事者の話だから、外野がどうこういえることじゃないよ。ほら〈運命のつがい〉だし」
『運命ねぇ。トモはいるの、そんな運命のアルファ』
姉は喉の奥で唸り声のようなものをあげる。彼女は少女漫画オタクだが、運命のつがいをめぐるベタな物語には昔から懐疑的だ。
「いたとしたって、出会わなければいないと同じだよ」
『砂漠や森の真ん中でトモを呼んでるかもしれないわよ。ま、トモが僕の運命ですって誰か紹介してくるなら、アルファじゃなくてもいいけどね。男でも女でも犬でも猫でも。それに湊人は大きくなったらトモを嫁にしたいらしいから、むしろそっちを覚悟してほしいわ』
「湊人が? なんで?」
『トモがママやばあばよりキレイだからって。失礼しちゃうわ』
「まだ三歳だろ?」
『トモは二十六よね? 二十三歳差か。楽勝楽勝』
「姉さん、あのねぇ……」
『それはそうと私――』
急に姉は話を変え、うしろめたそうな声を出した。
『佐枝さんの話、結局いろいろ読んじゃったんだけど――』
週刊誌やウェブのゴシップをあさってしまったことを恥じているのか、と僕は思った。姉は歴史好きとあって読んだり調べたりするのが好きだが、ひどく潔癖な側面もあって、他人の事情に土足で踏み入るようなことを嫌った。
彼女の適度な倫理観はいいものだと僕は思う。いや、僕の家族は全員まともで、それが僕は嬉しい。ボスと関係していたことで僕自身がゴシップネタになった点についても、僕の両親も兄たちも僕をまったく責めなかったし、かといって過剰にかばったりもしなかった。
『彼がベータに見せかけていたことって、結局最初の原因はアルファでしょう? 彼が一方的に損してるんじゃない』
「うん、まあ……ただ藤野谷さんをかばうつもりはないけど、佐枝さんにも、ベータのふりをしていた方が便利だったところもあったと思うよ」
『どうして? トモもベータのふりをしたいなんて思ったことがあるの?』
「いや、うちはそんなことはなかったけど……ハウスにはいろんなオメガが来るからさ。中には家族に嫌われていたとか、外出もさせてもらえなかったとか、そんな話は聞いたことがある」
『オメガだからって理由でそんなことをする連中は地獄で窯茹でにするべきよ』
「そうかもね」
モバイル越しに伝わってくる姉の苛立ちに僕は苦笑する。たしかに佐枝さんほど本気でベータに偽装する――三性を偽るというのは、今の社会ではふつうではない。けれどもオメガが身内にいることを隠そうとするベータの家庭はまだ存在する。
三性のうち、オメガはアルファやベータにくらべて数は少ないが、両親の性別や血統に関係なく生まれてくる。成熟したシングル――つがいのいないオメガの匂いは、否応なくアルファの注意を引く。だからベータの家庭に突然オメガが生まれると、それを「恥」と考えることも昔はよくあったのだ。
今だって皆無ではない。特にオメガの男はそうだった。
なぜかというと僕のようなオメガの男は有史以来長い間――ありがたくも人権という普遍的な権利が発明されるまでの間――アルファの子供を産むためにのみ存在していると思われてきたからだ。そしてアルファは、その性質上社会的な権力を握っていることも多いとはいえ、すべてのベータが彼らに平服して従っているわけではない。
逆に家族にオメガがいることでアルファにつけこまれるのを嫌うベータもいる。けっして表立って口に出さないが、オメガを嫌うベータも、それなりにいる。
僕らオメガには匂いでわかる。僕らはベータより鼻が利くのだ。そしてオメガを嫌うベータはそのことでますます僕らを嫌悪する。悪循環だ。
『トモ? 大丈夫?』
僕は姉の話をろくに聞かずに考えこんでいたらしい。あわてて返事をした。
「ん? ああ、ごめん。でもいまは、佐枝さんも無事だし、報道も同情している感じだし、僕はただのオマケだからどうってことないよ」
『北斗君のことはどうするの?』
北斗昌行。そう、もともと彼の話をしていたのだった。
僕とベータの彼、それにアルファの秀哉は、子供のころから親も認める「仲のいい友達」だった。三人とも小学校から同じクラスで、中学の間はいつもつるんでいたし、高校も同じところへ行った。
この関係がだんだんおかしなことになったのは、高校三年の冬と、大学に進学したあとの夏だ。それぞれにちょっとした出来事があって、それからの僕らは以前のような「仲のいい三人」には戻らなかった。秀哉はまだ友達といえるのかもしれないが、何かが変わってしまって、もう何年もたつ。
姉や親たちはそんなことは知らない。だいたい僕もいまはあの二人に関心がなかった。僕にいわせればもう終わったことだった。おなじ位置から投げた三つの球が、力の強さや方向のちがいで別々に飛んでいっただけのことにすぎない。それこそ運命だ。
週刊誌に僕の情報をリークした北斗の目的が何にせよ、いちいち考えるのも面倒だった。
「ほっといていいよ。まだそっちに連絡してくるなら、僕とは連絡がとれないと突っぱねて」
『その程度で大丈夫なの? 実をいうと私はけっこう……悪意を感じたのよ。用心しなくていいの?』
「悪意って僕に対する? それともオメガに対する?」
冗談のつもりでいったのに、軽口にしては辛辣に響きすぎたかもしれない。回線の向こうで姉はふと言葉を途切れさせた。
『私は……昔の北斗君は、トモのこと好きだったと思うんだけど』
僕はまた苦笑いする。
「うん。僕もそう思うよ」
36
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
Take On Me 2
マン太
BL
大和と岳。二人の新たな生活が始まった三月末。新たな出会いもあり、色々ありながらも、賑やかな日々が過ぎていく。
そんな岳の元に、一本の電話が。それは、昔世話になったヤクザの古山からの呼び出しの電話だった。
岳は仕方なく会うことにするが…。
※絡みの表現は控え目です。
※「エブリスタ」、「小説家になろう」にも投稿しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~
天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄
番外編は11月末までまだまだ続きます~
<あらすじ>
「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」
過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。
二人は親の再婚で義兄弟になった。
ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。
アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ?
柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。
果たして……。
<登場人物>
一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり
戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。
義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。
弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。
一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ
以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。
佐々木 晶 柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。
柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。
この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。
第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に
進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡
☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて
頂きました。根強く愛していただいております。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる