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番外編&後日談

紅白の幸福

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 なんだかおかしいと思ったのだ。藤野谷がちょいちょいと手招きするから、俺はいつものようにふらふらと歩いて行って(これだからアルファは、と三波ならいいそうだ)そうしたらぽんと首のところをつまみあげられ、紅白に塗り分けられた場所へ放りこまれてしまった。真上でファスナーが締まるような音が鳴り、視界にちらりとみえた扉のようなものめがけて俺はあわてて走ったのだが、たどりついたのはただの紅白の幕で、切れ目がない。

「おーい! おい、天! 開けてくれ!」

 大声で叫んでも藤野谷は答えない。いったいこの紅白の幕はなんだ。
「開けろって! なんだよ、ここ!」
『福袋だ』

 壁の向こうかどこか、よくわからない場所から声が響いてきた。
「なんだって?」
『福袋! 年が明けたら開けるから、サエはそれまでそこにいて!』

 声の調子は、しいていえばドルビースピーカーが壁と床に仕込まれているような感じで、妙に臨場感があった。しかし話の内容は意味不明だ。この男は何をいっているのかと思いながら、俺はまた叫ぶ。
「馬鹿をいえ! 年が明けたら紅白歌合戦も除夜の鐘も終わっているじゃないか!」
『福袋に何を入れるかって、渡来さんが聞くんだ。サエしか思いつかない』
「藤野谷家は自前で福袋をつくるのか? それ、何か別のものと間違えてない? おせちとか?」
『うちには毎年福袋を用意する伝統がある』
「めちゃくちゃいうな! 開けてくれ!!」




 叫ぶと同時に目が覚めた。
「サエ?」
 藤野谷が驚いた様子で目をまるくしている。俺はいつものベッドに寝ていた。真上にあるのは見慣れた天井――藤野谷と一緒に住んでいる家の天井だ。紅白の幕などどこにもない。
「夢か」
 俺はため息をついた。
「びっくりした……変な夢を見せないでくれ、天」
「は?」
 藤野谷が怪訝な表情になる。

「何の夢をみていたんだ?」
「おまえにつまみあげられて、福袋に放り込まれる夢」
「はあ?」
「年が明けたら開けてやるって。俺が『開けてくれ!!』って頼んでも、全無視」
 俺はぶつぶつ文句をいった。
「福袋は藤野谷の伝統だからだめだっていうんだ。紅白歌合戦が終わるっていっても無視」
「なんだ、それ」
 藤野谷は吹き出した。

「それは俺の夢じゃない、サエの夢だ」
「でも夢のなかの天、ひどいんだよ。除夜の鐘も聞こえないし……」
「紅白なら昨日みたじゃないか」
「そうだけど……」

 と、口にしたとたん頭が急にはっきりした。つまり目が覚めたのだ。
 残念ながら俺は寝起きが悪い。とくに夢をみたあとは。藤野谷と暮らすようになってから、寝ぼけておかしなことをいって、これまで何度も笑われている。

「もしかして――もう朝?」
「朝だ」
 藤野谷が律儀に答えたが、外が明るいのはカーテンの隙間からさしこむ光ではっきりわかった。藤野谷が楽しそうにニヤニヤしている。おなじベッドで眠るようになってからというもの、自分の寝起きの悪さはこれまで何度も確認したから、そんなふうに笑わないでほしい。

 といっても、藤野谷がこうやって笑っていると、つられて俺も笑ってしまうのだけれど。

「サエ、あけましておめでとう」
「うん……おめでとう」俺は顔をひきしめようと努力する。
「今年もよろしくお願いします」



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