3 / 4
3
しおりを挟む翌日、彼女の家の前までやって来た俺は、緊張した面持ちで目の前のインターホンを押し鳴らした。
───ピンポーン
『──はい』
「あ、こんにちは。沼田と申しますが、莉子さんいらっしゃいますか?」
『沼田さん……? ちょっと待って下さいね』
インターホン越しにそう告げると、程なくして目の前の扉から姿を現した声の主。
その姿は以前見かけた時と比べると随分とやつれたようで、きっと外で出くわしていたら気付けなかっただろうと思う程に別人に見える。
「……こんにちは。突然訪ねて来てすみません」
改めて小さくお辞儀をしながら挨拶をすると、そんな俺を見て一瞬何かを思い出したかのような表情を浮かべ、俺に向けて力無く微笑んだ目の前の女性。
「以前、お会いしたことありましたよね。もしかして、莉子とお付き合いを……?」
「あ……、はい。その節はご挨拶もできずにすみませんでした」
実際には”元”彼氏なのだが、そんなことを一々訂正する気にもなれなかった俺は、そう答えると再び口を開いた。
「それで、あの……。莉子さんと連絡がつかないのでお宅に伺ったんですが……莉子さんは今、ご在宅でしょうか?」
俺の言葉にピクリと目尻を反応させると、悲壮感漂う表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた莉子の母。
「莉子は……っ、亡くなりました」
「──え……っ、?」
思いもよらぬ返答に言葉を失った俺は、目の前で静かに涙を流す彼女の姿を見つめたまま呆然と立ち尽くした。
「っ……なん、……で」
小さく溢れ出た俺の声に反応した莉子の母は、ゆっくりと顔を上げると小さく口を開いた。
「自ら命を……。きっと、一人で悩んでいたのね……親である私達はそれに気付いてあげられなかった……。沼田さん、何かご存知ないですか?」
「……い、いえ……特には……っ、」
罪悪感と気不味さからそっと顔を逸らすと、足元にある地面を静かに見つめる。
自殺の原因といえば、やはり俺と別れたことが関係しているのだろうか──? そうは思うものの、こればかりは認めたくはない。
(まさかっ……本当に死ぬなんて──)
そんなこと全く予想もしていなかったことだし、ましてや俺の責任でもない。頭ではそうは思っていても、俺は衝撃と罪悪感から押し潰されそうになった。
「連絡できなくてごめんなさいね。莉子に彼氏がいただなんて知らなかったから……。今日がちょうど四十九日なんです。良かったらお線香あげて行って下さい。……あの子もきっと、喜ぶと思うので」
そんな言葉と共に家の中へと入ってゆく莉子の母。その寂しげな後ろ姿を見つめながら、俺の両手はカタカタと小さく震え始めた。
(今日が……、四十九日……?)
どう考えても合わない計算に、俺の全身から徐々に血の気が失せてゆく。
俺は確かにこの一カ月程、物陰に潜む彼女の姿を何度も見ている。あれは、他人の空似だったという事なのだろうか──?
上の空状態で線香をあげると、そのまま逃げるようにして彼女の家を後にした俺は、震える右手で携帯を操作すると颯斗に電話を掛けた。
『──もしぃ。お疲れ~、瞬。……で、莉子ちゃんと話せたか?』
「……死んだって」
『──え? なんて?』
「莉子……自殺、したらしい……」
『…………えっ? マジ、かよ……』
「…………」
暫しの沈黙が流れる中、俺はゴクリと喉を鳴らすと本題へと入った。
「昨日……見たよな? 一昨日も、その前も……莉子のこと見たよな……?」
『……あ、うん。けど、あの時声掛けてたら自殺しなかったかなんてわかんねぇし……だから気にするなよ?』
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
『……?』
「莉子が死んだの……1カ月以上前だって言うんだよ」
『……え? ……はっ? いやいやいや、だって昨日も見ただろ!?』
「……っ」
『…………』
一瞬にして不穏な空気が漂い始め、押し黙ってしまった俺達。今にも互いの呼吸音が漏れ聞こえてきそうな程の静寂の中、それを打ち破ったのはか細く震える颯斗の声だった。
『もしかして……幽霊……っ、とか?』
「──!? 幽霊って、そんなまさか……っ! あれはきっと、他人の空似だったんだよ……な!?」
『……! あ、ああ……だよなっ!? きっと俺らが見間違えただけだよなっ!』
「そーだよ! ……いや、マジ幽霊とかないから。勘弁してくれよホント……」
『いやぁ、ごめん……』
「…………」
そうは言ったものの、他人の空似だなんて結論にお互い納得していないのは明白だった。俺達だけならまだしも他にも複数の目撃者がいる中、他人の空似だなんて可能性は限りなく低い。
だが、幽霊だなんてにわかには信じられない現象よりも、他人の空似だという現実的な結論に至る他なかったのだ。
なにより、ここ一カ月ほど俺達が見ていた彼女が幽霊だったなんて……そう考えるだけでも恐ろしくて、とても正気でいられる自信がなかった。
『……あまり自分のこと責めるなよ? 莉子ちゃんが亡くなったのは瞬のせいじゃないから』
「……うん、ありがとう」
『じゃ、また明日学校でな』
「ああ、また明日──」
通話を終了させて携帯をポケットへとしまうと、俺は気落ちしたままトボトボと歩き始めた。
確かに自殺したことは彼女自身による勝手な行動だが、俺と別れたことが原因だとしたら全くの無関係とは言いきれない。その死に一切の責任がないとはいえ、やはり多少なりとも罪悪感というもを感じてしまうのが普通だろう。
それにやはり、どうにも腑に落ちない先程の会話。他人の空似だなんて自分から言い出してはみたものの、あれはどう見ても彼女本人としか思えなかった。
(まさか……っ、本当に幽霊なんじゃ…………。いや──幽霊だなんて、そんなの有り得ないだろ……っ)
突然襲ってきた悪寒にブルリと大きく身体を震わせると、俺は罪悪感と恐怖から鉛の様に重たくなってきた足を懸命に動かした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
短な恐怖(怖い話 短編集)
邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。
ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。
なかには意味怖的なお話も。
※追加次第更新中※
YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕
https://youtube.com/@yuachanRio
鈴ノ宮恋愛奇譚
麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。
第一章【きっかけ】
容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。
--------------------------------------------------------------------------------
恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗)
他サイト様にも投稿されています。
毎週金曜、丑三つ時に更新予定。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
君は唯一無二の愛しい子
蒼キるり
ホラー
真由の恋人の慎司が行方不明になった。誰もそれを真剣に考えてはくれないが、真由だけはおかしいと探し続ける。そして慎司が行方不明になる前、男女の双子について話していたことを思い出し──
突然現れたアイドルを家に匿うことになりました
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。
凪沢優貴(20)人気アイドル。
日向影虎(20)平凡。工場作業員。
高埜(21)日向の同僚。
久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。
真夜中の山の毒気と宿る雨
弘生
ホラー
不可解を持たない人間なんていない。
みんな辻褄の合わない何かしらを感じて、何かしらを迷って、何かしらの解を嵌めようとする。
高校美術教師を辞した男が山小屋に逃れ、描けない絵を孤独に描き続けている。
ある日を境に、教え子たちがやってきて、不思議で不可解な打ち明け話を始める。
たまたま出会ってしまった怪なのか、心の奥に潜む黒い怪なのか。
元美術教師の中に解はあるのか。
暗闇の奥で何かが共鳴していくような、曖昧な何となく怖いお話にしたい。
水槽で出来た柩
猫宮乾
ホラー
軍人の亘理大尉は、帰宅して、戦禍の届かない場所にいる妹と通話をして一日を終える。日中、私腹を肥やす上司を手伝い悪事に手を染めていることを隠しながら。そんな亘理を邪魔だと思った森永少佐は、亘理の弱みを探ろうと試みる。※他サイトにも掲載しています。BLではないですが、設定上バイの人物が登場します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる