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しおりを挟む『死ぬほど愛してる』
そんな台詞が口癖だった彼女と別れたのは、つい3日前のこと。当初は照れ臭くも嬉しかったその言葉も、毎日のように言われ続ければ嫌にもなる。
そんな彼女から向けられる俺への愛情は、その全ての言動が重たいものだった。
1時間おきに連絡してくるのは勿論のこと、すぐに反応出来ずにいると鬼のような着信が入る。どこに行くにも行き先を告げなければならず、万が一報告を忘れようものなら、どこから聞き付けたのか必ず現地にまで姿を現す。
『なんで連絡してくれないの!? 何かあったのかと思って心配したんだよ……っ!』
泣き腫らした顔でそう告げる彼女を見て、その場にいた全員が気不味そうな表情を浮かべる。そんな俺達の様子を見て気を遣ったのか、バイト仲間やサークル仲間からの遊びの誘いは徐々に減っていった。
まるで四六時中監視をされているような状況に、懸命に応えようと努力しながらも疲弊していった俺は、それに比例するかのようにしていつしか彼女への愛情も薄れていった。
「……顔は、めちゃくちゃ可愛かったんだけどなぁ」
ポツリと小さく声を漏らすと、俺の隣を歩く颯斗が呆れたような顔をする。
「確かに可愛いけどさ、あれはヤバイだろ」
「だよなぁ」
「で、ちゃんと別れられたんだろ?」
「まぁ、一応な。死ぬって泣き喚いてマジで大変だったよ……」
ウンザリとした顔をしながらそう答えると、「うわぁ……、キッツ」と言いながら苦笑する颯斗。
あまりの可愛さに思わず声を掛けてしまったが、まだ高校生だった彼女にとって初めての彼氏ということもあってか、俺に対する愛情表現や依存の高さは相当なものだった。
俺さえいれば他に何も要らないとばかりに恋愛中心の彼女は、根本的に俺とは合わなかったのだ。
(メンヘラは二度とごめんだな……)
そんなことを思いながら小さく息を漏らす。
『私達、死んでもずーっと一緒だよね?』
『うん。死んでもずっと一緒にいような』
かつては、そんな愛の言葉を交わし合う程に愛しかった彼女。あの頃の気持ちが嘘だったというわけではないけれど、恋愛初期に有りがちな熱に浮かされていた、というやつだったに過ぎない。
恋は盲目とは、本当によく言ったものだ。
俺は別れられた解放感からホッと安堵の息を吐くと、肩の荷が下りた喜びから薄っすらと笑みを浮かべる。そんな俺の顔を覗き込んだ颯斗は、片側の口角を吊り上げるとニヤリと笑った。
「けどさ、あの子ストーカーになったりしてな」
「……不吉なこと言うなよな」
そんな颯斗を一瞥しながら片手でヒラヒラと払うと、豪快に笑って見せた颯斗は「冗談だって」と言いながら腹を抱える。
「そんなにマジでビビんなって。相手はJKだろ?」
黙り込んでしまった俺に向けてそう告げると、可笑しそうにケラケラと笑い声を上げる颯斗。
勿論、俺だって女子高生相手に本気でビビっているわけではない。けれど、今までの彼女の行動を振り返ってみると、決してストーカーになる可能性が無いとは言い切れないのだ。
むしろ、ストーカーになる可能性の方が大いにある。
(いきなりグサッと刺される、なんて事件もあるしな……)
情緒不安定な人間とは、どんな行動を起こすか予想もつかないのだ。
(………。……ま、考えすぎだよな)
普段ニュースで流れているような事件も、目にした時には明日は我が身と怯えつつ、どこか自分とは縁遠い話しだと頭の隅では思っている。
そうでなければ気軽に外出するなんてこともできないだろうし、事実、何も起こらない人の方が圧倒的に多いのだ。
「今日のサークル飲み、来るんだろ?」
「おう。久しぶりだから楽しみだよ」
「瞬が来たら皆んな喜ぶだろな~。マジで皆んな寂しがってたんだからな」
「俺だって行きたかったけどさ……」
「まぁ、あの彼女じゃ参加できないよな……。ぶっちゃけ、俺らも誘い辛かったしさ」
「いや、マジごめんて」
「……今日は祝い酒だなっ! 独り身おめでとう会っ!」
「なんだよ、それ。別れたら慰めるのが普通だろ?」
「お前の場合は逆だろ?」
「……だなっ」
そんないつもの調子で軽口を叩き合った俺達は、そのまま大学を後にすると駅前へと向った。
「──じゃ、夜にな!」
「おう、また後でな!」
バイト先へと向かう颯斗の背中を見送った俺は、その足で駅前にある本屋へと向かった。夜21時から開始される飲み会までまだ随分と時間があった為、本でも買って時間を潰そうと思ったのだ。
あてもなくフラフラと店内を彷徨い始めた俺は、見覚えある姿を視界の端に捉えるとピタリと足を止めた。
(……え?)
キョロキョロと辺りを見回してみるも、先程チラリと見えたような気がした人物の姿は見当たらない。確かに一瞬彼女の姿を見たような気がしたけれど、どうやら俺の見間違いだったらしい。
(颯斗があんなこと言うから……)
きっと、無意識に彼女のことでも考えてしまったのかもしれない。そう自分を納得させると、俺は適当な雑誌を手に取るとレジへと向かった。
見間違えだとは思うものの、何だか妙に薄気味悪い。確かに誰もいないというのに、今もなお感じる俺の身体に纏わりつくような視線。その言いようのない不気味さにブルリと小さく肩を震わせると、会計を済ませた俺は足速に自宅へと帰ったのだった。
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