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これぞ、愛のパワー♡
しおりを挟む俺は電柱の影に身を潜めると、コッソリと顔を覗かせて目の前に見える中学校を眺めた。
美兎ちゃんの合格発表が無事に終わって二週間と少し。俺はちょっとした尾行を続けている。尾行とは言ったものの、要するにストーカーだ。
家庭教師をお役御免になってしまった今となっては、美兎ちゃんに会う口実が見つからないから仕方がないのだ。
定期的にラ◯ンのやり取りをしているとはいえ、そのほとんどが潰れた顔の『山田さん』の写真付き近況報告。そんな犬っコロの報告などではなく、俺は美兎ちゃんの写真付き近況報告が欲しいのだ。
それとついでに、好きなタイプと好きな体位と俺への気持ちも……是非とも教えてもらいたい。
「…………」
とはいえ、そんなこと本人に言えるはずもなく、悲しいかな気付けばストーカーとなっていた。俺にできることといえば、こうして陰ながら美兎ちゃんの身の安全を見守ることしかできないのだ。
今日も今日とて、安定のストーカーの真っ最中である。
自分の卒業式をさっさと済ませた俺は、飲み会の誘いを全て断ると美兎ちゃんの学校へとやって来た。なんという運命か、今日は美兎ちゃんの通う学校でも卒業式が行われているのだ。
待ちに待った美兎ちゃんの卒業式。本当なら堂々と嫁にもら……いや、祝ってあげたいところだが、それができないならせめて見守ってあげたい。
美兎ちゃんが大人へと一歩近付く大切な日なのだから──。
(完全なる大人になる日は、俺がちゃんとお手伝いしてあげるからねっ♡♡♡♡)
「……グフッ♡ グフフフフッ♡♡♡」
電柱の影に身を潜めながら不気味に微笑むと、通りすがりの通行人が不審そうな目を向けて俺を避けてゆく。そんなことお構いなしで”貫通式”の妄想に酔いしれると、危うく垂れかけた涎をジュルリと啜る。
どうやら無事に卒業式を終えたらしく、チラホラと校門前へと集まり出した生徒達。最後の記念にと、同窓生らと楽しそうに写真を撮っている。
そんな光景を眺めながら、俺は美兎ちゃんの姿を探して懸命に目を凝らした。
────!
同窓生らに囲まれて楽しそうに笑っている美兎ちゃん。その姿を捉えた俺の瞳は瞬時にハートを型取ると、鼻の下を目一杯伸ばして顔を蕩けさせた。
(あぁ……! 俺の愛すべき天使ちゃん!! 相変わらずなんて可愛さだッッ♡♡♡♡)
電柱の影からそっと右手を伸ばすと、その手に握った携帯で美兎ちゃんの姿を連写しまくる。こんな事をしていて言うのもなんだが、決して読者の皆さんには真似はしないで欲しい。
デレデレとした顔で連写しまくる今の俺は、間違いなく変態ストーカーだ。皆んなにはこうはなって欲しくない。
「あぁ……っ、うさぎちゃん♡ 愛してるよ♡♡♡♡」
溢れ出る想いに小さく吐息を漏らすと、目の前に見える美兎ちゃんに向けて愛を囁く。
許されるものなら、今すぐ君の目の前に姿を現してこの想いを告げたい。だが、今日の俺は生憎と未変装。『カテキョの時間』がないのだから当然と言えば当然なのだが、卒業式終わりに急いで駆け付けたのでダサ男へと変装する余裕がなかったのだ。
スーツ姿とはいえチャラさが隠しきれていない今の俺では、美兎ちゃんの目の前に姿を表すなんて事はできない。
悔しさにグッと涙を堪えると、携帯越しに見える美兎ちゃんの姿を見つめてハァハァと身悶える。
────!!!
携帯に映し出された光景にピキリと青筋を立てると、みるみるうちに鬼のような形相へと変わってゆく俺の顔。右手に持った携帯をミシリと響かせると、俺は勢いよく校門前へと視線を移した。
そこに見えるのは、楽しそうに美兎ちゃんと話している少年の姿。その頬はほんのりと赤く色付き、明らかにデレデレとしている。
(っ、市橋ぃぃぃいい……ッッ!!!!)
血走った瞳で市橋少年を睨み付けると、食いしばった歯をギリギリと鳴らして身体を震えさせる。
この少年の存在をすっかりと忘れてしまっていたが、確かコイツもハレ高に受かったと言っていた。ということは、今後もおそらく美兎ちゃんへのアプローチを続けるつもりでいるのだろう。
だが──そんな事は当然、この俺が許す訳もない!
(ぶっ、殺す……っっ!!!!)
「……ワンッ!」
────!!?
突然の犬の鳴き声に驚いてビクリと飛び跳ねると、隠れていた電柱から飛び出してしまった俺。犬の飼い主らしきお婆さんは、そんな俺に向けて「あらあら、ごめんなさいねぇ」と告げるとそのまま柴犬を連れて通り過ぎてゆく。
バクバクと脈打つ胸元にそっと手を添えると、チラリと前方にある校門前へと視線を向けてみる。すると、犬の鳴き声につられたらしき数人の生徒達が、何事かとこちらへ視線を向けている。
その中にはなんと、美兎ちゃんの姿も──。
(!!!? っ、……ヤ、ヤやヤや、ヤベェ……!?△!?♯!?)
焦った俺は1人その場であたふたとする。
もう一度電柱の影に身を隠そうかとも一瞬考えるが、そんな事をしたって今更遅い。むしろ、今ここでそんな事をしてしまえば逆に怪しさ全開だ。
パニックに陥った俺は、バクバクと鼓動を跳ねさせたまま呆然と立ち尽くした。
(どどどど、どうすればいいんだ……っっ!!?!!?)
その時、何故か俺の頭の中では警察に連行されてゆくシーンが思い浮かび、ヒヤリと嫌な汗が額を流れる。
これは予知夢──これが俺の数分後の未来だというのだろうか……?
(うさぎちゃん……っ)
数分後の自分の未来を案じた俺は、美兎ちゃんを見つめたまま薄っすらと涙を滲ませる。そんな悲しいお別れだけは絶対に御免だ。
だが、この状況を打破する術が見つからない。とりあえず何事もなく過ぎ去ることを祈るしかないのだ。
ここまででおよそ3秒。やたらと長く感じる3秒間だ。
俺はゴクリと小さく唾を飲み込むと、何事もなかったかのように美兎ちゃんから視線を逸らそうとした──その時。
「瑛斗先生っ!」
────!!?
俺の元へと駆け寄って来る美兎ちゃんの姿を見て、俺はビクリと肩を揺らすと固まった。
「え……?」
確かに今の俺はダサ男の変装をしていない。なのに、そんな俺に向けて『瑛斗先生』と言った美兎ちゃん。俺の聞き間違えだろうか……?
そのまま俺の目の前までやって来ると、ピタリと足を止めた美兎ちゃん。そんな姿をジッと見つめながら、俺はゆっくりと開かれてゆく口元に集中すると固唾を飲んだ。
「今日は眼鏡掛けてないんだね?」
「……え?」
「卒業式来てくれてありがとう」
「え? う、うん……。卒業おめでとう」
この状況が上手く飲み込めない俺は、とりあえず美兎ちゃんに向けてヘラリと笑ってみせる。
「え!? 嘘っ! 瑛斗先生なの!? 凄いイケメンじゃんっ!」
「こんにちは! この間はご馳走様でした! わぁ……! やっぱり凄くイケメンですね!」
悪魔を筆頭にワラワラと集まり出した市橋少年with生徒達。沢山の生徒達に囲まれて、何故かそのまま記念撮影へと突入。もう何が何だかさっぱりわからない。
だが、警察に連れて行かれる未来は回避できたようだ。
それにしても、どうして今の俺を見て”瑛斗先生”だとわかったのだろうか?
チラリと美兎ちゃんの姿を盗み見ると、そんな俺と視線を合わせた美兎ちゃんがニッコリと微笑んだ。
(フゴォォォオ……ッッ♡!?♡!?♡!?♡ もうそんな事どーでもいい!!!!)
美兎ちゃんの可愛い笑顔にノックアウトされた俺は、ふらつく足元をグッと堪えると少しばかり垂れてしまった涎をそっと拭った。
俺に向けて微笑んでくれる。その事実さえあれば他の事などどうでもいいのだ。
(愛してる♡ 愛してる♡ 愛してる♡ 愛してる♡ ……愛してるよ♡ うさぎちゃんッッ♡♡♡♡)
その後、生徒達と別れた美兎ちゃんを連れて帰路につく道すがら、隣りを歩く美兎ちゃんを見つめながら呪文のような愛を囁く。
「……美兎ちゃん。よく俺だってわかったね?」
「うんっ。知ってたから」
「……え?」
(知ってたって……、何を……?)
バクバクとし始めた鼓動を感じながら、隣にいる美兎ちゃんを見つめて小さくゴクリと喉を鳴らす。
「瑛斗先生が変装してるの、ミト知ってたの」
「……えっ!!?」
(し、ししし、知ってた……!!? エッ!!? いい、いつから!?△!?♯!?◯!?)
ズンドコズンドコと鼓動を鳴り響きかせながら、1人パニックでその場であたふたとする。
一体、美兎ちゃんはいつから気付いていたというのか……。もしや、思わず目の前に飛び出てしまった文化祭の時? それともあの夏祭りの時だろうか? いや、もしかしたら最初から──!
やましい事だらけで、もはや尋常じゃない程の音を立て始めた俺の心臓。このままでは心臓破裂で爆死してしまいそうだ。
隣にいる美兎ちゃんを見つめながら、その口が開かれるのを緊張した面持ちで見守る。
「文化祭の時にね、気付いちゃったの。何で変装してるのかは知らないけど。きっと何か事情があるのかな~? って」
そう言ってフフッと笑って見せた美兎ちゃん。とりあえず文化祭の時と聞いて一安心する。
どうやら夏祭りのマシュマロ事件やブランコでの初対面は、俺と同一人物だとは思われていないらしい。それさえ隠蔽できるのなら、正体がバレようと何ら問題はないのだ。
普段のチャラ男ヴァージョンの俺では怖がられるかと思って変装していたが、どうやらそれは不要な心配だったらしい。とはいえ、これもダサ男の俺として築き上げてきた確固たる信頼があってこそなのだ。
──そう! これこそが愛のパワーだ♡♡♡♡
「そ、そうなんだよね……ちょっと事情があって。それにしてもよくわかったね」
「うん。だって左目のホクロが同じだったもん。声だって同じだし」
「ハハッ。そっか、声は変えられないもんね。それにしても凄いね、皆んな気付かなかったのに。健達だって言われなきゃわからないって言ってたよ」
「うん。……ミトね、瑛斗先生の事ちゃんと見てるよ?」
そう告げると、ほんのりと赤く頬を染めた美兎ちゃん。
これは俺に恋していると思って間違いないだろう。美兎ちゃんから確かに感じる俺への愛情。これこそが待ちに待っていた──!
(今度こそ正真正銘の愛の告白……ッッ!!?♡♡!!?♡♡)
ズンドコズンドコと鼓動を鳴り響きかせながら、はやる気持ちを抑えて冷静さを装う。
「……え? それってどういう──」
「瑛斗先生っ。帰ったら山田さんのお散歩に行こうね?」
そう言って照れたように微笑むと、小走りに前を駆けてゆく美兎ちゃん。
(…………エッ!!?)
置き去りにされた心のまま暫し呆然と立ち尽くすと、ハッと我に返った俺は慌てて美兎ちゃんの背中を追いかける。
「……み、美兎ちゃん待って~!」
相変わらずの小悪魔っぷりに困惑しつつも、まんざらでもない追いかけっこにニヤリと微笑む。
これはつまり、美兎ちゃんを捕まえればそのまま俺のモノにしてもいいと──つまりはそういうプレイなのだ。
(全く……悪戯好きな困ったちゃんだぜっ♡♡♡♡♡)
そこはかとなく深い愛のパワーで、チャラ男の姿の俺を受け入れてくれた美兎ちゃん。
ならばこの年齢差も障害さえも、全て愛のパワーで乗り越えてみせる。それが男としての俺の果たすべき責任なのだ。
「グフッ♡ グフフフフ……ッッ♡♡♡♡」
不気味な笑顔を浮かべながら全速力で美兎ちゃんの背中を追いかける。
性別や体格差を考えるとフェアではないが、やはりここは本気でいかせてもらうとしよう。なにせ美兎ちゃんが俺のモノになるかどうかが賭かっているのだ。もはや笑い声が止まらない。
不気味な笑い声を響かせながら走り去る俺を見て、通りすがりの人達が不審そうな目を向ける。
そんな視線に気付かないまま、美兎ちゃんとの追いかけっこを堪能する俺。その顔は、溢れんばかりの幸せな笑顔で満ちていた。
──後日。『不気味な男から女の子が逃げていた』という噂を耳にした俺。
その噂がまさか自分だとも気付かないまま、美兎ちゃんの身の安全を心配した俺は、その後も暫く護衛という名のストーカーを続けるのだった。
─完─
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