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イエス♡マイ・ワイフ
しおりを挟む「なんで俺達まで行かなきゃならないんだよ……」
うんざりとした顔でそう告げる大和の腕を掴むと、俺は般若の如く顔でグワッと詰め寄った。
「っ、バカ野郎! 俺一人じゃ心細いだろ!? 受験に失敗したらどーすんだよ!!?」
「……別に瑛斗が受験するわけじゃないだろ」
「まあまあ、いいんじゃんか大和。憧れのJKとお近付きになれるチャンスだぞ? やっぱいいよなぁ……JKって」
相変わらずうんざりとした顔をしている大和の肩に触れると、遠くの方を見つめてフッと鼻から息を漏らした健。
「……ハァ。バカだなぁ、健。受験日なんだから在校生が来てるわけないだろ? それに俺彼女いるし。JKになんて興味ない」
「えっ!? JKいねぇの!? しかもサラッと彼女自慢!!? ……っ、瑛斗ぉーー!! お前、JKに会えるだなんて俺のこと騙したな!!?」
「煩い! どーせ暇だろ!? お前は黙って俺に着いてくりゃいーんだよ!」
「おいっ!! それが人に物を頼む態度かよ!?」
「…………。もう、恥ずかしいから二人とも静かにしててくれよ......」
校門前でそんなやり取りをしている中、俺達の目の前をチラホラと通り掛かってゆく中学生達。そのほとんどが、何事かとこちらに視線を向けながらも、関わりたくないと言わんばかりに無言で通り過ぎてゆく。
俺達は今、県内の公立高校である『葉練池高等学校』へと来ている。それは何故かというと、今日が美兎ちゃんの高校受験日だからだ。
普段の美兎ちゃんの成績を考えると心配は無用なのだが、なにせ高校受験だ。緊張で思わぬミスや体調不良を起こすかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなかったのだ。
(やっぱ『家庭教師』として見守る責任はあるしな)
なんて想いも勿論本当だが、ただ単純に美兎ちゃんに会いたいだけだったりもする。
”家庭教師と生徒”という立場を利用して会えるのも、もう残り僅かな時間しか残されていないのだ。
「──瑛斗せんせぇ~!」
────!!?
突然聞こえてきたその可愛らしい声に、すぐさまピクリと反応をみせた俺。右手に収まる潰れた顔の健を押し退けると、駆け寄る美兎ちゃんの姿を眺めて鼻の下を伸ばす。
その姿は、まさに今俺の胸に向かって飛び込んでこようとしている天使! 俺は迷うことなく両手を広げると、邪な感情にまみれた心で曇りなき笑顔を見せた。
(……さぁ! 今すぐ俺の胸に飛び込んでおいで♡♡♡♡)
「瑛斗先生! 本当に来てくれたんだね!? 昨日急に来るってラ○ンが来たからビックリしちゃった! …………。瑛斗先生、どうしたの?」
「…………」
俺の期待も虚しく、すぐ目の前でピタリと足を止めた美兎ちゃん。両手を開いたまま立ち尽くしている俺を見て、キョトンとした顔を浮かべている。
相変わらず焦らしプレイがお上手な小悪魔ちゃんだ。この広げた俺の両手は何処へ?
所在なさげに宙に浮いたままの両手を下ろすと、何事もなかったかのように平静を装う。
「うん、心配だったからね。美兎ちゃん受験お疲れさま。大丈夫だった?」
「うん。ちょっと緊張しちゃったけど……たぶん大丈夫だと思う」
(フグゥゥ……ッ!!! なんて可愛さだっっ♡♡♡)
寒さのせいか、赤く染まった頬ではにかむような笑顔を見せた美兎ちゃん。その姿がなんとも愛らしくて、今すぐに労いの抱擁をしてあげたい──いや、抱擁したい!
「……そっか、なら良かった」
抱きしめたい衝動を必死に堪えると、乱れはじめた呼吸を抑えながら蕩けた笑顔を向ける。
「健さんと大和さんも来てくれたんですね。わざわざありがとうごさいます」
「受験お疲れ様。無事に受かるといいね」
「う……、じゃなかった。ミトちゃんお疲れ様!」
健達に視線を移すと、ニッコリと笑って律儀にお礼を伝える美兎ちゃん。流石は良識ある良い子ちゃんだ。
「──美兎ぉ~っ! もうっ、先に行かないでよ~!」
そんな悪魔の声と共に、ワラワラと集まりだしてきた美兎ちゃんと同じ学校の生徒らしき面々。やはり相当仲が良いのか、どうやら悪魔も美兎ちゃんと同じ高校を受験したらしい。
「……あっ。皆さんこんにちは! 文化祭の時はありがとうございました」
「いやいや、たいした事もしてないから。そっか、イチカちゃんもここ受験したんだ。受かるといいね」
「そうそう、俺ら別にな~んもしてないから。むしろ若い子と一緒に回れてこっちが感謝だよ! 2人とも受かるといいね」
そんなやり取りをすぐ横で聞きながら、俺は集まってきた生徒達にチラリと視線を向けてみた。
────!!?
(キ……、サ……ッマァァアーーッッ!!!)
その中からある人物の姿を見つけ出すと、途端に鬼のような表情へと変貌した俺の顔。
(市橋ぃぃいい……っ!! お前も受験したのかッッ!!!!)
あの忌々しい思い出を彷彿とさせると、憎しみを込めて『お前は落ちろ』と何度も脳内で唱える。美兎ちゃんを追いかけて(と予想)同じ高校を受験するとは、なんとも憎たらしい少年だ。
例えどこまでも追いかけようとも、俺の美兎ちゃんは絶対に渡さない。
「あっ。そぉーだ! 今日ね、瑛斗先生が来るって聞いたから昨日作ってきたの。 ……はい、これ。少し早いけどバレンタインチョコ」
そう告げながら鞄の中を漁ると、俺の目の前に綺麗にラッピングされた箱を差し出した美兎ちゃん。
────!!?♡!!?♡!!?♡
その思わぬ出来事に、鬼のような形相から瞬時に破顔させた俺。あまりの嬉しさから卒倒しそうになるも、それを既のところでグッと堪える。
フーフーと荒い鼻息を上げながら、俺は震える右手で目の前のチョコを受け取った。
(グォォォオオーーッッ!!♡♡!!♡♡!!♡♡!!♡♡)
脳内で歓喜の雄叫びを上げると、そこかしこに飛び散るピンク色のハートを眺める。これは幻覚だろうか……? ──いや。確かに目の前の美兎ちゃんから溢れ出ているのだ。
その不思議な現象に夢見心地で浸りながらも、俺は美兎ちゃんを見つめて感涙した。
これはまさに、逆プロポーズ!?♡!?♡!?♡!?♡
ならば俺の答えは一つしかない。特大の愛を込めて──!
(イエ ……ッ、ス……ッッ♡♡♡♡)
「あのぉ……。健さん達も来るって知らなかったので、これしかないんですけど……」
憐れな健達に向けて、おずおずとチ◯ルチョコを差し出した美兎ちゃん。見るからに義理チョコだとわかるそれを受け取る健達を見て、自分との歴然たる差に満悦しながら慈悲深くも女神様のような美兎ちゃんの姿に見惚れる。
チラリと生徒達の方を見てみれば、その義理チョコさえも貰えていない市橋がいる。なんとも惨めな少年。これは完全なる俺の圧勝だといえよう。
(……グハハハハハッッ!!! 恐れ入ったか!! 市橋めっ!!!!)
脳内で悪魔のような笑い声を響かせると、手元の箱にそっと視線を落とす。
そこにあるのは綺麗にラッピングされた透明な箱。そこから見える、なんとも表現しがたい不思議な型をしたチョコ。それを見て、いつの日か貰ったクッキーが脳裏を掠める。
俺はいつか──本当に美兎ちゃんに殺される気がする。
そんなことを薄っすらと考えながらも、それを上回る程の大きな愛と喜びに包まれた俺は、手元の箱を胸元に抱き寄せるとギュッと握りしめた。
(俺の愛するマイ・ワイフ♡ になら、殺されたっていい♡♡♡♡)
そんなことを考えながら、俺は感無量の涙を大量に流すのだった。
──その日の夜。
まるで爆発物でも入っているのかと疑う程のチョコに、胃袋を破壊れそうになりながらも必死に完食しきった俺。
その後、数日間に及ぶ謎の腹痛に悩まされたことは……一生美兎ちゃんには秘密だ。
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