君は愛しのバニーちゃん

邪神 白猫

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腰振れ、ワンワン

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※※※




 無事に”愛の試練”とも呼べる困難に打ち勝った俺は、今、合流した美兎ちゃん(と、ついでに悪魔も)を連れてたけるの元へと向かっている。

 ダサ男へと擬態している今の状態では、とてもじゃないが自分のクラスになど案内できる訳もなく……。仕方なく、といったところだ。
 まぁ、俺の事情を知っている健なら、何かあった時のフォローは……。


「……………」


 あいつのアホさ加減を考えれば、期待できそうにもない。だが、幸いな事に大和やまともちょうど彼女連れで健のところに来ているらしく、それには少し安心だ。

 チラリと隣を見てみれば、楽しそうに悪魔と会話している美兎ちゃんがいる。


(……ッ、クゥゥゥーー!! 痺れるような可愛さだぜっ♡♡♡♡)


 無事にダサ男へと変装できて本当に良かったと、心の底から噛み締める。
 あの、息もつかせぬ怒涛のドキハラ攻撃。正直、あれにはだいぶ寿命を削られはしたが……。
 その甲斐あって、今、こうして美兎ちゃんとの”ラブラブ文化祭デート”を心置き無く堪能する事ができるのだ。

 美兎ちゃんの隣にいる悪魔が、ちょっと(いや、結構)邪魔だが……。まぁ、仕方がない。相手は中学生だ。


(フッ……。ここは一先ひとまず、健全にグループ交際とやらで妥協してやるさ)

 
 そんな事を思いながらも、抑えきれない嬉しさから鼻の下を伸ばして顔面をとろけさせる。


「——瑛斗先生。そのお友達の出店って、何売ってるとこなの?」

「……えっ? あー。確か、クレープって言ってたよ。……あっ。美兎ちゃん達、甘いもの食べれる?」

「うんっ! 大好きっ!」


(フグゥッッ……!!! だっ、だだだだ……っ、大好き、だとぉ……っ!!? どこで覚えたんだ……っ、そんなテクニック!!!)


 突然、俺に向けて”大好き攻撃”を撃ちかましてきた美兎ちゃんに殺されかけ、ハァハァと息の上がった呼吸のまま身悶える。
 なんだか、今日はやたらと小悪魔っぷりを発揮してくる美兎ちゃん。流石は、柔軟さと若さに溢れる中学生。目覚ましい急成長だ。
 

(……っ、だが! 俺はまだ、死ぬわけにはいかねぇ……っ!)


 ふらつく足元をグッと堪えると、平常心を装い爽やかな笑顔を貼り付ける。


「……そっか。なら良かった」


 そう言ってニッコリと微笑めば、俺に向けてニッコリと微笑み返してくれる美兎ちゃん。

 
「楽しみだね~っ、衣知佳ちゃん」

「うんっ。でも、太っちゃうなぁ~」

「大丈夫だよ。その分、いっぱい動けば!」


 そんな事を言いながら、楽しそうにキャッキャと会話を弾ませている美兎ちゃん達。そんな光景を眺めながら、俺は1人うっとりとする。


「動くって、何それぇ~。運動とか?」

「うん、運動っ! 何がいいかなぁ~」

「走るとか?」

「う~ん……。痩せそうだけど、走るのってちょっと大変そうだよね」


 いつの世もどの世代も、女という生き物はスタイルキープに余念がないようだ。俺としては、太っていようが痩せていようが、美兎ちゃんなら何だって構わない。
 だが……。そんなに運動がしたいなら、いつだって俺がお手伝いしてあげようじゃないか——!



(楽しい、楽しいっ♡     ”裸の大運動会”という名の、激しい寝技競技で……っっ!!! グフフフッ♡♡♡♡)



 それが美兎ちゃんの願いだというのなら、俺は全裸……いや、一肌でも二肌でも脱いであげよう。協力は惜しまない。
 一人、脳内で妄想を膨らませては、とんでもなくだらしない顔をして不気味に微笑む。


「——お~いっ、瑛斗ぉー! こっち、こっちー!」


 危うく垂れかけた唾を飲み込むと、聞こえてきた声の方へと視線を向けてみる。
 するとそこには、クレープ片手にヘラヘラとしながら大きく手を振る健がいる。どうやら、一応ちゃんと店番をしているらしい。

 客らしき人に持っていたクレープを差し出すと、「また来てねー」とチャラそうな笑顔を向ける健。


「——よっ。お疲れ」


 健の元へと近付きこっそりと耳元でそう告げれば、ニヤリと不気味に微笑んだ健。


「やっと、『うさぎちゃん』を紹介してくれる気になったか」

「バーカ。……仕方なくだよ、仕方なく。こんな格好で、自分のクラスになんて行けるわけねぇだろ?」

「しっかしまぁ、よく化けたもんだよな……。事前に聞いてなきゃ、瑛斗だって気付けねぇよ」


 感心したように俺の全身を眺める健を他所に、近くにいる大和に向けて軽く目配せをする。
 すると、それに気付いた大和が彼女を連れて美兎ちゃん達へと近付いた。


「2人共、いらっしゃい。俺は瑛斗の友達の大和で、こっちは彼女の香奈かな。よろしくね」

「……あっ、柴田美都です。よろしくお願いします」

「初めまして、香川衣知佳です。彼女さん……綺麗ですね」


 そんな会話を交わし始めた大和達に安堵すると、再び健に視線を移してポンッと軽く肩を叩く。


「今日は、よろしくな」

「おうっ。この俺様に任せろ」

 
 俺に向けてニカッと笑ってみせた健に、何故か一抹の不安を感じる。……いや、きっと気のせいだ。


「——俺は健。よろしくねっ! うさ……あ、やばっ。……ミトちゃんと、イチカちゃん?」
 

(おい……っ! お前今、『うさぎちゃん』て言おうとしただろっ!)


 ヘラヘラヘラと笑っている健に、軽い殺意を覚える。やはりこいつは、油断ならない。なんといっても、俺以上にアホなのだ。……そして、誤魔化し方がど下手くそ!


(やば、って何だ! やばっ、て! ……そんな下手な誤魔化し方があるかよっ! クソバカ野郎が……っ!!)


 ピキリとこめかみに青筋を立てると、そんな俺の気配に気付いたのか、健は慌てて近くにあったメニューを手に取った。


「2人共、クレープどれにするー? 俺のオススメはね、俺考案の和風モンブラン! ……因みに、1番人気はやっぱりチョコバナナ!」

「え~っ。どれにしよう……。こんなにあると迷っちゃうねぇ、美兎」

「うん。どれも美味しそぉ……」


 あーでもない、こーでもないと悩んでいる美兎ちゃんを見て、その可愛さから俺の顔は瞬時に蕩けた笑顔を見せる。
 そんな俺の様子をチラリと横目に見た健は、ホッとしたかのように小さく息を吐いた。

 流石は、高校からの付き合いの健だ。俺の扱いを少しは心得ているらしい。
 それはそれで何だかしゃくさわるが、ここは一つ、美兎ちゃんの笑顔に免じて許してやろう。


「あの……。この、スペシャルって何ですか?」

「あー、これ? これはねぇ……。フラフープ3分間チャレンジ! 成功したらお好きなクレープどれでも1つ無料! しかも、生クリーム増量サービス付きっ! てやつ」

「えーっ、凄い! 無料だって、衣知佳ちゃん!」

「確かに凄いけど……。フラフープ3分間って、一度も落とさずに3分でしょ? ……ちょっと、無理じゃない?」

「うーん……確かに。1回できるかどうかも怪しいかも……」


 クレープ屋でフラフープなんていう、全くもって意味不明な怪しい勧誘に惑わされている美兎ちゃん。
 そんな事しなくたって、最初から俺が奢るつもりだ。クリーム増量だって、ちょっと健を脅せばいいだけの話し。
 だが、ちょっと見てみたい。

 優雅に舞い踊る美兎ちゃんは、さぞかし美しい事だろう——!


「チャレンジは無料だし、1回やってみる?」


 そんな健の提案で、フラフープにチャレンジしてみる事となった美兎ちゃん達。


「きゃ……っ! あ~んっ。1回もできなかったよぉ~」

「…………」


 俺の期待も虚しく、一瞬で終わりを迎えたフラフープチャレンジ。
 瞬きをしていたら間違いなく見逃していただろうそれは、開始と同時にストンと下へと落ちた。

 流石は小悪魔ちゃん。焦らしプレイがお上手だ。
 そんな美兎ちゃんも、激しく愛しい。


「残念だったねー、2人共。もう1回チャレンジしてみる?」

「うーん……。出来る気がしないです……」

「私も……」


 しょんぼりと落ち込む美兎ちゃん。
 残念ながら、何度チャレンジしてもきっと無理だろう。諦めるのは賢明な判断だ。

 落ち込む美兎ちゃん達にクレープを買ってあげようと、財布を取り出した——その時。健が口を開いた。


「瑛斗にチャレンジしてもらったら?」

「……え? いや、俺は普通に——!!?!!?」


 普通に買ってあげる。そう答えようとした俺の目に飛び込んできたのは、美兎ちゃんからの焼け焦げる程に熱い視線。


(そ……っ、そそそ、そんなに情熱的に……俺を、見つめて……っ)


「瑛斗先生……。お願い」


(ガハァァァア…………ッッ!!?♡!!♡!!?♡)


 その衝撃的な可愛さを前に、足元からガクリと崩れ落ちそうになる。それを近くにあったパイプを掴んで必死に堪えると、俺は空いた片手で吐血した口元をひっそりと拭った。
 突然のおねだりとは……反則技もいいところだ。どうやら、美兎ちゃんは俺を殺す気らしい。


「……でっ、できるかなぁ?」


 フラフープなど微塵もやる気はなかった俺だが、こんなに可愛くおねだりされてしまっては、やらない訳にもいかない。
 ましてや、可愛い可愛いハニーからのお願いとあっては、断るなんて選択肢は——俺にはない!

 そして、やるからには全力だ。
 ここは一つ、カッコイイ姿を見せてアピールする最大のチャンスでもあるのだ。


「……じゃ、3分なっ。瑛斗、がんばれ~!」


 そんな健の声を聞きながら、フラフープ片手に闘志を燃やす。


「それじゃ……スタートッ!」


(しゃらくせぇーーっっ!!! フラフープごときに、俺が負けるかぁぁあーー!!! ……こんなもん、セッ◯スと同じだぁぁあーー!!! グハハハッッ……!!!)


 脳内で高らかな笑い声を響かせながら、全力で腰を前後させてフラフープをぶん回す。
 当初は余裕に思えた3分間も、やってみると予想以上に長く感じる。だが、負ける訳にはいかない。

 これも、いつか迎えるであろう、美兎ちゃんとのパンパンの練習だと思えばいいのだ。


(そう……っ。全ては、愛の為に——!)

 
 不純な妄想と美兎ちゃんへの純粋な気持ちを抱きながら、地獄のように長く感じる3分間を乗り切った俺。
 息の上がった呼吸を整えながら、鈍痛を訴える腰をそっと抑える。どうやら、全力でやりすぎたらしい。


「——瑛斗先生、凄いっ!」

「……アハハッ。なんとかクリアできたよ。クレープ、良かったね」

「うんっ! ……ありがとうっ!」


 美兎ちゃんのこの満面の笑顔を見る限り、どうやら無事に俺の愛は証明されたようだ。
 この笑顔と引き換えなら、負傷した腰の痛みなど容易いものだ。
 

「あー、ちょっと待って。賞状もあるから。今、用意するわ」


 そんな事を言いながら、段ボールから1枚の紙を取り出した健。ささっと何やらマジックで書き足すと、出来上がった紙を俺に向けて差し出してくる。


「……盛りのついた犬みたいで、クッソうけたっ」


 俺の耳元でそう告げた健は、ブフッと吹き出すと必死に笑いを堪える。
 そんな健には殺意が湧くが、これも美兎ちゃんとの思い出だ。賞状はありがたく受け取って、後生大事に部屋にでも飾るとしよう。

 これは言うなれば、美兎ちゃんへの”愛の証明書”みたいなものなのだ——。


「すごーい! 賞状まであるんだぁー!」


 健から賞状を受け取る俺を見て、キラキラと瞳を輝かせる美兎ちゃん。


(……そうさっ! これは、うさぎちゃんと俺との……っ、愛の証明書なんだよっ♡♡♡♡)


 これはもう——婚姻届と言っても過言ではないだろう!

 
 喜びから鼻の下の伸び切った不気味な笑顔を見せる俺は、健から受け取ったばかりの賞状——もとい、”愛の証明書”を確認する。


「…………」


(ぶっっっ、殺す——!!!!!!!)


 途端に般若へと変貌した俺は、手元の賞状を地面へと投げ捨てた。

 そこにあるのは、【犬みたいだったで賞】と書かれた賞状。


(神聖なる俺達の”愛の証明書”を汚した罪は、その命を以って償ってもらおうじゃないか……っ!!! 覚悟しろよ……健っっ!!!!)


 楽しそうに俺の美兎ちゃんと話している健を見て、脳内で悪魔のような笑い声を響かせる。


 ——こうして、儚くも消えていった美兎ちゃんとの”愛の証明書”。
 
 その後、悪魔の分もやらない訳にはいかず、計6分間にも及ぶ全力フラフープチャレンジに挑んだ俺。
 翌日から、3日間に渡って腰痛に苦しむことになるとは——まだ、この時は誰も知らない。



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