君は愛しのバニーちゃん

邪神 白猫

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給水・夏の陣2020

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 大学の夏休みってのは、どうしてこうも無駄に長いのか──。 

 お陰様で、合コンに呼ばれてはそのまま朝まで飲んだくれて。たまにモデルのバイトをしては、そのまま遊びに出掛けて飲んだくれて。
 もはや、何が楽しいのか自分でもわからない。ただ、毎日が飲んだくれのパーティーだ。
 

(これじゃ、”大学生”じゃなくて”大遊生”だな)


 なんて思っていた去年までのアホな俺は、もうここにはいない!
 ピッチリと七三に分けた髪に真面目そうな黒縁眼鏡をかけ、今日もパリッとのり付けされたシャツをチノパンにインしてキリリと顔を引き締める。

 今年の俺は、一味違う。去年までは無駄にダラダラと過ごしていた夏休みも、今年は充実した日々を送ると決めたのだ。
 叶うものなら、この充実した日々が一生続きますようにと。そればかり願い続けながら──。

 それは何故なら!
 夏休み期間中は、普段よりもカテキョの時間が増えるから♡

 普段は週1・2で通っていたカテキョも、夏休み期間中は週3へと増えた。カテキョの時間が増えたのは勿論、美兎ちゃんが高校受験を控えた中学3年生だからっていう、ちゃんとした理由はあるのだが。
 正直、美兎ちゃんはかなり優秀なので増やす必要はなかった。けれど、折角の機会をみすみす自ら放棄するわけもなく……。母親から勧められたこの提案を、俺は快く引き受けることにした。

 それはつまり──!
 単純に、美兎ちゃんと一緒に居られる時間が増えただけという、俺にとってナイスな展開となった。


(今年の夏はっ! ”大遊生”ではなく”大恋愛”に励みます……っ♡♡♡♡)


「──瑛斗先生っ! 水分補給しに、あの河原まで行こっ?」

「うんっ♡    階段、気を付けてね(マイ・ワイフ♡)」


 キリリとした顔から瞬時に破顔させると、鼻の下を伸ばしてフラフラと美兎ちゃんの背中を追い掛ける。
 こうして、カテキョ終わりに『山田』の散歩に付き合うこともいつしか習慣となった。まぁ、少しばかりこの空間に『山田』がいることが邪魔ではあるのだが。【散歩】という名目な以上、仕方がない。


(……邪魔だけはするなよ、山田)


 プリプリとケツを振って歩く仔犬を眺めながら、心の中でそんな釘を刺す。


「『山田さん』。はい、お水だよ~」


 トポトポとミネラルウォーターを注ぎながら、山田の目前にシリコン製の器を差し出した美兎ちゃん。それを、美味しそうにペロペロと飲み始める『山田さん』。
 こうも甲斐甲斐しく美兎ちゃんからお世話してもらえるとは、相変わらず犬の分際で生意気だ。

 
(俺だって……っ! うさぎちゃんにお世話されたいのにっ!!)


 そんな不毛な嫉妬を抱きつつ、愛おしそうに『山田さん』をナデナデする美兎ちゃんの姿を眺める。


(……グハッ! ……てっ、天使だ……っ!!!)


 その驚異的な可愛さに思わず片手で顔面を覆うと、フラリと後ろへよろけてはグッと堪える。
 俺はいつか──この可愛さの暴力に耐えきれずに死んでしまうのでは……? そんな一抹の不安を、日々薄っすらと感じている。

 ズキズキと痛む股間を太腿をすぼめて抑えると、ハァハァと呼吸を荒げて身悶える。


(これが……っ。噂に聞く、”腹上死”ってヤツかっ!!?)


 指の隙間からチラリと美兎ちゃんを見ては、鼻の下を伸ばしてだらしなく微笑む。その姿は、完全に『ロリコン変態野郎』そのものだ。
 そろそろ、”自首しろ”なんて声がどこかから聞こえてきてもおかしくはない。


「今日はあっついね~。『山田さん』、お水で遊ぼっか!」

 
 山田のリードを引くと、サンダルのまま川へと入水した美兎ちゃん。足首程の高さしかない水位で、楽しそうに山田とパシャパシャと遊ぶその姿は──。


(まさに、天使の水浴びだ……っ♡)

 
 潰れた顔の不細工な仔犬が、絵面的にちょっと邪魔だ。そんなことを思いながらも、とろけた笑顔で美兎ちゃんの姿を眺める。
 すると、バシャバシャと嬉しそうに駆け回る山田が、俺の目の前まで来ると突然バシャリと飛び跳ねた。グッショリと水浸しになる、俺のチノパン。


(……クソッ! 山田めっ!!)


「よくもやったな~! この野郎~!」


 笑顔を取りつくろって川へと入ると、闘争心剥き出しでバシャバシャと山田へ水攻めを開始する。


(俺を敵に回すとは……っ、ブァカなヤツめっ!! グハハハハッ!!!)


 悪魔のような笑い声を頭の中で響かせると、チョロチョロと動き回る山田を必死に追いかける。
 なんだか、山田が嬉しそうに見えるのは……きっと俺の気のせいだろう。そう思っておくことにする。


「ミト&『山田さん』チームと、瑛斗先生の勝負ぅ~!」


 楽しそうな笑い声を響かせながら、パシャパシャと俺に水をかけ始めた美兎ちゃん。


(……えっ!!? 俺、美兎ちゃんの敵なの!!!?)


 いつの間にやら開始されていた勝負に、その組み合わせを聞いて軽くショックを受ける。


(ウグッ……。クソォォオー!! お前なんて嫌いだーっっ!!!!)


 俺の目尻から流れ出た悔し涙は、山田が走り回って飛び散った水と混ざり合い、空へ舞って儚く消えていった。それはそれは、綺麗に光り輝いて──。
 俺はグッと口元に力を込めると、気持ちを新たにせめて一矢報いようと、夢中になって山田を追いかける。


(ところで、勝敗ってどこで決まるんだ……?)


 頭の片隅でそんなことを考えながらも、楽しそうにはしゃいでいる美兎ちゃんの姿を見ていると、勝敗などどうでもよくなってくる。いつしか、この戯れを純粋に楽しむようになっていた俺は、鼻の下を目一杯伸ばすと歓喜に心を震わせた。
 だって、これはまさしく……テレビなんかでよく見る、海辺で楽しそうに水を掛け合う──!


(カップルみたいじゃないか……っ♡)


 一人、妄想にふけっていると、容赦なく美兎ちゃんからバシャバシャと水を掛けられ、頭のてっぺんから全身ビショビショになる。


「…………」


(そんな容赦ないうさぎちゃんも、愛してるよ♡)
 

 美兎ちゃんからの愛ある水攻めを甘んじて受け入れる俺は、その間髪入れない容赦ない攻撃に、もはや呼吸すらままならない。


(このままじゃ俺……っ、愛に溺れちまうよっ♡)


 それもまた、至福かな。そんなことを考えながらも、容赦なく続く水攻めに本気で溺れかけては、アプアプと必死で呼吸を繰り返す。
 すると突然、チョロチョロとやって来た山田に足元をすくわれ、俺は後ろへよろけるとそのままバシャリと尻餅をついた。


(……クソッ! またお前かっ!!! 山田!!!)


 山田のお陰で水攻めから救われた、なんていう事実はさておき。山田の存在は邪魔で仕方がない。


(っ、……いつか、覚えてろよっ!)


 プリプリとケツを振りながら近付いてきた山田の頭に触れると、ポンポンと軽く叩いて宣戦布告する。


「瑛斗先生、大丈夫? ……勝負はミト達の勝ちだねっ」


(え……? いつの間に……俺、負けたの?)


 そんなことを考えながら頭上を見上げてみれば、そこにはキラキラと輝く満面の笑顔の美兎ちゃんがいる。
 山田に負けたことは悔しいが、この笑顔が見れるのなら、まぁ……”負け”でもいいか、なんて。そんな風に思ってだらしなく微笑んだ俺は、その視線を何気なく美兎ちゃんの胸元まで下げてみた。


(────!!?!!? グオォォオーーッッ!!♡!!♡!!♡)


 ブシューッと盛大に鼻血を吹き出すと、そのままゆっくりと倒れて仰向けにひっくり返った俺。


「……キャーーッッ!!!? 瑛斗先生が死んじゃうっっ!!!!」


 心配そうに駆け寄る美兎ちゃんを他所に、俺の血走った瞳は美兎ちゃんの胸元を凝視したままギンギンにカッ開いた。


(これが……っ。試合に負けて、勝負に勝つ……ってやつなのか!!!? なら……っ、いくらでも試合に負けたっていいッッ!!!!)


 水面から薄っすらと顔を出したまま、ドクドクと流れてゆく俺の鼻血。まるで事件現場かのように赤く染まってゆく川の中で、俺は歓喜の涙を流しながらゴボゴボと泡を出して微笑んだ。

 
(おっぱい……バンザイ♡♡♡♡)


 スケスケの美兎ちゃんのブラジャーをガン見し続けながら──このまま死んでもいいと、本気で思えた。この日の思い出は俺の心に深く刻まれ、一生忘れることはないだろう。
 美兎ちゃんにもまた、この日の惨劇は恐怖体験として深く刻まれ、一生忘れることのない思い出となった。





 ──これが、後に語り継がれることとなる【給水・夏の陣2020】。

 鼻血もまた、後ろに倒れながら噴き出せば綺麗な放物線を描くのだと。そんな新たな発見をした。
 キラキラと輝く赤い飛沫を上げて、見事な虹を作った──2020年、夏の思い出。


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