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♡番外編♡

君はやっぱり大切な人

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 これは、花音が中学生になったばかりの頃のお話。



🍓✨️🌸✨️🍓✨️🌸✨🍓✨️🌸✨🍓✨️🌸✨️




『花音! ダメだよ、妊娠したらどうするの!?』


 昨日、学校の廊下でひぃくんが言い放った言葉。
 それを思い出して、沸沸ふつふつと怒りが込み上げてくる。


(あんなに大勢の人がいる前で、私がどんなに恥ずかしかったか……っ。もう、ひぃくんとは口利かないんだからっ!)


 そう心に決めると、リビングの扉をゆっくりと開いてゆく。
 すると、視界に入ってきたのはお母さんと楽しそうに話しているひぃくんの姿だった。


(……なんで毎朝いるのよ)


 さっきだって、目が覚めたら私のベッドにはひぃくんがいた。小さな頃から当たり前だとはいえ、もう中学生なんだから流石に辞めて欲しい。
 それに今、私は怒っているのだ。

 数分前、お兄ちゃんに連れられて私の部屋から出て行ったひぃくん。てっきり、そのまま自分の家に帰ったとばかり思っていた。
 私の姿を視界に捉えたひぃくんは、嬉しそうに微笑むと私に向けてヒラヒラと手を振ってくる。それをプイッと顔を背けて無視をした私は、そのままダイニングへと近付き空いている席に腰を下ろした。


「おはよう。お母さん、お父さん」

「おはよう」

「おはよう、花音」


 私の挨拶に笑顔で答えてくれるお母さん達。


「今日のご飯も美味しそうだねー」


 そんなことを言いながら、私の隣に座り直したひぃくん。


(なんて図々しい人なんだろう……)


 毎朝当たり前のように我が家で朝食を食べているひぃくんに、呆れて小さく溜息を吐く。
 誰もこの状況をおかしいとは思わないのだろうか? チラリとお母さん達の方を見てみると、ひぃくんと楽しそうに会話をしている。その光景を目にした私は、また小さく溜息を吐いた。


(お母さんもお父さんも、ひぃくんに甘すぎるんだよね……。二人共、絶対にひぃくんの見た目に騙されてるから)


 どうやら、私の味方はお兄ちゃんしかいないらしい。
 ジッと目の前のお兄ちゃんを見つめていると、私の視線に気付いたお兄ちゃんが優しく微笑んだ。


「花音。早く食べないと遅刻するぞ?」

「…………。……はい」


 私の気持ちに全く気付いてくれないお兄ちゃん。それを見て、ガックリと肩を落とす。
 仕方なく黙って朝食を食べ始めた私は、横から話しかけてくるひぃくんのことを無視し続けると、終始無言のまま朝食を済ませた。
 





◆◆◆






 ──その日のお昼休み。
 机の上にポツンと置かれた牛乳を見つめて、私は大きく溜息を吐いた。


(牛乳、嫌いなのに……)


 私の学校では、昼食はお弁当なのに何故か牛乳だけは毎回配給される。牛乳が嫌いな私にとっては、もはや迷惑でしかないこのルール。
 幸い、残しても何も言われないので問題はないのだけど……。


(毎回必ず残すんだから、わざわざ配ってくれなくてもいいのに)


 チラリと隣りに視線を向けると、ニコニコと微笑んでいるひぃくんと視線がぶつかる。


(…………。何でひぃくんが一年の教室にいるのよ)


 私が入学してからというもの、お昼になると必ず私の教室へとやって来て、こうして一緒にお弁当を食べているひぃくん。いくら問題ないとはいえ、そんな事をするのはひぃくんぐらいだ。一年生の教室に三年生がいるだなんて、普通はあり得ない。
 朝からずっと無視をしているというのに、相変わらずニコニコと微笑みながら隣にいるひぃくん。きっと、どこか頭のネジが緩んでいるんだと思う。


(顔だけ見ればイケメンなのにね)


 小さく溜息を吐いてひぃくんから視線を外すと、私は机に置かれた牛乳を持って席を立った。


「花音。いつも言ってるけど、ちゃんと牛乳飲まないとダメだよ?」


 心配そうな顔をしてそう告げたひぃくん。
 そんなひぃくんのことをチラリと横目にして無視をすると、そのまま牛乳を返却しようと歩き始める。


(牛乳なんて飲まなくたって生きていけるもん。ひぃくん、心配しすぎ)


「……花音!!」



 ────!!



 突然の大きな声に驚き、私はビクリと肩を揺らすと後ろを振り返った。
 それは私だけではなかったようで、教室中がひぃくんの発した大きな声に驚いて注目をしている。

 
「牛乳ちゃんと飲まないと、赤ちゃんが大きくならないよ!?」



 ────!!?



 ひぃくんの発した言葉に、教室中が一瞬にしてシーンと静まり返った。
 そんな中、教室の真ん中で呆然と立ち尽くす私。そんな私の手から滑り落ちた牛乳は、重力に逆らうことなく床へと落ちると、静まり返った教室の中でボトッと鈍い音を響かせる。


(何を……っ、言ってるの……? 赤……、ちゃん……?)


 呆然とひぃくんを見つめたまま立ち尽くしていると、クラスメイト達の視線が一斉に私へと向けられる。


「……っ……!!?」


(そっ、そんな目で見ないで……っ。私っ、……私、赤ちゃんなんていないから……っ!!)


 昨日の妊娠発言といい、たった今放たれた赤ちゃん発言に、皆んな私が妊娠中だとでも思ったのだろう。


(なんて最悪なの……っ。赤ちゃんて何よっ!!)


「……あ、赤ちゃんが大きくならないって何っ!!?」


 誤解を解くべく投げかけた私の言葉。するんじゃなかったと、その数秒後にさっそく後悔をすることになる。


「だって……花音のおっぱい、大きくならないよ!!?」



 ────!!?



(おっ、おおお、おっぱ……!!?)


 一気に真っ赤になる私の顔。


(なっ、なな、何てこと言うのよ……っ!! おっぱいなんて……っ。おっぱいなんて大きな声で言わないでよぉおおーー!!!)


 チラリと周りに視線を向けてみると、ほんのりと赤く染めた顔を俯かせながらも、チラチラと私を見ている男の子達。


(し……死にたい……っ)


 教室の真ん中で、一人立ち尽くして公開処刑をくらう私。


(もう嫌だ……っ。ひぃくんのバカっ! もう絶対、ひぃくんとなんて口利かないんだからっ!!)


 私は涙目になった瞳をギュッと閉じると、その耐え難い羞恥に顔を俯かせた。






◆◆◆






 ──その日の放課後。

 私はお兄ちゃんの迎えを待つことなく学校を出た。だってひぃくんがいるから。
 登下校は必ず一緒にするように、とお兄ちゃんから言われてはいるけど、今はひぃくんの顔すら見ていたくなかった。

 ひぃくんのせいで、私の中学校生活はめちゃくちゃだ。それでも、嫌いになれない自分が情けない。
 小さな頃からずっと一緒だったひぃくん。とっても変なひぃくんだけど、昔から私にとても優しくしてくれる。そんなひぃくんのことを知っているから、どんなに振り回されても嫌いにはなれないのだ。

 私は小さく溜息を吐くと、トボトボと一人住宅街を歩いてゆく。足元に向けていた視線をチラリと上げてみると、道路脇に立っている男の人の姿が視界に入る。
 それをさほど気に留めることもなく、すぐ横を通り過ぎようとした──次の瞬間。横から伸びてきた手に突然腕を掴まれた私は、そのまま人気のない脇道へと連れ込まれた。



 ────!!!?



 驚きに身を固めた私は、声を上げることも忘れてただ目の前の男の人を見上げる。
 ハァハァと息を荒げて不気味に微笑む男の人。その姿は、なんだかとても気持ちが悪い。背中にゾクリと嫌な空気が流れる。


「き、君……っ。すっ、凄く可愛いね」


 私を見つめてニヤリと不気味に微笑む男の人。


(っ、……怖い)


 ガタガタと震え始める私の身体。恐怖で声すら出なくなってしまった喉は、小さく唾を飲み込むとコクリと音を鳴らした。


(に、逃げなきゃ……っ)


 そうは思うものの、ピタリと地面に張り付いてしまった両足は、私の意思に反して全く動こうとはしてくれない。
 そんな私を見つめたまま、ハァハァと息を荒げて右手を伸ばしてきた男の人。


(やっ……、ヤダッ!!)


 恐怖に思わずたじろいだ、その時。ヨロリとよろけた私の足は、張り付いていた地面から一歩後ろへと後ずさった。
 その勢いのまま、私はクルリと背を向けると一気に走り出す。


(怖いっ、……怖いよっ!! 誰か助けて……っ!!)


 通りに出る寸前で、グイッと腕を引かれて再び捕まってしまった私。そのまま後ろへよろけると、男の人にギュッと抱きしめられる。
 ハァハァと呼吸を荒げながら、執拗に腰を押し付けてくる男の人。何をされているのかよく分からない状況に、ただただ恐怖で身体がすくむ。
 私は胸の前でギュッとかばんを抱きしめると、カタカタと小さく震えながら身体を縮こませた。


(怖いっ……、怖いよ……っ)


 気付けば私の瞳からはポタポタと涙が溢れ、頬を伝って流れ落ちた涙は点々と地面にシミを作っていった。


「「──花音っ!!!」」


 微かに聞こえてきた声にゆっくりと顔を上げてみると、そこに見えてきたのは焦った顔をして走ってくるお兄ちゃんとひぃくんの姿だった。


「……っ、……ゔっ……」


 その安堵感から、大量に溢れ出てくる涙で視界がぼやけた──その時。
 男の人を掴んで私から引き離すと、そのまま殴り飛ばしたひぃくん。地面に転がる男の人を、すかさずお兄ちゃんが取り押さえる。


「……花音っ!! 大丈夫!!?」


 クルリと私の方へと振り向いたひぃくんは、焦った顔のまま私の様子を伺った。
 相変わらず上手く声が出せないままの私は、ギュッと鞄を抱きしめるとボロボロと涙を流した。そんな私を見て、悲しそうな顔を見せたひぃくん。
 ゆっくりと私に近付くと、フワリと優しく抱きしめてくれる。


「怖かったね……。よしよし、もう大丈夫だよ」


 そう言いながら優しく頭を撫でてくれるひぃくん。
 私は堪らずひぃくんに抱きつくと、涙を流しながらも大声を上げた。


「こわ、がっ……、だよぉ……っ!!」


 鼻水を垂らしながら豪快に泣き喚く私を、決して嫌がることもなく優しく抱きしめてくれるひぃくん。


「うん、怖かったね……。もう大丈夫。大丈夫だよ、花音」


 まるで私をなだめるかのようにして頭を撫でると、何度も大丈夫だと優しく囁いてくれる。


(ひぃくん……、ひぃくん……っ。ごめんなさい……。無視してごめんなさい……っ)


 ひぃくんはいつだって優しい。私が無視していたって、こうして必ず助けに来てくれるのだ。
 だから、どんなに振り回されたって、ひぃくんを嫌いにるなんてことは絶対にあり得ない。


 ──ちょっぴり変なひぃくん。
 だけど、私にとっては大切な人。きっとそれは、この先もずっと変わらない。




 昔から、君は私の大切な人なんだ。







─完─


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