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♡第二章♡
君とハッピーバースディ
しおりを挟む学園祭も無事に終わり、今日から暦も十月に入った。制服は夏服から冬服へと変わり、一気に秋っぽさが増してきた気がする。
そしてなんと、今日は私の誕生日なのだ。
未だにひぃくんとの事をお兄ちゃんに言えていない私は、当然ながら毎年恒例の自宅でのお誕生日会になる。それでも、今年は恋人としてひぃくんと一緒に過ごせるのかと思うと、私は充分に嬉しかった。
ただ、お兄ちゃんには絶対にバレない様にしないといけない。ひぃくんにも口止めはしているけど、正直あてにはならない。いつもマイペースなひぃくんは、きっと何も考えていない。行動から見てもそんな気がする。
(……私がシッカリしなきゃ)
制服から私服へと着替え終えた私は、一度自分にそう気合いを入れると、お兄ちゃん達が待つ一階へと降りて行った。
────カチャッ
「……わぁっ! 凄いっ!」
リビングの扉を開けると、開口一番に驚きの声を漏らす。
いつも見慣れている我が家のリビングは、色とりどりの可愛らしい風船で華やかに飾られていた。
(凄いっ! 私の家じゃないみたい!)
その光景に、思わず口を開けたまま呆然とする。
「花音。お誕生日おめでとー」
その声で、ハッと意識の戻った私は声のした方へと視線を向けてみた。
するとそこには、私を見つめて優しく微笑むひぃくんがいる。
「……っ。ありがとうっ!」
笑顔でそう答えると、突っ立ったままだった足を動かしてリビングへと入って行く。
そのままダイニングへと近付いてみると、そこには沢山の料理が並べられていた。
「……わぁ! 美味しそぉー!」
「誕生日おめでとう」
私を見て優しく微笑んだお兄ちゃんは、そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。
「っ……、ありがとう」
何だか少し照れ臭い。
そう感じた私は、ほんの少し顏を俯かせた。
「花音。お誕生日おめでとう」
私の目の前まで来た彩奈は、そう告げると私の頭にバースディティアラを乗せた。
それを確認するかのようにそっと右手でティアラに触れた私は、顏を上げると彩奈を見て微笑んだ。
「ありがとうっ!」
「本物のお姫様みたいだね」
私を見つめる彩奈は、ニッコリと微笑むとそう言った。
「凄いねっ! 風船とか……嬉しいっ!」
「花音が喜ぶと思って、三人で用意したの。気に入った?」
「うんっ! 本当にありがとうっ! みんな大好きっ!」
そう言って彩奈に飛びつく。
チラリとひぃくんを見てみると、両手を広げてニコニコと微笑んでいる。どうやら、私が抱きつくのを待っているらしい。
(それはできないよ、ひぃくん。お兄ちゃんにバレちゃうもん)
私の視線に気付いた彩奈は、チラリとひぃくんの方を見ると口を開いた。
「全員にすれば、不自然じゃないんじゃない?」
私の耳元でそう小さく囁く彩奈。
(なるほどっ! 天才だよ、彩奈!)
コクリと小さく頷いて返事を返すと、彩奈から離れて今度はお兄ちゃんに飛び付く。
「……お兄ちゃんっ! ありがとう! 大好きっ!」
いきなり飛び付いてきた私に驚きながらも、優しく抱きとめてくれると「はいはい、甘えんぼ」と言ってポンポンと頭を撫でてくれるお兄ちゃん。
(お兄ちゃん……本当に大好きだからね)
心の中でそう呟いた私は、お兄ちゃんから離れるとひぃくんの方へと視線を向けた。
相変わらずニコニコと微笑みながら、両手を広げて私を待っているひぃくん。そんなひぃくんに向けてニッコリと微笑むと、私は大好きな彼に向かって勢いよく飛び付いた。
フワリと鼻腔を掠める、ひぃくんの甘い香り。その匂いに誘われるようにしてひぃくんの背中に腕を回すと、その胸に顏を埋めて小さく微笑む。
そんな私を、優しく抱きしめ返してくれるひぃくん。
「……花音。大好き」
私の耳元で、そう甘く囁いたひぃくん。何だか少し照れ臭い。途端に上気する私の頬。
私はほんのりと赤く染まった顏をひぃくんから離すと、優しく私を抱きしめるひぃくんを見上げた。
「ひぃくん、ありがとう! 大好きっ!」
笑顔でそう告げると、突然ひぃくんはギュッと抱きしめる力を強くした。
────!?
(……ちょっ、ちょっと苦しい……っ、かも)
「花音っ! 可愛すぎるよーっ!!」
ギュウギュウと私を締め付けるひぃくん。
(うっ……本当に、苦し……っ)
苦しさに耐えきれずに目の前の身体を押し返してみるも、ひぃくんは全く離れようとはしてくれない。
「ひぃくっ……、死ぬ……っ」
これは抱擁ではなく、プロレスか何かだろうか……? 苦しさに意識が遠のきそうだ。
(お願い、ひぃくん離して……っ)
「響。長すぎ」
そう言って、アッサリとひぃくんを離してくれたお兄ちゃん。
(た、助かった……)
「……ひぃくん、苦しいよ。もっと優しくして」
「ごめんね、花音。優しくするからもう一回いい?」
フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。
「ダメ」
そう告げると、ひぃくんの首根っこをグイッと掴んだお兄ちゃん。
首根っこを掴まれたひぃくんは、そのままズルズルと引きづられてダイニングへと連行される。
「花音、始めるぞ。早く座りな」
ひぃくんを席へと座らせたお兄ちゃんは、未だ突っ立ったままの私に視線を向けると優しく微笑んだ。
「うんっ!」
満面の笑みで元気よくそう答えた私は、手招きをするひぃくんの元まで近付くと、空いていた隣の席へと腰を下ろした。
私の目の前には、優しく微笑むお兄ちゃん。その隣には、ニッコリと微笑む彩奈がいる。私は隣にいるひぃくんへと視線を移すと、ニコニコと微笑むひぃくんに向けてニッコリと笑みを返した。
そんないつもと変わらない、毎年恒例のお誕生日会。だけど、今年はやっぱり何かが違う気がする。
(……とっても幸せ)
テーブルの下で、こっそりと繋がれたひぃくんの手。私はその繋がれた手をキュッと握り返すと、皆んなに向けてニッコリと微笑んだ。
「本当にありがとう! 私……今、すっごく幸せっ! 皆んな本当に大好きっ!」
私の言葉に、優しく微笑んでくれるお兄ちゃんと彩奈。
「俺も大好きーっ!」
そう言って、満面の笑顔で私に飛び付いてくるひぃくん。
それを見て、慌てて私からひぃくんを引き離すお兄ちゃん。そんないつもと変わらない光景を前に、私は小さくクスリと笑みを漏らした。
昔から、いつも一緒だった私達。まさか、ひぃくんと恋人同士になるとは思ってもみなかった。少し前までの自分に教えてあげたい。
──私は今、こんなに幸せだよって。
お兄ちゃんとひぃくんが戯れているのを横目に、呆れたような顔を見せる彩奈。
私はそんな三人の姿を眺めながら、今日という日をこの四人で過ごせた事に心から感謝した。
◆◆◆
「……わぁー! ありがとうっ! 絶対に大切にするねっ!」
貰ったプレゼントを前に、その感激で瞳を潤ませる私。
三人が合同で送ってくれたプレゼントは、私が以前から欲しがっていたバックだった。三万近くもするバックに、私は欲しいと思いながらも諦めていた。バイトもしていない私にとって、とても手が出せる金額ではなかったから。
きっと、バイトをしているお兄ちゃんとひぃくんが、そんな私の為に奮発してくれたのだろう。
「本当にありがとうっ! 嬉しすぎるよ……っ!」
「その代わり、勉強頑張れよ?」
「うっ……」
お兄ちゃんに痛いところを突かれる。
そんなお兄ちゃんは、もう推薦で大学まで決まっている。それは勿論、ひぃくんも同じだ。
バイトに家事までして、その上勉強までできるなんて……。きっと、バケモノに違いない。
「……はい」
しょんぼりとする私にクスリと笑ったお兄ちゃんは、ポンポンと頭を撫でると「ちゃんと見てやるよ」と言って優しく笑った。
(いや……、それはちょっと……)
正直、スパルタなお兄ちゃんには見てもらいたくない。そんな事を思った私は、思わず顔を引きつらせた。
そんな私の心情を察したのか、プッと小さく笑い声を漏らした彩奈。
「花音。俺からは、もう一つプレゼントがあるんだー」
「えっ!? 何なに!?」
ひぃくんの言葉に途端に笑顔を咲かせた私は、キラキラと輝く瞳でひぃくんを見つめた。
(いつも三人合同なのに……今回はもう一つあるの!? それってやっぱり、恋人だから!? 恋人ってなんて素敵なの……っ!!)
そんなことを考えながら、すっかりと浮かれる私。
「はい、これ。ずっと楽しみだったんだー、花音の誕生日が来るの」
そう言って封筒を差し出したひぃくん。
(……? 何だろう……手紙?)
不思議に思いながらもチラリとひぃくんを見てみると、とても幸せそうに微笑んでいる。
私はひぃくんから封筒を受け取ると、中に入っている紙をおもむろに開いた。
(……え? これっ、て……)
「本当に嬉しいよ。花音、十六才おめでとー」
ニコニコと微笑むひぃくんの横で、封筒から出した紙を持ったまま固まってしまった私。封筒から取り出した紙は、テレビとかで見た事のある婚姻届だった。
しかも、ひぃくんの署名入りの。
※法改正される前の話なので、女性は十六歳で結婚ができます※
(えっと……。……え? 私、ひぃくんと結婚……、するの?)
ゆっくりとお兄ちゃんの方へと視線を向けてみると、私の手の中にある紙を見つめたまま固まっている。
「ひぃくん……、私……」
「んー? ……あっ! どこに書けばいいか分からないの? ここに署名するんだよ」
ニッコリと笑ったひぃくんは、そう告げると私にボールペンを渡した。
(いや……っ、違くて。そんな事が聞きたいんじゃなくて……ていうか、今どこからボールペン出したの? 準備がよすぎてちょっと怖い……)
思わず顏が引きつる。
「……はっ!?」
固まったままピクリとも動かなかったお兄ちゃんは、突然立ち上がると驚きに見開かれた瞳でひぃくんを凝視した。
「どうしたのー? 翔。……あっ。今日からはお兄ちゃんだね? よろしくねー、お兄ちゃん」
フニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。
(え……? お兄ちゃんて、ひぃくんのお兄ちゃんに……なるの?)
そんなことを思いながら、呆然と目の前のお兄ちゃんを見つめる。
「はあ!? ふざけんなっ! 結婚なんてさせるわけないだろ!? 第一、未成年じゃできないだろ!」
「えー。できるよ? ちゃんと証人がいるし。……ほらね?」
そう言って、婚姻届を指差すひぃくん。
そこには、ひぃくんのお父さんとお母さんの名前が署名してある。
「……っふざけんなっ! 花音はまだ高一だぞ!? 大体、何でお前と結婚なんだよ!」
「だって花音は俺のお嫁さんだもん。大丈夫だよ、お兄ちゃんもちゃんと構ってあげるからー。そんなに興奮しないで?」
ニコニコと微笑むひぃくんを前に、途端に真っ青になったお兄ちゃん。プルプルと小刻みに身体を震わせると、ひぃくんに向けて勢いよく口を開いた。
「っ何だよその、構ってあげるって!? お兄ちゃんて呼ぶなっ! 俺はお前の兄貴になった覚えはないし、なる気もない!」
「でも……弟にはなれないんだよ? 翔は我儘だなぁ」
「……っ!? 誰が弟になりたいなんて言ったよっ! お前の脳内は一体どうなってんだよっ!?」
そんなお兄ちゃん達のやり取りを見つめながら、ただ呆然と固まったままの私。
(ひぃくん……私、まだ結婚なんて考えてないよ……っ。これ、いつから用意してたの……?)
見覚えのある封筒を眺めて、思わず顔を引きつらせる。
テーブルに置かれた、水色の封筒。それは、昔私がひぃくんにあげた物によく似ていた。
高校受験を控えたひぃくんに、お守りを入れて渡した封筒。それには、右下部分に小さなお花の絵が描いてあった。
テーブルの上に置かれた水色の封筒を取り上げてみると、そこにはやっぱり、見覚えのある小さなお花の絵が描いてある。
よく見てみれば、婚姻届も心なしか薄汚れているような気が……しなくもない。
(まさか……ね。……に、似てるだけ……似てるだけだよ……、ね?)
並々ならぬ、結婚への執着心を垣間見てしまった気がした私は、引きつった顏のまま未だ口論を続けるお兄ちゃん達を眺めた。
鬼の形相のお兄ちゃんとは対照的に、幸せそうな顔でニコニコとしているひぃくん。そんな二人の姿を確認した私は、手の中にある封筒と婚姻届をそっとテーブルの上へと置いた。
(見なかったことにすれば……きっと大丈夫。うん。私は何も見ていない……)
そう自分に言い聞かせると、私は引きつった顔のままハハッと小さく笑い声を漏らした。
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