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♡第一章♡

君は私の彼氏でした!? Part①

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「わぁー、凄いっ! 人がいっぱいだね!」


 大勢の人達で埋め尽くされた海岸を見て、私は大きく驚きの声を上げた。八月も中旬に差し掛かって夏休みのピークを迎えた今、目の前の海岸は家族連れや若者達で溢れかえっている。


「花音、目の届くとこにいろよ」

「うんっ!」


 心配そうに私に目を向けたお兄ちゃんにそう返事を返すと、私は隣にいる彩奈に視線を移して口を開いた。


「彩奈、行こっ!」


 笑顔でそう告げると、彩奈の手を取って海岸へと続く階段を降りて行く。


「よく海なんて許してもらえたね」


 相変わらずクールな彩奈は、私の顔をチラリと見ながら普段と変わらない様子でそう言った。


「うん......ちょっと色々あってね」


 そう答えながら苦笑すると、彩奈は「ふーん」と言いながら海岸へと視線を移した。
 子供用プール事件の後、私をあわれんだお兄ちゃんは海に行く事を許してくれたのだ。


『絶対に俺の目の届くところにいる事』


 そう条件を付けたお兄ちゃん。


(本当は学校の友達と来たかったけど……仕方ない。海に行けるなら良しとしよう)


 そう納得した私は、勝手に付いて来たひぃくんと私が誘った彩奈とで、四人で近くの海岸へと遊びに来たのだ。
 浜辺へと着いた私は、早速彩奈と二人で着てきた服を脱ぎ始める。下には水着を着ているので、あとは洋服を脱げばいいだけ。そんな私達の横では、お兄ちゃんとひぃくんがパラソルの準備をしている。


「…………。なんなのそれ」


 先に着替え終えた彩奈が、私を見て不可解な顔を見せる。


「だってお兄ちゃん達が……」


 太腿まであるダボダボのTシャツを着ている私。勿論、下にはちゃんと水着を着ている。でもこれ以上脱ぐことができないのだ。
 人前で絶対に水着になってはいけないと、昨日ひぃくんが自分のTシャツを渡してきた。それにはお兄ちゃんも賛成だった様で、今朝、嫌がる私に無理矢理Tシャツを着せた。
 最初はTシャツを着ていなかった私。そのまま出掛けて海に着いた時に家に忘れたと言おう。そんな風に考えていた。出掛ける直前に服を脱がされた私は、お兄ちゃんに無理矢理Tシャツを着せられてしまったのだ。


(妹の服を無理矢理脱がすなんて最低だよね。それにしても、何でバレたんだろう?)


 お兄ちゃんには私の考えは全てお見通しの様だ。


(本当に恐ろしい鬼)

 
「ダサッ」


 私を見つめる彩奈が真顔でそう呟く。


(……酷い。確かに今の私は凄くダサイ。でも、そんなにハッキリと言わなくても……)


「……ごめんね」


(一緒にいるの恥ずかしいよね?)


 少しだけ顔を俯かせると、チラリと彩奈の様子をうかがう。そんな私を見て呆れたような顔をした彩奈は、小さく溜息を吐くと口を開いた。


「私は別に平気だけど。真夏にカーディガンなんて着てるからおかしいと思ってたんだよね……花音も大変ね」


 そう。Tシャツが大きすぎて袖が服からはみ出てしまうので、私はカーディガンを着てここまで来たのだ。


(地獄のように暑かった……。その苦労を彩奈はわかってくれるのね? なんて素敵な友よ……!)


「一生ついていきます!」

「は?」


 ガバッと抱きつくと塩対応をされる。それでも、決して嫌がらない。そんな優しい彩奈。


「──花音」


 彩奈に抱きついたまま声のする方を見てみると、笑顔のひぃくんが両手を広げて立っている。小首を傾げてニコニコとしながら私を見つめているひぃくん。


「行ってあげたら? 待ってるよ」

「えっ……、やだよ」


 何故か私が抱きつくのを待っているらしいひぃくん。


(するわけないのに)


「海に入ろ?」


 私はそう言うとひぃくんを無視して彩奈と一緒に歩き始める。


「見えるところにいろよ!」


 後ろからお兄ちゃんに声を掛けられ、「はーい」と返事をしながら海岸を歩いてゆく。周りは勿論水着を着ている人達ばかりで、ダボダボのTシャツを着ている私は結構目立っている気がする。
 私は持っていた浮き輪を頭から被ると、Tシャツの上から腰に装着してみる。


(……うん。何となくマシな気がする)


 そう思った私は、隣で冷めた顔をする彩奈に気付かないまま海へ向かって歩みを進めた。


「花音可愛いねー。陸で浮き輪つけてるよ」

「目立ってるな……」


 お兄ちゃん達がそんな事を言っていたとも知らずに。
 




◆◆◆





「二人とも凄く可愛いねー」

「二人で来たの?」


 彩奈と二人で海に入っていると、いつの間に来たのかチャラそうなお兄さん達。勝手に私の浮き輪に掴まっている。


「おに──」

「鬼……?」


 お兄ちゃんと来ていると答えようとした私は、途中まででかかったその言葉を飲み込んだ。


(お兄ちゃんと来てるって言うより、彼氏って言った方がいいのかな?)


 以前、彩奈が言っていた嘘を思い出したのだ。チラリと彩奈の方を見てみると、嫌そうな顔をしながらもう一人のお兄さんと会話をしている。


「ねぇねぇ、何でTシャツ着たまま海に入ってるの?」


 私の浮き輪に掴まっているお兄さんは、私と視線を合わせるとニッコリと微笑む。


(ですよね……、変ですよね。私だって聞きたい。何でTシャツ着なきゃいけないの?)


 私は小さく溜息を吐くとお兄ちゃん達のいる方へと視線を向けた。



 ────!?



 海岸にできた人集ひとだかりを見て驚愕する。一点に集中してできた沢山の女の人達の群れ。その中心には、なんとお兄ちゃんとひぃくんがいるではないか。


(最悪だ……)


 お兄ちゃんに何とかしてもらおうと考えていた私。どうやら自分で対処しなければならないらしい。


(目の届くところにいろって言ってたくせに……全然見てないじゃん!)


「水着忘れちゃったの?」

「……えっ!?」


 お兄ちゃん達から視線を戻すと、ニッコリと微笑むお兄さんと視線を合わせる。


「あっ、水着はちゃんと着てます」

「そうなの? じゃあ脱いだら?」


(脱げるものなら脱ぎたいです……。でも脱げないんです)


 私は黙ったまま目の前のお兄さんを見つめた。


「見たいなー? 水着。見せてよ」



 ────!?



 そう言いながら私の足に片手を滑らせたお兄さん。


「え……っ!?」


 そのまま私の着ているTシャツを脱がそうと、足元からTシャツをまくり上げてくる。


(手……っ、手が……っ!)


 ツーッと腰をなぞられる様な感覚に、私の身体から一気に血の気が引いてゆく。


「やっ……、やめて下さい!」

「大丈夫大丈夫ー」


 そう言ってニコニコと微笑むお兄さん。
 慌てて片手でお兄さんの手を抑えると、カナヅチな私は片手でしっかりと浮き輪に掴まりながらジタバタと暴れ出す。
 

(ヤダヤダヤダヤダ! 全然大丈夫なんかじゃないよっ! 触らないでっ!)


「ごめんごめん。そんなに暴れないでよ」


 アハハッと笑うとすんなりと手を離してくれたお兄さん。そんなに悪い人ではないらしい。
 解放されてホッと安堵の息を漏らした私は、再び両手でしっかりと浮き輪に掴まった──その時。グンッと身体が揺れたかと思うと、浮き輪ごと身体が後ろへと持っていかれた。
 目の前にいるお兄さんは、一瞬驚いた顔を見せると私の背後を見て口を開いた。


「この人が……鬼? 鬼っていうより、王子様かな?」


 ニッコリと微笑むお兄さん。
 その言葉に後ろを振り返ってみると、私のすぐ後ろにはひぃくんがいた。私の浮き輪を片手で掴んだまま、目の前のお兄さんを鋭く睨みつけている。


(ちょっと怖い、かも)


 普段は見せない表情をするひぃくんに、何だか少し萎縮してしまう。


(さっきまで海岸にいたのに……来てくれたんだ)


 そんな私の視線に気付いたひぃくんは、直ぐに優しい瞳になるとニッコリと微笑んだ。


「大丈夫?」

「……うん」


 いつも通りの優しい声音と表情を見て、安堵した私は固くなっていた身体から力を抜いた。
 チラリと彩奈の方を見てみると、そこにはお兄ちゃんの姿がある。どうやらお兄ちゃんは彩奈を助けてくれたらしい。


(二人ともちゃんと来てくれたんだ……)

 
 しつこいナンパから身を守るようにして彩奈の肩を抱いているお兄ちゃん。その腕の中にいる彩奈の様子をよくよく見てみると、何だか少し顔が……赤い気がする。


(……? どうしたんだろう?)


「君はこの子の彼氏くんかな?」


 それまで黙って私達を見ていたお兄さんは、ひぃくんに向けてそんな質問を投げかけてくる。その声に反応して後ろから私を抱きしめたひぃくん。


「そうだよ。だからイジメないで」

「ごめんごめん。イジメたつもりはなかったんだけどなー」


 困った様にして笑ったお兄さんは、そのまま私に視線を移すと口を開いた。


「そのTシャツは彼氏くんのせいかな? 随分と愛されてるね」


 そう言ってニッコリと微笑んだお兄さん。


(……っ愛!? いやいや、まさかっ! そもそも彼氏だなんて嘘ですから! この場を切り抜ける為の嘘ですよ!?)


 せっかくの嘘を否定するわけにもいかず、ただ黙って小さく笑った私。たぶん引きつっていたと思う、私の顔。
 その後、すんなりと退散してくれたお兄さん達。相変わらず顔の赤い彩奈に近付くと、心配した私は彩奈の顔を覗き込んだ。


「彩奈……? どうかした?」

「えっ!? べ、別に……どうもしてない」


 一瞬動揺したような仕草を見せた彩奈。そんな彩奈を少し不思議に思いながらも、無事なようなので一先ひとまずず安心する。


「やっぱり二人だけで遊ぶの禁止な」


 私達を見て小さく溜息を吐いたお兄ちゃんは、そう言うと私の浮き輪を引っ張った。「わかったのか?」と言って私を鋭い目つきで見てくる。


(そんなに怖い顔しなくても……。私、嫌だなんて一言も言っていないじゃん。……まあ、言おうとしてたんだけど)


 こうしてお兄ちゃんに先手を打たれてしまったのだ。


(なんて恐ろしい鬼)


「わかりました……お兄様」


 私は隣にいるお兄ちゃんをそっと見上げると、引きつった笑顔でそう返事を返した。

 
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