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♡第一章♡
君はやっぱり変でした Part②
しおりを挟む「わぁ……! 凄いね、彩奈!」
隣にいる彩奈の腕をグイグイと引っ張ると、興奮気味の私はキラキラと瞳を輝かせた。
目の前に広がるのは巨大な温水プール。奥にはウォータースライダーなんかもある。
──そう。私は今スパに来ている。勿論、お兄ちゃんとひぃくんには内緒で。
斗真くんに誘われていた私は、彩奈を誘うと男女4人で遊びにやって来たのだ。
「花音ちゃ~ん! 彩奈ちゃ~ん!」
その呼び声に振り返ってみると、水着に着替え終えた斗真くん達が遠くの方で手を振っている姿が見える。それに応えるようにして軽く手を振り返すと、まだ距離のある場所にいる斗真くん達の姿をぼんやりと眺める。
なにやら斗真くん達の近くにいる女の子が、チラチラと斗真くんを盗み見ては頬を赤く染めている。
(……やっぱりモテるんだなぁ)
確かにイケメンだもんね、と感心する。
「──ねぇねぇ!」
突然目の前にドアップの顔が現れ、驚いた私は後ろによろめいた。
そんな私の腕をガシッと掴んだお兄さんは、ニッコリと笑うと口を開いた。
「君達二人で来たの? 可愛いね。お兄さん達と一緒に遊ばない?」
「すみません。私達彼氏と一緒に来てるので」
隣から聞こえてきた彩奈の言葉に驚くと、私は思わず彩奈を凝視した。そんな私をシレッと横目にした彩奈。
(あ……、そっか。追い払う為に嘘付いたんだ)
「またまたぁー。さっきから君達ずっと二人でいるじゃん。嘘付いちゃダメだよー?」
中々鋭いお兄さん。
(どうしよう、彩奈……)
掴まれた腕と彩奈を交互に見る。
「嘘じゃありません。その子達は俺達の連れです」
一人その場でオロオロと困っていると、突然現れた斗真くんがやんわりとお兄さんの手を制した。
それに反応したお兄さんは、「なんだ、本当に男連れかー。ごめんねー」と言って去ってゆく。
「ごめんね。俺達が遅くなっちゃったから……」
腰を屈めて私の顔を覗き込んだ斗真くんは、とても申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ううん、大丈夫。ちょっとビックリしただけだから」
そう言ってニッコリと笑って見せれば、安心したように微笑みを返してくれる斗真くん。
「水着可愛いね。似合ってる」
「……あ、ありがとう」
私の水着姿をジッと眺める斗真くん。なんだかそれが妙に気恥ずかしくて、少しだけ顔を俯かせるとその視線から逃れる。
(そんなに見つめないで頂きたい……)
チラリと視線を上げると、そんな私と目を合わせた斗真くんはニッコリと微笑む。
「花音ちゃん、行こう?」
私の手を取った斗真くんは、そう告げると流れるプールへと向かった。
浮き輪に入ってプカプカと流れるのはなんだかとっても気持ちがいい。
「花音ちゃん、楽しい?」
「うんっ」
私の浮き輪に掴まって一緒に流れている斗真くんは、私を見て優しく微笑む。
「良かった。俺も凄く楽しい」
浮き輪に両腕を乗せ、小首を傾げてニッコリと微笑む斗真くん。
(なんだろう、凄く癒される。斗真くんて癒し系なんだね)
未だかつて私の周りには存在しなかった、この何とも癒される独特の空気感。
(とっても心地いい……)
いつもひぃくんに振り回されてばかりいるせいか、もしかしたら凄く疲れが溜まっているのかもしれない。
(ヒーリング効果でもあるのかな、斗真くんて。…………。ああ……ひぃくんのこと考えてたせいかな、ひぃくんの幻が見えてきちゃったよ)
そう思いながらひぃくんの幻を眺める。幻を……まぼ──
────!?
私は思わず両目を見開いた。
(幻じゃない……っ!)
女の人達に囲まれて逆ナンされているイケメン。あれは間違いなくひぃくんだ。
(っ、……何で!? 何でここにいるの!?)
「花音ちゃん、どうかした?」
私の異変に気付いたらしき斗真くんが、心配そうな表情を浮かべながら私の様子を伺った。
「えっ!? っ……な、何でもないよ!?」
思わず笑顔が引きつってしまう。
(絶対に見つからないようにしなきゃ……っ。だ、大丈夫……こんなに広いんだもん、見つかりっこないよね)
自分は簡単にひぃくんを見つけたというのに、一体どこからくる自信なのか……。私は見つかりっこない大丈夫だと高を括った。
そして浅はかだった私は、この後すぐにひぃくんに見つかってしまうのだ。
──────
────
流れるプールから出た私は、飲み物を買いに行こうと斗真くんと一緒に歩いていた。
「花音ちゃん。あれって……榎本先輩だよね?」
斗真くんが指差す方向に見えるのは、女の人達に囲まれたイケメン。そう──あれは間違いなくひぃくんだ。
「っ……ち、違うと思うよ!? 行こう、斗真くん!」
今ここで見つかっては困る。そう思った私は、この場から離れようとクルリと背を向ける。
「え、でも……こっちに向かって来てるよ?」
その言葉を聞いてギョッとした私は、思わず目を見開くと慌てて後ろを振り返った。
周りにいる女の人達を軽く手で振り払いながらも、こちらに向かって歩いて来るひぃくん。その顔はなんだかとても焦っているように見える。
(……嫌な予感しかしない)
思わず一歩後ずさる。そんな私とひぃくんの姿を、心配そうな顔をして交互に見ている斗真くん。
(お願い……っ、こっちに来ないで)
私の願いも虚しく気付けば目の前に現れたひぃくん。そのまま私の肩をガッチリと掴むと、焦った顔のまま口を開いた。
「花音っ! どうして裸なの!? っ、……ダメだよ、裸で人前になんて出たら!」
大きな声でそう言い放ったひぃくんに、一瞬で周りがシーンと静まり返る。
(っ、……目眩がする。ひぃくん、私水着着てるよ……、裸なわけないじゃん)
私に集まる好奇な視線。斗真くんの濡れた髪からはポタリと水滴が垂れ、それはまるで冷や汗かのように額を流れる。
「花音の裸なら後でいっぱい見てあげるから! ……っ、だからお願い! 人前ではダメだよ!」
焦った顔をして大きな声でそう告げたひぃくん。
それではまるで私が痴女のようだ。
(なんて最悪なの……っ、)
目眩に足元がフラつく。
自分の着ていたパーカーを私に羽織わせると、フラつく私を支えたひぃくん。心配そうな顔をして「大丈夫?」と聞いてくる。
(いや……、あなたのせいだから。どうしてくれるのこの状況……っ)
呆然とした顔でひぃくんを見上げると、その視線に気付いたひぃくんは「可愛いー」と言って私を抱きしめる。ダラリと力の抜けた腕をそのままに、大人しくひぃくんの腕の中に抱きしめられる私。
(ああ……、これなら顔は隠せるかも……)
放心状態の頭で、私はただぼんやりとそんなことを思っていた。
◆◆◆
「楽しいねー、花音っ」
私の背中にピタリとくっついているひぃくんは、とても嬉しそうに声を弾ませた。
あの騒動の後、ひぃくんに強引に連れられてやってきたのはまたしても流れるプールだった。
(さっきまでいたのに……)
また私はプールへと逆戻りだ。
『さっき遊んだから嫌』
そう告げると、狡い狡いと駄々をこね出したひぃくん。それを間近で見ていた斗真くんは、困ったような笑顔で『花音ちゃん、行ってきてあげたら?』と私に向けて提案した。
それで今のこの状況。二人で密着したまま浮き輪に入り、プカプカと浮かんでゆっくりと流れている。
(何なのよ、これ……)
思わず顔が引きつる。
一人用の浮き輪に無理矢理入ってきたひぃくん。二人で入ると身動きすら取れない。ミッチミチに浮き輪に入ったまま、私達は今プールに浮かんでいるのだ。
「ママ見て~。ラブラブだね~」
「そうねぇ、ラブラブね~」
小さな男の子を連れた親子連れが、クスクスと笑いながら私達の横を流れてゆく。
「ラブラブだねー、花音っ」
身動きが取れないのをいい事に、そう告げると私の頬にキスをしたひぃくん。
(これは……っ、新手の拷問だろうか?)
まだまだ半分以上もあるプールの先を眺める。
後ろで楽しそうに話すひぃくんの声を聞きながら、私は終始顔を引きつらせたままただ黙ってプールに浮かんでいた。
◆◆◆
「わーっ! 結構高いね」
「え、めっちゃ楽しそう」
斗真くん達がキラキラと瞳を輝かせる中、私は一人プルプルと足を震わせた。
私達は今、ウォータースライダーへと来ている。何故かひぃくんも一緒に。
一人で来たと言うひぃくんに、『じゃあ一緒に遊びますか?』なんて言ってしまった斗真くん。
(ひぃくんに甘すぎだよ)
結構な高さのあるウォータースライダーを前に、やっぱり辞めとけばよかったと後悔する私。実は高所恐怖症だったりする。
「花音、大丈夫?」
「だから辞めときなって言ったのに……」
心配そうに私の顔を覗き込むひぃくんと、その横で呆れたような顔を見せている彩奈。
それは勿論ごもっともな意見なのだけれど。でも、せっかく皆んなで遊びに来ているというのに、ひぃくんと二人で下で待っているだなんて嫌だったのだ。
(でも、やっぱりこうして来てみると……)
下から見るよりも遥かに高い高さに、やっぱり辞めようかと気持ちが揺らいでくる。
(どうしよう……、どうしよう……っ)
「花音ちゃん、大丈夫……? やっぱり辞める?」
どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか私達の順番まで来てしまったようだ。目の前には心配そうに私の顔を覗き込んでいる斗真くんがいる。
「うん、やっぱり辞める」そう答えようと口を開こうとした瞬間、グイッと横から腕を引かれてよろめいた私。
「花音、二人用があるよ? これなら怖くないね」
そう言ってニッコリと微笑んだひぃくんは、そのまま私を抱え上げるとゴムボートへと乗せる。その背後にピタリと身を寄せて座ったひぃくん。
「……ひぃくん、私やっぱり辞め──」
「大丈夫だよ。ギュッてしててあげるからね」
チラリと後ろを振り返って断ろうとすると、ニッコリと微笑んだひぃくんが私の身体に腕を回した。
「え……?」
その違和感に自分の胸元へと視線を向けてみると──。
(ひぃくんの手が、私の胸を……胸を……掴んで……、る)
そう認識した──次の瞬間。グラリと身体が傾き、そのまま私達を乗せたゴムボートが勢いよく滑り出した。
「っ、いやぁぁああーーっっ!!!」
私の大絶叫を響かせながらグングンと加速してゆくスピード。それはもう、本当に涙が出る程に凄く怖い。
でも、私の胸元にあるひぃくんの手の方がそんな事よりもよっぽど気になって仕方がない。
(何で胸なんか掴むのよ……っ、! ひぃくんのバカ!!!)
「キャァァアアーーッ!!!」
文句を言いたいのは山々だけど、それどころではない私は悲鳴をあげながらスライダーを滑ってゆく。何度も何度も絶叫し続けた私は、下へ到着した時には魂の抜け殻のようになっていた。
「楽しかったねー」
目の前で呑気に笑っているひぃくん。きっと私の胸を掴んだ事なんて気付いていないのだ。
(なんて失礼なやつ……)
「おいで、花音」
先にプールから上がったひぃくんは、私に手を差し伸べるとニッコリと微笑んだ。
沈黙したままその手を掴むと、プールから引っ張り上げてもらう。
「楽しかったねー。もう一回乗る?」
「絶対に嫌。ひぃくん一人で行けば」
「花音が乗らないなら行かないよ?」
ニコニコと笑顔で話し続けるひぃくんの横で、私は力の抜けた身体でトボトボと歩く。
(何だか凄く疲れた……。絶対にひぃくんのせいだ。だいたい何でひぃくんがここにいるのよ)
隣にいるひぃくんをチラリと見上げると、ニッコリと微笑んだひぃくんが口を開いた。
「さっきはごめんね? わざとじゃないよ」
それだけ告げると小首を傾げてフニャッと微笑んだひぃくん。
(え……っ? 気付いて……、た……? 気付いてたんだ……っ!)
さっきは失礼なやつとか思ってしまったけど、できれば気付かないで欲しかった。
(もう、最悪……っ)
泣きそうになって顔を俯かせると、そんな私の顔を覗き込んだひぃくん。
「花音、大丈夫だよ? 柔らかくて凄く気持ちよかったから」
そう言ってニッコリと微笑んだひぃくん。
(意味がわからない……、何が大丈夫なのよ……っ)
私が気にしているのは柔らかさではない。
「っ、……ひぃくんのバカッ!!」
もう恥ずかしさやら怒りやらで何だかわからなくなってしまった私は、ひぃくんに暴言を吐くとそのまま泣き出した。
「泣かないで、花音。大丈夫だよ?」
困ったような表情を浮かべながら、私の頭を撫でて涙を拭ってくれるひぃくん。
(何が大丈夫なのよ……、私が気にしてるのは柔らかさじゃないんだから……! 凄く、恥ずかしかったんだから……っ、)
きっとそんな私の気持ちはひぃくんには伝わらないのだろう。そう思った私は、泣いている自分がなんだかとても虚しく思えた。
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