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♡第一章♡

私の幼なじみはちょっと変

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 電子的なアラーム音が鳴り響き、私はゆっくりと瞼を開けると携帯に手を伸ばした。


(お……重い……)


 やけに重たい腕を懸命に伸ばすと、やっとの思いで届いた携帯を掴んでアラームを止める。次第に覚醒されてきた頭をゆっくりと動かすと、私は後ろを振り返った。
 視界に入ってきたのは、長い睫毛が生えた瞼をきっちりと閉じる彫刻の様に綺麗な顔。ミルクティー色に染められた髪が私の頬に当たってくすぐったい。


「ひぃくん……」


 小さく溜息を吐くと、私の身体に乗せられた腕を退かそうと動かしてみる。


(重たい……)


 意識のない身体は思った以上に重たく、私はまた小さく溜息を吐いた。


「ひぃくん、起きて」


 腕を退かすのを諦めた私は、その腕の主を起こそうと身体を揺すってみる。
 目の前にある綺麗な顔は、相変わらず瞼を閉じたまま「んー」と小さく声を漏すと、私を抱き寄せてキツく抱きしめる。

 腕を退かしてもらいたかったのに、これでは益々動けない。苦しさに小さく声を漏らすと、抱きしめていた力がふっと弱まった。
 緩められた腕の隙間からそっと顔を上げてみると、綺麗な二重まぶたから覗く少し茶色い瞳と視線がぶつかる。


「おはよー。花音かのん


 私を捉えた瞳は優しくその形を変えると、ふわりと微笑んだひぃくんは私の頬にキスをした。
 

「もう……また勝手に入ってきたの?」


 溜息まじりにそう声を漏らすと、たった今キスをされた頬をゴシゴシと擦る。


「んー。花音と一緒じゃないと眠れなくて」


 フニャっと微笑んだひぃくんは、そう言って私を抱きしめると再び頬にキスをする。
 何度も……何度も……。


「やー! ひぃくん、やめて!」

「んー、可愛い。花音」


 私は本気で嫌がっているというのに、ニコニコと微笑むひぃくんはガッチリと掴んで離さない。
 ベッドの上でジタバタと暴れていると、廊下からバタバタと走ってくる音が聞こえた──次の瞬間。私の部屋の扉は乱暴に開かれた。



 ────バンッ!



 目の前の扉から現れたのは、スラリと背の高い黒髪の美しい人。
 その綺麗な顔は、私の横にひっついているひぃくんを捉えると途端に鬼のような顔に変わる。


ひびき……」


 唸るような声を絞り出すと、ギロリとひぃくんを睨みつける。


「お兄ちゃん……た、助けて……」


 私はその鬼──ではなく、お兄ちゃんに向けて助けを求めた。
 ズンズンとベッドへと近付いて来ると、私の横にひっついているひぃくんの首根っこを掴み上げたお兄ちゃん。


「また来たのか……響」

「あ、かける。おはよー」


 鬼の様な形相のお兄ちゃんとは対照的に、相変わらずニコニコとしているひぃくん。 


「花音。窓の鍵はちゃんと閉めとけって言ってるだろ」

「だって……」


 反論しようと一度口を開くも、私はすぐにその口をつぐむと溜息を吐いた。


(だって、鍵を閉めてると開けるまでひぃくんが窓を叩くからうるさいんだもん……)


 お隣に住むひぃくんは小さな頃からの幼なじみで、昔からよく窓をつたって私のベッドへと潜り込んできた。
 流石にもう高校生だし辞めて頂きたい。私だってそう思う。

 中学生の頃。思春期真っ只中だった私は、ひぃくんがベッドに忍び込んでくるのが嫌でたまらなかった。だから窓に鍵を掛けた。
 いつものように夜中に窓の外に現れたひぃくんは、「花音あけてー」と言って窓を叩いた。私はひたすら無視を決め込み、コンコンと叩く煩い音に耳を塞いだ。
 それでも、暫くしても諦めようとせずにずっと窓を叩き続けるひぃくん。


(もう、いい加減諦めてよ……)


 頭から布団を被って聞こえないフリをすると、気付いたらそのまま熟睡してしまっていた私。翌朝目が覚めると、カーテンを開けて驚いた。
 ──なんと、窓の外にひぃくんがうずくまっているのだ。


(真冬だっていうのに、まさかずっと外にいたの……?)


 急いで窓を開けると、恐る恐るひぃくんに向けて口を開く。


「あ、あの……、ひぃくん?」


 私の声にピクリと肩を揺らしたひぃくんは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。


「花音……。おはよー」


 鼻水を垂らしながらフニャっと笑ったひぃくん。その日、ひぃくんは40度の高熱を出した。私よりニつ年上のひぃくん。正直、なんてバカなんだろうと思った。
 ──それ以来、私は窓の鍵を必ず開けるようにした。
 

 お兄ちゃんに首根っこを掴まれたまま、ズルズルと引きづられてゆくひぃくん。


「花音、また後でねー」


 相変わらずニコニコと微笑んでいるひぃくんは、ヒラヒラと手を振ると私の部屋から廊下へと連れ出される。
 そんな二人の姿を静かに見送った私は、大きく溜息を吐くと閉じられた扉を見つめた。

 あんなんでも──実はひぃくんは凄くモテる。
 お兄ちゃんとは対照的な雰囲気だけど、同い年の二人はその人気を二分にして、昔からよく学校の女の子達から騒がれているのだ。


(私だって……)


 何を隠そう、実は初恋はひぃくんだったりする。
 まるで絵本の世界から出てきたかのように、王子様みたいにカッコイイひぃくん。性格だって優しいし、一見すると申し分ない。
 ただ、ひぃくんはちょっと変。

 私がそれに気付いたのは、小学四年生の頃だった。


 休み時間に廊下でクラスの男の子と話していると、突然やってきたひぃくんが男の子を殴った。
 私の目の前で豪快に吹き飛ぶ男の子。周りでは悲鳴が聞こえ、殴られた男の子は床に尻もちを着くと呆然とひぃくんを見上げる。

 あっという間に騒ぎになった廊下に、誰が呼んだのか気付けば先生が駆けつけていた。
 何で殴ったのかと問いただす先生に、ひぃくんは口を開くとこう言った。


「蚊が止まってました」


((……そんな訳あるはずない。今は二月だ))


 その場にいた全員が思った。


 私が中学生になったある日も、廊下でクラスの男の子と話していると突然どこからともなく現れたひぃくん。
 何だかデジャヴを感じた私は、またひぃくんが殴るのではないかとハラハラとした。


(ひぃくん、今は四月。まだ蚊はいないよ)


 そう思いながら様子をうかがっていると、突然私の肩をガシッと掴んだひぃくん。
 驚いた私は、腰を屈めて私を覗き込むひぃくんの顔をジッと見つめた。


「っ、花音! ダメだよ、妊娠したらどうするの!?」


 大きな声でそう言い放ったひぃくん。


(意味が分からない……)


 思わずふらりとよろける。
 ひぃくんの放った言葉で、一気に周りからの視線が私に集中する。それが恥ずかしくて堪らなかった私は、涙目になった目をギュッと瞑ると、その視線から逃れるかのようにして俯いた。


 ひぃくんの思考回路はちょっと変わっている。たぶんそうなんだと思う。
 そんなひぃくんを知らない女の子達は、相変わらずひぃくんを王子様だと言ってキャーキャーと騒いでいる。
 確かに見た目は王子様。でも、私からしたら残念なイケメン。ひぃくんはそんな感じ。

 私はベッドから立ち上がると、ハンガーにかかった制服を取って学校へ行く支度を始めた。
 





◆◆◆






 制服に着替え終えた私は、一階へ降りるとリビングの扉を開いた。
 フワリと香る朝食のいい匂い。ダイニングを見ると、既にそこに座っていたひぃくんがニコニコとしながら手招きをする。

 私は黙ったままダイニングへと近付くと、ひぃくんとは離れた席に腰を下ろした。それを見たひぃくんは、座っていた席から立ち上がると私の隣へと座り直す。
 チラリと隣を見ると、ニッコリと微笑むひぃくん。


「──おい」


 後ろを振り返ると、鬼の形相のお兄ちゃんがひぃくんを睨んでいる。


「なんで毎朝お前がいるんだよ」


 そんな事を言いながらも、手に持った朝食を私とひぃくんの前に置いてくれるお兄ちゃん。
 何だかんだ言いつつも、毎朝ひぃくんの分もちゃんと朝食を用意しているのだ。


「ありがとー。翔は料理が上手だねっ」


 お兄ちゃんの質問とは全く関係のない返事をするひぃくん。

 私の家では今、毎日の食事はお兄ちゃんが作ってくれている。
 お父さんの海外赴任に付いて行ってしまったお母さん。二人だけになってしまったこの家で、日々ほぼ全般の家事をお兄ちゃんがこなしているのだ。

 テーブルに三人分の朝食を並べたお兄ちゃんは、私の目の前の席に腰を下ろすとひぃくんを睨んだ。


「響……。お前、さっきこっちに座ってただろ」

「んー? 最初からこっちだったよ?」


 ニッコリと笑って小首を傾げるひぃくん。


(嘘つき……。さっきそっちに座ってたじゃん)


 そう思いながらひぃくんを見ると、ニッコリと笑ったひぃくんはサラダに盛り付けられたプチトマトを掴んだ。そしてそのまま私の口へと押し込むと、引き抜いた指をペロリと舐める。


「もう一個食べる?」


 呆然とする私に向けて、ニコニコとしながらプチトマトを差し出すひぃくん。私の目の前にある、プチトマトを持ったひぃくんの指。その指が私の唇に触れようとした──その時。
 ひぃくんの腕をガシッと掴んだお兄ちゃんが、勢いよくプチトマトを食べた。


「痛いよ翔ぅー! 指噛んだー!」

「煩い。黙って食べろ」


 痛い痛いと文句を言いながらも朝食を食べ始めるひぃくんと、シレッとした顔で朝食を食べているお兄ちゃん。
 そんな二人の姿を眺めながら、私は口の中に入れられたプチトマトを噛んだ。


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