13 / 13
不穏な事件
2
しおりを挟む
◆◆◆
「リディ。疲れてはいないかい?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「随分と急な婚約になってしまったからね。準備を急がせてしまって申し訳ない」
「お気になさらないでください。ランカスター卿がお忙しい方なのは存じ上げていますから」
「本来なら、もっと早くに婚約を申し入れる予定でいたんだけどね……。思わぬ邪魔が入って、遅くなってしまった」
「……? あの……?」
呟くように言った言葉が聞き取れなくて首を傾げると、そんな私に気付いたウィリアムはニッコリと微笑んだ。
「……それよりリディ。あの頃のように、もう”ウィル”とは呼んではくれないのかな?」
「そんな……っ! 滅相もないですわ! あの頃は子供だったとはいえ、とんだご無礼を……っ」
「無礼なんかではないさ。愛する人には名前で呼んで欲しいものだよ。……それに、もう婚約しているのだから何の問題もないはずだよ」
「……っ!」
ふわりと優しく私の手を取ると、そっと口付けて薄く微笑んでみせたウィリアム。その仕草がやけに色っぽくて、ドキリと鼓動を跳ねさせた私は瞬時に顔を赤面させた。
(愛する、人……っ)
初めて告げられたその言葉に、嬉しさと恥ずかしさからトクトクと鼓動を早める私の心臓。
馬車に揺られる中、目の前に座ったウィリアムから真っ直ぐな瞳で射抜かれ、そのあまりにも情熱的な眼差しを前に視線を逸らすこともできない。有無を言わせぬ程の色気にあてられた私は、まるで操られるかのようにして震える唇をゆっくりと動かした。
「ウィル……」
ポツリと小さな声を零せば、妖しくも美しい口元に悠然と弧を描いてみせたウィリアム。
今にも飲み込まれてしまいそうな程の空気にコクリと小さく喉を鳴らすと、そんな私に気付いたウィリアムがクスリと声を漏らした。
「緊張しているの?」
「……っ!」
「相変わらず可愛いね、リディは」
そんなことを言われてしまえば、益々私の顔は赤面してしまう。
「可愛いリディをもっと見ていたいところだけど、どうやらもうそろそろ着くようだね」
繋いでいた手をゆっくりと離すと、窓の外を眺めてそう告げたウィリアム。どうやら、からかわれていたらしい。
名前を呼んだだけでこうも赤面してしまうとは、自分の子供っぽさが恥ずかしい。
(これでは、ウィルに見合う素敵な大人の女性になるにはまだまだ遠いわ……)
大人な余裕と気品溢れるウィリアムの横顔を眺めながら、私は人知れず小さく溜息を零すのだった。
──────
────
「気に入ってくれたかな?」
清々しい緑の匂いと美しい花々の香りがそよぐ中、呆然と立ち竦んだ私はその瞳を小さく揺らした。
その視界に映るのは、手入れの行き届いた美しい庭園を背景にしながらも、決してその美しさに劣ることのない美貌のウィリアム。
「これを……っ、私に……?」
「少し遅くなってしまったけれど、昨日やっと届いてね。今日はどうしてもこれをリディに渡したかったんだ」
そう言って片膝を着いたウィリアムは、私を見上げると優しく微笑んだ。その手には、精巧なカットを施されて光り輝く高価なダイアの指輪を持っている。
「改めてちゃんと言わせて欲しい。リディ──君を、私の妻として迎えたい」
───!!
片膝を地面に着きながら、私に向けて指輪を差し出したウィリアム。その姿を前に、私は驚きで瞳を見開くとその身を固めた。
広大な土地を有するイヴァナ帝国の中で、五家にしか与えられない侯爵という爵位。その中でも頂点に君臨するウィリアムが私に片膝を着くなど、とてもじゃないけれどこの光景が信じられない。
あまりの嬉しさと恐れ多さに感極まると、私は小さく身体を震わせながら涙を流した。
「っ……。ええ、喜んで……」
「この間から、なんだか君を泣かせてばかりいるね」
クスリと苦笑してみせたウィリアムは、私の手を取って丁寧に指輪を嵌めると、そっと優しくその手に口付けた。
「ごめんなさい……あまりに嬉しくて……っ」
震える声でそう伝えると、ゆっくりと立ち上がったウィリアムは私を優しく抱き寄せた。
「私の可愛いリディ──愛しているよ」
そう甘く囁いたウィリアムは、私を見つめて美しくも妖艶な微笑みを浮かべると、そのままゆっくりと顔を近付けた。唇から伝わる甘く痺れるような感覚と共に、瞬時に熱を持った私の身体は肌を粟立たせる。
生まれて初めての経験に戸惑いながらも、私は愛するウィリアムからの口付けを静かに受け入れると、その身体を小さく震わせた。
(ウィル……)
ほんの数秒で離れてしまった唇に名残惜しさを感じながらも、私はウィリアムを見上げてゆっくりと口を開いた。
「っ……私も、愛しています」
震える口元でそう告げると、私を見つめる瞳をゆっくりと細めたウィリアム。その姿はとても美しく魅惑的で、絡めとられた私は夢うつつにウィリアムを見つめ返した。
そんな私をそっと抱き寄せると、私の耳に聞こえない程の小さな声で何かを囁いたウィリアム。
「君は誰にも渡しはしないよ、リディ──」
妖しい光りを宿したウィリアムの瞳に気付かないまま、私はそっとウィリアムを抱きしめ返すとその温もりに酔いしれるのだった。
「リディ。疲れてはいないかい?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「随分と急な婚約になってしまったからね。準備を急がせてしまって申し訳ない」
「お気になさらないでください。ランカスター卿がお忙しい方なのは存じ上げていますから」
「本来なら、もっと早くに婚約を申し入れる予定でいたんだけどね……。思わぬ邪魔が入って、遅くなってしまった」
「……? あの……?」
呟くように言った言葉が聞き取れなくて首を傾げると、そんな私に気付いたウィリアムはニッコリと微笑んだ。
「……それよりリディ。あの頃のように、もう”ウィル”とは呼んではくれないのかな?」
「そんな……っ! 滅相もないですわ! あの頃は子供だったとはいえ、とんだご無礼を……っ」
「無礼なんかではないさ。愛する人には名前で呼んで欲しいものだよ。……それに、もう婚約しているのだから何の問題もないはずだよ」
「……っ!」
ふわりと優しく私の手を取ると、そっと口付けて薄く微笑んでみせたウィリアム。その仕草がやけに色っぽくて、ドキリと鼓動を跳ねさせた私は瞬時に顔を赤面させた。
(愛する、人……っ)
初めて告げられたその言葉に、嬉しさと恥ずかしさからトクトクと鼓動を早める私の心臓。
馬車に揺られる中、目の前に座ったウィリアムから真っ直ぐな瞳で射抜かれ、そのあまりにも情熱的な眼差しを前に視線を逸らすこともできない。有無を言わせぬ程の色気にあてられた私は、まるで操られるかのようにして震える唇をゆっくりと動かした。
「ウィル……」
ポツリと小さな声を零せば、妖しくも美しい口元に悠然と弧を描いてみせたウィリアム。
今にも飲み込まれてしまいそうな程の空気にコクリと小さく喉を鳴らすと、そんな私に気付いたウィリアムがクスリと声を漏らした。
「緊張しているの?」
「……っ!」
「相変わらず可愛いね、リディは」
そんなことを言われてしまえば、益々私の顔は赤面してしまう。
「可愛いリディをもっと見ていたいところだけど、どうやらもうそろそろ着くようだね」
繋いでいた手をゆっくりと離すと、窓の外を眺めてそう告げたウィリアム。どうやら、からかわれていたらしい。
名前を呼んだだけでこうも赤面してしまうとは、自分の子供っぽさが恥ずかしい。
(これでは、ウィルに見合う素敵な大人の女性になるにはまだまだ遠いわ……)
大人な余裕と気品溢れるウィリアムの横顔を眺めながら、私は人知れず小さく溜息を零すのだった。
──────
────
「気に入ってくれたかな?」
清々しい緑の匂いと美しい花々の香りがそよぐ中、呆然と立ち竦んだ私はその瞳を小さく揺らした。
その視界に映るのは、手入れの行き届いた美しい庭園を背景にしながらも、決してその美しさに劣ることのない美貌のウィリアム。
「これを……っ、私に……?」
「少し遅くなってしまったけれど、昨日やっと届いてね。今日はどうしてもこれをリディに渡したかったんだ」
そう言って片膝を着いたウィリアムは、私を見上げると優しく微笑んだ。その手には、精巧なカットを施されて光り輝く高価なダイアの指輪を持っている。
「改めてちゃんと言わせて欲しい。リディ──君を、私の妻として迎えたい」
───!!
片膝を地面に着きながら、私に向けて指輪を差し出したウィリアム。その姿を前に、私は驚きで瞳を見開くとその身を固めた。
広大な土地を有するイヴァナ帝国の中で、五家にしか与えられない侯爵という爵位。その中でも頂点に君臨するウィリアムが私に片膝を着くなど、とてもじゃないけれどこの光景が信じられない。
あまりの嬉しさと恐れ多さに感極まると、私は小さく身体を震わせながら涙を流した。
「っ……。ええ、喜んで……」
「この間から、なんだか君を泣かせてばかりいるね」
クスリと苦笑してみせたウィリアムは、私の手を取って丁寧に指輪を嵌めると、そっと優しくその手に口付けた。
「ごめんなさい……あまりに嬉しくて……っ」
震える声でそう伝えると、ゆっくりと立ち上がったウィリアムは私を優しく抱き寄せた。
「私の可愛いリディ──愛しているよ」
そう甘く囁いたウィリアムは、私を見つめて美しくも妖艶な微笑みを浮かべると、そのままゆっくりと顔を近付けた。唇から伝わる甘く痺れるような感覚と共に、瞬時に熱を持った私の身体は肌を粟立たせる。
生まれて初めての経験に戸惑いながらも、私は愛するウィリアムからの口付けを静かに受け入れると、その身体を小さく震わせた。
(ウィル……)
ほんの数秒で離れてしまった唇に名残惜しさを感じながらも、私はウィリアムを見上げてゆっくりと口を開いた。
「っ……私も、愛しています」
震える口元でそう告げると、私を見つめる瞳をゆっくりと細めたウィリアム。その姿はとても美しく魅惑的で、絡めとられた私は夢うつつにウィリアムを見つめ返した。
そんな私をそっと抱き寄せると、私の耳に聞こえない程の小さな声で何かを囁いたウィリアム。
「君は誰にも渡しはしないよ、リディ──」
妖しい光りを宿したウィリアムの瞳に気付かないまま、私はそっとウィリアムを抱きしめ返すとその温もりに酔いしれるのだった。
0
お気に入りに追加
13
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい
hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。
柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。
そして…
柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。


あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

歪んだ恋にさようなら
木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。
小説家になろう様にも投稿しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる