このインモラルで狂った愛を〜私と貴方の愛の手記〜

邪神 白猫

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不穏な事件

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◆◆◆



「リディ。疲れてはいないかい?」

「ええ、大丈夫ですわ」

「随分と急な婚約になってしまったからね。準備を急がせてしまって申し訳ない」

「お気になさらないでください。ランカスター卿がお忙しい方なのは存じ上げていますから」

「本来なら、もっと早くに婚約を申し入れる予定でいたんだけどね……。思わぬ邪魔が入って、遅くなってしまった」

「……? あの……?」


 呟くように言った言葉が聞き取れなくて首を傾げると、そんな私に気付いたウィリアムはニッコリと微笑んだ。


「……それよりリディ。あの頃のように、もう”ウィル”とは呼んではくれないのかな?」

「そんな……っ! 滅相もないですわ! あの頃は子供だったとはいえ、とんだご無礼を……っ」

「無礼なんかではないさ。愛する人には名前で呼んで欲しいものだよ。……それに、もう婚約しているのだから何の問題もないはずだよ」

「……っ!」


 ふわりと優しく私の手を取ると、そっと口付けて薄く微笑んでみせたウィリアム。その仕草がやけに色っぽくて、ドキリと鼓動を跳ねさせた私は瞬時に顔を赤面させた。


(愛する、人……っ)


 初めて告げられたその言葉に、嬉しさと恥ずかしさからトクトクと鼓動を早める私の心臓。
 馬車に揺られる中、目の前に座ったウィリアムから真っ直ぐな瞳で射抜かれ、そのあまりにも情熱的な眼差しを前に視線を逸らすこともできない。有無を言わせぬ程の色気にあてられた私は、まるで操られるかのようにして震える唇をゆっくりと動かした。


「ウィル……」


 ポツリと小さな声を零せば、妖しくも美しい口元に悠然と弧を描いてみせたウィリアム。
 今にも飲み込まれてしまいそうな程の空気にコクリと小さく喉を鳴らすと、そんな私に気付いたウィリアムがクスリと声を漏らした。


「緊張しているの?」

「……っ!」

「相変わらず可愛いね、リディは」


 そんなことを言われてしまえば、益々私の顔は赤面してしまう。


「可愛いリディをもっと見ていたいところだけど、どうやらもうそろそろ着くようだね」


 繋いでいた手をゆっくりと離すと、窓の外を眺めてそう告げたウィリアム。どうやら、からかわれていたらしい。
 名前を呼んだだけでこうも赤面してしまうとは、自分の子供っぽさが恥ずかしい。


(これでは、ウィルに見合う素敵な大人の女性になるにはまだまだ遠いわ……)


 大人な余裕と気品溢れるウィリアムの横顔を眺めながら、私は人知れず小さく溜息を零すのだった。
 


──────


────



「気に入ってくれたかな?」


 清々しい緑の匂いと美しい花々の香りがそよぐ中、呆然と立ち竦んだ私はその瞳を小さく揺らした。
 その視界に映るのは、手入れの行き届いた美しい庭園を背景にしながらも、決してその美しさに劣ることのない美貌のウィリアム。


「これを……っ、私に……?」

「少し遅くなってしまったけれど、昨日やっと届いてね。今日はどうしてもこれをリディに渡したかったんだ」


 そう言って片膝を着いたウィリアムは、私を見上げると優しく微笑んだ。その手には、精巧なカットを施されて光り輝く高価なダイアの指輪を持っている。


「改めてちゃんと言わせて欲しい。リディ──君を、私の妻として迎えたい」


 ───!!


 片膝を地面に着きながら、私に向けて指輪を差し出したウィリアム。その姿を前に、私は驚きで瞳を見開くとその身を固めた。

 広大な土地を有するイヴァナ帝国の中で、五家にしか与えられない侯爵という爵位。その中でも頂点に君臨するウィリアムが私に片膝を着くなど、とてもじゃないけれどこの光景が信じられない。
 あまりの嬉しさと恐れ多さに感極まると、私は小さく身体を震わせながら涙を流した。


「っ……。ええ、喜んで……」

「この間から、なんだか君を泣かせてばかりいるね」


 クスリと苦笑してみせたウィリアムは、私の手を取って丁寧に指輪を嵌めると、そっと優しくその手に口付けた。


「ごめんなさい……あまりに嬉しくて……っ」


 震える声でそう伝えると、ゆっくりと立ち上がったウィリアムは私を優しく抱き寄せた。


「私の可愛いリディ──愛しているよ」


 そう甘く囁いたウィリアムは、私を見つめて美しくも妖艶な微笑みを浮かべると、そのままゆっくりと顔を近付けた。唇から伝わる甘く痺れるような感覚と共に、瞬時に熱を持った私の身体は肌を粟立あわだたせる。
 生まれて初めての経験に戸惑いながらも、私は愛するウィリアムからの口付けを静かに受け入れると、その身体を小さく震わせた。


(ウィル……)


 ほんの数秒で離れてしまった唇に名残惜しさを感じながらも、私はウィリアムを見上げてゆっくりと口を開いた。
 

「っ……私も、愛しています」


 震える口元でそう告げると、私を見つめる瞳をゆっくりと細めたウィリアム。その姿はとても美しく魅惑的で、絡めとられた私は夢うつつにウィリアムを見つめ返した。
 そんな私をそっと抱き寄せると、私の耳に聞こえない程の小さな声で何かを囁いたウィリアム。


「君は誰にも渡しはしないよ、リディ──」


 妖しい光りを宿したウィリアムの瞳に気付かないまま、私はそっとウィリアムを抱きしめ返すとその温もりに酔いしれるのだった。


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