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不穏な事件
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◆◆◆
「こちらなんていかがでしょうか? 本日入荷したばかりの、一品ものでございます」
「まあ……! 素敵っ!」
「いいえ! こちらの方がお嬢様にお似合いになりますわ!」
「でも、こちらのイヤリングの方がリディには似合うと思うわ。……リディ、あなたはどう思う?」
あれでもないこれでもないと楽しそうに瞳を輝かせながら、私以上に嬉しそうな顔をさせている母や侍女達。そんな姿を見てクスリと微笑んだ私は、母の掌の上にあるハート型にカットされたダイアのイヤリングを指差した。
「私は、こちらのデザインが素敵だと思いますわ」
「──! リディもそう言っていることですし、イヤリングはこちらにしましょう!」
とても嬉しそうな笑顔を浮かべる母に反して、選ばれなかったイヤリングを掲げたままガックリと肩を落とした侍女達。そんな彼女達には悪いことをしてしまったと思いながらも、再び瞳を輝かせると宝石選びを再会し始めた姿を見て、私はクスリと小さく声を漏らした。
ウィリアムとの婚約が決まってからというもの、私はこうして毎日慌ただしい日々を過ごしている。十六を迎えてすぐに挙式を挙げる予定でいる為、急いでドレスや宝石やらを揃えなければならなかったのだ。
毎日のように屋敷には職人や宝石商やらが訪れ、まるで着せ替え人形かのように次々と身につけさせられてゆく。そんな毎日に多少の疲れを感じながらも、私の心はとても穏やかだった。
あんなに恋焦がれていたウィリアムとの婚約が決まったのだから、当然といえば当然のこと。未だに信じられないような夢見心地の中、私は鏡越しに映った自分の姿を見つめながら笑みを零した。
「……リディ。本当に良かったわね。幸せになるのよ」
「ええ、お母様……。ありがとう」
私を優しく抱きしめてくれる母の身体にそっと腕を回すと、その気持ちに応えるかのようにしてキュッと抱きしめ返す。
そんな私達の姿を見て、目尻に涙を浮かべる侍女達。その空気になんだか少し照れ臭くなってしまった私は、赤く染まった頬を隠すかのようにして母の肩に顔を埋めた。
(本当に、信じられないわ……)
悲しみに明け暮れた日々を懐かしく思いながらも、幸福を噛み締めて満ちた足りた笑みを浮かべる。
貴族の娘であれば当然とも言えるけれど、恋愛結婚をする者の方が少ない中、私はこうして愛する人と結ばれることができるのだ。
そんな奇跡とも呼べる状況に、感謝しないわけがない。
───コンコン
「お嬢様。ランカスター卿がおいでになられています」
背後から聞こえてきた声にゆっくりと母から離れると、静かに後ろを振り返った私は扉に向かって声を上げた。
「ありがとう、今行くわ」
「いえ、それが……。今、こちらにおいでになられているのです」
───!
扉越しに返ってきた言葉にピクリと肩を揺らすと、私は部屋の一角にある柱時計をチラリと確認した。
事前にウィリアムが来ることは知らされてはいたものの、私室にまでわざわざ足を運んで来るとは思ってもみなかった。そもそも、その約束の時間にすらまだなっていない。
(約束の時間まで、まだ半刻は先だけれど……。何か急用でもあるのかしら?)
改めて扉の方へと視線を送ると、私は再び口を開いた。
「わかったわ、お通しして」
その言葉を受けて、カチャリと静かな音を立てて開かれた目の前の扉。私はコクリと小さく喉を鳴らすと、そこから現れたウィリアムに向かって口を開いた。
「ようこそおいで下さいました、ランカスター卿」
「やあ、私の美しい花嫁──リディ」
私の手を取りそっとキスをしたウィリアムは、その顔を上げると眩しそうに瞳を細めた。
「リディに会えると思うと、待ちきれなくて少しばかり早く来てしまったよ。……迷惑だったかな?」
「い、いいえ……。迷惑だなんて、そんなことは……っ」
恥ずかしさにほんのりと赤く頬を染めると、目の前にいるウィリアムから視線を逸らして少しだけ俯く。
あの日以来、こうして顔を合わせるのは初めてということもあって、なんだか余計に照れてしまう。そんな私とは対照的に、常に余裕ある態度のウィリアム。
彼からしたら、きっと私など未だに子供にしか見えていないのかもしれない。
「ごきげんよう、ランカスター卿。ようこそおいでくださいました」
「ごきげんよう、ウィンチェスター伯爵夫人。……少し、リディをお借りしても?」
「ええ、勿論ですわ。リディも、今日はランカスター卿がお見えになられると朝から楽しみにしていましたのよ」
「お、お母様……っ!」
母の言葉に慌てて口を挟むと、そんな私を見てクスリと微笑んだウィリアム。
「リディも私と同じ気持ちでいてくれたようで嬉しいよ。……今日は少し、街に出ようかと思うんだ」
「街に……?」
「ああ、たまには外でゆっくりとしようかと思ってね。……街へ行くのは嫌かな?」
「いいえ……! 是非ともご一緒させてください!」
ウィリアムからの提案に満面の笑顔で答えると、満足そうに微笑んだウィリアムはその視線を母へと移した。
「では、夕刻までには送り届けます」
「ええ、リディを頼みますわ。お気をつけて」
「では行こうか、リディ」
「ええ。……お母様、私はここで失礼します」
「ええ、楽しんでらっしゃい」
柔和な微笑みを浮かべる母にそう告げると、ウィリアムから差し出された手にそっと自分の手を重ねた私は、そのままウィリアムに促されるようにして私室を後にしたのだった。
「こちらなんていかがでしょうか? 本日入荷したばかりの、一品ものでございます」
「まあ……! 素敵っ!」
「いいえ! こちらの方がお嬢様にお似合いになりますわ!」
「でも、こちらのイヤリングの方がリディには似合うと思うわ。……リディ、あなたはどう思う?」
あれでもないこれでもないと楽しそうに瞳を輝かせながら、私以上に嬉しそうな顔をさせている母や侍女達。そんな姿を見てクスリと微笑んだ私は、母の掌の上にあるハート型にカットされたダイアのイヤリングを指差した。
「私は、こちらのデザインが素敵だと思いますわ」
「──! リディもそう言っていることですし、イヤリングはこちらにしましょう!」
とても嬉しそうな笑顔を浮かべる母に反して、選ばれなかったイヤリングを掲げたままガックリと肩を落とした侍女達。そんな彼女達には悪いことをしてしまったと思いながらも、再び瞳を輝かせると宝石選びを再会し始めた姿を見て、私はクスリと小さく声を漏らした。
ウィリアムとの婚約が決まってからというもの、私はこうして毎日慌ただしい日々を過ごしている。十六を迎えてすぐに挙式を挙げる予定でいる為、急いでドレスや宝石やらを揃えなければならなかったのだ。
毎日のように屋敷には職人や宝石商やらが訪れ、まるで着せ替え人形かのように次々と身につけさせられてゆく。そんな毎日に多少の疲れを感じながらも、私の心はとても穏やかだった。
あんなに恋焦がれていたウィリアムとの婚約が決まったのだから、当然といえば当然のこと。未だに信じられないような夢見心地の中、私は鏡越しに映った自分の姿を見つめながら笑みを零した。
「……リディ。本当に良かったわね。幸せになるのよ」
「ええ、お母様……。ありがとう」
私を優しく抱きしめてくれる母の身体にそっと腕を回すと、その気持ちに応えるかのようにしてキュッと抱きしめ返す。
そんな私達の姿を見て、目尻に涙を浮かべる侍女達。その空気になんだか少し照れ臭くなってしまった私は、赤く染まった頬を隠すかのようにして母の肩に顔を埋めた。
(本当に、信じられないわ……)
悲しみに明け暮れた日々を懐かしく思いながらも、幸福を噛み締めて満ちた足りた笑みを浮かべる。
貴族の娘であれば当然とも言えるけれど、恋愛結婚をする者の方が少ない中、私はこうして愛する人と結ばれることができるのだ。
そんな奇跡とも呼べる状況に、感謝しないわけがない。
───コンコン
「お嬢様。ランカスター卿がおいでになられています」
背後から聞こえてきた声にゆっくりと母から離れると、静かに後ろを振り返った私は扉に向かって声を上げた。
「ありがとう、今行くわ」
「いえ、それが……。今、こちらにおいでになられているのです」
───!
扉越しに返ってきた言葉にピクリと肩を揺らすと、私は部屋の一角にある柱時計をチラリと確認した。
事前にウィリアムが来ることは知らされてはいたものの、私室にまでわざわざ足を運んで来るとは思ってもみなかった。そもそも、その約束の時間にすらまだなっていない。
(約束の時間まで、まだ半刻は先だけれど……。何か急用でもあるのかしら?)
改めて扉の方へと視線を送ると、私は再び口を開いた。
「わかったわ、お通しして」
その言葉を受けて、カチャリと静かな音を立てて開かれた目の前の扉。私はコクリと小さく喉を鳴らすと、そこから現れたウィリアムに向かって口を開いた。
「ようこそおいで下さいました、ランカスター卿」
「やあ、私の美しい花嫁──リディ」
私の手を取りそっとキスをしたウィリアムは、その顔を上げると眩しそうに瞳を細めた。
「リディに会えると思うと、待ちきれなくて少しばかり早く来てしまったよ。……迷惑だったかな?」
「い、いいえ……。迷惑だなんて、そんなことは……っ」
恥ずかしさにほんのりと赤く頬を染めると、目の前にいるウィリアムから視線を逸らして少しだけ俯く。
あの日以来、こうして顔を合わせるのは初めてということもあって、なんだか余計に照れてしまう。そんな私とは対照的に、常に余裕ある態度のウィリアム。
彼からしたら、きっと私など未だに子供にしか見えていないのかもしれない。
「ごきげんよう、ランカスター卿。ようこそおいでくださいました」
「ごきげんよう、ウィンチェスター伯爵夫人。……少し、リディをお借りしても?」
「ええ、勿論ですわ。リディも、今日はランカスター卿がお見えになられると朝から楽しみにしていましたのよ」
「お、お母様……っ!」
母の言葉に慌てて口を挟むと、そんな私を見てクスリと微笑んだウィリアム。
「リディも私と同じ気持ちでいてくれたようで嬉しいよ。……今日は少し、街に出ようかと思うんだ」
「街に……?」
「ああ、たまには外でゆっくりとしようかと思ってね。……街へ行くのは嫌かな?」
「いいえ……! 是非ともご一緒させてください!」
ウィリアムからの提案に満面の笑顔で答えると、満足そうに微笑んだウィリアムはその視線を母へと移した。
「では、夕刻までには送り届けます」
「ええ、リディを頼みますわ。お気をつけて」
「では行こうか、リディ」
「ええ。……お母様、私はここで失礼します」
「ええ、楽しんでらっしゃい」
柔和な微笑みを浮かべる母にそう告げると、ウィリアムから差し出された手にそっと自分の手を重ねた私は、そのままウィリアムに促されるようにして私室を後にしたのだった。
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