このインモラルで狂った愛を〜私と貴方の愛の手記〜

邪神 白猫

文字の大きさ
上 下
12 / 13
不穏な事件

しおりを挟む
◆◆◆



「こちらなんていかがでしょうか? 本日入荷したばかりの、一品ものでございます」

「まあ……! 素敵っ!」

「いいえ! こちらの方がお嬢様にお似合いになりますわ!」

「でも、こちらのイヤリングの方がリディには似合うと思うわ。……リディ、あなたはどう思う?」


 あれでもないこれでもないと楽しそうに瞳を輝かせながら、私以上に嬉しそうな顔をさせている母や侍女達。そんな姿を見てクスリと微笑んだ私は、母の掌の上にあるハート型にカットされたダイアのイヤリングを指差した。


「私は、こちらのデザインが素敵だと思いますわ」

「──! リディもそう言っていることですし、イヤリングはこちらにしましょう!」
 

 とても嬉しそうな笑顔を浮かべる母に反して、選ばれなかったイヤリングを掲げたままガックリと肩を落とした侍女達。そんな彼女達には悪いことをしてしまったと思いながらも、再び瞳を輝かせると宝石選びを再会し始めた姿を見て、私はクスリと小さく声を漏らした。

 ウィリアムとの婚約が決まってからというもの、私はこうして毎日慌ただしい日々を過ごしている。十六を迎えてすぐに挙式を挙げる予定でいる為、急いでドレスや宝石やらを揃えなければならなかったのだ。
 毎日のように屋敷には職人や宝石商やらが訪れ、まるで着せ替え人形かのように次々と身につけさせられてゆく。そんな毎日に多少の疲れを感じながらも、私の心はとても穏やかだった。

 あんなに恋焦がれていたウィリアムとの婚約が決まったのだから、当然といえば当然のこと。未だに信じられないような夢見心地の中、私は鏡越しに映った自分の姿を見つめながら笑みを零した。


「……リディ。本当に良かったわね。幸せになるのよ」

「ええ、お母様……。ありがとう」


 私を優しく抱きしめてくれる母の身体にそっと腕を回すと、その気持ちに応えるかのようにしてキュッと抱きしめ返す。
 そんな私達の姿を見て、目尻に涙を浮かべる侍女達。その空気になんだか少し照れ臭くなってしまった私は、赤く染まった頬を隠すかのようにして母の肩に顔をうずめた。


(本当に、信じられないわ……)


 悲しみに明け暮れた日々を懐かしく思いながらも、幸福を噛み締めて満ちた足りた笑みを浮かべる。

 貴族の娘であれば当然とも言えるけれど、恋愛結婚をする者の方が少ない中、私はこうして愛する人と結ばれることができるのだ。
 そんな奇跡とも呼べる状況に、感謝しないわけがない。


 ───コンコン


「お嬢様。ランカスター卿がおいでになられています」


 背後から聞こえてきた声にゆっくりと母から離れると、静かに後ろを振り返った私は扉に向かって声を上げた。


「ありがとう、今行くわ」

「いえ、それが……。今、こちらにおいでになられているのです」


 ───!


 扉越しに返ってきた言葉にピクリと肩を揺らすと、私は部屋の一角にある柱時計をチラリと確認した。
 事前にウィリアムが来ることは知らされてはいたものの、私室にまでわざわざ足を運んで来るとは思ってもみなかった。そもそも、その約束の時間にすらまだなっていない。
 

(約束の時間まで、まだ半刻は先だけれど……。何か急用でもあるのかしら?)


 改めて扉の方へと視線を送ると、私は再び口を開いた。


「わかったわ、お通しして」


 その言葉を受けて、カチャリと静かな音を立てて開かれた目の前の扉。私はコクリと小さく喉を鳴らすと、そこから現れたウィリアムに向かって口を開いた。


「ようこそおいで下さいました、ランカスター卿」
 
「やあ、私の美しい花嫁──リディ」


 私の手を取りそっとキスをしたウィリアムは、その顔を上げると眩しそうに瞳を細めた。


「リディに会えると思うと、待ちきれなくて少しばかり早く来てしまったよ。……迷惑だったかな?」

「い、いいえ……。迷惑だなんて、そんなことは……っ」


 恥ずかしさにほんのりと赤く頬を染めると、目の前にいるウィリアムから視線を逸らして少しだけ俯く。

 あの日以来、こうして顔を合わせるのは初めてということもあって、なんだか余計に照れてしまう。そんな私とは対照的に、常に余裕ある態度のウィリアム。
 彼からしたら、きっと私など未だに子供にしか見えていないのかもしれない。


「ごきげんよう、ランカスター卿。ようこそおいでくださいました」

「ごきげんよう、ウィンチェスター伯爵夫人。……少し、リディをお借りしても?」

「ええ、勿論ですわ。リディも、今日はランカスター卿がお見えになられると朝から楽しみにしていましたのよ」

「お、お母様……っ!」

 
 母の言葉に慌てて口を挟むと、そんな私を見てクスリと微笑んだウィリアム。


「リディも私と同じ気持ちでいてくれたようで嬉しいよ。……今日は少し、街に出ようかと思うんだ」

「街に……?」

「ああ、たまには外でゆっくりとしようかと思ってね。……街へ行くのは嫌かな?」

「いいえ……! 是非ともご一緒させてください!」


 ウィリアムからの提案に満面の笑顔で答えると、満足そうに微笑んだウィリアムはその視線を母へと移した。


「では、夕刻までには送り届けます」

「ええ、リディを頼みますわ。お気をつけて」

「では行こうか、リディ」

「ええ。……お母様、私はここで失礼します」

「ええ、楽しんでらっしゃい」


 柔和にゅうわな微笑みを浮かべる母にそう告げると、ウィリアムから差し出された手にそっと自分の手を重ねた私は、そのままウィリアムに促されるようにして私室を後にしたのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい

hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。 柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。 そして… 柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

歪んだ恋にさようなら

木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。 小説家になろう様にも投稿しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

処理中です...