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予期せぬ婚約
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しおりを挟む───コンコン
「ウィンチェスター卿がおいでになられました」
傍に控えていた使用人が中に向かって声をかけると、静かに開かれてゆく目の前の扉。その先に見えてきた人物の姿を捉えて僅かに瞳を細めると、私は懐かしさと喜びから目頭を熱くさせた。
窓から溢れる陽射しに照らされて輝く白銀の髪をサラリと靡かせると、こちらに向けてゆっくりと振り返ったウィリアム。その姿は相変わらずの美しさで、思わず息を呑んだ私はその場に立ち尽くしてしまった。
「これはこれは、ランカスター卿! 随分とお久しぶりで! 元気にされていましたか?」
「お久しぶりです、ウィンチェスター卿。この通り、変わらず元気に過ごしています」
「それは良かった! さあさあ、どうぞこちらにお掛け下さい。……リディアナ。そんなところに突っ立っていないで、お前もこちらに座りなさい」
嬉しそうな笑顔でウィリアムをソファへと案内すると、扉の前で立ち尽くしている私に向けて声を掛けた父。そんな父の声でハッと我に返った私は、急いでソファへと近付くとウィリアムに向けて挨拶をした。
「……お久しぶりです、ランカスター卿」
気不味さからどこか伏せ目がちの瞳でウィリアムの様子を伺うと、そんな私の態度を気にするでもなく柔和な微笑みを浮かべたウィリアム。そっと私の手を取ると、そのまま優しく口付ける。
その姿は相変わらずの優雅さで、触れ合う素肌からウィリアムの体温を感じ取ると、ドキリと鼓動を跳ねさせた私の頬はほんのりと赤く色付いた。
「久しぶりだね、リディ。……とても美しく成長していて驚いたよ」
「っ、……そ、そんなことありませんわっ!」
恥ずかしさからパッと繋がれたままの手を離すと、クスリと声を漏らしたウィリアムは何事もなかったかのようにソファへと腰を下ろした。
不作法だったかと少しばかり後悔しながらも父の隣りに腰を下ろすと、私はその視線をゆっくりと上げるとウィリアムの様子を伺った。
───!!
真っ直ぐに私を見つめるウィリアムの瞳に射抜かれ、その視線に耐えきれなくなった私は再び視線を落とした。それでもなお感じるウィリアムからの視線に、トクトクと高鳴り始めた私の心臓。このままでは、窒息して今にも倒れてしまいそうだ。
前方から感じる視線にキュッと固く両手を握りしめると、そんな私の隣にいる父がおもむろに口を開いた。
「それで、今日はどの様なご用でこちらへ……?」
「手紙を出したのですが……やはり届いてはいなかったようですね」
「……? 手紙ですか? そのようなものは届いておりませんが……」
「きっと、何か良からぬ者が動いたのでしょうね……」
「良からぬ者とは、一体……」
「……いえ、こちらの話しです。邪魔されることもなくこうして直接お会いすることができたので、もうそのことはよいのです」
「……?」
意味の分からない会話を繰り広げているウィリアムに困惑すると、チラリと隣りにいる父の様子を伺ってみる。すると、何のことやらさっぱり分からないといった表情をさせている父。
どうやら、私と同じくウィリアムの言っていることを理解していないらしい。
その答えを求めるかのようにしてウィリアムの方へと視線を移すと、そんな私を見て優しく微笑んだウィリアム。再びその視線を父へと戻すと、薄く笑みを纏ったままのウィリアムはその口を開いた。
「今日は、リディに結婚の申し入れをしたく参りました」
───!!
「なんと……っ! それは本当ですか!?」
「ええ、勿論です。ですが、噂によると既に沢山の申し入れがきているとか……。もしや、既にどなたかにお決めになられているのでは?」
「いえいえ! 滅相もございません! ランカスター卿に見初められるとは、リディアナもさぞや嬉しいことでしょう! ……そうであろう? リディアナ」
「……え、ええ……お父様……っ」
信じられない思いに瞳を見開くと、私は目の前にいるウィリアムの姿を呆然と見つめた。
(これは……夢ではないの? 本当に、ウィルが私を……っ?)
胸の奥から急激に迫り上がってきた強い感情に押し流されると、ついに耐えきれなくなった私の瞳からポタリと涙が零れた。溢れ出る涙を抑えようと懸命に拭うも、収まるどころか次から次へと溢れ出てくる。
そんな私に向けて綺麗な刺繍の施されたハンカチを差し出すと、まるで慈しむかのような瞳で私を見つめるウィリアム。
「リディの返事は、イエスと受け取っても?」
「っ……! ええ、勿論ですわ……っ」
涙を流しながらも小さくそう答えると、その様子を静かに隣りで見守っていた父は、慈愛に満ちた瞳で私を見つめるとその瞳を潤ませたのだった。
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