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予期せぬ婚約
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◆◆◆
あれから程なくしてデビュタント当日を迎えた私は、兄のエスコートで会場へと足を踏み入れると、驚きにその瞳を見開いた。
豪華絢爛な会場に驚いたのは勿論のこと、その会場に集まった人の多さに圧倒されたのだ。
このイヴァナ帝国は近隣諸国のどこよりも広い土地を誇り、その方々から今年十六になる貴族の娘達が集まってくるのだから、当然と言えば当然のこと。けれど、帝都にすら数える程しか来たことのない私にとって、これ程多くの貴族達を目の前にするのも初めてなのだから、驚くのも無理はなかった。
小さくコクリと唾を飲み込むと、繋いだ兄の手をキュッと握りしめる。
「大丈夫、緊張することはないよ」
「っ、……ええ。でも、皆が見ているわ……」
突き刺さるような視線に耐えきれずに少しだけ俯くと、そんな私を見てクスリと声を漏らした兄。
「皆が見ているのは、リディがあまりにも綺麗すぎるからだよ。……ほら、顔を上げて。せっかくのデビュタントなんだから、楽しまないと」
「ええ……」
私を気遣ってそう言ってくれる兄には申し訳ないけれど、この視線は恐らく私にではなく兄に向けられたものだろう。私とて、それくらいは分かっている。
社交界でも評判だという兄の容姿は、妹の私の目から見ても大変に美しく魅力的だと思う。そんな彼の姿を前にして、皆思わず見惚れてしまっているのだ。
その場にいるだけで人々を魅了してしまう人とは、本当にこの世に存在するのだ。例えばそれは、私の兄であったり……ウィリアムもまた、そうだった。
いや──彼はもしかすると、人ですらなかったのかもしれない。そう思ってしまう程に、恐ろしいまでの妖艶なる美貌の持ち主だった。
そんな懐かしくも美しいウィリアムの姿を思い浮かべると、私は俯いていた顔を上げると前へ向かって足を進めたのだった。
──────
────
「リディ、ダンスはもういいのかい?」
「ええ、少し休憩がしたくて……。お兄様こそ、踊りに行かなくてよろしいの?」
「ああ、今日はリディの付き添いだからね」
「そんなこと……。お兄様と踊りたがっている御令嬢だって、沢山いらっしゃると思うわ」
「そんなことはないさ」
兄はそう言うけれど、先程からチラチラとこちらの様子を伺っている御令嬢達が何人もいる。きっと、この機会に兄との交流を深めたいのに違いない。
けれど、私を気遣ってか側を離れようとしない兄に、皆話しかけるタイミングを失っているのだ。
「お兄様、私に気遣ってくれなくても大丈夫ですわ。気になる方がいらっしゃれば、どうぞダンスにお誘いになって」
「リディ……。そんなに俺がいると、邪魔なのかな?」
「──!? いいえ、そういう意味では……っ!」
慌てる私を見てクスリと微笑んだ兄は、私の髪飾りに手を触れるとそれを直した。
「今日は、いつにもまして美しいよ。こんなに綺麗なリディをエスコートできるだなんて、とても光栄だ」
そんな歯の浮くような台詞をサラリと言ってのけた兄に照れると、私はほんのりと赤く染まった頬を隠すかのようにして俯いた。
妹を気遣っての言葉とは分かってはいても、やはり褒め言葉を言われれば嬉しくないわけがない。そんな気遣いができる兄のことだから、御令嬢から人気があるのも納得というものだ。
「何だか少し、元気がないようだね。疲れたかい?」
「ええ、少し……」
そう言って小さく微笑み返してはみせたものの、少しというのは嘘だった。
デビュタントの形式的なダンスを終えると、それから休む間もなくダンスの誘いを受け続けたのだから、私の疲労は相当なものだった。
「……どうやら、少しというのは嘘のようだね。無理は良くないよ、リディ。もう宿に戻って休むかい?」
「ええ……。ごめんなさい、お兄様」
隠していても、やはり兄には見抜かれてしまったらしい。申し訳なく思いながら眉尻を下げると、そんな私を見た兄は優しく微笑んだ。
「謝ることはないさ。こんなにも美しく着飾った姿を見れなくなるのは残念だけど、リディの体調の方が大事だからね」
「お兄様……」
「さあ、もう宿に戻ろう。おいで、リディ」
差し出された手にそっと自分の手を重ねると、私はそのまま兄に促されるようにして会場を後にしたのだった。
あれから程なくしてデビュタント当日を迎えた私は、兄のエスコートで会場へと足を踏み入れると、驚きにその瞳を見開いた。
豪華絢爛な会場に驚いたのは勿論のこと、その会場に集まった人の多さに圧倒されたのだ。
このイヴァナ帝国は近隣諸国のどこよりも広い土地を誇り、その方々から今年十六になる貴族の娘達が集まってくるのだから、当然と言えば当然のこと。けれど、帝都にすら数える程しか来たことのない私にとって、これ程多くの貴族達を目の前にするのも初めてなのだから、驚くのも無理はなかった。
小さくコクリと唾を飲み込むと、繋いだ兄の手をキュッと握りしめる。
「大丈夫、緊張することはないよ」
「っ、……ええ。でも、皆が見ているわ……」
突き刺さるような視線に耐えきれずに少しだけ俯くと、そんな私を見てクスリと声を漏らした兄。
「皆が見ているのは、リディがあまりにも綺麗すぎるからだよ。……ほら、顔を上げて。せっかくのデビュタントなんだから、楽しまないと」
「ええ……」
私を気遣ってそう言ってくれる兄には申し訳ないけれど、この視線は恐らく私にではなく兄に向けられたものだろう。私とて、それくらいは分かっている。
社交界でも評判だという兄の容姿は、妹の私の目から見ても大変に美しく魅力的だと思う。そんな彼の姿を前にして、皆思わず見惚れてしまっているのだ。
その場にいるだけで人々を魅了してしまう人とは、本当にこの世に存在するのだ。例えばそれは、私の兄であったり……ウィリアムもまた、そうだった。
いや──彼はもしかすると、人ですらなかったのかもしれない。そう思ってしまう程に、恐ろしいまでの妖艶なる美貌の持ち主だった。
そんな懐かしくも美しいウィリアムの姿を思い浮かべると、私は俯いていた顔を上げると前へ向かって足を進めたのだった。
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「リディ、ダンスはもういいのかい?」
「ええ、少し休憩がしたくて……。お兄様こそ、踊りに行かなくてよろしいの?」
「ああ、今日はリディの付き添いだからね」
「そんなこと……。お兄様と踊りたがっている御令嬢だって、沢山いらっしゃると思うわ」
「そんなことはないさ」
兄はそう言うけれど、先程からチラチラとこちらの様子を伺っている御令嬢達が何人もいる。きっと、この機会に兄との交流を深めたいのに違いない。
けれど、私を気遣ってか側を離れようとしない兄に、皆話しかけるタイミングを失っているのだ。
「お兄様、私に気遣ってくれなくても大丈夫ですわ。気になる方がいらっしゃれば、どうぞダンスにお誘いになって」
「リディ……。そんなに俺がいると、邪魔なのかな?」
「──!? いいえ、そういう意味では……っ!」
慌てる私を見てクスリと微笑んだ兄は、私の髪飾りに手を触れるとそれを直した。
「今日は、いつにもまして美しいよ。こんなに綺麗なリディをエスコートできるだなんて、とても光栄だ」
そんな歯の浮くような台詞をサラリと言ってのけた兄に照れると、私はほんのりと赤く染まった頬を隠すかのようにして俯いた。
妹を気遣っての言葉とは分かってはいても、やはり褒め言葉を言われれば嬉しくないわけがない。そんな気遣いができる兄のことだから、御令嬢から人気があるのも納得というものだ。
「何だか少し、元気がないようだね。疲れたかい?」
「ええ、少し……」
そう言って小さく微笑み返してはみせたものの、少しというのは嘘だった。
デビュタントの形式的なダンスを終えると、それから休む間もなくダンスの誘いを受け続けたのだから、私の疲労は相当なものだった。
「……どうやら、少しというのは嘘のようだね。無理は良くないよ、リディ。もう宿に戻って休むかい?」
「ええ……。ごめんなさい、お兄様」
隠していても、やはり兄には見抜かれてしまったらしい。申し訳なく思いながら眉尻を下げると、そんな私を見た兄は優しく微笑んだ。
「謝ることはないさ。こんなにも美しく着飾った姿を見れなくなるのは残念だけど、リディの体調の方が大事だからね」
「お兄様……」
「さあ、もう宿に戻ろう。おいで、リディ」
差し出された手にそっと自分の手を重ねると、私はそのまま兄に促されるようにして会場を後にしたのだった。
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