このインモラルで狂った愛を〜私と貴方の愛の手記〜

邪神 白猫

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別れは突然に

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◆◆◆



「リディ。昨日もウィルの屋敷に行っていたと聞いたよ」


 夕食を食べ進めていた手を止めると、私は声の主である兄の方へと視線を向けた。
 私と同じプラチナブロンドの髪を持つ彼は、その特性の多くを母から譲り受けてはいるものの、その面差しは父親譲りで精悍せいかんな顔つきをしている。その風貌は御令嬢からも大層な人気のようで、その噂は妹である私の耳にも届いていた。

 同じ両親の元で生まれ育ったというのに、特に何の才にも秀でていない私とは違って、社交的で人望もある兄。そんな兄は私の自慢でもあったが、それと同時にコンプレックスでもあり、元々ない自信を更に私から奪っていた。
 優しい両親や兄はそんなこと少しも気にはしていなかったけれど、優秀な兄やウィリアムを間近で見て育ってきた私にとって、それだけ彼らの存在と影響力は大きなものだった。


「ええ……午後に少し、お邪魔していたわ」

「あまり行くものではないよ。ウィルは忙しいんだ、邪魔しちゃ悪い」

「わかっているわ……」


 とがめられた言葉に小さく俯くと、ツキリと痛む胸にそっと蓋をする。
 
 二年前に流行り病で両親を亡くしたウィリアムは、よわい二十歳にして家督を継ぐと、その領地を広げることに成功したばかりか、皇帝直属の護衛騎士団長としての優秀な功績も収めた。
 そんなウィリアムが少しでも休めるようにと、そう思う気持ちがあるのは私とて変わりはない。だが、兄がとがめている理由は、恐らくそんな理由からではない。

 まだ十二になったばかりとはいえ伯爵家の令嬢である私が、婚約者でもない立派な大人であるウィリアムと個人的な交流を重ねるなど、世間体が良くないと言いたいのだ。
 万が一にでも変な噂でも立とうものなら、それは両家にとってマイナスにしかならない。特に、女性である私が傷モノだと噂をされれば、例えそれが真実ではなくとも、まともな婚姻などできなくなるだろう。
 兄は、それを危惧しているのだ。


「リディアナ。お前の気持ちもわかるが、ユリウスの言う通りだ。少し控えなさい」

「っ、……はい、お父様」


 改めて父にそう釘を刺されると、私は止めていた手を動かすと食事を口へと運んだ。けれど、乾ききった喉では上手く食事を飲み込むことができない。

 いずれ失われる時間だと分かってはいたものの、せめてウィリアムが婚約を発表する時が来るまではと──そう思っていた私の考えは甘かったのだ。
 早く大人として対等に向き合えるようになりたいと思う私の気持ちとは裏腹に、大人になるにつれてその距離の遠さに現実を突き付けられる。
 せめて、ウィリアムに見初められる程の秀でた容姿を私が持っていれば──。婚約者として、あるいはウィリアムの隣に立つこともできたのかもしれない。

 そんな非現実的な考えを思い浮かべながら、父と兄が話す会話に耳を傾ける。


「まぁ、そんなに心配することもないさ。いよいよ、アルフレッド皇子の出立の日取りが決まったんだ。三週間後らしいよ」

「そうか! いよいよ、隣国との貿易が本格的に始動するわけだな。これでこの国も、もっと豊かになるぞ」

「その護衛に、ウィルを推薦しておいたよ。きっと、数年は帰ってこないだろうからね。これでリディも、余計な噂が立つ心配もないよ」


 ───!?


 兄の発した言葉にビクリと肩を跳ねさせると、私は驚きに身を固めた。

 父と兄が話している隣国との貿易とは、確か以前聞いた話によれば、このイヴァナ帝国とハインスク公国との友好を固く結びつけるのにとても重要なものだとか。そしてそれは、互いの領地に面した平地を開拓することで貿易を可能にするとかで、その場所はここより五十キロ程離れた帝都の、更に百キロ南下した場所にあると聞いている。
 それにウィリアムが護衛として行くのだとすれば、もう今までのようには確実に会えなくなってしまうのだ。

 思いもよらない突然の別れに、私は愕然とすると小さく震えた。
 わかってはいた。わかってはいたのだ──いつか別れが来ることは。けれど、こんな形での別れを想定していなかった私にとって、それはあまりにも衝撃的な話しだった。


「お兄様……。三週間後に、ウィルはここを出ていかれるの?」

「そうだね。その前に、ちゃんとお別れを言っておいで」

「っ……。……ええ、わかったわ」


 兄の言葉に小さく頷いた私は、自分の手元に視線を落とすと涙を堪えた。
 これはきっと、いい機会だったのだ。いずれ来る別れなら早い方がいい。この想いが熟しきってしまってからでは、ウィリアムへの想いを断ち切ることも難しくなってしまうのだ。
 そう自分に言い聞かせながらそっと瞼を閉じると、堪えきれなくなった涙が一雫、私の頬を伝ってポタリと落ちた。


「リディアナ……。辛いのはわかるが、仕方がないことなんだ」

「そうよ、リディ。ランカスター卿の前では涙を見せてはダメよ、心配なさるわ。……笑顔で送り出してらっしゃい」

「はい……っ、お父様、お母様」


 心配そうな顔を見せる父と母に向けて小さく微笑むと、それに安心したかのように優しい笑顔を返してくれる二人。そんな両親の優しさに感謝しながら涙を拭うと、私は今一度ウィリアムへの想いを断ち切る覚悟をする。

 こんな事になってから今更自覚するとは、自分自身が本当に情けない。この想いは、確かにウィリアムへの恋心だったのだ──。

 そう自覚したと同時に断ち切らなけばならないとは、なんて残酷な仕打ちを神はお与えになるのだろうか。乗り越えられない試練はないと言うならば、きっとこの想いもいつか淡い思い出となるのだろう。今は辛くとも、きっといつかは笑える日が来る。
 そう自分に言い聞かせると、私はその想いに無理矢理蓋をしたのだった。





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