2 / 13
実ってゆく恋心
1
しおりを挟む
◆◆◆
広大に広がる美しい緑の庭園を抜けると、ゆっくりとスピードを落とした馬車は動きを止めた。
———カチャリ
小さな音を立てて開かれた扉から、新鮮な空気が室内へと流れ込む。それは清々しい緑の匂いと美しい花々の匂いを乗せ、私の鼻腔を掠めて心地良く流れていった。
差し出された手にそっと自分の手を添えると、馬車から伸びる階段をゆっくりと降りて行く。踏むのが躊躇われるぐらいに、なめらかな絨毯のような芝生にそっと降り立つと、私は真っ白で美しい彫刻が施された目の前の扉を眺めた。
「——お待ちしておりました。レディ・リディアナ・ウィンチェスター」
そう言って恭しくこうべを垂れるのは、初老を迎えた白髪の男性。
今年の夏十二になったばかりの、女性と呼ぶにはまだ早い少女に向け、その何倍もの歳を重ねた立派な男性がこうして頭を下げる。その光景は、側から見たら随分と可笑しな光景に見えるだろう。
だが、これも私が伯爵家の娘であるからこそなのだ。
侯爵家の使用人である彼は、まだ子供の私に向かって敬意を払うべく、私が言葉を紡ぐまでその頭を下げ続ける。
「ごきげんよう。どうか顔をお上げになって、アーネスト」
私の言葉にゆっくりと顔を上げたアーネストは、顔に刻まれた皺を更に深くすると優しく微笑んだ。
「閣下がお待ちになっておいでです。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
傍に控えていた二人の使用人が扉を開くと、アーネストは両開きに開かれた扉を潜り抜けてゆく。私はそのままアーネストに案内されて屋敷内へと歩みを進めると、ある一室のシンプルな造りの扉の前でその足を止めた。
幾度となく訪れた事のあるこの部屋は、私がウィリアムと会う時に必ず使用している書斎部屋。私はここで、一人で読むには少し難しい書籍を、ウィリアムに読み聞かせてもらっているのだ。
———コンコン
目の前の扉を軽くノックしたアーネストは、その口元に薄く弧を描くと室内にいる人物へと向けて口を開いた。
「ロード・ランカスター。リディアナ嬢がおいでになられました」
———カチャッ
程なくして開かれた扉から現れたのは、白銀の美しい髪を纏った、彫刻のように美しい美貌のウィリアム。彼はその瞳に私を捉えるとフワリと優しく微笑み、私の手を取ってそっとキスを落とす。
サラリと綺麗な髪を靡かせたウィリアムは、その唇を私の手元に寄せたまま少しだけ顔を上げると、その美しくも妖しい口元で優しく微笑んだ。
「やあ、私の可愛いリディ。待っていたよ」
まるで、天使か悪魔か——。
とうていこの世のものとは思えぬ美しさに、ゾクリとした寒気が背中を伝って小さく身体を震わせる。そのなんとも言い知れぬ美しさは、何度見ても見慣れる事などなく……。絡めとられた瞳を逸らせない私は、ただ、黙ってウィリアムを見つめ返す事しかできないでいた。
「さぁ、こちらへおいで。リディ」
立ち尽くす私を見てクスリと微笑んだウィリアムは、そう告げると優しく私の手を取って室内へと進んでゆく。
パタリと閉じられた扉の音を背中越しに聞きながらも、まるで私は入ってはならない領域にでも踏み入れてしまったかのような、そんな錯覚を覚える。
毎度訪れる度に感じる、この何とも言いようのないもの恐ろしさ。そんな恐怖心に薄々と気付きながらも、その未知なる恐怖への好奇心からか、または、ウィリアムへの強い恋心からだというのか……。
私は閉じられた扉を一度も振り返る事もなく、前へ、また一歩前へと歩みを進めたのだった。
広大に広がる美しい緑の庭園を抜けると、ゆっくりとスピードを落とした馬車は動きを止めた。
———カチャリ
小さな音を立てて開かれた扉から、新鮮な空気が室内へと流れ込む。それは清々しい緑の匂いと美しい花々の匂いを乗せ、私の鼻腔を掠めて心地良く流れていった。
差し出された手にそっと自分の手を添えると、馬車から伸びる階段をゆっくりと降りて行く。踏むのが躊躇われるぐらいに、なめらかな絨毯のような芝生にそっと降り立つと、私は真っ白で美しい彫刻が施された目の前の扉を眺めた。
「——お待ちしておりました。レディ・リディアナ・ウィンチェスター」
そう言って恭しくこうべを垂れるのは、初老を迎えた白髪の男性。
今年の夏十二になったばかりの、女性と呼ぶにはまだ早い少女に向け、その何倍もの歳を重ねた立派な男性がこうして頭を下げる。その光景は、側から見たら随分と可笑しな光景に見えるだろう。
だが、これも私が伯爵家の娘であるからこそなのだ。
侯爵家の使用人である彼は、まだ子供の私に向かって敬意を払うべく、私が言葉を紡ぐまでその頭を下げ続ける。
「ごきげんよう。どうか顔をお上げになって、アーネスト」
私の言葉にゆっくりと顔を上げたアーネストは、顔に刻まれた皺を更に深くすると優しく微笑んだ。
「閣下がお待ちになっておいでです。こちらへどうぞ」
「ありがとう」
傍に控えていた二人の使用人が扉を開くと、アーネストは両開きに開かれた扉を潜り抜けてゆく。私はそのままアーネストに案内されて屋敷内へと歩みを進めると、ある一室のシンプルな造りの扉の前でその足を止めた。
幾度となく訪れた事のあるこの部屋は、私がウィリアムと会う時に必ず使用している書斎部屋。私はここで、一人で読むには少し難しい書籍を、ウィリアムに読み聞かせてもらっているのだ。
———コンコン
目の前の扉を軽くノックしたアーネストは、その口元に薄く弧を描くと室内にいる人物へと向けて口を開いた。
「ロード・ランカスター。リディアナ嬢がおいでになられました」
———カチャッ
程なくして開かれた扉から現れたのは、白銀の美しい髪を纏った、彫刻のように美しい美貌のウィリアム。彼はその瞳に私を捉えるとフワリと優しく微笑み、私の手を取ってそっとキスを落とす。
サラリと綺麗な髪を靡かせたウィリアムは、その唇を私の手元に寄せたまま少しだけ顔を上げると、その美しくも妖しい口元で優しく微笑んだ。
「やあ、私の可愛いリディ。待っていたよ」
まるで、天使か悪魔か——。
とうていこの世のものとは思えぬ美しさに、ゾクリとした寒気が背中を伝って小さく身体を震わせる。そのなんとも言い知れぬ美しさは、何度見ても見慣れる事などなく……。絡めとられた瞳を逸らせない私は、ただ、黙ってウィリアムを見つめ返す事しかできないでいた。
「さぁ、こちらへおいで。リディ」
立ち尽くす私を見てクスリと微笑んだウィリアムは、そう告げると優しく私の手を取って室内へと進んでゆく。
パタリと閉じられた扉の音を背中越しに聞きながらも、まるで私は入ってはならない領域にでも踏み入れてしまったかのような、そんな錯覚を覚える。
毎度訪れる度に感じる、この何とも言いようのないもの恐ろしさ。そんな恐怖心に薄々と気付きながらも、その未知なる恐怖への好奇心からか、または、ウィリアムへの強い恋心からだというのか……。
私は閉じられた扉を一度も振り返る事もなく、前へ、また一歩前へと歩みを進めたのだった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。

私の大好きな彼氏はみんなに優しい
hayama_25
恋愛
柊先輩は私の自慢の彼氏だ。
柊先輩の好きなところは、誰にでも優しく出来るところ。
そして…
柊先輩の嫌いなところは、誰にでも優しくするところ。


あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

歪んだ恋にさようなら
木蓮
恋愛
双子の姉妹のアリアとセレンと婚約者たちは仲の良い友人だった。しかし自分が信じる”恋人への愛”を叶えるために好き勝手に振るまうセレンにアリアは心がすり減っていく。そして、セレンがアリアの大切な物を奪っていった時、アリアはセレンが信じる愛を奪うことにした。
小説家になろう様にも投稿しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる