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実ってゆく恋心

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◆◆◆



 広大に広がる美しい緑の庭園を抜けると、ゆっくりとスピードを落とした馬車は動きを止めた。


 ———カチャリ


 小さな音を立てて開かれた扉から、新鮮な空気が室内へと流れ込む。それは清々しい緑の匂いと美しい花々の匂いを乗せ、私の鼻腔を掠めて心地良く流れていった。
 差し出された手にそっと自分の手を添えると、馬車から伸びる階段をゆっくりと降りて行く。踏むのが躊躇ためらわれるぐらいに、なめらかな絨毯のような芝生しばふにそっと降り立つと、私は真っ白で美しい彫刻が施された目の前の扉を眺めた。


「——お待ちしておりました。レディ・リディアナ・ウィンチェスター」


 そう言ってうやうやしくこうべを垂れるのは、初老を迎えた白髪の男性。

 今年の夏十二になったばかりの、女性と呼ぶにはまだ早い少女に向け、その何倍もの歳を重ねた立派な男性がこうして頭を下げる。その光景は、側から見たら随分と可笑しな光景に見えるだろう。
 だが、これも私が伯爵家の娘であるからこそなのだ。

 侯爵家の使用人である彼は、まだ子供の私に向かって敬意を払うべく、私が言葉を紡ぐまでその頭を下げ続ける。


「ごきげんよう。どうか顔をお上げになって、アーネスト」


 私の言葉にゆっくりと顔を上げたアーネストは、顔に刻まれた皺を更に深くすると優しく微笑んだ。


「閣下がお待ちになっておいでです。こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 わきに控えていた二人の使用人が扉を開くと、アーネストは両開きに開かれた扉を潜り抜けてゆく。私はそのままアーネストに案内されて屋敷内へと歩みを進めると、ある一室のシンプルな造りの扉の前でその足を止めた。
 幾度となく訪れた事のあるこの部屋は、私がウィリアムと会う時に必ず使用している書斎部屋。私はここで、一人で読むには少し難しい書籍を、ウィリアムに読み聞かせてもらっているのだ。


 ———コンコン


 目の前の扉を軽くノックしたアーネストは、その口元に薄く弧を描くと室内にいる人物へと向けて口を開いた。


「ロード・ランカスター。リディアナ嬢がおいでになられました」


 ———カチャッ


 程なくして開かれた扉から現れたのは、白銀の美しい髪をまとった、彫刻のように美しい美貌のウィリアム。彼はその瞳に私を捉えるとフワリと優しく微笑み、私の手を取ってそっとキスを落とす。
 サラリと綺麗な髪をなびかせたウィリアムは、その唇を私の手元に寄せたまま少しだけ顔を上げると、その美しくも妖しい口元で優しく微笑んだ。


「やあ、私の可愛いリディ。待っていたよ」


 まるで、天使か悪魔か——。

 とうていこの世のものとは思えぬ美しさに、ゾクリとした寒気が背中を伝って小さく身体を震わせる。そのなんとも言い知れぬ美しさは、何度見ても見慣れる事などなく……。絡めとられた瞳を逸らせない私は、ただ、黙ってウィリアムを見つめ返す事しかできないでいた。


「さぁ、こちらへおいで。リディ」


 立ち尽くす私を見てクスリと微笑んだウィリアムは、そう告げると優しく私の手を取って室内へと進んでゆく。
 パタリと閉じられた扉の音を背中越しに聞きながらも、まるで私は入ってはならない領域にでも踏み入れてしまったかのような、そんな錯覚を覚える。

 毎度訪れる度に感じる、この何とも言いようのないもの恐ろしさ。そんな恐怖心に薄々と気付きながらも、その未知なる恐怖への好奇心からか、または、ウィリアムへの強い恋心からだというのか……。
 私は閉じられた扉を一度も振り返る事もなく、前へ、また一歩前へと歩みを進めたのだった。



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