ヤメロ

邪神 白猫

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 廃ビルの中を必死に逃げ惑う女性。そんな女性の姿を追い掛けるカメラに時折チラリと映り込むのは、斧を持った男性のものらしき右腕。
 転げながらも必死に逃げ惑う女性は、ついにその距離が縮まった事でハッキリと姿を現した。その刹那——。画面右側から、勢いよく振り下ろされた斧。

 劇場内に響き渡る、女性の泣き叫ぶ声。

 そんな緊迫した映像を前に、ドクドクと早鐘を打つ俺の心臓。その鼓動が、一際大きくドクンと跳ねた——その時。
 俺の口から、ポツリと小さな声が漏れ出た。


「……っ、え? み……ほ……?」


(なんで……、美穂が……?)


 今、俺の目の前のスクリーンに映し出されている女性は、間違いなく美穂で……。この状況がうまく飲み込めない俺は、小さく口元を震わせた。


(……何で……っ。美穂が、映画になんて出てるんだ?)


 そんな疑問と共に頭に浮かんできたのは、連絡のつかない携帯と、先程スクリーン上で見た見覚えのある建物。
 そう——あれは、美穂の家からそう遠くない場所にある建物なのだ。


【これは、実際の殺人映像である】


 毎回オープニングで流れる、そんな一文が頭を過ぎった。


「嘘……っ、だろ……?」


 ネットでまことしやかに囁かれる、これは紛れもなく本物の殺人映像なのだという噂。そんな噂を思い出した俺は、スクリーン上に映し出される美穂の姿を見つめたまま、ガタガタと大きく震え始めた。

 斬りつけられた背中は大きく切り裂かれ、ドロリとした赤黒い鮮血を流しながら泣き叫んでいる美穂。それでもなお、止まらない斧の動きはその小さな身体を次々と傷つけてゆく。


「やめ……って、くれ……っ」


 俺の口から溢れ出た声は、酷く震えて情けないものだった。
 スクリーンに映し出されているのは、血に塗れて泣き叫んでいる美穂の姿。そんな姿から、視線を逸らすことができない。


(お願いだから……っ。もう……っ、やめてくれ……)


 深傷ふかでを負いながらも、必死に逃れようとする美穂の姿を見つめる俺は、その耐えがたい光景に顔を歪めると涙を流した。


(やめ、ろ……っ。やめろ……! ヤメロ!!!)


「ヤメローーーーッッ!!!! 」


 スクリーンに向かって絶叫した——その時。

 力強く振り下ろされた斧は、美穂の頭に深くめりこんだ。

 グニャリと歪んだ顔からは眼球が飛び出し、ヒクつく口元からは『ァ゛ガッ……ガッ……』と声にならない空気が漏れる。
 俺は堪らず嘔吐すると、ドサリその場に崩れ落ちた。床についた吐瀉としゃ物まみれの手で、必死に上半身を支えながら床に向かって大きく泣き叫ぶ。


(嘘だ……っ。嘘だっ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……っっ!!!!!)


 まるで今しがた目にした信じ難い光景を払拭するかのように、狂ったように頭を掻きむしる。そんな俺の頭上にフッと突然影が差し、それに気付いた俺はゆっくりと顔を上げた。

 突然できた影の正体であるその見知らぬ男は、カメラ片手に無言でこちらを見つめると口元に弧を描いた。


「…………え?」


 俺の口から、小さくそんな声が溢れた——次の瞬間。
 右手に持った斧は、俺の頭めがけて勢いよく振り下ろされた。





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 ——————






「……っ、あ~! 今回のも、凄く良かったねぇ!」

「うん、そうだね! 斧でグシャッとなるのなんて……本当に、本物みたいだったよねっ!」

「……あっ! そうそう。あの噂、知ってる?」

「噂…… ?」

「実はね、この【スナッフフィルム】って映画。……本物の、殺人映像らしいよ」







 ——完——



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