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高1【夏】
6月③
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「涼くん……」
掌の上にある小さな箱を見つめ、ポツリと小さく呟く。
ーー私が学校を休むようになってから、土日を挟んで今日でちょうど5日が経った。
『夢ちゃんには、涼が死んでしまった事を受け入れて、前を向いて生きていって欲しいの』
4日前、涼くんのお母さんに言われた言葉を思い出す。
そんな事ーー私にできるのだろうか?
頭ではわかっていても、毎日のように涼くんの姿を求めて思い描いていた私。
受け入れて前に進むとは、一体どうすればいいのかーー正直、私にはわからない。
わからないけど……。涼くんのお母さんが言っていた言葉の意味は、理解しているつもりだ。
前を向いて生きていって欲しいと言った涼くんのお母さんの言葉は、全て私を思っての事だろう。
(ーー受け入れて、前を向いて生きる……)
手の中にある箱にそっと触れると、その蓋を開けようと触れている指に力を込めたーーだけど。
直前で思いとどめた私は、蓋から手を離すと机の上にそっと箱を置いた。
ーーーコンコン
「ーー夢ちゃん。今日も、楓くんが来てくれたわよ……」
私の部屋の扉が軽くノックされると、続けて聞こえてきたのはママの声。
一言二言、楓くんと扉の外で会話を交わすと、そのままパタパタと去ってゆくママの足音。
「……夢ちゃん。具合どう?」
扉の外から、遠慮がちに聞こえてくる楓くんの声。
私が学校を休むようになった日から、こうして毎日のように訪ねて来てくれる楓くん。
勿論、優雨ちゃんと朱莉ちゃんも何度も来てくれている。
唯一、事情を知っている優雨ちゃんは、「1人にしてごめんね……」と何度も泣きながら謝っていた。
優雨ちゃんのせいではないのにーー
「……今日ね。再来週やる、体育祭のハチマキカラーが発表されたんだ」
扉の外で、1人話し続ける楓くん。
毎日家まで訪ねて来てくれている楓くんを、私は一度も部屋へ招き入れる事はなかった。
本当は仲直りがしたいのに……。
こうして毎日のように、楓くんは来てくれているというのにーー
扉の外で話す楓くんに対して、いつも私は無言のままで……。
そのまま話し続ける楓くんは、暫くすると『夢ちゃん。また、明日来るね』と言って帰ってゆく。
ーーそんな毎日を繰り返している。
あんな事があった私は、男の人と2人きりになるのが怖くて堪らなかったから……。
どうしても、楓くんと会う気にはなれなかったのだ。
それでも、何も聞かずに毎日こうしてやって来ては、今日あった出来事を楽しそうに話してゆく楓くん。
「俺達のクラスはね、黄色になったよ。……今日、ハチマキ縫ったんだけどさ。裁縫って難しいね」
そんな事を話しながら、クスクスと小さな笑い声を上げる。
私はおもむろに扉へと近付くと、ノブに触れた右手をゆっくりと回した。
徐々に開かれてゆく扉越しに視線を上へと向けてみれば、そこに見えたのは優しく微笑む楓くんだった。
「……夢ちゃん、久しぶり。やっと開けてくれたね」
そう言ってニッコリと微笑む楓くんを見て、私は罪悪感から涙を流した。
「……っ……楓くん……っ。ごめっ、なさい……ッ」
「泣かないで……、夢ちゃん。大丈夫だから。……ね?」
私の頬に流れる涙をそっと指で拭うと、小首を傾げて優しく微笑んだ楓くん。
その後、楓くんを部屋へと招き入れた私は、奏多くんとはもう接触しないと決めた事。そして、楓くんと前のように仲良くしたいという意思を伝えた。
でも……。奏多くんのことが怖くて、学校に行けないという事もーー
泣きながら話し続ける私の言葉を、ジッと黙って聞いてくれていた楓くんは、突然私を引き寄せるとギュッと抱きしめた。
「……大丈夫。俺がずっと、側にいて守ってあげるから……。俺ね……、ずっと昔から、夢ちゃんの事が好きだったんだ」
「……っ……」
「……好きだよ、夢ちゃん」
抱きしめていた身体をゆっくりと離すと、私を見つめてふわりと柔らかく笑った楓くんはーー
とても優しい声で、私にそう告げたのだった。
ーーーーーー
ーーーー
ーー楓くんが帰宅した後。
私は1人になった部屋で、机に置かれたままの小さな箱を見つめた。
簡単な事ではないけれどーー
私は、少しずつ前を向いて生きていかなければいけないのだ。
いつまでも涼くんに頼って、涼くんに救いを求めていたらいけない。
(ゆっくりでいい……、ゆっくりでいいから……。涼くんの死を、受け入れなくちゃーー)
そう思いながら、小さな箱の蓋をそっと開いた。
ーーこの箱を開けるのは、あの日以来だった。
私は中に入っていた貝殻のブレスレットを手に取ると、まるで誰かに話し掛けるようにして呟いた。
「……明日から、ちゃんと学校に行くね」
(だからお願い……。私を、見守っててねーー)
そう、心の中で祈りながらーー
ブレスレットを持った手を胸元でギュッと握りしめると、固く閉じた瞼を小さく震わせ
た。
ーーーー
ーーーーーー
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