歪ーいびつー

邪神 白猫

文字の大きさ
上 下
4 / 47
小5【夏】

しおりを挟む



※※※




「わぁ……っ! 綺麗……」


 目の前に広がるその美しい光景に、私はただただ驚いた。

 呆然と立ち尽くす私の目の前にあるのは、爽やかなせせらぎの音を響かせる、小さな川。
 小さいと言っても、立派な滝まである。

 ーーそして、何と言ってもこの景色。

 本当にここは、あの鬱蒼うっそうとした森の中なのだろうか?
 そう思ってしまうぐらいに、全てがキラキラと輝いている。


(……凄い。こんなに綺麗な所があるんだ……)


「ーー夢!」


 突然名前を呼ばれて、魂が抜けかかっていた事に気付いた私は、フルフルと軽く頭を振ると声の主に視線を移した。


「夢、おいで」


 ニカッと笑って、私に向けて左手を差し出す涼くん。
 未だ左右共に繋がれたままだった手をスルリと抜けると、私は涼くんの元へ駆け寄り差し出された手を掴んだ。


「……足元、気を付けて」

「うん」


 少し山になっている地面を涼くんに引っ張ってもらいながら越えると、そこに現れたのは先程眺めていた綺麗な小川だった。
 間近で見る小川は本当にとても綺麗で、なんだか胸がドキドキと高鳴ってくる。

 気が付けば、いつの間にか皆んなも近くに集まっていて……。
「凄い、綺麗だね」と口々にしては、その美しい光景に目を奪われると、暫くその場から動くことなく感嘆の息を漏らしたのだったーー。






※※※





ーーーパシャパシャッ


ーーーパシャパシャッ



(ヒンヤリとして、凄く気持ちいい……)


 私は視線を下へと移すと、ユラユラと揺れる水面から見える自分の足を眺めた。
 水がとても綺麗だから本当に透明で、地上で見る自分の足となんら変わらなく見える。

 私達がテントを張っている近くの川は、水嵩みずかさが高いからと禁止されていて入れないけど、ここの川は流れも穏やかでとても浅いのでこうして入ることができる。

 滝の近くは、他とは違う水の色をしているからやっぱり深いのだろう。
 滝の側に行かなければ入っても大丈夫だと、さっき涼くんが皆んなに説明していた。

 暫くボーッと足元を眺めていると、キラリと光る、何かが見えた気がした。


(……なんだろう?)


 気になった私は、膝丈まであるワンピースを太もも部分で結ぶと、その場へしゃがみ込んで捜索を開始する。



ーーーサラサラ



 軽く手で、かき分けて見る。



ーーーサラサラ


ーーーサラサラ



「夢ぇ~。何してるの~?」


 少し離れた場所から、朱莉ちゃんが声を上げる。



ーーーサラサラ



「……うーん」



ーーーサラサラサラサラ



 捜索に夢中になっている私は、朱莉ちゃんからの質問に「うーん」と唸るだけという、全く答えになっていない返事を返す。



(一体、何だったんだろう……? 確かにキラッと光ったんだけどなぁ。ないなぁ……)


 中々見つからない "何か" を、夢中になって探す。まるで、宝探しをしている気分だ。



ーーーサラサラサラサラ


ーーーサラサラサラサラ



ーーー!!!?



 夢中になって宝探しをしていると、突然出てきた足に驚きビクリと身体が揺れる。


「……夢、それは俺の足だよ。何してるの?」


 目の前にある足を辿って見上げてみれば、困ったように笑う涼くんがいる。


「ちょっと、あっちに行こう」


 そう言って私を立たせると、太もも部分で縛っていたワンピースを元の丈にキッチリと戻した涼くんは、そのまま私の手を取ると少し離れた岩場へと向かった。


「ーー夢、こっち」


 岩場に座った涼くんは、自分のすぐ隣をペチペチと叩く。私は言われるがままに素直に隣に腰を下ろすと、隣にいる涼くんへと視線を向けた。


「……夢。さっき、何してたの?」


 いきなりの質問に、ドキリとする。


(…………。どうしよう……)


 宝探しに夢中になっていたとは、恥ずかしくてとても言えない。


「……何か落としたの?」


 フルフルと首を振って答えると、「じゃあ、何?」って顔して見てくる涼くん。


「……宝探し」

「…………」


 顔を俯かせながらボソッと小さな声で伝えてみるも、隣からリアクションが聞こえてくる気配がない。
 恐る恐るチラリと隣の様子を伺い見ると、そこには満面の笑顔でニカッと笑う涼くんがいた。


「そっか! あるといいね、宝!」


 そう言って、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれる。


「じゃあ……。俺からも、夢に宝をあげる」


 そう言って差し出された掌の上には、ピンクのキラキラとした綺麗な貝殻が乗っていた。


「可愛いっ! 綺麗だね ……! ありがとう、涼くん!」


 満面の笑みでお礼を伝えると、「どういたしまして」と微笑む涼くん。

 貝殻を手に取り空へとかざして見てみると、それはより一層キラキラと輝きを増した。

 貝殻の先に広がる空は、青からオレンジ色へと染まり始めていてーー
 そろそろテントに帰らなければいけない時間なのだと、何だか少し切なくなる。


「ーー夢」


 不意に涼くんから名前を呼ばれ、空へとかざしていた貝殻から隣にいる涼くんへと視線を移す。


「この場所、気に入った?」

「……うん」

「またいつか、一緒に来たいね」

「うん。……来たい」

「今日は時間がなくて見れないけど、夜になったら、ここには沢山の蛍が集まるらしいよ。……凄く綺麗なんだって」

「見てみたいなぁ……」

「夢、夜にこの森入れるの?」

「……」

「今日、家に帰りたいって泣いてたよね」

「…………。……気のせいだよ」


 小さな声で反論してみせると、アハハと笑った涼くんは、「良く頑張ったね」と言って優しくポンポンと頭を撫でてくれる。

 気が付けば、もうすっかりと周りは夕焼け色へと染まっていて……。
 私達の姿も、オレンジ色へと変えてゆく。

 見慣れない景色の中にいるせいか、オレンジ色に染まった涼くんはなんだかいつもと違って見える。


「夢……。今日は、泣かせてごめんね」

「……」

「もう、絶対に泣かせないから」


 困ったような、照れているような……。いつも見る涼くんとは、少し違う微笑み。
 だけど、その瞳がやけに真剣だからーー私は涼くんを見つめたまま、ただ、黙って聞いている事しかできなくなっていた。


「……夢。……俺、夢のことが好き」


 オレンジ色に染まった涼くんが、ゆっくりと優しく微笑む。


「……夢は?」

「…………。……好き」

「……そっか」


 そう言って一度私から視線を外した涼くんは、夕焼け色に染まった空を見上げた。


「じゃあ……両思いだね」


 夕焼け空を見つめていた涼くんは、その視線をゆっくりと私へ戻すと優しく微笑んだ。

 その整った顔から作り出される優しい笑顔は、オレンジ色に染まっているせいなのかーーいつもより、やけに大人びて見える。

 まるで時が止まったかのようにその場で固まってしまった私は、涼くんのその綺麗な瞳から目を反らす事もできずにーー

 ただ、静かに見つめ返す事しかできないでいた。






ーーーーーー


ーーーー







「……そろそろ戻らないとね」


 そう切り出した涼くんに連れられ、先程までいた皆んなのいる場所へと戻って行く。

 少し前を歩く涼くんの背中を見つめながら、名残惜しさを感じつつも黙ってその背についてゆく。
 目の前の涼くんから視線を先へと移してみると、つい先程まで川へ入って遊んでいた皆んなが、それぞれに帰り仕度を始めている姿が見える。


「あっ、お帰りー! どこ行ってたのー?」


 少しまだ距離のある場所から、手を振る朱莉ちゃん。その声で、私達に気付いた皆んながこちらを振り返った。

 ほんの数秒で皆んなのいる場所まで着くと、「2人で何してたの?」と私と涼くんを交互に見ては、不思議そうな顔をする朱莉ちゃん。


「ん? ……内緒」


 なんて涼くんが返事をするもんだから、「あ~! 怪しいぃ~! エッチな事してたんだぁ~!?」なんて言いだす朱莉ちゃん。

 恥ずかしくなった私は、その場を少し離れると川の前に立って握りしめていた掌を広げた。


『ーー俺、夢のことが好き』

『両思いだね』


 涼くんの言ってくれた言葉を思い出しながら、掌に乗ったピンクの貝殻を見つめる。


「ーーそれ、涼に貰ったの?」


 声のした方へと視線を向けると、奏多くんが私の掌を見つめていた。


「……うん」

「そう、良かったね」


 そう言って優しく微笑んだ奏多くんは、私の掌から視線を外すと、夕陽に染まったオレンジ色の空を見上げた。

 夕陽に染まる奏多くんの横顔が綺麗すぎて、思わず見惚れてしまった私は、気持ちを切り替えると奏多くんの視線を追うようにして目の前の空を眺めた。

 暫くそうして空を眺めていると、いつの間にか集まってきた皆んなが、横一列になって夕陽を眺め始める。
 突然キュッと握られた手に驚き右側を見てみると、オレンジ色に染まった綺麗な横顔の涼くんがいる。


「……綺麗だね」


 夕焼け空を見つめたまま、優しく微笑んだ涼くん。
 再び空へと視線を戻した私は、「うん、綺麗だね」と伝えると握られたままだった右手をキュッと握り返した。

 目の前に広がる綺麗な夕陽を見つめながら、今日あった出来事を色々と振り返ってみる。

 ーーとても、楽しい1日だった。

 今日という日を、今この瞬間を、この6人で過ごせた事をーー凄く凄く、幸せに思う。


「……帰りたくないなぁ」


 ポツリと、小さな声で本音が溢れる。


「またいつか、絶対に皆んなで来よう。中学、高校、大学ーー大人になっても。……こうしてまた、皆んなで一緒にここへ来よう」

「……うん」

「うん」

「……そうだね」

「うん」

「うん、また来ようね」


 涼くんの発した言葉に、5人皆んながそれぞれに答える。
 今日という日がもうすぐ終わってしまうという寂しさを感じていた私は、涼くんの言った言葉で次に来る日を約束した気分になり、なんだか少しだけ寂しさが薄らいでゆく気がした。


 この時の私は、涼くんの言った言葉を信じて疑わなかった。

 また、皆んなでここへ来れるんだってーーそう、信じていたんだ。






ーーーーーーーー


ーーーーー





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

探偵幼稚園クロウ 三つの謎に挑む

トマト
ミステリー
探偵幼稚園クロウ 体育館の怪 踊る人体模型 三つの短編をまとめました。

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...